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4.満月の夜は語るに限る

「あ――――っ! うまいっ!」

 ピカピカに磨かれた厨房にディネロの歓喜の叫びが響きわたる。彼女は今、分厚く切られたステーキを豪快に食べ終えたところである。

 今日のディナーは名目上、ディネロとペルの引っ越し祝いとなっているので、豪華絢爛な食事が用意された。

 前菜として、色鮮やかなサラダとマグロとサーモンのカルパッチョ。スープはお昼のポトフを改造したカルディア・オリジナル。メインディッシュに分厚くもとろけるようなステーキとキノコがたっぷりと入ったクリームパスタ。ステーキの付け合わせに濃厚なマッシュポテトと柔らかく煮込んだニンジン。飲み物はまろやかな味わいの赤ワイン。

 ディネロは最初にメニューを聞かされたとき、絶対に食べきれるはずがない、と思ったものだったが、気がつくと全ての皿をきれいに食べつくしていた。

 さらにスープとパスタについては、おかわりをしたような気もするのだが、いくらなんでもそんなことはあるまい、と彼女は思いこんでいる。

 事実はおかわりしていた。パスタは一回、スープは二回も。ワインにいたっては数えきれない程、おかわりした。

「あ~……お腹いっぱいだわ~。流石にもう何も入らない……」

 ディネロは頬を赤く染めながら満足げに、深くため息をついた。

「デザート、あるんだけど、もう食べられないんだったら――」

「食べる!」

 カルディアをさえぎるようにディネロは叫んだ。

「え? もう入らないって、言ってたじゃん」

「デザートは別腹よ!」

「そうか。アイスクリームとチョコレートケーキの二種類だけど、どっちに――」

「両方!」

 彼女は満面の笑みで答えた。


「で、あんたの……ア、ア、アグス? って何なんだ? 説明してくれるんだろ」

「《聖火(アグニス)》よ。……憶えてたのね」

「まー、けっこう気になってたからなぁー。いやなら、説明はいらないけど」

 カルディアは皿を洗いながら背後にいるディネロに言った。

 それを受けて、彼女はテーブルに頬杖をつきながらチョコレートケーキをつついた。大盛りだったバニラアイスはすでに跡形もなく彼女の胃に収まっている。

 ちなみにケーキはワンホール。

 化け物ような胃袋を持った女だ。

「そーねぇ。まぁ、説明してあげるわ。一応、約束したしね。改まって聴かなくていいからね。そのまま皿洗ってて……しかし、どこから説明しようかな」

 彼女はザックリとケーキを切り取ると口に突っ込んだ。ゴクンと飲みこんでから、おもむろに口を開いた。

「あたしの家系は代々《魔祓い(エクスオルキスタ)》なの。父親の名前はストリック。ストリック・アルジャン」

「ストリック?」

「現在最強と言われている魔祓いですよ」

 ソキウスが皿洗いを続けるカルディアに耳打ちした。

「へぇー。あんたの父ちゃんはすげぇ奴なんだな」

「……まぁ、外面はね。そりゃ、評判はいいわよ。魔祓いとしては超が付くぐらい優秀だし。父親としては失格だけど!」

 ディネロはバンッとテーブルを叩いた。

「まぁ、それは置いとくわ。今の話に関係ないし。……それで《聖火(アグニス)》の話よね。なんでこんな力があたしに宿っているのかは、あたし自身も知らない。パパ……父親も色々と調べてたみたいだけど、結局理由はわからなかったみたいね。ただ、この力が《聖火(アグニス)》だって気づいたのは父親だったわ。それまでは悪魔の力って言われてたし……」

 ディネロはまたケーキを頬張った。

「とにかく、コントロールができなかったのよ。あたしの感情に反応してさ。怒ったりしたときは辺りを燃やしつくしたこともあったの……」

「そりゃ、大変だな」

「大きくなるに連れて、そんなこともなくなっていったけどね。父親の仕事に連れ回されて、無茶な退治を繰り返してる内に、何とかコントロールする術を見つけたのよ」

 父親に初めて連れて行かれた怪物退治は本当に怖かった。今思えば、その怪物は信じられないほどのザコだったのだが、当時は恐ろしくて仕方がなかった。

 小さな鬼は牙をむき出しにして、彼女を威嚇してきた。恐怖に固まる彼女に鬼は飛びかかって来た。恐ろしさのあまり絶叫するディネロの声に反応して、左手から炎が噴き出して瞬く間に鬼を焼きつくした。

