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記憶の共鳴——美しき妖精王の涙

——記憶が戻るほど、運命はねじれていく。


黒き龍王を巡る真実。

ノクシアの静かな想い。

そして、シュエルに刻まれた“禁忌の印”。


ヴァルゼクトの記憶が断片的につながるたび、世界の“形”すら揺らぎはじめる。

しかしそれは、まだ序章にすぎなかった。


記録がねじれた瞬間、世界の奥底で何かが目を覚ます。

時を見つめ、真実を記す者——“時の番人”が。


その存在は、神々ですら干渉できぬ“最古にして最凶”。


記憶を取り戻した先にあるのは希望か、それとも終焉か。

すべては、狂い始めた歯車の音とともに——。


記録の映像の中、かつてのシュエルがそこにいた。


精霊の加護をその身に(まと)い、涙を落としながら黒き龍を静かに抱きしめる姿——

それは、(はかな)さと強さが共鳴した、美しき妖精王の本来の姿。


沈黙の中に宿る威厳は、世界の(ことわり)さえ静かに従わせるほどだった。


黒き龍王・エルドリクスの巨大な身体に、そっと手を添え、

瞳に涙を(たた)えながら何かを(つぶや)くその姿。


「……シュエル?」


ヴァルゼクトが、思わず声に出していた。

声に出した瞬間、自分の中で何かがひび割れたような感覚。


“知っている”


彼は確信した。見たことがある。心が覚えている。

だが、その記憶は靄の向こうにある。


「自ら閉じた記憶……ようやく揺らぎ始めたな」


ノクシアが、小さな声で言った。

彼女は映像を見ながら、すでに“その時”が近いことを察していた。


隣で、ルシェイドも動揺を隠せずにいた。


「まさか……これが、あの“妖精王”?

いや、似てはいるが……別人のようだ」


ヴァルゼクトは何も言わなかった。

言葉にできない何かが、胸を締めつけていた。


シュエルの今の姿。

無邪気に笑い、空を舞い、希望を語る妖精。

だがこの記録の中の彼女は、

黒き龍のために泣き、命を投げ打つ覚悟を持った、

気高き“王”だった。


(これは……本当に、シュエルなのか?)


困惑と確信、そして戸惑いが静かに交錯する――まるで澄み切った湖面に、異なる色彩の想いが重なり合うような、揺るぎと静寂の思考。


それでも、彼は目を背けられなかった。


ノクシアがふっと視線を向ける。


「彼女は、何も思い出していない。

けれど、あの刻印が現れた時から——

彼女の魂は“共鳴”を始めている。

記録の中の過去と、いまを生きる彼女がな」


シュエルはただ、映像をじっと見つめていた。

自分にそっくりな“誰か”の姿を、不思議そうに、

けれどどこか切なげに見つめる。


「……ねぇ、ヴァルちゃん。

これって、本当に私なのかな?」


その声が、今にも泣きそうだった。


ヴァルゼクトは、何も言えなかった。

だが、彼の胸の奥にある“何か”が、強く脈を打っていた。


かつて自分が何をしていたのか。

この少女が、何を背負っていたのか。


その真実に、彼はゆっくりと、

確実に、近づいていた——。


「……あいつは、本当に……何も変わらない」


ノクシアはぽつりと呟くように言った。

視線の先には、シュエルがいた。まるで風に舞う花のように、あどけない笑顔で仲間たちと話す姿。


その胸元に刻まれた黒き紋様だけが、彼女の“真実”を物語っていた。


「可愛いな、あの子は。無邪気で……残酷なくらい、愛に正直だ」


風がそっとノクシアの髪を()でた。


その瞬間、胸の奥に眠らせていた感情が、チクリと痛み出す。ずっと封じていた記憶が、焼け焦げた心の片隅で、消えたはずの想いが、胸の奥でそっと息を吹き返し、彼女の心はふたたび静かに、けれど確かに揺れはじめていた。


エルドリクス。


かつて彼女が想いを寄せた、あの“終焉(しゅうえん)の龍王”。


「私も……あの人の傍にいた。だけど……」


言葉が続かない。


ただ、胸が痛かった。


シュエルが彼に向けた想いは、自分の気持ちよりもずっと強く、眩しかった。彼女は迷わず、全てを差し出した。命をかけ、魂を削って、エルドリクスを封印した。


——あの人を、生かすために。


「私には……できなかった」


ノクシアは静かに視線を落とし、悔しさと切なさを(にじ)ませた微笑をその唇に咲かせた。


その姿を横目に、ヴァルゼクトは何も言わず、空を見上げていた。


けれど彼の胸の奥も、静かに、かすかな音を立てて――何かが崩れ始めようとしていた。


(……俺は……何を、していた?)


