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4・前世の記憶が戻ってきたので、魔族の王子を助けに行きます

 レングランツ邸の外には、深い森がひろがっている。普段、街への移動は馬車に頼りきりだったため、こんなふうに一人で森の中を歩くのは初めてだ。まして、こんな時間に。


 周囲はとっぷりと暗く、魔石の街灯もない森の中は、夜空に浮かぶ月しか灯りとなるものがない。幸い、今日は満月が煌々と輝いているためなんとか周囲を見失わずにすんでいるが、それでもこんな暗い中、ドレスのまま森を歩くのは苦行以外の何ものでもない。


(夜着で飛び出すことにならずにすんだのは、不幸中の幸いかしら)


 マリーユが私の部屋に来たのは、普通ならとっくに就寝している時間だ。だけど婚約破棄された後、ドレスから着替える気力もなく、私はベッドに突っ伏していたのである。


(とにかく、街に行こう。ドレスを売って、もっと安い服を買って……。余ったお金で、宿にでも泊まれば……)


 語学と算術は身に着けている。街に行けば、何かしら仕事は見つかるかもしれない。


(……だけど。そこまでして生き延びることに、一体何の意味があるというのだろう?)


 今まで悪事を働くことなく、真面目に、一生懸命生きてきた。その結果がこれなのだ。親には愛されないどころか勘当され、妹には婚約者を奪われ、婚約者には捨てられた。私の人生とは、一体何なのだろう。この先も必死に生きて、努力を積み重ねて、その先に何があるというの?


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、生い茂っていた草に足をとられ、転んでしまった。身体に強い衝撃が走り――


「痛……えっ!?」


 その強い衝撃は、痛みとともに、まったく別のものを私にもたらした。


(何、これ……)


 脳に大量の映像を流し込まれるようで、頭がぐわんぐわんと回る。

 転んだ衝撃とともに私の中に芽生えたものは――前世の記憶、だ。

 前世の私は、日本人だった。二十代後半の会社員。務めていたのはひどいブラック企業だ。毎日毎日、終わらない仕事と横暴な上司に苦しめられていたけれど、こんな時代、転職したところでホワイト企業の正社員なんて無理だと思い必死にそこで働き続けた。無茶な残業も引き受けてきた。その結果、過労死してしまった。


(これはつまり……いわゆる異世界転生、ってことだよね)


 社会人になってからは、暇がなくてなかなか娯楽を楽しめていなかったけれど、学生時代はオタク趣味があったため、すぐ現状を理解することができた。


 フィオナ・レングランツという名を、前世で聞いたことはない。だが、この国の名はよく知っていた。アイゼンスフィア――前世で私が好きだった乙女ゲーム『光の乙女と王子達~争いの果てに見つける真実の愛~』の舞台だった国だ。


(つまり私は、乙女ゲームの世界の、メインキャラとはなんの関係もないモブに転生した……ってこと?)


 フィオナとして18年間この国で暮らしてきたが、『光の乙女と王子達~争いの果てに見つける真実の愛~』のメインキャラクターと出くわしたことはない。乙女ゲームの世界に転生したところで、結局私は主役でもなんでもない脇キャラにしかなれなかった、ということだ。


(運命の相手と出会って溺愛されるなんて奇跡、私には起きない。二度目の人生も甘くない、ってことか)


 どこまでも救いのない我が身に、いっそ乾いた笑いが漏れそうになった。

 暗い森の中に倒れたまま、起き上がることさえできない。少し足に力を入れれば立てるはずなのに、あまりの絶望で心を削がれすぎて、もう立ち上がる気力がないのだ。


(……いっそ、このまま死んでしまおうかな)


 昏い考えが心を侵食してゆく。だが一度浮かんだその考えを、払拭することができなかった。だって、前世でも、今世でも私の人生はうまくいかなかったのだ。この先も、自分が幸せになれるビジョンが浮かばなかった。


(このままここから動かなければ、いずれ餓死するかな。いやその前に、魔物が来て食われるかも……)


 消えてしまいたいとは思うのに、その苦しみや痛みを想像するとぞっとする。生きるのは地獄だが、死ぬのも地獄だ。どちらも選ぶことができず、ただその場に、捨てられた人形のように横たわっていたのだけれど――


(ああ――そうだ)


 はっと、とあることに気付く。私はゲームの主人公でなければ、登場人物ですらない。ただゲーム世界に、背景のように存在するモブの一人。それでも、ここが『光の乙女と王子達』の舞台、アイゼンスフィアだというのであれば――


 もう立ち上がる気力なんてなかった足に、最後の力を振り絞るように気合を入れる。――楽に、なるために。


 月明りと前世の記憶を頼りに森の中を駆け、息が上がり、足が痛くなったところで、やっと目的のものを見つけた。転移の魔法陣だ。


 これはゲーム内で、とある攻略対象が自分の目的のために隠しておいたものである。そのキャラのルートに入ると、終盤で出てくるものだった。もっとも、誰でも利用できるものではなく、この魔法陣を描いたキャラクターがあらかじめ決めておいた、パスワードのようなもの――秘密の呪文を唱えることで効果が発動し、国内であれば自由に自分の望む場に行ける。


 それは、本来魔法陣の作成者しか知らない呪文だ。だけどこの世界の主人公ではなくとも、ゲームのプレイヤーであった私は、その呪文を知っている。


 そして偶然か必然か、今日は、オディアム歴987年クレールの月14日。ゲーム内で、とあるキャラクターが命を落とす日である。


 消えてしまいたい。だけどこのまま暗い森で一人、誰にも知られず命を落とすのはあまりにも哀しすぎる。どうせ死ぬなら、せめてこの命を誰かのために使いたい。――せめて、誰かを守って死にたい。


(自分の命の、最後の使い道くらいは……自分で決める)


 希望なんてものとは程遠い、薄暗い決意。だけどそのおかげで、やっと自分の目に微かな光が戻るかのようだった。そうだ、私は婚約破棄されたうえ追放されたけど、このまま無駄死にしてなるものか。せめて最後に一矢報いてやる。そんな思いを込めて、呪文を口にする。


『転移の門を開き、我の望む場へとこの身を導け』


 瞬く間に身体が眩い光に包まれ、この場から魔法の力で離れる、浮遊感にも似た感覚を覚え――

辛い展開が続いていますが、のちのちざまぁ展開が用意されていますので、これからも読んでいただけるととても嬉しいです!

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