 そんな事をくり返しながら、彼女は自分の力を操る術を身につけていったのだ。

「結局のところ、今も何もわかってないのよ。コントロールはできるようになったけど、それ以外の事は一切不明」

 親戚筋の中にいた心なき者たちは、意味のわからない力を使う彼女につらく当たる者も多かった。それ故、彼女は常に手袋で印を隠し、力をひた隠しにしてきたのだった。

 今日は幼い兄弟が危険だったため、やむなく力を使用したのだ。決して、ショッピングが邪魔されたからではない。

「《聖火(アグニス)》についてあたしは語れることはそれぐらいね」

 ディネロは残りのケーキを口に押し込んで、空になったお皿をカルディアに渡した。彼はそれを受け取り、目にも止まらぬ速さで洗うと乾燥機の中に放り込む。

「まぁ、何にせよ、アグニスはあんたを守る力ってことだろ。役に立ついい力じゃないか」

 カルディアは手を拭きながらそう言った。

「……あんた、話聞いてた?」

 そう言いながらも、ディネロは口を押さえて笑い出した。

 《聖火(アグニス)》の力を知って、そんな風にあっけらかんと感想を言う人間はこれまでいなかった。しかも、これ程までに楽観的な感想を言った者はカルディアが初めてだった。

「あんたってやっぱり、ちょっと変よ。世間知らずっていうか、感覚がズレてんのね、きっと」

「変なこと言ったか?」

「んー……そうじゃないわ。この力知ってビビらなかった奴はあんまりいないから。そう言う風に言ってくれて、ありがとう」

 アルコールの影響か、それとも正直な気持ちだったのか、ディネロは素直に頭を下げた。そして、そのままテーブルに突っ伏して静かに寝息をたて始める。

「…………」

 カルディアは何も言わずに厨房を出て、手に毛布を持って帰って来ると、そっと彼女に背に毛布をかけた。

「悪いな……ウチのボスが迷惑かける」

 ペルは毛布を整えながら頭を下げた。

「別にいいさ。ずっとソキウスと二人暮らしだったし、しゃべれる相手が増えるのは歓迎するぜ」

「言い訳じみて聞こえるが……ボスは疲れてるんだ。ここ最近、一人で気を張り続けていたからな。……家出当然で、親元から飛び出してきたんだ」

「おいおい、本人が聞いてないとこでプライベートな話を聞くつもりはないよ。どういう理由でここに来たかなんて、どうでもいいよ。俺は気にしない。気が済むまでここにいてくれ……って、ここはもうディネロの物だっけ」

 カルディアは軽く笑った。

「こんなとこで寝てたら節々に悪いぜ。適当な時間に起こしてやれよ。俺は風呂の準備でもしてるから。……そう言えば、あんたのボスって自分の部屋とか決めたのかな? 一応掃除してあるから、どこでも使えるけど」

