王の血が呼ぶ——妖精の森への試練
深き闇が広がる洞窟の奥。そこには"王の匂い"を嗅ぎつける獣がいた——。
神々の刺客ではない。だが、それは神の掌の上にある存在かもしれない。
ヴァルゼクトたちは、病に伏せる少女リュシアを救うため、妖精の森を目指す。だが、その道のりは平穏とは程遠かった。
影に潜む者たちの気配。
理性なき者が放つ飢えた視線。
そして、謎めいた"王の血"に呼応するような言葉。
「王の匂いがする……」
その一言が、ヴァルゼクトの胸にわずかな疑念を残す。
"王"とは、一体誰のことなのか?
神々の罪に満ちた世界で、隠された真実がまたひとつ、静かに姿を現そうとしていた——。
——「神は、嘘をつく」
天がきしみ、大地がうめき、空気はまるで世界の終焉を告げるかのように張り詰めていた。
精霊の水は澱み、黒い霧が世界を覆い尽くす。
まるで**神の咎**を知った瞬間、万物がその罪を裁くかのように。
そして——
彼女は知った。
神の咎——それは、絶対であるはずの神が犯した"許されざる罪"。
その罪の上に築かれた世界が、どれほど脆く歪んでいるのかを。
ヴァルゼクトの問いかけが、彼女の胸に刺さる。
「お前は——何を見た?」
神を信じ、その言葉に従い、妹の命を救おうとした。
だが、神の言葉は嘘だった。
ヴァルゼクトの言葉が、その嘘を暴いた瞬間、彼女の中にあった"信仰"が音を立てて崩れた。
——すべてを捧げても、神は何も与えてなどいなかった。
それを知った瞬間、彼女の心の中で"何か"が砕け、そして新たな"何か"が芽生えた。
(……私は、間違っていた)
力なく握りしめた手に、震えが走る。
それは怒りか、悲しみか、それとも絶望か——
違う。
それは——決意だった。
——ならば、私はこの命を、真に"仕えるべき者"に捧げる。
彼女の瞳が、静かに闘志を宿すように光る。
「……ヴァルゼクト様」
彼の名を口にしたとき、それは"主"への誓いとなった。
"神"ではなく、目の前にいるこの男こそが——彼女の仕えるべき"主"だった。
かつては神に忠誠を誓ったこの身。
だが、今は違う。
「——私は、あなたに仕えます」
その声には、偽りのない忠誠心があった。
ヴァルゼクトは彼女を見つめる。
その眼差しの奥に、確かに"覚悟"を見た。
「……ならば、ついてこい」
彼の言葉に、彼女は静かに膝をつく。
神の咎を知った。
だからこそ、彼女は新たな"誓い"を立てる。
かつて神に仕えたダークエルフは——この瞬間、ヴァルゼクトの騎士となった。
そして、彼女は誓う。
この命をかけて、ヴァルゼクトに忠誠を尽くすと。
俺たちは暗闇の中にいた。
黒く染まる洞窟の奥、息を潜め、ただ"気配"を待つ。
静寂——
だが、それは"嵐の前の静けさ"に過ぎない。
この闇の中、確かに"何か"が目を覚まそうとしている。
そして——
俺の背後で、小さくささやく声がした。
「ねぇ、ヴァルちゃん——“神を信じる”って、どういうこと?」
翡翠の瞳が、揺らめく光のように俺を見上げる。
その問いの意味を、俺はまだ知らない。
だが、"神の嘘"がこの世界のゆがみを作り出しているのなら——
俺は、それを"暴く"。
"神の手"が動き出す前に。
—— 神々の偽りを、俺が断つ。リュシアの荒い息遣いが微かに聞こえる。
病に侵された彼女の小さな体は、まるで薄氷のように儚かった。
「……このままじゃ、もたないかもね」
シュエルがつぶやく。その声には焦りが滲んでいた。
妖精の森へ急ぐ必要がある。
そこに辿り着けば、リュシアの病を癒せる可能性がある。
だが——
「……なにか来るぞ」
ルシェイドが低い声で言った。
その瞬間、俺の背筋に冷たい感覚が走る。
何かが……近づいている。
シュエルが瞬時にリュシアのそばへと移動し、小さな手を握った。
その翡翠色の瞳が、暗闇の奥を警戒するように細められる。
