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刻印が目覚める時——黒龍は誰のために吠える

刻まれた運命が、静かに脈を打つ。


神々の意志がうごめき、闇はその牙を剥いた。

狙われたのは、ただ一人――“鍵”を宿す少女。


そして今、封じられていた“黒き力”が再び世界に影を落とす。

この一歩が、神話と現実をつなぐ夜明けとなる。


――その音は、世界の鼓動を狂わせた。

刻印が脈を打ち、血のような光が胸元に(にじ)む。

そして、森の奥から“それ”は来た。


……シュエルを、喰らうために。


空気が変わったのは、ほんの一瞬だった。

鳥は鳴き止み、風は止まり、精霊のさざめきさえ沈黙した。

その静寂の中、どこか遠くから聞こえるのは、うごめく何かの足音。いや、音ではない。“気配”だ。肌に触れる冷たい殺気が、森の木々を伝って押し寄せてくる。


「シュエル!」


誰かの叫び声が聞こえた気がする。だがその声は、まるで霧の奥で反響するように、現実味がなかった。

胸元が焼けるように熱い。痛みじゃない。もっと深い、魂に近い場所が震えている。

シュエルは思わず自分の胸に手を当てた。そこには、今までと違う光を帯びた“刻印”が浮かび上がっていた。


ドクン……ドクン……!


異様な脈動が、まるで呼び水のように何かを引き寄せている。

視線の先――森の奥の闇に、無数の影がゆらめいていた。

それは小さく、醜く、凶暴な気配をまとう群れ。


ゴブリンたちだ。


だが、ただの魔物ではない。

彼らの目は、執拗(しつよう)な執着でシュエルを見つめていた。


まるで命令を受けたかのように、一斉にこちらへ歩き出す。


「おかしい……なんで、私を……?」


脈動はさらに強くなり、刻印の光が赤から深い紫へと変わっていく。

体が熱い。意識が遠のく。だが、意識の隙間に浮かび上がる“何か”があった。


――お前は……まだ、目覚めていない。


その声が、誰のものなのかは分からなかった。

ただ、シュエルの奥底で、確かに何かが繋がり始めていた。


ドクン、ドクン……。


胸の刻印が警鐘のように鳴り響き、シュエルは膝をついた。

身体が熱を帯び、目の奥で何かが(きし)む。視界が揺れ、足元の草がひとつ、またひとつと色を失っていくように感じた。


「シュエル、下がれ!」


ノクシアの鋭い声が響いた瞬間、森の闇から矢のような影が飛び出した。太い枝を踏み砕く足音、濁った呼吸、剥き出しの殺意。


ゴブリン――。


それも、ただの群れではない。


「っ、数がおかしい……!」


ルシェイドが片腕でシュエルをかばいながら、闇に目を細めた。

森の奥、黒い影が次々と現れる。目の焦点が合っていないような、それでいて明確に“シュエル”を狙っている瞳。


「囲まれてる。完全に、シュエルだけを狙って……っ」


ノクシアが歯噛みする。

魔術の気配は薄い。だが、身体強化されたかのような動き。そして、なにより“理性”がある。


シュエルが一歩後ずさった時、群れの中からひときわ大きなゴブリンが現れた。

その目には、明確な意志が宿っていた。


「……見つけた。魂に刻まれし“鍵”、神の敵……」


「……なに?」


シュエルの声が震える。

言葉を話す? ゴブリンが?


