時の番人、世界を穿つ刻の鎌
風は、静かに告げていた。
それは“終わり”の前兆なのか、それとも新たな“始まり”なのか。
かつて交わされた契約。
隠された愛。
そして、封印の記憶。
——共鳴する刻印が導く先には、ただ一つの真実が待っていた。
目覚める記憶と、揺らぐ運命。
この旅の意味が、ひとつずつ形をなそうとしている。
次に“世界”が試すのは、きっと——彼らの心そのものだ。
——「記録を歪めたのは……誰だ?」
——「時の記録は絶対だ。神すら、干渉を許されぬ」
——「我が訪れし時、それは終わりの始まり」
風が止んだ。
まるで森そのものが息をひそめたような、異様な静寂。
虫の羽音も、草の揺れも、どこかへ消えた。
その“気配”を感じ取ったのは、ただ一人——ノクシアだけだった。
彼女の魔眼が、夜空を斜めに裂くように浮かぶ、見えざる亀裂をじっと見つめた。
「……嫌な気配」
それは魔でも神でもない。
記録にも、記憶にも刻まれぬ存在。
その足音は、何も語らず、何も訴えず——
ただ“在る”というだけで、時すらその歩みによって滲み始める。
空気が震える。歴史が身を捩る。
世界の歯車が、狂い始める気配がした。
ただ“時の歯車”のように、世界の深層で黙々と動いている者。
シュエルの胸元の刻印が、脈打つように光を放った。
世界が、何かを察知している。
思い出すことを拒む記憶すら、揺れ始めていた。
「……あなた様が動くとは、クロノヴァリウス」
「時の調律が乱れる……これは、終焉ではない。再編だ」
ノクシアの声は、わずかに震えていた。
それは敬意ではない。恐怖でもない。
ただ——“理解”に近い、凍てつくような感情。
「時を偽り、理を歪めた……この世界に、裁きが下るのですね」
彼女の胸の奥に、微かに波紋が広がる。
それは記憶という名の湖に落ちた、小さな真実の雫。
感情という静寂の中に、確かに揺れ動くものがあった。
「この時代すら、歯車から零れ落ちるというのなら……私たちは、何を信じればよいのですか?」
「感情という静寂の中に、確かに揺れ動くものがあった。」
だが、それは優しさでも、希望でもなかった。
それは——ノクシアの中に残された、決して拭えない“孤独”だった。
信じたい。けれど信じきれない。
そんな矛盾を抱えながらも、彼女はその揺らぎに目を背けなかった。
「お前たちは、選んだのだな……あの日、“理”よりも“支配”を」
かつて、神々に等しく誓った盟約の言葉は虚空に散り、
ノクシアは“禁忌”と呼ばれ、砦の奥に封じられた。
理由はひとつ。
——神々の創ろうとした“存在してはならない怪物”に、彼女が「NO」と言ったから。
「私は……間違ってなどいなかった」
そう繰り返すしかなかった千年。
命を弄ぶ神々の姿、真理を歪めるその行為、
そして“あの記憶”——
最も信じていた“あの者”の沈黙こそが、彼女の心を最も深く裂いた。
その孤独は今も、ノクシアの瞳に宿り、
光る魔眼の奥に、終わらぬ問いが燃えていた。
「神々が恐れたのは、私の力ではない。……真実だったのだ」
——この世界のどこかに、“信じられるもの”があるのだと。
そうつぶやいた瞬間——
遠くの空が、黒くひび割れた。
その影が落とす未来は、まだ誰にも見えない。
だが“それ”は、確実に歩き出していた。
「彼の足音は、時の歯車を狂わせる」
「記録の書を開いたな。ならば——“修正”を始めよう」
「私が来たということは、世界はもう一度、終わるということだ」
——時の番人クロノヴァリウス。
彼が動いたということは、ただの“予兆”ではない。
それは、終焉へとつながる“確定された未来”——かもしれない。
【ノクシアのささやき】
……来てしまったのね、クロノヴァリウス。
その名を聞くだけで、空気が変わる。 世界が身構える。魂が震える。
“時の番人”。 すべての時の真理を記録し、記憶の改ざんを罰する存在。 神ですら、裁きを逃れられない……。
なのに彼が、動いた。 その足音は“終わり”を告げる鐘のように、確かに近づいていた。
私が一度だけ、彼と視線を交わした時、 世界の理が音を立てて崩れたように感じた。
あれは、始まりだったのか。 それとも、終わりへの“通告”だったのか。
シュエル——あなたの刻印が脈打ち、 ヴァルゼクトの記憶が動き出し、 ルシェイドの中に眠る感情がざわついている。
……だけど、私は知っている。
この旅はもう、後戻りできない場所に差しかかっている。 “本当の結末”が、すぐそこまで来ているということを。
もし、まだこの物語を追ってくださるなら。 どうか、次の章も共に歩んでください。
“歯車の外”で生きようとする、私たち禁忌の物語を——
ブックマークや感想、本当に励みになっています。 気が向いたとき、そっと残してくれるだけで嬉しいです。
そして、願わくば。
壊れかけたこの世界に、ひとつでも“信じられる真実”が残りますように。
——ノクシア