「影が……揺れた」
ダークエルフが囁いた。
彼女の目は夜の闇に慣れている。俺たちよりも、遥かによく見えているはずだ。
「……数は?」
「……十。いや、もっといる……二十以上かもしれない」
「……ゴブリンか」
ルシェイドが淡々と言い放つ。
洞窟の奥に潜んでいたのは、獣とも人ともつかない存在——ゴブリンの群れ。
通常ならば、それほど脅威ではない。
だが——
「この数は、異常だな」
「……なんか、やな感じがする」
シュエルがぽつりと言った。
俺も同じ考えだった。
普通のゴブリンなら、こんな場所にこれほどの数で集まることはない。
「……囲まれるぞ」
ダークエルフの声がさらに低くなる。
俺は剣を握りしめた。
殺気が、洞窟の中に広がり始めている。
「……やるしかねぇな」
ルシェイドが静かにつぶやいた次の瞬間——
—— 洞窟内に轟音が響き渡った。
鋭い叫びが、壁に反響し、何重にも響き渡る。
奴らは、襲いかかる気だ。
俺たちは、戦いの幕開けを迎えようとしていた——。
——殺気が充満する洞窟。
奥深い闇の中、無数の瞳が光を反射しながら動き出す。
獣じみた鼻息が荒く響き、地面を爪で引き裂く音が、じわじわとこちらに迫ってきた。
「……来るぞ」
ルシェイドが小さな声で言った。
その声音には焦りはなく、むしろ獲物を待ち構える狩人のような余裕があった。
ゴブリン——本来は知能の低い魔物の一種。
だが、この群れには何か違和感があった。
「おかしいな……」
ダークエルフが小さく眉を寄せる。
「ゴブリンは、こんな統率の取れた動きをする生き物じゃない。ましてや、二十体を超える群れで狩りをするなんて……」
俺もそれは理解していた。
このゴブリンたちは、明らかに“誰か”の意志によって動かされている。
「神の刺客か?」
「いや……これは、また別の存在の気配だ」
ルシェイドが答える。
——つまり、この群れは“偶然”俺たちを襲っているのではない。
「どちらにせよ、やるしかないわね」
ダークエルフが影の術を展開する。
闇が彼女の体にまとわりつき、影そのものが意志を持つかのように蠢き始めた。
俺は剣を抜く。
ルシェイドは魔力をまとい、紫紺のオーラが周囲を満たした。
「シュエル、お前はリュシアを守れ」
「うん、任せてぇ!」
シュエルは胸を張るが、その笑顔の奥に不安が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。
「……ヴァルちゃん、気をつけてよ」
「お前こそ、な」
そう言いながら、俺は前へと踏み出した。
——その瞬間、地獄が幕を開けた。
轟音が洞窟中に響き渡り、ゴブリンたちが一斉に飛びかかる。
闇の中から無数の刃と爪が襲い掛かる——!
俺は即座に剣を振るった。
金属が擦れる音、鈍い肉を裂く感触。
一撃で、三体を両断する。
黒い血が飛び散り、ゴブリンの断末魔が響く。
「……次」
視線を移した瞬間、別のゴブリンが大剣を振りかぶり、俺の頭上へと叩き落とそうとする——
「甘い」
俺は足元の岩を蹴り、横へと跳ぶ。
そのまま剣を逆手に構え、切り上げるように振るう——
——視界が赤く染まった。
ゴブリンの首が宙を舞い、地面へと転がる。
「ハッ、やるな」
隣でルシェイドが小さく笑う。
彼もまた、影のように戦場を駆け抜け、ゴブリンを一体ずつ仕留めていく。
「影縛り——」
ダークエルフが術を発動する。
地面から影が這い出し、無数の手となってゴブリンたちの動きを封じる。
その隙を逃さず、俺とルシェイドが一気に仕掛ける。
——まるで、戦場を踊るように。
「あとどれくらいで片付く?」
「このペースなら——」
俺が言いかけた、その時だった。
「…..王の匂いがプンプンするぞ」
——ぞわり、とした感覚が背中を駆け上がる。
「……何?」
一瞬、剣を振るう手が止まる。
王の匂い?
