怪談師 恐楽「ウチの子キレイ」
怪談師をやっておりますと、自然、そういう話で相談事をお持ちになってくる方も多くあります。
私自身は、ただ怖い話が好きなだけの変わり者でしかないんですけどね。
今回、このお話をお持ちになってくださった方も、そういった方のお一人で、わざわざ仙台から、こちらへやって来てくれた方でした。
「うちの子のことなんですけどね──」
そう言ってお話してくれたのは、四十代ほどの、高尾澪さんという女性の方。
聞けば、わが子に起きた奇妙なことを、相談したいのだという。
「うちは何年か前に、旦那を事故で亡くしていて……生活のこともあって、子どもを連れて、仙台にある実家に帰ってきたんです」
実家にいる両親に子どもを預け、自身は、近くのスーパーで朝から仕事。幸い、仕事先の人は皆さん気のいい人ばかりで、すぐ打ち解けることができ、仕事にもすぐ慣れた。
ですが、澪さんのお子さんの方は、そう上手くはいかなかったようで……。
「いじめ……というほどのことではなかったそうなんですけどね……ただ少しいじられるというか……よく、からかわれたりしたんだそうです」
もともと物静かで大人しい……悪く言えば、少し気の小さい性格のお子さんだったそうですが、それが田舎のやんちゃな他の子たちには少々、気取っているように感じられたようです。
「……“その日”も、そういった事の続きだったみたいです。クラスの子たちが、“肝試しをしよう”って言い出したみたいで……」
そこからは、澪さんがお子さん自身から聞いた話になります。
何でも、お子さんが通っている小学校のすぐ近くに、地元では”出る“と噂で有名な心霊スポットがあるのだとか。
澪さんのお子さんは最初、『怖い、行きたくない』とかたくなに行くのを嫌がったそうですが、いじめっ子のクラスのリーダー格の子に『うるさい、いいから行くぞ』と言われ、半ば無理やり、引きずられるように連れていかれた。
――そうして連れてこられたのは、草木が鬱蒼と生い茂る、古い、廃道の跡のような場所。
昼なのに薄暗い、どこか物寂し気なその道の脇には、ぽつんと、苔むした小さな石碑がひとつ立っていた。
その、石碑を……
「あの子……その石碑を倒しちゃったみたいなんです。後ろから、こう、押された拍子に手をついて転んで……」
ごろごろと転がる石碑を前に、澪さんのお子さんはサァッと血の気が引いた。
振り返るとそこには、無理やり連れてきた例のリーダー格の子。
『あ~! 石碑倒しちゃった~! もうダメだ呪われる~!!』
そう言って澪さんの子を指差し、しきり大声をあげて一目散に走って逃げてしまった。
他の子たちも笑いながら、リーダー格の子の後を追い、そのまま行ってしまった。
残された澪さんのお子さんは一人、泣きながら石碑を元に戻そうとしたのだという。
「――逃げなかったんですか?」
「ええ……あの子、そのまま逃げたら、自分だけじゃない、私や、父や母まで呪われると思ったみたいで……」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』
倒れた石碑を起こし、元の台座に戻しながら、澪さんのお子さんは必死に謝り続けた。
ですが、石碑を戻した時、あることに気付いた。
『あれ、これ……?』
手にした石碑の裏側から感じる、細くくねった、溝のような奇妙な感触。
石碑を戻し、よく見てみれば、そこにはなにか、文字のような物が彫られている。
実家の祖父母に連れられて、よくお墓参りに行っていた澪さんのお子さんは、それがなんであるのか、すぐにわかった。
「石碑じゃなくて……お墓だったみたいです」
「お墓!? それはまた、怖いですね……」
