共鳴する魂——浮かび上がる運命の刻印
物語は、新たな局面へと突入する。
シュエルの胸に浮かび上がる刻印。その意味を知る者は、どれほどいるのだろうか。
破滅の魔女ノクシアは、その印を見て何を思ったのか。
そして、監視者たちの目的は本当に"見張ること"だけなのか。
ヴァルゼクトが記憶を封じた理由。
シュエルの存在が持つ真実。
すべては、"共鳴する魂"が導く先にある。
旅路の先に待ち受けるのは、"運命の刻印"が示す未来か、それとも——。
「……久しいな」
その言葉が静寂を切り裂くように響いた。
ノクシアが、誰とも知れぬ相手に向けて呟いたその言葉。
ヴァルゼクトとルシェイドが、同時に振り返る。
だが、ノクシアは何事もなかったかのように微笑を浮かべ、淡々と前を向いた。
(……誰に向けて言った?)
ヴァルゼクトは微かな違和感を抱いた。
ルシェイドも目を細めるが、ノクシアの真意を探るような鋭い眼差しを向けるだけだった。
「……記憶まで奪われたか」
ノクシアが、小さな声でつぶやいた。
だが、その言葉が誰に向けられたものなのかは、やはり分からない。
それはヴァルゼクトに対してか、それとも——。
ノクシアは静かに手を伸ばし、指先でシュエルの美しい羽をツンツンと突いた。
「……っ!?」
ヴァルゼクトの表情がわずかに変わった。
ノクシアの行動は、まるで彼女がシュエルの存在を"知っている"かのようだった。
「えへへーっ♪」
シュエルは嬉しそうに笑うと、くるくるとノクシアの周りを飛び回る。
「破滅の魔女って……ぜーんぜん怖くないね♪」
「……そうか?」
ノクシアが僅かに目を細める。
(なぜだ……?)
ヴァルゼクトは、その光景に言い知れぬ違和感を覚えた。
ルシェイドも腕を組みながら、静かに二人のやり取りを見つめる。
まるで、ノクシアとシュエルは"昔からの知り合い"だったかのような親密さ。
——だが、それはあり得るのか?
「……ノクシア、お前は」
ヴァルゼクトが問いかけようとした瞬間——
「ヴァルちゃん!」
シュエルが彼の言葉を遮るように、ヴァルゼクトの前にふわりと降り立つ。
「ねえねえ、この人、なんかすごいよ! すっごく強い魔力を感じる! でも……なんかね、すごく悲しい感じがするんだよねぇ」
その言葉に、ノクシアの表情が僅かに変わった。
「……悲しい、か」
ノクシアは少し苦笑しながら、シュエルの頭を優しく撫でた。
(まるで、"懐かしんでいる"かのように)
——この二人の間に、何かがある。
ヴァルゼクトは、その確信を強める。
(……シュエル、お前は……?)
ノクシアは静かに目を伏せ、シュエルの髪を指で弄ぶように撫でながら、小さく息をついた。
「……そうか。ダークエルフの妹リュシアは、精霊の水の影響を受けているのね」
その声は淡々としていたが、その奥には何かを見通すような深い響きがあった。淡々とした口調だったが、その瞳には一切の驚きがない。
まるで、すべてを知っていたかのような——否、"すでに見ていた"かのような表情。
「ノクシア?」
ヴァルゼクトが彼女の様子を窺うように名を呼ぶ。
ノクシアはふと顔を上げると、薄く微笑んだ。
「未来は、決まっているわけではない……だが、"起こるべくして起こる"ものはある」
「……つまり、ダークエルフの妹はどうなる?」
「死ぬ」
ノクシアは何の感情もなく即答した。
「——っ!!」
シュエルが息をのむ。
「でも、それは"このままなら"の話よ」
ノクシアは指先をシュエルの額に軽く当てる。
「お前次第で、未来は変わるかもしれない」
「……私が?」
「お前は"特別"だからな」
ヴァルゼクトの胸がざわつく。
(……"特別"?)
(何を言っている? シュエルはただの妖精……のはずだ)
——本当に、そうか?
ヴァルゼクトは、自らの心に問いかける。
最近、シュエルの存在が"何か違うもの"のように感じ始めていた。
彼女はただの妖精ではない。
……いや、"妖精ですらない"のではないか?
「……妖精の森に向かう途中、神の手からの怪物が襲ってくると思う?」
シュエルの問いに、ノクシアはゆっくりと首を振る。
「"怪物"ではないわ」
「え?」
「今回は、"監視者"が来る」
ノクシアの言葉に、ヴァルゼクトとルシェイドが一瞬だけ動きを止めた。
「……監視者?」
ルシェイドが声を低める。
「どの程度の格か分かるか?」
「ふふ……私を誰だと思っている?」
ノクシアは軽く目を伏せ、口角を上げる。
「二人——おそらく、"高位の監視者"だ」
「……ちっ」
ルシェイドが舌打ちをした。
ヴァルゼクトは静かに剣の柄に手をかける。
監視者——
それは、単なる敵ではない。
監視者は神々の意志を体現し、"禁忌の存在"を見つけ出し、裁く存在。
(……俺は、裁かれる側というわけか)
ヴァルゼクトの中に、怒りにも似た感情が込み上げる。
だが、その横でシュエルは小さな声で言った。
「……監視者って、何のために存在するんだろうね」
誰にともなく、ただふわりとした声で。
その声音が、どこか遠い記憶を呼び起こしそうな気がして——
ヴァルゼクトは、彼女をじっと見つめた。
「監視者は、戦う意志はないはずだ」
ノクシアがそう断言した瞬間、ヴァルゼクトとルシェイドは同時に顔を見合わせた。
「……戦わない?」
ルシェイドの目が細まる。
「じゃあ何のために来る?」
ヴァルゼクトも疑念を抱く。
監視者が"戦わない"など、あり得るのか?