「“神の意志”により、お前をここで断つ……」


その言葉とともに、ゴブリンたちが一斉に動いた。


ノクシアが動くことを待ち望んでいた二人の少女がいた。


白のロリータワンピースに身を包んだミゼリアと、黒のゴシックドレスを揺らすネフィリア。

魔力を隠し、存在すら消し去って冷静に状況を見定めていたその双子は、一見すれば愛らしい人形。


だが——その笑みには温かさはなかった。


まるで**壊れかけた人形が見せる“歪んだ愛らしさ”**のように。ぞくり、と背筋を撫でる違和感だけが、その場に残されていた。



「……破滅の調律カデンツァ……」


ノクシアの足元に、漆黒の魔法陣が音もなく広がった。

その瞬間、空間がわずかに歪み、虚空から一本の杖が滑り出るように彼女の手に収まる。


「……雑魚どもが、相手を選ぶがいい」


冷たい声と同時に、杖の先がわずかに傾けられる。

呪文など必要としない。無詠唱のまま、彼女の背後にいくつもの光の矢が現れ、空間を震わせた。


それは矢ではなかった。

破滅を象る、終焉の槍。


魔力の奔流が一瞬で大気を満たし、空気がひび割れるような感覚が広がっていく。


「……神たちは我らが、こやつらごときにやられると思っておるのか?」


その言葉と同時に、ノクシアの右眼が開いた。

瞳孔の奥で、禍々しい“魔眼”が淡く輝きを放つ。


魔眼と魔法陣、そして破滅の杖が織りなす、ほんの“さわり”の魔力解放。

だが、それだけで十分だった。


矢のように走る破滅の魔力が、迫るゴブリンたちを貫き、燃えもせず、血も流さず、ただ“存在そのもの”をこの世からかき消していく。


彼女の動きは一切崩れない。髪一筋さえ乱さず、ただ一瞥(いちべつ)のもとに敵を“処理”していく姿は、まさしく——破滅の魔女だった。



一方、ルシェイドはその異様な気配を察知しながらも、一歩も退かず、愛剣の刃にそっと指先を滑らせた。

 青白い魔力が螺旋を描き、静かに刀身へと吸い込まれていく。


「……重ねろ、〈氷精の契約〉」


 その声と共に、剣が淡く光を放つ。氷のように冷たく澄んだ刃先は、まるで風を纏ったように揺れ、剣が生き物のように脈打つ。

 それは彼の魔力が刃に刻まれた、確かな“エンチャント”だった。


 だが次の瞬間、森の奥から現れたのは、ひときわ大きな影。

 異様に膨れた体躯、血走った目、腐臭と共に吐き出される、汚れた呼気。


「ガハハァ……お前……のこと、知ってるぞォ……」


 その声に、ルシェイドの瞳が一瞬だけ揺れた。


(……このゴブリン、俺の手の内を……?)


 片言ながら、確かな知性と悪意を宿す言葉。

 ただの魔物ではない。意思を持ち、指示を受けて動く“何か”だ。


「この知恵を……神が授けたというのか」


 ルシェイドが構えを低く取った、背後から笑い声がした。


黒いフリフリの法衣、長い黒髪の愛らしい姿の少女ネフィリア。そしてその隣に純白のロリータ衣装、白髪の少し短めの髪、ミゼリアがいた。


それは“死への誘い”と称された処刑の双子の使徒だった。


「神は裏切り者を……容赦しない」


ネフィリアがルシェイドの背後から耳元でささやいた。その動きは目で追うことができないぐらい早く、連携された動きだった。


ミゼリアとネフィリアの声が重なった瞬間、魔力が解放された。


ミゼリアが小さな声で囁く。


「破滅の魔女さん、怖いから……でも、私たちの邪魔はしないわよね?


双子の狙いはルシェイドだった。ルシェイドはシュエルをヴァルゼクトに委ね、ゴブリンのボスと戦った。ゴブリンボスと戦闘中、笑い声と共に楽しそうに攻撃するミゼリアとネフィリア。


ルシェイドは双子の攻撃を交わしながら、なんとかゴブリンボスを倒した。


ネフィリアの黒とミゼリアの白が軽やかで優雅なダンスと共に空を彩った瞬間、ルシェイドの体は封縛の呪詛で動きを封じられた。それはネフィリアの封縛呪詛だった。


「静かに……終わらせてあげる」


ルシェイドの背後で優しく囁くネフィリアは、無表情で人形そのものだった。


そして美しい光の糸が刃物ようにルシェイドの方へと降り注いできた。


ミゼリアの一撃。

「……..セレスティアル・スレッド!」


光を操り、刃物のような攻撃、それは一撃で急所を狙うことができる。


「神は見ている。貴様がその娘に何を託したのかも、な」


 凍りつくような声と共に、二人の使徒が同時に動く。

 斬撃と魔力の奔流。

 ルシェイドは剣で一閃を受け止めるが、二撃目を避けきれない——!


