監視者は告げる——記録されし世界の終焉
世界の“運命”は、誰が決めるのか。
神か、記録か、それとも——“生きる者”自身か。
妖精の森を目指す旅の途中、ついに現れた“監視者”たち。
彼らが口にしたのは、あまりにも残酷で静かな“未来の記録”。
それは、三つの禁忌が揃いしとき、世界は終焉へと向かうという預言だった。
そして今、仲間たちの絆、選ぶべき道、自らの過去と向き合う“決断”の時が迫る。
記憶と記録。
そのはざまで揺れる、彼らの物語が再び動き出す——。
「……願わくば、お前たちが壊れずに済みますように」
ノクシアの祈りにも似たその言葉は、
まるで妖精の森を包み込もうとする黒龍の吐息のように、
重く、静かに魔力を帯びた風に溶けていった。
それは、運命の始まりを告げる静かな警鐘だった——。
次の瞬間、空が震えた。
雲を切り裂くように――巨大な光が、空と森の境界を斜めに貫いた。
「来る……!」
ルシェイドが即座に剣を抜く。
その眼は、空の彼方に浮かぶ、歪んだ"鏡のような亀裂"を見つめていた。
「空が……割れてる?」
シュエルが小さな声で言った。目に見えるほどの魔力の奔流が、まるで渦を巻くように森の結界を超えて流れ込んできた。
ノクシアは何も言わず、その裂け目を見上げたまま微動だにしなかった。
「……観測者だ」
ヴァルゼクトの口から低く言葉がこぼれ落ちた。
ノクシアがゆっくりと振り向いた。
「ようやく、来たか。“記録の番人”」
裂け目から姿を現したのは、2体の白銀のフードを被った存在だった。
顔は見えず、ただ無機質な“観測の目”だけが彼らのフードの奥で光っていた。
片方は「観測者」——世界の出来事をただ記録する存在。
もう一方は「監視者」——禁忌の芽を摘み取るために介入を行う実行者。
「この世界の記録は、均衡を乱す方向へと流れている」
片方が、感情の一切を排した声で告げた。
「修正が必要だ」
「修正……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、ルシェイドの眉がぴくりと動いた。
「お前たちの“修正”は、いつも滅ぼすことから始まる。何も守れぬくせに、神の都合だけで全てを裁くのか」
「裁定は記録に従う」
「なら聞こうか、監視者よ」
ヴァルゼクトが一歩前へ出る。その目には静かな怒りが宿っていた。
「その“記録”とやらに記された、俺たちの未来とはなんだ?」
一瞬の沈黙の後、監視者が答えた。
「禁忌の存在による、神界の崩壊」
空気が凍りついた。
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも冷酷だった。
「記録によれば、三つの禁忌が揃いしとき——世界はかつてない混沌に包まれる。神々は、力の均衡を失い、地上は“原初の混沌”へと回帰する」
「……それが、お前たちの予言か」
ノクシアが苦笑する。
「神が造った世界が壊れるのは、私たち禁忌のせい。だから記録を変える……その方法が、“存在の削除”だと?」
監視者はうなずいた。
「記録は不変。だが、存在が消えれば、記録そのものも矛盾なく書き換えられる」
「記録という名の抹殺か……」
ヴァルゼクトの声に、かすかに怒気が混ざった。
ノクシアが視線をシュエルに向ける。
「さあ、どうする? ヴァルゼクト。君が望んだ平穏は、神とその記録には存在しないらしいぞ」
ヴァルゼクトは答えなかった。
その沈黙こそが、彼の中にある葛藤を物語っていた。
——自分たちが、存在してはならない存在だというのなら。
果たして、どちらが“間違い”なのか。
空では再び、亀裂が広がっていく。
それはまるで、世界の終焉が始まりを告げる“鐘”のようだった。
「禁忌による、神界の崩壊……だと?」
ヴァルゼクトの声が低く響く。
その言葉は静かだったが、そこに宿る怒りと疑念は、森の空気すら震わせる。
「だったら聞かせてもらおう。
“神々”が作り上げた秩序とやらは、どれほど完璧だったんだ?」
監視者は答えない。
ただ、無機質な“記録の目”をこちらへ向けていた。
「抑圧し、奪い、選ばれし者以外を“失敗作”と断じた神々に、俺たちの未来を語る資格があるのか?」
ノクシアがくすりと笑った。
「……随分と強くなったな。かつての“名前”を捨てたお前が、こうまで言えるようになるとは」