「そうだな……ボスは最上階がいいと言ってたな」

「じゃ、今日買った荷物は最上階の尖塔に置いとくよ。場所はわかるかな?」

「ああ……。図面は不動産屋に貰ってるからな」


「ボス、ボス!」

「ふに……むに……もう食べれないってば……助けて、く、苦しい……」

「寝ボケるのはやめてくれ……ボス」

「ハッ! まってまって!」

 ペルに揺すられて、ディネロは飛び起きながらバタバタと腕を振り回す。

「待って? 何を言ってるんだ……ボス」

「……ごめんごめん。寝ボケてたのよ。何かチョコレートに溺れる夢を見て……なんでそんな夢を見たのかしら?」

「…………」

 チョコレートケーキをワンホールも食べたら、そんな悪夢も見る……。のど元まで出かかった言葉を飲みこんで、ペルはディネロの腕を引っ張った。

「カルディアが風呂の準備をしてくれてるそうだ。入って頭をすっきりさせるべきだ……」

「カルディアが風呂の用意をしてくれてる? それって何か危なくない? 覗きの準備してるのかも」

 疑わしそうな眼差しで、自らの身をかき抱くようにして立ち上がるディネロ。

「……そんな事をするタイプには見えなかったが」

「そんなのわかんないわよ。男はみんなチャンスがあれば覗きをしたい、と考えてるもんなのよ」

「ひどい偏見だな……男の末席に座る者として、ささやかな反論しておこう。……そんなことはない」

「まぁいいわ。これだけの屋敷だもの、お風呂もさぞ立派だと思わない? 行きましょ、ペル。お風呂セットは準備できてる?」

「万端だ、ボス」

 ペルは黄色い桶とフカフカのタオルを持ち上げた。


「ああー……いいお湯だった~」

 ディネロは頬を上気させて、頭にタオルを巻き、真っ白なバスローブにふっかふかのピンク色のスリッパ。

 いかにもお風呂上りです、といった格好である。

 屋敷で一番高い塔に続く階段を上るディネロの足取りは軽い。お風呂は予想通り豪華でめちゃくちゃ広かったし、お腹はいっぱいで、ものすごく気分がいい。

 部屋に辿りついて重厚な扉を開けた。

 最上階の塔内部だというのに広い部屋だった。隅の方には今日買った荷物が山と積まれているが、それでも部屋はあきれる程に広い。

 クリーム色の絨毯がひかれていて、その上に天蓋付きのベッドが鎮座している。

「いいじゃない!」

 彼女はパタパタと足音をたてながら、部屋にかけこんでベッドへダイブ。

 ボフンという音がしてシーツが波打った。

「濡れたローブとタオルで寝ころがると、ベッドが濡れるぞ……」

 ペルはディネロが持ってきていた緑色のキャリーバッグを、どすんと床に置くとベッドで暴れているボスに注意する。

「はいはい、わかったってば。じゃ、着替えるから」

 ペルは黙って後ろを向いた。おそらく彼女は気にしないだろうが、ボスを立てるペルなりに気遣いだった。

 彼の後ろでごそごそ着替える音がして、それがしばらく続いた。

「オッケー、もういいよ」

 ペルが振り返ると、ワンピース型の深い緑色のパジャマを着こんだディネロがいた。

 彼女はスリッパを履いたまま、備え付けの椅子を引きずって、大きな窓に近寄るとバッと開け放った。

 僅かに冷えた空気が部屋に流れ込んで来る。

 窓枠にもたれて外を眺める彼女に、忠実な相棒がカーディガンを羽織らせてくれた。

「ありがと、ペル」

「いやいや」

 ディネロはペルを抱きかかえ、二人揃って窓の外を眺めた。

「真っ暗で夜景も何もないわねぇ。明るくないと、どんな景色かわかんないわね」

「そうだな……」

 二人は真っ暗な景色を眺め続ける。

「ねぇ、ペル……」

「……どうした、ボス」

「パパ……じゃなくて……バカ親父から逃げ出したこと、正解だったのかしら?」

「……どうかな。……それは、ボスが決める事だ」

 ペルは暗闇を見つめたまま言う。

「あたしは……後悔はしてないわ。だって、パパはあたしのこと……避けてるもの。あたしが《聖火(アグニス)》をコントロールできるようになってから、ちゃんと会ってくれない……ずっとよ?」