シュエル。


エルドリクス。


そして——自分。


忘れていた想いが、ひとつ、またひとつと()まり込んでいく――まるで心の奥に散らばっていた断片が、ようやく居場所を見つけたかのように。


過去の記憶がにじみ出す。重なり合う光と闇の間で、ひとつ、またひとつと、忘れていた情景が、色を取り戻していった。


(やめろ……思い出すな)


けれど、もう止められなかった。


美しき妖精王の瞳。


流れる涙。


傷つきながらも、黒き龍を守ろうとしたその姿——。


その背後に、剣を向けていたのは、他ならぬ自分だったのだ。


「……やめろ……」


ヴァルゼクトは額を押さえ、膝をついた。呼吸が荒くなる。視界が歪む。崩れ落ちそうなほど、心が揺さぶられていた。


「ヴァル….!?」


シュエルが慌てて駆け寄る。だがその手が触れる寸前——


「……フフ」


森の影の奥、誰にも気づかれない場所で、ひとりの男が、うっすらと笑っていた。


「やっぱり……その程度で“壊れる”のか、お前は」


その声は、風に紛れて誰にも届かない。


ただ、確かにその場にいた“何者か”が、ヴァルゼクトの記憶の揺らぎを、静かに、楽しんでいた——。


ヴァルゼクトの息はまだ荒かった。額に浮かんだ汗が地面に落ちるたび、過去の記憶が脈打つように揺れ動いていた。


「……何かを……思い出しそうで……でも、はっきりしない……」


シュエルの小さな手が、そっと彼の背に触れた。


「ヴァルちゃん、大丈夫……?」


その声に応えようとしたときだった。


「止めておけ」


低く、鋭い声。


ノクシアが、静かに二人の間に割って入る。


「今、それを掘り起こせば——お前の“心”が壊れる」


「……心が?」


ヴァルゼクトが顔を上げると、ノクシアは一瞬、何かを躊躇(ためら)うように目を伏せた。


しかし次の瞬間、その瞳はまっすぐに彼を見つめていた。


「お前は、自分の意思で記憶を閉ざした。自分を——“ただの村人”にまで落とすことで、生き延びようとしたんだ」


「……俺が……?」


「そう。自ら望んだ。お前は知っていた。“神々の側”にいた自分が、もう一度目覚めれば、世界が壊れることを——」


ノクシアの言葉に、誰もが息をのんだ。


「だから、すべてを忘れた。名を捨て、存在を薄め、ただの人間として再生した。それが、“今のヴァルゼクト”よ」


ルシェイドがそっと視線を()らす。


彼は——最初から知っていたのだ。


だからこそ、旅に同行した。


シュエルが不安げにノクシアを見つめる。


「でも、今のヴァルちゃんは……そのままでいいんじゃないの? 無理に思い出さなくても……」


「それは、お前が言う言葉じゃない」


ノクシアが、少しだけ厳しい口調で言った。


「……なぜ?」


「お前は、かつて“終焉の龍王”を封じた。その代償として、エルドリクスは記憶を……魂の半分を、お前に託したのだ」


「え……?」


シュエルの表情が揺れた。


「その紋様が浮かんだ瞬間から……お前もまた、完全ではいられなくなる」


ノクシアの言葉の意味を、まだ誰も理解できなかった。


だが、確かに空気が変わった。


そのとき——


「……なあ、ルシェイド」


ヴァルゼクトが、ぽつりと問う。


「さっきから、気配を感じる。……誰かが、俺たちを見てる」


「……ああ」


ルシェイドの視線が、森の奥へと音もなく滑っていく。そこに潜む気配を、彼はとうに知っていた──いや、それすらも、彼の掌の上だった。


「気づいていたか。——観測者じゃない。もっと異質な気配だ」


「神……じゃないよね?」


シュエルがつぶやく。


「……いや、神ですらない。これは、もっと原初の……」


ノクシアが、言葉をのみ込んだ。


その瞬間、微かな地鳴りが大地を揺らした。


風が止まり、鳥が鳴き止む。


世界が、呼吸を止めたように静まる。


「……やっぱり来るか」


ルシェイドが、少し微笑んだ。


「このまま、全てを思い出させるつもりだな、“あの方”は——」


——“あの方”。


その言葉に、ノクシアの瞳がわずかに揺れた。


(まさか……あなたが動くとは)


