5・魔族の王子を助けようとして、悪党に刺されました
一瞬の間で、私はとある場所へ転移していた。
呪文を唱えながら心の中でイメージした場所――とある倉庫だ。大量の木箱や袋が雑多に積み上げられている中、私はちょうど木箱が壁のように重なっている後ろに立っていた。その陰から、倉庫内の様子を窺うと――
(いた……!)
10歳の、まだあどけなさを残す黒髪の少年。
本来ここで殺されてしまうはずの、魔族の王子である。お忍びで人間の街に遊びに来たところ人間に連れ去られ、この倉庫に閉じ込められたのだ。
これまで人間と魔族は、小さな争いを繰り返しながらも、ギリギリのところで大きな争いには発展せずにいた。けれど魔族を憎悪する過激派の人間が、魔族なんて皆殺しにするべきだ、と行ったことである。
彼が殺害されることをきっかけに、このゲームの物語は大きく動く。魔王は、自分の子である魔族の王子が城に戻らないことに気付き助けに向かったものの、すんでのところで間に合わず、目の前で王子を殺されてしまう。
魔王は人間を激しく憎み、人間の国への侵攻を決めるのだ。人間と魔族の間で争いになり――しかし、ハッピーエンドでは最終的に人間側が魔王を倒して勝利する。魔王の子どもは彼しかいなかったため跡を継ぐ者もおらず、魔族は中心となる者を失って、滅びの一途を辿るのだ。
(魔王は人間を憎み、ゲーム内では数々の人間を殺した。……でもそれは、息子を殺された復讐のためだ。だけどヒロインは魔王に、『復讐は何も生まない』『あなたの子は、復讐なんて望んでいないわ!』と言うのよね……)
今にして思えば、ずいぶん酷い言い分だ。攻略対象や声優さんが魅力的だからゲーム自体にはハマったけれど、主人公は綺麗ごとを言いすぎて賛否両論分かれるタイプだった。
いずれにせよ、心は決まっている。私のやることは一つだ。
魔族の王子がまさに今、人間の男性にナイフを突きつけられているところに飛び出て行って――私は、人間の男性を突き飛ばす。同時に、王子に向けて叫んだ。
「逃げて!」
「っ、誰……?」
「いいから、逃げて! お願い!」
すると、突き飛ばされた男性と、傍にいたもう一人の男性が、鋭い眼光で私を睨んだ。
「おい女、貴様、どこの者だ! 人間のように見えるが……」
「人間であろうが、魔族を庇うなら同罪だ! その女も殺してしまえ!」
戦闘なんてしたこともない私では、この人達には敵わない。
だけど時間さえ稼げば、この子の父親である、魔王が来てくれるはず。
(ほんの少しだけでいい。時間を稼ぐんだ――)
「ほら、早く! 行って!」
倉庫の扉を開け王子を外へ出した、その瞬間――
背中に熱い感触が走り、私はその場に倒れた。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、自分から流れ出てゆく赤い液体を見て、すぐわかった。私は、斬られたのだ。
外を走っていた王子が、こちらを振り返って泣きそうな顔をする。
私はそんな彼に、最期の力を振り絞って微笑みかけた。
「ねえ……お願い……どうか、生きて……。立派な魔王になってね――」
ここでこの子が殺されても、魔王は人間との争いの果てに、負けてしまう。後継ぎがいないという理由で魔族は衰退してゆく。
だけどこの子が生きていれば――もしかして、状況を覆せるかもしれない。この子が大きくなって、強く、立派な魔王になってくれれば――
(……魔族が人間を支配する未来が、訪れるかもしれない)
幼い頃から私に見向きもせず、果てには私を勘当し、追放したお父様とお母様。私を虐げることに愉悦を見出していた妹。信じていたのに、簡単に裏切って私を捨てた婚約者。
私はもう、人間なんて信じない。――人間なんて、魔族に負けてしまえばいい。
そうして私を捨てた家族や婚約者が、少しでも苦しめばいい。これが私の、自分の命を使った、最期の復讐。
(こんなことを考えてしまう私は……なんて、醜いのだろう)
人生の終わりに願うことが、家族の不幸であることが悲しい。だけど無惨に捨てられた今、どうしてもあの人達の幸せを願うことができなかった。
(ああ、だけど……)
私の言葉を受け取った王子は、目に涙を溜め、私を心配してくれている。
(魔族だけど、あなたは、優しい子なのね……)
よかった。私の人生には何の意味もなかったかもしれないけれど、最後の最後で、一人でも、私の死を悼んでくれる人がいた。暗い森の中で、誰にも知られずたった一人で命を落とすことは避けられた。何より――
(この子を救えて、よかった……)
どうか私の分も生きて、幸せになってほしい。
そんなことを願ううちに、私の意識は薄れていった。
読んでくださってありがとうございます! 明日からも投稿していく予定です!
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