「目的は、別にあるんだよ」
ノクシアは、静かに目を閉じた。
「この森に近づく前に、お前たちには"知るべきこと"がある」
「……"知るべきこと"?」
ノクシアの視線が、シュエルへと向かう。
「シュエル、お前は自分の中に"何か"があることを感じているか?」
「え?」
シュエルは、きょとんとした顔をした。
だが、その瞬間——
——ドクン。
心臓の鼓動が、大きく鳴った。
同時に、シュエルの胸元の衣がわずかに揺れる。
ヴァルゼクトの目が、そこに釘付けになった。
「シュエル……お前の胸……」
シュエルは自分の胸に手を当てる。
そして——
「……なにこれ?」
小さな黒龍の紋様が、彼女の肌に浮かび上がっていた。
「……やはりな」
ノクシアが、微かに笑みを浮かべる。
「お前の鼓動と共に、“エルドリクスの魂の契り”が脈打っている」
「エルドリクス……」
ヴァルゼクトはその名を聞いた瞬間、胸の奥が重くなるのを感じた。
(俺は、その名前を……知っている……?)
「……何者なんだ? その"エルドリクス"というのは」
ヴァルゼクトの問いに、ノクシアはゆっくりと口を開いた。
「"終焉の龍王"エルドリクス。かつて神々が最も恐れ、滅ぼそうとした存在よ」
「終焉の……龍王?」
「そう。あらゆる"秩序"を無に還す力を持つ存在。そして、"神々に抗った龍"でもある」
ヴァルゼクトは、喉の奥が乾くのを感じた。
「シュエル、お前……」
「う、うん……?」
シュエルは戸惑いながら、黒龍の紋様を指先でなぞる。
その瞬間——
——ドクン。
再び、鼓動が響いた。
そして、黒龍の紋様が脈動するように微かに揺れる。
「……これは、何?」
シュエルは不安げにヴァルゼクトを見た。
ヴァルゼクトは、目を逸らさなかった。
「お前が……"エルドリクスを封じた"のか?」
その問いに、ノクシアが静かにうなずいた。
「そうだ。シュエルは、自分の命と引き換えに"エルドリクスを封じた"」
「なっ……」
「その証が、胸にある"黒龍の紋様"なのだ」
ヴァルゼクトの目が、黒龍の紋様に釘付けになる。
「……じゃあ、この紋様は……」
「エルドリクスが、"お前の中にまだいる"証拠だ」
その言葉に、シュエルはハッと息をのんだ。
ヴァルゼクトもまた、黒龍の紋様を見つめる。
(……俺は、何を知っている?)
(この黒龍の紋様を……俺は、どこかで……)
「ヴァルゼクト、お前も思い出しているんじゃないか?」
ノクシアが意味深に微笑んだ。
「お前が、"なぜ自分の名前を捨てたのか"を」
その言葉に、ヴァルゼクトは息をのんだ。
記憶が、微かにきしむ音を立てながら蘇ろうとしていた。
だが——
「待て」
ルシェイドが静かに言った。
「何かが……近づいている」
ヴァルゼクトとノクシアが、同時に顔を上げる。
「——監視者か?」
ノクシアの言葉に、ルシェイドは冷たく笑う。
「違う。"監視者"ではない……"神の番犬"だ」
その瞬間——
空気が重くなった。
「しくじったな……」
どこからともなく、低く冷たい声が響く。
「裏切ったらどうなるか……思い知るがいい」
その声は、まるで"裁きを下す者"のように響く。
ヴァルゼクトの眉がピクリと動く。
「……神が"直々に"送り込んだか」
ノクシアが口角を上げる。
「監視者ではなく、処刑人……"神の手"の狩人たちか」
シュエルが、目を丸くする。
「なんか〜……やな予感♪」
無邪気に笑いながらも、彼女の翡翠の瞳は鋭く光る。
空気が震えた。
そして——
"それ"が、姿を現した。
楽しげに笑う彼女の横で、ヴァルゼクトは剣を抜いた。
「——来るぞ」
監視者の意図。
エルドリクスの存在。
封印された記憶。
そして、黒龍の紋様が示す真実——。
すべてが絡み合い、運命の歯車が大きく動き出す。
——"神に裁かれる者"は、果たして誰なのか。
妖精の森への旅は、ついに核心へと向かおうとしていた——。
[シュエルのつぶやき]
「ねぇ、見た?? 可愛い私の胸に浮かんだ刻印!! びっくりだね!」
じーっと見つめてたらね、なんかドクンって脈を打つの!
まるで生きてるみたいに、私の鼓動と一緒に……。
これって何かと共鳴してるのかな? それとも、誰かが私を呼んでるの?
ヴァルちゃんも、ノクシアも、なんだか意味深な顔してたけど……。
「ねぇねぇ、これってすっごく重要なやつなんじゃない?」
もしかして、私って"選ばれし存在"だったりする!?
……え、でも、刻印ってカッコいいのが良かったなぁ。
黒龍の模様って、ちょっと怖いかも……。
うーん、監視者も動き出してるみたいだし、何が起ころうとしてるんだろう?
もう、謎ばっかりでワクワクしちゃうね♪
次回、もっとすごいことが起こりそうな予感……!
続きが気になる人は、ブクマよろしくねっ♪




