3・婚約破棄されたうえ、今度は冤罪で追放されるようです
あまりの恐怖で目を見開くことしかできなかったけれど、次の瞬間、マリーユは思わぬ行動に出た。ナイフで、私ではなく、自分の腕を斬りつけたのだ。
「いやああああああああああ!」
叫びを上げたのは、私ではなくマリーユである。
私は、目の前で何が行われたのかわからなくて、呆然とすることしかできない。
すると、バン! と部屋の扉を乱暴に開け、誰かが部屋に飛び込んできた。
「どうした、マリーユ!」
部屋に飛び込むなり、異変に気付きマリーユを抱きしめたのは、ヴォレンスである。
「ヴォレンス、どうしてここに……?」
ここはレングランツ家の屋敷であり、私の部屋だ。彼は私に婚約破棄を告げた後、自分の屋敷に帰ったものだと思っていたのだが……。
「マリーユが、婚約破棄によってお前に恨まれたかもしれない、何かされるかもしれなくて怖いから、泊まってほしいと頼まれてな。とはいえ、さすがに婚前に同室で寝るわけにもいかず、俺は客室で休んでいたんだが……。マリーユの悲鳴が聞こえて、駆けつけたんだ」
マリーユのあまりにも大きな悲鳴を聞きつけ、両親や使用人達も部屋へやって来た。暗かった部屋が、魔石を用いた灯りに照らされる。すると、マリーユの腕から血が流れているのが、皆の目に晒される。
「フィオナ、お前マリーユに何をしたんだ!」
「誤解よ! マリーユが私の部屋に来て、それで……」
「私はお姉様に、あらためてヴォレンス様とのことを謝ろうと思ったの。そうしたら、お姉ちゃんが激昂して、私を……っ」
弁解しようと思ったのに、マリーユは手で顔を覆って、さも私が加害者であるかのように振る舞う。ヴォレンスは、鬼のような形相で私を睨んだ。
「フィオナ、お前……っ! 婚約破棄が納得いかなかったのなら、せめて僕に言えばいいだろう! よりによってか弱いマリーユに、このような仕打ちを……!」
「誤解よ、マリーユが自分でやったの!」
「そんなわけがあるか!」
「本当よ、信じて! 私はやってない! マリーユの自作自演よ!」
「――もうよい」
はあ、と深いため息を吐いたのは、レングランツ家の現当主であるお父様だ。
「フィオナ。私の娘であるマリーユを傷つけた罪は重い」
「どうして、お父様……っ。私だって、あなたの娘なのに……っ。お父様はいつも、マリーユのことばかり……」
「私はな、自分の地味な容貌が嫌いなのだ。幼い頃から、鏡を見ることが苦痛だった。お前を見ていると、幼い頃の自分を見ているようでイライラする。マリーユが生まれた時は、本当に嬉しかった。私のような男からも、これほど美しい娘が生まれるのだと。マリーユは美しく愛らしい、自慢の娘。私の宝だ。同じ『娘』だろうが、お前とは違う。お前は今回の婚約破棄に不満があるのかもしれないが、マリーユと比べたらお前のような娘、選ばれなくて当然だろう」
これまで、ギリギリのところで言葉にはしてこなかった感情が決壊したかのような言い方だった。前々から、お父様が私を見る目は、どこか異質だと思っていた。……だけど、自分に似た容姿だから嫌いだと言われても、私にどうしろというの。私だって、望んでこの顔に生まれてきたわけじゃない。
「フィオナ。素直に自分の非を認め、頭を下げてマリーユに謝罪しろ。私が悪かった、と」
頭を下げれば、この場は丸くおさまるのかもしれない。今まで、ずっとそうしてきた。マリーユに何かを奪われ、私に非はなくても、私が我慢することで私達家族の関係は保たれてきた。
(だけど……もう、限界)
ぎゅっと唇を噛み、抵抗の言葉を口にする。
「嫌です。私は、悪くありません……!」
するとお父様は、冷めた目で再度嘆息した。とても、実の娘に向ける視線とは思えない。
「フィオナ。お前には心底、失望した」
冷酷で威圧的な声が、断罪を告げる。
「お前を勘当する。この家を出て行け」
「――な」
「お前のような娘、もう私の家族ではない。二度とレングランツの姓を名乗るな」
ぷつりと、私の中で何かが切れた。
今までなら、ここで泣いていたかもしれない。すみませんと頭を下げて許しを乞うたかもしれない。だけど、こんな家族のために、もう少しも我慢を強いられたくない。
「わかりました、出て行きます」
お父様達は、一瞬だけ面食らった顔をした。勘当なんて言葉は、私を脅すためのものだったのだ。そう言えば、私が頭を下げざるをえないと考えて。まさか私が本当に受け入れるなんて思っていなかったのだろう。
「ふん。今は売り言葉に買い言葉でそう言っているのだろうが、何の取り柄もないお前がレングランツ家を出て、どう生きてゆくつもりだ? どうせすぐ、泣いて帰ってくるに決まっている。今のうちに、素直に謝っておけばいいものの」
「たとえ外でどんな目に遭おうと、この先もこの家で暮らしてゆくよりはマシです。――では、さようなら」
もう一秒だってあの人達と顔を合わせていなくて、私はすぐさま屋敷の玄関へと向かった。
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