 そのときだった。


「ルシェイド!!」


 ヴァルゼクトが、身を投げ出すように飛び込んできた。

 鮮やかな弧を描いてルシェイドを庇い、直撃を受ける。


「ぐっ……!」


 その瞬間、何かが音もなく断ち切られた。


空気が裂けたような感覚のあと、ヴァルゼクトの背に、ゆっくりと紅が滲む。

まるで、暖かいものが静かに流れ落ちるように。

彼の肩が揺れ、ぐらりと膝が沈む。


「……ヴァルちゃん……?」


シュエルの声が、わずかに震えた。


彼の背中には、確かに深い傷があるはずなのに、叫びもなく、ただ静かに、ひたすら静かに、紅が衣を染めていく。


それは悲鳴ではなく、もっと深き悲しみのようだった。

何かが壊れ始めているという、無言の合図。


「なぜ……!」


 ルシェイドが叫ぶ。

 だがヴァルゼクトはその問いに答えず、ただシュエルの方を見ていた。


シュエルは心から叫んだ。シュエルの眼が龍眼を彷彿させるように変わり、同時にシュエルの紋章がかつてみた光を放った。


ノクシアがシュエルの異変に気がつき、駆け寄ろうとした時、大地が大きく揺れた。


「……エルドリクス…….」

その声は美しく、森全体が敬意を払っているかのように、静寂の中に凛とした空気を生み出した。その声はノクシアのものではなかった。


シュエルの体は輝く光に包まれ、周囲の誰も見ることができないほどの強い魔力と光に包まれていた。


「……これ以上…..壊すことは……私が許しません!」


その声は今まで聞いたことのない声。しかし高貴さ、威厳さ、美しさが備わっていた。森の生き物たちは頭をたれ、敬意を払っている。


そして——

 その瞬間、世界が歪み、軋む音を立てて震えた。


(何かが来る……何かが……目覚めようとしている)


シュエルの刻印の光と心からの叫びが、臨界に達しようとしていた。

その瞬間、空が(うめ)いた。

まるで——目覚めを告げるかのように。


——その瞬間、大気が、反転した。


空がねじれるように渦を巻き、黒雲が一斉に集まり始める。雷が閃き、轟音(ごうおん)が天と地を貫いた。


空気が一変した。


「これ……やばい展開じゃないネフィリア?」


「うん…」


ミゼリアとネフィリアは一旦退くことを決意した瞬間だった。



シュエルと包み込む眩い光が消え、世界が深い闇へと沈んでいく。けれど、それは恐怖の夜ではなかった。そこに満ちていたのは——圧倒的な"威厳"。


「空が……割れてる……?」


誰かがそう呟いた。


まさにその通りだった。

空が避け、見えざる何かがゆっくりと降りてくる。

風が逆巻き、竜巻となって地をなぎ払う。木々が軋み、妖精たちは恐怖と敬意にひれ伏した。


「な、なんだこれは……!? ……何が起きているんだ!」


そして——その声は来た。


「……シュエル……」


森の奥、誰も近づくことのなかった封印の地。

その中心より、響き渡る声。

低く、重く、魂を揺さぶるその響き。

それは命あるものすべてに対し、絶対の命令だった。


「……エルドリクス……!」


ノクシアの唇から、その名が漏れる。


長き眠りについていたはずの存在。

神々が最も恐れ、世界の均衡を乱すとして封印された伝説の龍——黒き龍王、エルドリクス。


その鼓動が、シュエルの心の叫びと完全に共鳴していた。


「まさか、呼応したというのか……!?」


刻印が放つ光が、空の渦と重なり、まるで空そのものが開こうとしていた。

雷鳴が咆哮(ほうこう)となり、大地を裂く(とどろ)きとともに、森の結界が音もなく消滅する。


そして——森の奥から、巨大な黒影がゆっくりと姿を現した。


燃えるような双眸。


無限に広がる闇色の鱗。

翼はまだ広がらぬまま、それでもすでに空そのものが、彼の存在で満ちていた。


風が止み、空が静かになる。


神々しい輝きを放ちながら、大きな羽を広げた妖精がそこにいた。


そして、その美しい妖精が抱きしめていたのは…..かつて記録の中でみた光景と同じだった。


すべては——ここから始まる。


——静寂が、森を支配した。


まるで神話が現実に落ちたかのような威圧が、すべてを押し潰したのだ。


ルクシアの目には輝くものが光っていた。


だが、その沈黙を断ち切るように——


ルシェイドの喉元には、鋭く輝く剣先が突きつけられていた。


その手の主の正体は、まだ誰も知らない。


「お願い、もう誰も……壊さないで」


声にならぬ声と、光を孕んだその瞳。

目覚めたのは、忘れ去られた“力”と、“意志”。


その瞬間、世界は確かに震え、誰かの運命が静かに軋み始めた。


次回――《禁忌を継ぐ者たち》。


よろしければ、感想やブックマークを残していただけると励みになります。

これからも、彼らの運命を一緒に見届けてください。

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