「…………」

「何年も我慢した。いい子でいたし――少なくとも、いたつもり。でも、パパがあたしにしてくれたのは《聖火(アグニス)》の修業だけじゃない……」

 ディネロは拳を握った。

「だから、あたしは後悔してない。しない」

「……ならいい。俺はどこまでも、ボスについて行くさ」

「フフ。弱気になってたわね。あたしらしくもない! 元気だすぞ!」

 彼女は拳を上に突き上げて、大きな声で怒鳴った。辺りに家などないのだから、夜中だろうがなんだろうが、近所迷惑にはならない。

 だが、文句を言う者はいた。


「静かにしてくれよ」


 窓の上から、ぶらんとカルディアの顔が覗いた。

「うっぎゃあああああああああああああああああ‼」

 壮絶な悲鳴を上げながら、ディネロは椅子ごと後ろへひっくり返った。反射的に抱えていたペルを放り投げている。

 彼女はそのまま倒れ込んで床にしこたま頭を打ちつけたが、ブルドックはくるりと空中で一回転して華麗に着地した。

「むがぁああああああ!」

 打ちつけた後頭部を抱えながら、ディネロはのたうち回る。

「おい、大丈夫か?」

 カルディアは逆さのまま、心配そうに部屋を覗きこんだ。

「驚かすつもりはなかったんだよ」

「む……ぐっ……」

 言い返そうとしたのだが、打った痛みで声が出ない。

「なに? 何だって?」

 相変わらず、赤い髪を逆さにしたままカルディアは律儀に問い返す。

「『む』まで聞こえたけど」

「黙ってて……」

 殺気立った涙目でにらまれたカルディアは体勢はそのまま、腕を組んで黙りこんだ。

「ボス、氷だ」

 いつの間に出て行ったのか、ペルが氷を袋に詰めて持って来てくれた。彼はうずくまったままのボスの後頭部に優しく氷袋をあてがう。

「ありだと……」

 呂律は回っていなかったが、相棒にお礼を言う彼女。ディネロはしばらく、氷袋を頭に乗っけたまま動かなかった。動けなかった、というのが正しかもしれない。

「いたた……」

 ディネロは呟きながらやっとのことで体を起こすと、恐る恐る後頭部に手をやった。案の定、盛大なたんこぶができている。彼女の人生の中でトップスリーに入る大きさだ。

「もう大丈夫そうだな。デッケェ音したから心配したぜ、ハハッ」

「笑いごとかぁ! 何でそんなとこに居んのよ⁉ つーか、どこから聞いてたの⁉」

「どこって……最初からかな?」

「なっ……!」

 父親に対する愚痴を聞かれていたのかと思うと、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

「でも、声が小さくてさ、何言ってるかまでは聞きとれなかったよ。ちゃんと聞こえたのは『あたしらしくもない! 元気だすぞ!』ってとこだけだ」

「……そう、ならいいんだけど」

 カルディアの無邪気な顔を見る限り、嘘をついているようには見えなかった。

 まぁ、嘘でもいいか。下手につつくとこっちが恥ずかしいし。

「それにしても、びっくりさせないでよ!」

 恥ずかしさを隠すように怒鳴るディネロ。

「驚かすつもりはなかったんだけどな……」

「驚かすつもりじゃなかったら、なんでそんなとこに居んのって聞いてんのよ! ……ハッ! ま、まさか! あんた、あたしが寝入るのを待って、夜這いするつもりだったのね! このバカ! 変態! スケベ! ケダモノ!」

 ディネロは身を庇いながら、手にしていた氷袋をカルディアめがけて投げつける。彼はひょいとそれを掴み取って、朗らかに言った。

「星を見てたんだ」

「ほしぃ⁉」

 ディネロの疑わしげな声には、似合わない、という思いがたっぷりと込められていた。しかし、言われた本人はそれに気づくことなく、楽しげに続けた。

「そ。星。キレイだぜ。今日は満月だからその分、明るくて見えにくい星も多いけど、それでも見事な夜空が広がってるよ。雲がないからな」

「……マジで見てたんだ?」

「当たり前だろ。俺にゃ、あんたを夜這いする趣味はないよ。家主さまだしな」

「あっそ。で、何でまた屋根の上で星?」

 ディネロは倒れた椅子を起こしながら訊いた。

「何でって、ここが一番高い場所だからだよ。……空に一番近い場所だぜ、ここは」

 カルディアの意外なロマンチストぶりに、笑いをこらえながら彼女は言った。

「そう。で、あたしも見られるの? 星」

「ん? ああ。来いよ」

 ニカッと笑いながらカルディアは彼女に手を差し伸べた。ディネロは上から差し伸べられるその手を取った。

「うわぁお!」

 ぐいっと手を引っ張られ、一瞬だけ体が宙に浮く感覚を味わった後、彼女はカルディアの隣、切り立った屋根の上に立っていた。

 屋根にはお手製らしい設備があった。数枚の板が留められていて、人間が二人程が寝転がれるスペースがある。板の上には毛布が敷かれていて、多少はくつろげる場所になっていた。

「これ見る限り、けっこう夜空を見てるのね」

 ディネロが板に乗りながら言った。

「趣味だからな。天体観測は」

 二人は毛布の上に寝転がった。

「うわぁ……」

 ディネロは思わず感嘆の声を漏らした。

 漆黒の夜空に浮かぶ、輝く点たち。少し視線をずらせば、信じられない程大きくて丸い月がこちらを見下ろしている。

「きれい……」

「だろ?」

 しばらくの間、二人は会話もすることなく、色とりどりにまたたく星々を眺めた。

「この辺、家がないからな。他に明りがつくことなんてないから、夜空を見るには最高のスポットなんだ」

「真っ暗で夜景が見えないと思ってたけど、見るべきは上だったのね」

 ディネロはぐっと腕を伸ばした。

「届かないことはわかってるけど、ついつい手を伸ばしちゃうわ」

 彼女は手をぶらぶらさせる。

「あんた、なんで星を見るようになったの? 元々好きだったわけ?」

「いや、元々は全く興味なかったよ。ただの点だ、思ってた。触れるわけでもないし、何の役にも立たないと思ってた。いや、そうじゃないな、昔は……星なんか見ても何も感じなかったよ」