どういう意味だ……?
「ヴァルゼクト……?」
ダークエルフが驚いたように俺を見た。
その表情には、明らかな疑念が浮かんでいる。
「お前が……王?」
「……そんなわけがない」
だが、ゴブリンはニヤリと笑みを浮かべたまま、答えようとはしない。
「知りたいか?」
「誰が……教えるかっ」
そう言い放つと同時に、奴は己の刃を振り上げた。
その言葉を最後に、奴は剣を振るい、俺の刃に貫かれた。
——俺は、王なのか?
その疑念が、頭の奥で静かにうごめき始めた——。
「…..王の匂いがプンプンするぞ」
その言葉が洞窟の静寂を裂く。
王の匂い。
それは、単なる戯言ではない。
明確な確信と、本能的な確信——それが混ざり合ったような響き。
ゴブリンのリーダー格は、周囲をキョロキョロと見回しながら、鼻をひくつかせた。
まるで空気の中に漂う"何か"を嗅ぎ取ろうとしているかのように。
その眼には理性などなく、ただ本能的な"識別の力"だけが宿っていた。
——だが、奴は最期にもう一度、愉快そうに笑った。
「王の……血……」
その言葉が意味するものは何か。
——王の血?
その単語が、俺の頭の中でゆっくりとこだました。
「ヴァルゼクト……」
隣で戦っていたダークエルフが、ふと俺を見た。
その瞳には、確かな疑念がにじんでいる。
「お前が……王なのか?」
「……そんなはずがない」
即座に否定する。
だが、その声は俺自身でも驚くほど、わずかに揺らいでいた。
俺は何者なのか?
神々に封印された理由——
記憶を取り戻せば、その答えが見つかるはずだった。
だが、俺は未だに何も思い出せない。
もし、俺が"王"とやらに関係しているのなら——
(俺は、何者なんだ?)
背中を冷たい感覚が走る。
まるで、俺という存在の根幹が、知らない誰かの意志によって作られたかのような——そんな錯覚。
その時だった。
「…..王の香りってどんななんだろうね」
唐突に、呑気な声が響いた。
シュエルだった。
いつものように軽く微笑みながら、それでいて、その瞳の奥には何か深いものを潜ませている。
「ねぇ、ヴァルちゃん?」
「王の血って、なんか力があるのかな?」
俺は、一瞬息を呑んだ。
——その問いは、冗談なのか?