「ええ……でもあの子は……」
お墓だと気付いた澪さんのお子さん、最初こそ驚いて、それでいて怖くもなった。
でも、それとは別に、ある感情が浮かんだ。
『こんな……誰もいないところで、ずっと……』
暗い廃道の隅で、誰にもお参りされず、忘れ去られた小さなお墓……。
気の小さくても、心優しい澪さんのお子さんは、それがひどく寂しく、また悲しく感じられた。
『……うん』
「それであの子、掃除を始めたんだそうです」
「掃除? お墓のですか!?」
「ええ……」
『ん、しょ……』
掃除を始めた澪さんのお子さんは、まず始めに持っていたハンカチで石碑を拭き、土汚れや苔を綺麗に落とした。
鬱蒼と繁った周りの雑草もむしり、台座の周りも綺麗に整える。
最後に近くに生えていたきれいなお花を二、三摘んで石碑に供えて、正面に立って静かに手を合わせた。
『──お墓を倒して、ごめんなさい』
手を合わしながら、お墓を倒した事を深く頭を下げて謝罪した。
その後は、なんとか来た道を辿って、無事、家に帰ってきたのだという。
──異変は、その翌日から起こった。
「……クラスの子たちが、一斉に熱を出したんです。中には、病院に運ばれた子もいて……」
学校伝てに抗議の電話をいれようとした澪さんも、これには思わず愕然とした。
聞けば、熱を出した子たちは全員、あの肝試しに行った子たちばかりだという。
何かしらの感染症の疑いもあるとして、学校は急遽、しばらくお休みになった。
「それで、病院に勤めているママ友が教えてくれたんですけど……運ばれてきた子が、例のうちの子を突き飛ばした子だったんです……」
偶然にも、その子の担当になったママ友さんがいうには、運ばれてきた当初その子は熱にうなされ、眠ったまま涙を流し身悶えていたのだという。
だが、いきなりパッと目が覚ますと、すぐ傍で付き添っていた母親に抱きつき、大声をあげてわんわんと泣き出した。
「──夢を、見たそうなんです」
「夢?」
「はい……それで、その夢の内容というのが……」
そう言って聞かせてくれたのは、ママ友さんがその場で、一緒に聞いた話。
それによれば、なんでも例のその子は夢の中、気がつけば裸で、地面に仰向けになっていたのだという。
なぜ、どうしてと身を起こそうとするが、体が動かない。
と、その時、ふと視線を感じて見れば、いつの間にか枕元に女の人が座っていた。
煌びやかな赤い着物をきた、時代劇に出るような髪型の色白な綺麗な人だ。
手に、柄の長い煙管を持っていて、その煙管を吹かしたまま、ジィッと、こちらを見下ろしている。
『……』
(~~!?)
声を出そうとするが、体と同じでこちらも声が出ない。
見下ろす女と目が合う。
すると女は、おもむろに唇から煙管を離し、苛立たし気にこう言った。
『……この糞餓鬼』
(えっ)
言うが早いか、女が煙管を振り、切っ先の火皿の灰を、裸のその子の胸の上に落とした。
まだ火の付いた灰が、子どもの柔らかい肌を焼く。
(熱っ!?)
あまりの熱さに、声にならない悲鳴を上げた。動かない体を動かし、懸命に灰を落とそうとする。
ばちんッ、
すると今度は、その頬を思いきりひっぱたかれた。
『根性曲がりの見栄っ張り、威張りん坊の能無し、愚図で不細工、犬畜生の出来損ない』
言いながら女は、何度も何度も、動けないその子の頬をひっぱたいてきた。
いきなり知らない大人にひっぱたかれ、詰られ、貶される痛みや、いつ終わるかわからない恐怖やら何やらで、その子の頭の中ががごちゃ混ぜになった。
気がつけば、訳も分からず泣きながら、心の中で必死に許しを乞うた。
(ごめんなさいごめんなさい! ごめんなさい許してくださいごめんなさい!!)
ばちんッ、ばちんッ──ばちんッ!