「じゃ、どうして?」

「友達に教えてもらったんだ」

 カルディアの声はディネロが聞いたことがないほど――会って間もないが――優しかった。

 その友達の事は気にはなったものの、どう考えても野暮な質問だった。

 ま、会ってまだ一日も経ってないあたしが聞くことじゃないか。

「そう」

 結局、彼女はそれだけ言うにとどめた。

 ディネロは大きな月に目をやって、軽い調子で口を開いた。

「しっかし、あんたって不思議な奴よね~」

「そうか?」

「そうに決まってるじゃない。貴重なアイテム持ってるし、《古きもの》と一緒にいるし、料理が上手で、掃除が得意。世間知らずかと思ったら、星の観察が趣味ときた。それに金銀財宝をたんまり持った大金持ちじゃない」

「全部事実だけど……あんた、俺の金銀に興味しめし過ぎじゃないのか?」

「え? え? そ、そんなこと……そんなことないわよ?」

 慌てて否定するディネロ。

「まーそれについちゃ、どうでもいいんだけどな。俺は冒険が好きなだけで、お宝にはあんまり興味ないんだ」

 反射的にガバッと身を起しかけたディネロだったが、意思の力でその衝動を押さえこんだ。

 ふふ、ここでがっついちゃダメよ。ここは華麗に流さなきゃ。

「へぇー、もったいない。宝の持ち腐れじゃない」

「そーでもないぜ。生活費は確かにあの財宝でまかなってるからな。全然減らないんだけど」

「ふぅん」

 う、うらやましい。なんてバチ当たりな奴!

 これ以上、お宝の話を続けているとついつい、それに食いつきそうになってしまうので、彼女は強引に話を変えた。

「そ、そう言えば、冒険が好きなのよね?」

「ん? ああ。好きだ」

「どこか、めずらしい場所に行った経験とかあるの?」

「んー……そうだな」

 カルディアは自分が見た光景、訪れた場所を次々に語った。

 信じれないほど巨大な滝。

 見上げるほどの怪物たち。

 美しく色づく山。

 空気のように澄みきった湖。

 人の何倍もの大きさの氷柱が垂れ下がった氷の洞窟。

 彼の話は次第に自身の冒険譚になっていった。

 宙に浮かんだ島の話。

 夜にしか現れない謎めいた城の話。

 高い山の奇妙な洞窟の話。

 海底に輝いていた不思議な世界の話。

 どれもこれも信じられないような話だったが、闇夜の中で聴くと全ての話が、ちゃんとした物語に聞こえた。

 彼女は話を聞きながら驚きの声を上げ、感心したように頷き、最後には笑った。

「すっごいじゃないの。……それがホントだとしたらだけど、ね」

「本当だって」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。で、世界の不思議を見て回ったあんたが、行ってみたい場所ってある?」

「そりゃ、色々あるさ。俺はまだまだ世界全部を見て回ったわけじゃないからな。それに、数年経ったら違う景色になってる場所も多いし……例え、俺が死ぬまで冒険し続けても、きっと世界には見たことない光景が無限に広がってると思う。……まぁ、でも今一番行ってみたい場所はあそこかな」

 そう言ってカルディアは腕を伸ばして、夜空に浮かぶ球体を指差した。

「あそこって、月?」

「ああ。ぜひ、行ってみたい」

 あきれたように確認するディネロだったが、カルディアの声は真剣だった。

「壮大な夢だこと」

「夢なんて、でかくてナンボだと思わないか?」

「かもね。で、月に行って何するの?」

「それは……決めてないな。……でも、あんなにきれいなんだぜ。行ってみたくなるだろ」

「まぁ、ね」

「でも、月に行ったら目玉焼きか、パンケーキでも焼こうかな」

「なんで⁉」

「月って目玉焼きとかパンケーキみたいに見えないか? そんな場所で同じような物作るのって面白そうだろ?」

「そうかしら? よくわかんないわ」

「ふーん。じゃ、あんたには月って何に見えるんだ?」

「あたし? そうねぇ……」

 ディネロは一瞬考え込んでから、こう言った。


「でっかいダイヤモンド、かな」


 もし行けたら欠片でもいいから、持って帰って来てちょーだい。

 彼女は満面の笑顔で、そうつけ加えた。



 

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