頼る者
弘治三年(1557年)美濃国。朝倉義景率いる軍勢は堅城として名を馳せる稲葉山城を包囲、降伏させる。
さらに、前当主義龍の子で現当主の龍興を捕らえ明智光秀に一乗谷へ送るよう命じた。
「殿、何故龍興を生かしておいたのですか、斎藤は風前の灯に等しい状態。わざわざ従属させるなどと手間をかける必要もありませぬぞ。」
斎藤龍興を一乗谷へ輸送する道中、秀満が光秀に問いかけた。
「義景様の優しさに乗ったまでよ。龍興殿はまだ若く、当主として混迷を極める斎藤をまとめるには荷が重すぎる。殿は心に大きな傷を負わせたと思っておるのだ。せめてもの償いに、安全な一乗谷へ送ることになさったのだ。あの状況のままでは景紀様にも悪いと思ったのでな」
「なるほど、、考えましたね!」
「お主もそれくらいの知恵は回るようにしておけ!でなくてはやっていけんぞ!」
「は、はひぃ!!」
秀満は、光秀の甥とも伝わるし、従兄弟とも。明智家は親族関係がほとんどわからず、最も著名だと言える光秀でさえ年齢、出生地、父親も不明なのだ。ただ、少なくとも秀満は光秀より年下だと思われる。だから、まだ若さの残る男だ。だが、いつか名将になることを期待しましょう。
とにかく、まずは与えられた下知をしっかりこなさねばならない。道中で野伏や夜盗に襲われ死んだり攫われたりしたらたまったものではない。
「秀満、背後は任せるぞ。よく見ておけ」
「はっ!お任せくだされ!」
一方そのころ、稲葉山城。本丸から城下町を見下ろしていた義景に弥次郎が駆け込んできた。
「殿、稲葉一鉄殿、安藤守就殿、氏家直元殿らがお見えでござる」
(む、、?こやつらは斎藤に仕える重臣ではなかったか、、?何故儂の元に」
この三名は、後の世に西美濃三人衆と呼ばれる者たちである。史実では義龍が病死し没落した斎藤家を見限り織田家に降った武将たちである。斎藤家臣時代には義龍のもとで織田信長の美濃攻略に抵抗した。単純に彼らが美濃の西部に領地を持っていたためこの名がつけられた。
「恥を忍んでお頼み申す!我らは朝倉様に頼みたいことがあって参りました!」
稲葉が真っ先に話し始めた。緊張しているのか、何か急いているのか、呂律が回っていない。頼みたいことがあるのは分かったから。
「お、落ち着けい!まとまってからでよい!」
義景がそう口にするがそれを聞かずに安藤が口を開いた。
「我らは美濃大垣に拠点を構え、義龍様が討たれた後に国をまとめることに尽力しておりました。されど、、」
「伊賀の六角に我らの拠点を攻めとられたのです!」
氏家が口を挟む。
彼らの話し方からわかる。命からがら城を脱してきたのだろう。揃いも揃って顔に傷を受けている。この言葉は嘘ではない。
「何、、?六角が、、?奴らは三好と戦をしておったのでは、、」
何が何だかわからない。光秀は確かに六角は三好との戦で忙しく援軍を出せないと言っていた。
仮にそれが本当ならば六角は大垣を攻めとれるはずがない。いくら混乱状態だったとしても、片手間で攻めとれるものではないはずだ。
ということは、六角は嘘をついていたのか?だが、そうだとしたら聞いていた話と違う。間違いなく六角は三好と争っていた。それは風聞としても、弥次郎からも聞いた確かな事実なのだ。
では何故、六角はその最中、大垣を攻めとれたのだろうか?
「ほ、、本当に六角なのか、、?」
「間違いはございませぬ、確かに六角の旗印。」
真剣なまなざしで稲葉が言う。
「ま、、まさか、、!」
弥次郎が口走った。
「城が落とされたのは何時でござろうか」
「夜、日付はいつでしたかな、、」
「夜、、!やはりか!」
「な、なんじゃ!?」
「忍び、、おそらく甲賀の者でしょう。彼らは夜襲を得意とします故。彼の者らがかき乱し、僅かな兵で攻略したのでしょう。」
「そうだ、、あらゆるところで兵の断末魔が聞こえた、、忍びが消していったのか、、」
青ざめた顔で安藤が言った。
「忍び、、こいつは厄介だ、、」
天下を目指すうえで六角との戦は避けては通れぬ。なにより、三人衆が義景の元を頼ったことでそれは確実なこととなった。だが、もう一つ義景には疑問が残る。
「そなたたち、、何故儂を頼った?織田なり浅井なり、頼るところはあったであろう」
「龍興様を匿っているとお聞きした故、、」
氏家が言った。
「む、知っておったか、、よかろう、納得」
「そなたら斎藤の者たちの力は必要じゃ、残る東美濃、、これをまとめあげねばな。」
義景の地盤固めはまだ続く、、