やがて、その思いが届いたのかどうか、女は叩くのを止めた。
ようやく終わったのかと、そう安心したのもつかの間、女は横たわるその子の髪を掴み、グイッと持ちあげてこう言った。
『次、嘗めた真似しやがったら玉ァ潰すからな』
そう言って、女が手を離した。
それと同時に目が覚め、目の前の母親を見て、思わず泣きついてしまったのだという。
「そりゃまた……なんともスゴい話ですねぇ……」
「ええ……」
聞けば、他に熱を出した子たちも皆、同じように夢の中で綺麗な女の人に詰られ、叩かれたり煙管の灰を落とされたのだという。
その話を裏付けるかのように、夢を見たその子たちは皆、胸やお腹に、焼けた灰を落とされた跡が赤く、今も残っているのだとか。
「それで、うちの子なんですけど……」
「ああ、そうです、お子さんは無事だったんですか!?」
「ええ、けど……」
電話の受話器を置き、しばし呆然としていると、自室からお子さんが起きてきて、その場に立ちつくす澪さんに話しかけてきた。
『どうしたの?』
『ああ、実、は……ッ』
答えようとお子さんの方へ振り向いた澪さんは驚いてはっと息を止めた。
「──綺麗、だったんです」
「綺麗? お子さんがですか?」
「はい。別に、顔かたちが変わったとか、そういうんじゃないんです。ただ、立ち居振舞いというか、所作というか……とにかく、そういった事のひとつひとつが、すごく洗練されていて、とても綺麗だったんです」
『……なに? どうかしたの?』
『……あ、いや、別に……あっ、あのね、学校、しばらくお休みになった、から……』
『? そう、わかった』
そう言って小首をかしげる仕草もまた美しく、またどこか人を惹きつけるものがあったのだと言います。
明らかに昨日までとは違う。
そして、その日を境に、澪さんのお子さんはどんどん変わっていった。
「最初は家の事をいろいろ手伝ってくれる程度でした……けど、気づいたら、料理や裁縫なんかもやりだして……」
それまで、あまり教えた事のない家事までも、すべてそつなくこなしてみせたといいます。
その他にも、澪さんのお父さん――お子さんからすれば、お祖父ちゃんですが、そのお祖父ちゃんの友だちとも交えて、囲碁や将棋に興じてみせたりもしたそうで。
「祖父に聞いても、教えた事ないって言うんです。それも、明らかに自分たちよりも上手だったって……」
そして極めつけは、澪さんのお母さんが半ば趣味でやっている、三味線教室でのお稽古中での事。
練習中にふらりとやってきた澪さんのお子さんが、練習中の難しい曲を、楽譜も見ずに完璧に弾いてみせたのだそうで。
「私も習っていたから分かるんですけど、そんな一朝一夕に弾ける曲じゃないんです。私はもちろん、母も教えた事はないと言うし……」
とうとうたまらくなった澪さんは、お子さんにこう聞いた。
『家事といい将棋といい、一体、誰に教わったの?』
すると澪さんのお子さんは、艶かしく微笑んでこう言った。
『──姐さんから教わった』
「“姐さん”って、まさか……」
「ええ、そのまさかです……」
それによりますと、澪さんのお子さんもまた、夢で、件の女に会っていたらしい。
しかし、件の時とは違い、叩かれたり何されることなく、ただ、
『──世の中、舐められたら終わりなんだよ。わたしが直々に鍛えてやるから、精進しな』
と言って、夢の中で色々な教えを説き、付きっきりで稽古をつけてくれたのだという。
「綺麗な字の書き方や算盤、舞や三味線、お茶の点て方や礼儀作法だとか……他にも、相手を楽しませて、自分の味方にする話し方だとか仕草だとか、いろいろ……」
根が真面目な澪さんのお子さんはその教えを素直に聞いて、夢の中で頑張って稽古して覚えたのだそうで。
その甲斐あってか、目が覚めたときには、自然とそれらが出来るようになっていたのだという。
そのおかげで学校でも友だちができ、毎日愉しそうにしているのだとか。
ただ……
「──それと比例するように、日に日に綺麗になっていくんです。今じゃあの子、学校どころか、街一番の美人だって近所でも評判で……こないだなんてとうとう、雑誌のモデルのスカウトまでされて……」
「いや、いいことじゃあないですか! なんです? 最後のは自慢ですか?」
「でも、女性誌のモデルですよ?」
「? それの何が問題なんです?」
「だって……」
「うちの子、“男の子”なんですよ?」
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