偽りの仮面、奪われた愛
神々が恐れ、封印した存在——ヴァルゼクト。
彼が失われた記憶を取り戻し始めた時、世界の均衡が大きく揺らぎ始める。
監視者の視線、ルシェイドの執着、そしてシュエルの秘めた意図。
彼らはそれぞれ何を求め、何を守ろうとしているのか。
「ヴァルゼクトの覚醒を阻止せよ」
その言葉が告げる意味とは?
そして、ヴァルゼクト自身が選び取る未来とは——。
真実へと続く旅が、今始まる。
——世界が壊れる音がした。
空間が裂け、全てをのみ込む深淵が現れる。
黒い鎖が絡みつく。
それはただの束縛ではない。
俺という“存在”そのものを抹消し、この世界から完全に消し去ろうとする、圧倒的な**"抹殺の力"**。
指先が霧散し、体温が奪われる。
意識すら曖昧になっていく。
(……クソ、マジでやばい)
このままでは"俺"が消える。
——その時。
「ヴァルちゃん!!」
翡翠色の光が炸裂した。
ふわりと宙に浮かぶ、妖精シュエル。
シュエルが悠然と腕を組みながら、俺を見下ろしていた。
「ヴァルちゃん、アンタさぁ……誰かに取られるのって、どう思う?」
(……は?)
突拍子もない問いに思考が追いつかない。
だが、シュエルはニヤリと笑った。
「私ね、だーい好きなものは、誰にも渡したくないんだよね」
——瞬間。
彼女の瞳が妖しく輝いた。
翡翠色の瞳が、不気味な光を放つ。
可憐な微笑みの奥に潜むのは、語られることのない秘密か、それとも——見てはならない真実か。
「だから——“奪われる”前に、取り戻すわ」
——ピキッ!!
空間が悲鳴を上げ、黒い鎖が震える。
——バキィィン!!
轟音が響き、黒鎖が砕け散った。
同時に、爆発的な魔力が解放される。
「俺の存在を消す? ふざけるな!!」
天地を裂く雷鳴のごとく、魔力が暴風となり吹き荒れる。
「この俺を縛れると思ったか?」
封印の呪詛が悲鳴を上げながら弾け飛び、黒炎が奔流となって渦巻く。
俺の全身に宿る圧倒的な力が、世界の法則を揺るがす。
「……馬鹿が」
俺は、一歩踏み出す。
——ズゥン!!
その瞬間——
大地が割れ、周囲の空間が弾け飛んだ。
天がきしみ、嵐が巻き起こる。
「この俺を封じようなんて、千年早ぇよ!!」
燃え盛る魔力の嵐の中、俺は堂々と立っていた。
(……シュエルが、この封印を破壊した!?)
神々ですら触れることを許されない“禁忌の鎖”を、こいつは迷いなく断ち切ったのか——!?
「ふふん、見たか!」
誇らしげに胸を張るシュエルを見て、俺は思わず喉を鳴らす。
「……お前、何者なんだ?」
「え?」
「お前はただの妖精じゃないだろ」
その問いに、シュエルの微笑みが一瞬だけ引きつった。
だが、すぐにひらりと宙を回る。
「さぁ? 私はただの“気まぐれな妖精”だよ?」
——だが、それは明らかに嘘だった。
「……お前、俺の何を知ってる?」
「さあね?」
シュエルの翡翠色の瞳が、俺の奥深くを見透かすように輝く。
「でもね、ヴァルちゃん」
その声は、どこか寂しげだった。
「“誰かに奪われる”って、すごく嫌じゃない?」
その言葉に、俺は無意識に——
監視者の方を振り返った。
——お前は、誰にも渡さない。
先ほどの監視者の言葉が、不意に脳裏に蘇る。
(……何かがおかしい)
「……シュエル、お前……」
だが、問いかける間もなく、監視者が静かに歩み出た。
「——やはり、干渉してきたか」
静かな声が響く。
監視者のローブがゆらりと揺れ、その中の“本当の姿”が一瞬だけ見えた。
——白銀の鎧。落ちた神。
そいつは俺を睨みつけながら、淡々とした声で言い放つ。
「お前の完全なる覚醒は、まだだ」
「……覚醒?」
「その封印は、貴様自身の未熟さゆえのもの。私は、貴様の完全なる覚醒を待っている」
監視者の言葉の裏に、得体の知れない感情が滲んでいた。
(待っている? 何を?)
その瞬間——
「ちょっと待てよ」
低く、冷たい声が響いた。
ルシェイドだ。
漆黒の翼を広げ、彼は薄く笑って俺と監視者を交互に見つめる。
「……あいつ、本当に“ヴァルゼクト”なのか?」
その問いに、監視者は表情を変えずに答える。
「——お前が望むものは、ヴァルゼクトの力ではないのか?」
その言葉に、ルシェイドの瞳がわずかに揺れる。
——お前が望むものは、力ではなく——
彼の唇が、一瞬だけ震えた。
(……何かがおかしい)
ルシェイドは俺になりたかった。
それは俺の“力”を奪うためだと思っていたが——そうじゃない。
(……こいつは、何を……本当は何を望んでいた?)