だが、シュエルの表情は冗談にしては、どこか意味深だった。
「……お前、何か知っているのか?」
俺が問い返すと、彼女は可愛く微笑んだ。
「さぁ? ただ……王って、いい香りしそうじゃない?」
「特別な血を持ってるなら……きっと、ね」
その言葉に、ルシェイドが鋭く目を細める。
「シュエル……お前、何を企んでいる?」
「んー?」
彼女は、ルシェイドの問いには答えず、ただ薄く笑った。
そのまま俺の前にふわりと浮かび、じっと俺を見つめる。
「ねぇ、ヴァルちゃん……」
「君は、一体誰なの?」
その問いが、俺の胸に鋭く突き刺さった——。
洞窟の静寂の中、ゴブリンのリーダーが残した言葉が、まるで空気に染みつくように響いていた。
——王の血。
それは俺にとって何の意味を持つのか。
わからない。だが、ただの偶然ではないはずだ。
ゴブリンのリーダーは死の間際、**「誰が教えるか」**と言い残した。
まるで"知っていた"のに、俺には答えを与えなかったかのように。
(奴らは……"何か"を知っていた)
「……ヴァルちゃん、大丈夫?」
ふわりと、柔らかい声が俺の耳に届いた。
シュエルだった。
「さっきからずっと難しい顔してるけど?」
俺は、静かに息を吐いた。
「王の血……それが俺に関係しているのかもしれない」
「ふーん?」
シュエルはまるで他人事のように鼻歌を歌いながら、ふわふわと宙を漂う。
「でも、今は考えてもわかんないでしょ?」
「だったら、進もっか!」
彼女は楽しげに微笑んだ。
その無邪気な表情が、なぜか妙に安心させる。
「……行くぞ」
俺たちは再び歩み出した。
目指すは——"妖精の森"。
リュシアの命を救うために。
"神の手"が迫る
森へ続く道は静かだった。
だが、それが逆に不気味なほどの静寂を生んでいた。
異様なほど風がない。
鳥のさえずりも、獣の遠吠えも聞こえない。
まるで——何かが俺たちを見ているような感覚。
その時だった。
「……しくじったな」
どこからともなく、低く響く声。
「!」
俺たちは一斉に動きを止めた。
「裏切ったらどうなるか……思い知るがいい」
声は森の奥から響いていた。
まるで、影が意思を持つように広がり、その気配がこちらへと迫ってくる。
「なんか〜……こわーぃ♪」
シュエルは呑気だった。
その瞳にはまるで恐怖はない。
むしろ——愉しんでいるようにすら見えた。
「ヴァルちゃんがいるなら、ぜーんぜん怖くないし?」
彼女の言葉は、まるで"かばわれたことが嬉しい"と言わんばかりだった。
(……こいつ、本当に何を考えているんだか)
俺が少し表情を変えると、彼女は可愛く笑った。
「ねぇ、ヴァルちゃん?」
「また守ってくれる?」
彼女は軽い調子で言うが、その声の奥にはほんの僅かな甘えが見え隠れしていた。
「……お前は俺の影にでもなるつもりか」
「えへへ、それもアリかも?」
シュエルは笑うが、その時——
「……"神の手"か」
ルシェイドが低い声で言った。
その声には、普段の余裕の色はなかった。
「神が造りし怪物……それが"神の手"の正体だ」
彼はまっすぐ森の奥を睨む。
「神々が自ら手を下すことはない。だが……"それ"を使って執行を下すことはある」
「……神の作りし怪物?」
「そうだ」
ルシェイドの瞳が細められる。
「おそらく、間もなく動き出すだろう。俺たちの"抹殺"のためにな」
彼のその言葉が、不気味な静寂の中へと溶け込んだ。
そして——何かが、確実に迫っている。
俺たちは再び足を踏み出す。
暗く深い森の中へと。
[シュエルのつぶやき]
「“神の手”って、一体なんなのよ!」
なんか不気味じゃない? だって“手”ってことはさ、何かを掴んでるってことじゃん? ……いや、むしろ"何かを操ってる"ってこと? それとも……ううん、考えたくない!!
それに今回は、なんか好きじゃないゴブリンがワラワラと襲ってきちゃうし……「王の匂いがする」とか、もう意味不明なんですけど!? どんな匂いなのよ! まさか、おいしいスイーツみたいな香りがするってわけじゃないよね?
それに、ルシェイドが"神の手"が作り出した怪物の話をしていたよ。もしかして、近いうちに……いや、もしかして、もうすぐ……。
考えたくないけど、もしアレが襲ってきたら、さすがにちょっとヤバい気がするよ?
……しかも、ダークエルフの妹の命も危ないし、妖精の森に急がないとっ!!
次回——"神の罪"が、ついに形となって姿を現す……!?
ヴァルちゃん、ルシェイド、しっかり守ってよね! 私のことも、リュシアのことも……っ!
それじゃあ、また次の話でね♪ ブクマしてくれたら、私が特別に"可愛い笑顔"をプレゼントしちゃうかも……? え、いらないって? ひどーい!!