「名前を捨てたのは、神の代弁者として生きたくなかったからだ」
ヴァルゼクトははっきりと言った。
その言葉に、ルシェイドが一瞬だけ驚いたように視線を動かす。
「だったら、今こうして旅をしている意味はなんだ? 自分の過去を――神に仕えていた過去を思い出すことが、お前を壊すかもしれないんだぞ」
「それでも、知らなければならない。誰かに押しつけられた“記憶”ではなく、自分で選ぶ“未来”のために」
その瞬間、ノクシアはわずかに目を細めた。
「お前が“世界の終焉”を選んだとしてもか?」
「そうだ。それが……この世界の本当の姿を取り戻す道ならな」
ヴァルゼクトの言葉に、監視者が再び口を開く。
「この世界の未来には“三つの歪み”が確認されている。
それぞれが“禁忌”として記録されており、互いに共鳴する危険を孕む」
「……三つ?」
ノクシアが眉をわずかに上げた。
「禁忌の存在とは、私、ヴァルゼクト、そして……」
そこで監視者は言葉を切る。
「三つ目の存在は、既に“記録の外”にある。
しかし、その封印は……この森にて解かれようとしている」
全員の視線が、思わずシュエルに集まる。
「え? 私、なにかした?」
無邪気に笑うその姿に、ノクシアが小さく息をついた。
「やはりそうか……“刻印”は偽りなく、彼女に刻まれている。
お前たちは知らぬまま、全ての“鍵”をこの地に集めてしまった」
ルシェイドが低くつぶやいた。
「これが……神が恐れる“再構築の起点”……か」
沈黙が、深く場を包む。
風がふと吹き抜け、森の奥から鳥たちの羽ばたく音が響いた。
そして、ヴァルゼクトが静かに一歩を踏み出した。
「ならばその運命――俺たち自身の手で見届ける」
その目には、迷いはなかった。
“記録”ではなく、“今”を生きる者としての決意が、そこにあった。
「“封印の記録”はすでに破綻している」
監視者の声が、冷ややかに響いた。
「再構築を阻止するには、残された最後の手段――“全データの初期化”が必要だ」
「初期化……?」
ルシェイドがその言葉を繰り返した瞬間、ノクシアの目が鋭くなる。
「つまり、世界ごと消す気か」
「“禁忌”がそろい、黒龍の鼓動が再び鳴れば、世界は新たな段階へと移行する。
それは、神々が設計した秩序の終焉を意味する。
記録に従えば、破滅は必然。ならば、記録そのものを白紙に戻すことが最善だ」
「お前らの“最善”はいつもそうだな。
壊すことで、すべてを無かったことにしようとする」
ヴァルゼクトの声に、ほんのわずか熱が宿る。
その瞬間、観測者が動いた。
空中に“記録の輪”と呼ばれる光の魔法陣が現れる。
そこには、かつて黒き龍が空を裂き、神々の城を焼き尽くした光景が、まるで記録映像のように映し出された。
「これが、“彼”の記録か……」
シュエルがぽつりとつぶやく。
その映像の中、黒く巨大な龍が天を舞い、
圧倒的な力で神々の軍勢を吹き飛ばしていく。
「これが……エルドリクス?」
ノクシアの唇が、わずかに震えていた。
「違う」
彼女が小さい声で否定した。
「これはただの“記録された姿”だ。
エルドリクスの真の姿は、もっと穏やかで、もっと――優しかった」
「……優しい?」
ルシェイドが、思わず言葉を漏らす。
「あぁ。彼は、世界を壊すために生まれたわけじゃない。
神々が恐れ、排除しようとしたから……“破滅の化身”にされたのだ」
記録の映像が、やがて“妖精王”の姿に変わる。
そこには、かつてのシュエル――
精霊の加護をまとい、長く美しい銀の髪を風に揺らしながら、
その腕に黒龍を抱きしめ、静かに涙を流す“妖精王”の姿があった。
神秘に満ちた瞳、凛とした佇まい。
その姿は、今そばにいる無邪気で可愛らしい少女とはまるで別人だった。
だが――彼女は、確かに“シュエル”だった。
「……シュエル……?」
その名を口にした瞬間、ヴァルゼクトの声が微かに震えた。
視線がそらせない。胸の奥がざわつき、脈が乱れる。
頭の奥に、言い知れぬ感覚が波のように押し寄せていた。
動揺は隠せなかった。
ノクシアが、その様子を見て笑った。
「……自らが閉した記憶。ようやく、その扉が軋み始めたようだな」
「記録の断片が、つながっていくな」
ヴァルゼクトの問いかけに応じるように、監視者が無機質な声で答えた。
「それは、“かつての真実”にして、“世界の転機”と定義されている」