「……くだらないな」
ルシェイドは小さく笑った。
「そんなこと、今更だろ?」
——何を隠している?
この戦いは、まだ終わらない。
そして——俺は、本当の“俺”を見つけなければならない。
——全てが偽物なら、本物はどこにある?
俺を睨むルシェイドの瞳が、どこか落ち着かない様子で揺らいでいた。
「……お前は“ヴァルゼクト”なのか?」
また同じ問い。
だが、今度は違う。
その言葉の奥には、まるで俺が“ヴァルゼクトではない”と願うかのような、確信めいた感情が滲んでいた。
まるで、俺が存在していること自体が"誤り"だとでも言うように——。
「ヴァルちゃんがヴァルちゃんじゃないなら、一体何なの?」
シュエルが小さな声で言った。
俺は答えられなかった。
俺は——本当に俺なのか?
「くだらないな」
ルシェイドが笑った。
その笑いはどこか壊れかけていて、まるで虚空に向かって自嘲しているかのようだった。
「……俺は、お前になりたかった」
その言葉に、胸の奥がざわめく。
(俺に……なりたかった?)
力を奪うため?
ヴァルゼクトの名を継ぐため?
いや、違う。
「……お前は、俺が求めていたものをすでに手にしていた。それが事実かを確かめたかったんだ」
ルシェイドの目は俺ではなく、監視者を見つめていた。
その瞳には、羨望と、それを認めたくないという矛盾した感情がにじんでいた。
——監視者?
監視者は表情を変えずにただ静かに立っている。
まるで、この状況を最初から知っていたかのように。
(……まさか)
「お前は、誰に愛されていた?」
ルシェイドの声が低く、震えていた。
(誰に、愛されていた……?)
そんなの、知るはずがない。
——知るはずが、ないのに。
俺の脳裏に、ひとつの光景が流れ込む。
黒い霧の中に浮かぶ、どこかで見た金色の扉。
その先に立つ影が、静かに告げる。
「——それ以上は無意味だ」
そして——
「ヴァルゼクトの覚醒を阻止せよ」
冷徹な声が、神域全体に響き渡った。
静寂を引き裂く鐘の音が鳴り響き、世界が揺れる。
ついに、神々が動き出した。
彼らは知っている。
ヴァルゼクトが完全に覚醒すれば——
この世界は、彼を受け止められない。
「封印を、強制執行する」
神々の決定は下された。
白銀の神殿の奥深く、無数の光の紋章が輝き、"歪んだ守護者"が目を覚ます。
それは、ヴァルゼクトを封じるためだけに生み出された"神の造りし怪物"。
神々の掲げる"裁き"が、本当に正義であるのか——
それとも、ただ"恐怖"から生まれた暴虐なのか——
その答えを知るため、ヴァルゼクトは歩み出す。
失われた記憶を取り戻しながら、真実へと向かう道を。
そして——
「お前の旅に……俺も付き合ってやる」
その言葉に驚くヴァルゼクト。
「ヴァルちゃん、もちろん私も一緒に行くよ?」
シュエルが軽やかに笑う。
——神々が恐れる禁忌の存在、
堕天した者、
そして、自由気ままな妖精。
異端の3人が手を組み、新たな物語が動き出す。
この旅の果てに待つのは、封じられた真実か、それとも——
運命を覆す"覚醒"か。
***
静かに見つめる影があった。
夜の闇に紛れるように、ただそこに佇み、彼らの姿を目で追う。
——私は、あの妖精を始末しなければならない。
誰とも知れぬ思念が、冷たい夜風に溶けて消えた。
【シュエルのつぶやきコーナー】
「……ルシェイド、そういう理由だったのね」
そう、ルシェイドはヴァルちゃんに執着していたけれど、それはただの嫉妬や憎しみじゃなかった。彼はずっと、誰かに必要とされたかったんだね。
「俺は美しいとか会うたび監視者に言っちゃってたりしたんじゃない? ふふふっ♪」
「!?」
「誰がナルシストだって?」
「うわっ!? いつからそこに!?」
まったく、シュエルのつぶやきコーナーに乱入しないでよ! 私の時間なんだから! しかも、ヴァルちゃんを監視してたくせに、自分のことは棚に上げてるし!
「コミカライズ化されたら、絶対に変顔してもらっちゃうんだからね!!」
「……誰がそんなことを許可した?」
「えっ、やるよ? もう決定事項だから!」
「……絶対に許さん」
——さてさて、それはそうと、神々の造りし怪物が襲いかかってくるみたいだけど……え、次回、狙われるのって、まさか私!? なんで!? ねぇ、誰か説明して!!
「ヴァルちゃーん!? 私、やばくない!??」
気になる続きは次回!
ブクマして待っててくれると、シュエルがちょっぴり安心するかも! ……いや、ほんとにブクマしないと、私がやばいかも!?