ノクシアは、どこか遠くを見るように空を仰いだ。


そこにはまだ見えぬ“何か”が、確かに存在していた。


——そして、それはこの物語の“起源”に繋がっている。


空は、まだ青く晴れていた。だが、その静寂が、むしろ不気味だった。


「……ねえ、さっきから変な音がするの、気のせいかな?」


シュエルがふと耳に手を当てた。


「音……?」


ヴァルゼクトも目を細め、風に耳を澄ます。


……ザァァァ……


耳鳴りのような、けれど確かに“何かが迫ってくる”気配が、空気の粒に混じっていた。


ノクシアの瞳がわずかに細まり、魔力の奔流が静かに渦を巻く。

 その眼差しは、まるで万象を見通す“魔眼”のように、目には見えぬ気配を捉えていた。


「……鼓動が、早まっている」


「誰のだ?」


ルシェイドが即座に反応する。


「シュエルの。彼女の“紋様”が、反応している」


その言葉に、ヴァルゼクトは無意識にシュエルの肩に手を伸ばした。


「……大丈夫か?」


「うん……でも……なんか、胸がドクドクしてるの。怖いのに、少し嬉しいような……」


彼女の頬に薄紅がさし、まるで懐かしい誰かを待っているような表情を浮かべていた。


「それが……“呼応”か」


ノクシアは小さな声で言った。


「……何に?」


「この大地に眠る存在。“龍王エルドリクス”の核――魂の一片と、おそらく彼女の刻印が、反応し始めている」


ヴァルゼクトの脳裏に、浮かび上がるのはあの“記録の映像”。


涙を流し、黒龍を抱きしめる、美しき妖精王の姿。


(……あれが、本当に……?)


「でも、そんな……」


シュエルが小さく首を振る。


「私、そんなの覚えてないし……ただ、こわいの。記憶が戻ってきそうで」


「戻ることは、壊れることと同じ意味を持つ」


ノクシアの静かな声が、空気を裂いた。


「お前も。……そして、ヴァルゼクトも」


誰も何も言えなかった。


その時。


ドンッ。


大地が、鳴った。


「……これは」


ルシェイドの目が見開かれる。


それは、ただの地鳴りではなかった。 鼓動。脈動。まるで“地下に何かが存在している”かのように、大地そのものが呼吸を始めたのだ。


「……眠りが浅くなっている」


ノクシアが小さくつぶやいた。


「エルドリクスの封印が……揺らぎ始めている」


「それって……まさか……!」


シュエルが息をのむ。


「奴が……“こちらへ”歩み寄っているということだ」


空がうっすらと赤く染まり始めていた。


だがそれは夕焼けではない。遠く、空の裂け目の向こうから漏れ出た、異質な光。


その光の中心に、何かがいる。


それはまだ、姿を見せていない。


だがノクシアの指先が微かに震えた。


「この気配……記憶にある。だが、確信が持てない」


「何かが来る?」


「いや。誰か、だ」


ノクシアの声が低くなる。


「誰が来る?」


その問いに、ノクシアは答えなかった。 ただ、空を見つめたまま、ひとつだけ、静かに呟いた。


「まさか、あなたまで……」


その言葉が意味するものを、まだ誰も知らない。


——その影が誰なのか、今はまだ誰も知らない。

けれど、記録されし“終焉”は、確実にその足音を刻み始めていた。

【シュエルのつぶやき】


ねぇ、見た? あれ……私の記録。


あんな立派で美しくて、精霊の加護をまとってて……まるで誰かの物語みたいだったでしょ?


でもね、それが“私”なんだって言われても……正直まだ、ピンとこないの。


胸に浮かんだ刻印がドクンって脈を打った時、なにか大事なことを思い出しそうになって……でも、怖くて。


……エルドリクス。

ねぇ、あなたは今どこにいるの?


ノクシアが、時々すごく切ない顔するんだよ。あんな顔、初めて見た。


もしかして……私、何か大切なものを、忘れてるのかな。


でも、きっと大丈夫だよね。だって、ヴァルちゃんがいるし。ルシェイドも、ちょっと怖いけど頼りになるし。


だから私、進むよ。どんな記憶が待ってても——ね!


ねぇ……そういえば、私の記憶の中にね、黒いマントで大鎌を持った人がいたの。

顔は見えなかったけど……なんか、すごく冷たい感じだったのよねぇ。

あれって誰なんだろぅ……♪ 誰か、知ってるぅ?


……わたし、なんかすっごく、嫌な予感がするんだけど……。


と、とにかく! 次回も絶対読んでね?


ブクマ、してくれたら嬉しいなっ!


——またねっ♪


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