黒龍を抱き、涙をこぼす美しき妖精王――その姿が、淡く消えゆく。
その映像が消えた瞬間、シュエルが小さな声で言った。
「……あれ、私……あんな風に、泣いていた……の?」
彼女の声は、記憶の深奥に触れかけた者特有の“かすかな痛み”を帯びていた。
ヴァルゼクトは言葉を返せなかった。
ただ、胸の奥で何かが確かに軋む音がした。
(……知っていた。だが、思い出したくなかった。なぜ、そう思うのか……)
ノクシアはそんな二人の様子を静かに見つめ、ひとりごとのように呟いた。
「これが“始まり”だ。破滅も、再生も、愛も、すべてがここから」
「ゆえに、この世界は危うい。記憶が蘇り、真実が露わになれば、禁忌の絆は“力”として顕現する」
「力を恐れるのか?」
「力ではない。“意志”を、だ」
その言葉に、ノクシアの目が細められる。
「なるほど。“神に抗う意志”が、記録では予測不能……か」
「だからこそ、我々は確認しに来たのだ」
観測者が、言葉を発した。
「神が捨てたはずの“可能性”が、まだこの世界に残っているのかどうか」
沈黙が流れた。
誰もが、その言葉の意味を理解し始めていた。
“神の支配”に隠された真実。
“禁忌”と呼ばれる者たちが抱える、“未来を選ぶ力”。
それが、神々にとって最も危険な存在なのだと。
空に浮かぶ“記録の輪”が、音もなく霧散した。
映像が消えたあとも、その余韻だけが森の空気を重たくしていた。
誰もが言葉を失っていた。
ヴァルゼクト、ルシェイド、シュエル、ノクシア。
その中で、ひとり——シュエルだけが、そっと胸元を押さえていた。
脈を打つ刻印が、まだ熱を帯びている。
「……記録、って怖いね」
ぽつりと漏らすように言ったその声は、小さく震えていた。
「それは“記された過去”であって、私たちの“今”じゃないのに……全部を決められちゃう気がして」
ノクシアが静かに微笑む。
「なら、書き換えればいい。
記録じゃなく、今ここに生きる“私たちの意志”で」
ヴァルゼクトが目を伏せる。
その言葉は、まるで心の奥に届くようだった。
(俺は……この世界で何を為すべきなのか)
未だ曖昧なままの記憶。
けれど確かに、目の前には守るべき存在がいて、
自分を信じてくれる仲間がいて。
「……監視者よ」
ヴァルゼクトが口を開いた。
「この旅の終わりに、もう一度会おう。そのときまでに、俺が何を選ぶか——“記録しておけ”」
一瞬の沈黙の後、観測者がわずかにうなずいた。
「その意志、記録に留めた」
そして彼らは、空の裂け目と共に、静かに姿を消した。
風が吹いた。
不思議なほど穏やかな、草木をなでる風だった。
その風に乗って、ノクシアがぽつりと言った。
「……あの龍が眠る地は、もうすぐだな」
「黒き龍王の……?」
「あぁ。かつて、彼を封じた妖精王の愛が、今も遺跡に残っている」
その言葉に、シュエルは目を細める。
胸の奥で、何かがまた——微かに、軋んだ。
「……ねえ、ノクシア。私が、あのとき何を願ったのか。
もし思い出したら……私は、変わっちゃうのかな」
ノクシアは答えなかった。
ただその背にふわりと羽織ったローブが、風に揺れただけだった。
遠くで、また空が光った。
けれどそれは、恐怖の兆しではなく——
“目覚め”の予感だった。
【シュエルのつぶやきコーナー】
ねぇ、聞いた?
“世界が終わる”とか、“禁忌が揃う”とか、なんかものすごーく物騒な話してたよね……。
しかも、「記録に従って削除します」とか言ってくる監視者さんたち、ちょっと怖すぎない?
あ、でも……ヴァルちゃんが怒ってるときって、ちょっとかっこよかったかも。
ルシェイドも静かに燃えてたし、ノクシアは……もう、いろいろ深すぎてよく分かんないや。
けどね、私、ひとつだけ分かることがあるの。
——誰がなんて言っても、“今の私たち”は、ここにいる。
だから、きっと大丈夫。
ううん、絶対に、守ってみせるんだから。
……そうだ、次回はついに、ルシェイドがこの旅に同行している“本当の理由”が少しずつ見えてくるんだって。
監視者さんたちが「見届ける」って言ってたのも……気になるなあ。
ふふっ♪何があっても負けないよ♪わたしたち。
あ、最後にちょこっとお願い。
もしよかったら、ブクマしてもらえると、とっても励みになります♪
それじゃあまた次の話でねっ。
——シュエルでしたっ!




