14・魔王城でおにぎりを
私が魔王城で目を覚ましてから、7日ほど経った。
ジークハルトはもちろんのこと、お城の人達は皆、親切にしてくれる。
私の立ち位置は、「魔王陛下の命の恩人」であるため、皆さんすごく丁重に接してくれるのだ。まるで王妃様のような扱いを受けて、こちらが恐縮してしまうほどである。
(でも皆いい人達ばかりで、幸せだな……)
魔王城の書庫にて、平和な日常の幸福に浸りながら、本のページをめくる。魔王城で暮らすようになってから、時間がある時は本を読むようになった。
何せ私の頭は、8年分のこの世界の出来事がすっぽりと抜けている状態である。その間に人間が魔族に戦を仕掛け、魔族が勝利してこの大陸を支配するようになったという大きな歴史の動きがあったのだ。
この先、生きてゆくためにも、もっと世界の現状について知っておきたい。それから、魔族のことについても知識を深めたかった。もともと読書は好きだし、本を読むことは苦ではない。
「フィオナ。またここにいたのか」
すると、書庫にジークハルトがやってきた。
「はい。新しい知識を身に着けるのは、楽しいです」
「お前は勤勉だな。だが知りたいことがあるなら、なんでも俺に聞いてくれればいいのに」
「い、いえ。ジークハルトはお忙しいのですし、そんなお手間をかけるわけにはいきません」
魔王である彼は、常に執務で多忙な身だ。いちいち煩わせるわけにはいかないだろう。
そう考えていたのに、ジークハルトは、他の人には決して見せない甘い微笑みを向けてくる。
「つれないことを言うな。俺は、少しでもお前と一緒に過ごしたいんだ」
「~~~っ、え、えーと! それでその、ジークハルト。何か御用でしょうか?」
「ああ。お前の顔が見たくてな。もっと言うなら、お前の喜ぶ顔が見たかった、かな」
ふおおおおお、甘い、甘すぎますって! これがいわゆる溺愛というやつなのだろうか。糖分過多で溶けてしまいそうです!
「ほら、これ。お前のために、国外から取り寄せた」
ジークハルトは、抱えていた袋の口を広げ、中身を見せてくれる。中に入っていたのは……。
「わあ! これって……お米じゃないですか!」
「お前が以前、食べたいと言っていただろう?」
お米はこの国でも、前に私がいた国でも一般的ではなかった。この辺りでは貴重品なのだが、わざわざ東方の国から取り寄せてくれたらしい。
「すごく嬉しいです、ありがとうござます!」
「そうだ。お前の、その顔が見たかったんだ」
ジークハルトはまた、ふわりと嬉しそうに笑う。はうぅ。持っているのはお米なのに、キャラメルソースをたっぷりかけた生クリームくらい甘い。甘々だ。
「さっそく昼食に、これを使って料理人に何か作らせるとするか。フィオナ、何が食べたい?」
「うーん……」
魔王城でのお食事は、基本はいつも主食はパン、メインは肉料理か魚料理、あとは前菜やスープ、デザートだ。
お米が食べられるのは嬉しいけれど、おかずに何を食べよう。梅干しとか納豆はないし、味噌がないからお味噌汁もできない。
(それに、いくら魔王城の料理人さんがすごい御方でも、お米を扱ったことがあるかどうかはわからないし。だったら……)
「ジークハルト。今日の昼食は、私が作ってもいいでしょうか?」
「ん? フィオナがしたいのであれば、もちろん構わないが」
「ありがとうございます!」
私は魔王城の厨房を使わせてもらった。土鍋に似た調理器具でお米を炊く。中世ヨーロッパ風の世界ではあるけれど、魔力を用いたコンロがあるため、火の扱いに苦労はしない。お米の他に、食糧庫にあった塩、玉子、油、砂糖、そして腸詰めを使わせてもらった。
(凝ったものを作るのもいいけど――久々のお米なんだし、ここはもうシンプルイズベストに!)
昼食ができあがったところで、食堂で待つジークハルトのもとへ食事を運んだ。
「お待たせしました、ジークハルト。さあ、一緒に食べましょう」
「ほう。これは……」
「私の前世での食事。おにぎり! 卵焼き! そしてウインナーの3点セットです!」
そう――私が運んできたお皿に載っているもの、それは。
塩むすび!
卵焼き!
そしてウインナー!
SNSでも大バズりの、皆大好き「こういうのでいいんだよ」セットである!
うんうん、シンプルイズベスト。凝った料理もおいしいけど、こういう簡単だけど王道なごはん、時々無性に食べたくなるんだよね~。
「せっかくなので、使用人さん達にも食べてもらいたくて、たくさん作ったんです。よかったら皆さんも召し上がってください」
「そんな。陛下がフィオナ様に取り寄せた貴重な食材を、私どもが口にするわけにはいきません」
使用人さん達は遠慮していたが、ジークハルトが私の気持ちを汲み取って口を開く。
「フィオナが、お前達にも食べてほしいと言っているのだ。遠慮せず食べるがいい」
その言葉で、使用人さん達はジークハルトと私に「ありがとうございます」と口々に告げた。皆で「こういうのでいいんだよセット」をいただくことにする。
私は早速、三角に握った塩むすびを、ぱくりと頬張った。
「んん~、やっぱりお米、おいしい……!」
真っ白なお米はツヤツヤでピカピカ。ほかほかのごはんを噛むと、ほんのりとお米の甘みと、塩のしょっぱさを感じる。中の具も海苔もない塩むすびだけれど、塩だけで充分おいしい。
「まあ。これがお米というものなのですね。とてもおいしいです」
「それに、この卵の食べ方も。オムレツとは少し違って、新しいですね」
「ウインナーとオニギリを一緒に食べるのもおいしいです!」
使用人さん達も、皆それぞれおにぎりや卵焼きを頬張って顔を輝かせている。この国では目玉焼きやオムレツといった卵料理はあるけれど、卵焼きはないので、皆珍しいと言ってぱくぱく食べてくれた。ウインナーは普段パンと一緒に食べているものだが、お米と卵焼きにも合うと大好評。すごく喜んでもらえたみたいで、よかった。
ジークハルトも、どれもおいしそうに食べてくれた。普段は威厳溢れる魔王様がおにぎりを食べるというのは不思議な感じでははあるけれど、彼の嬉しそうな顔はなんだかちょっと、可愛い。
「フィオナ。このオニギリというものも、タマゴヤキというものも。とてもうまいな。作ってくれてありがとう」
「いえいえ、全然難しい料理ではないので。でも、ひさしぶりにお米を食べられて嬉しかったです。こちらこそ、ありがとうございました、ジークハルト」
「ふむ。お前がそんなに喜んでくれるのなら、我が国でも米の栽培を試してみるか」
「わ、本当ですか! お米は他にも、いろんな食べ方ができるんですよ。和食はもちろん、丼ものとか、チャーハンにしてもいいし、あっお寿司もいいなあ……」
ワクワクと想像を膨らませていると、ジークハルトがじっと私を見ていることに気付く。
「ジークハルト、どうかしましたか?」
「ん? お前がそうやってワクワクと楽しそうにしている姿は、本当に可愛らしいと思っていてな」
「ジ、ジークハルト……!?」
あああああもう。本当にどこまで甘いんですか、この魔王様は……!
おにぎりの後はデザートに果実でも食べようかなと思っていたんですけど、そんなのいらないくらい、甘々なんですけど……!
――家族だった人達に別れを告げてから、私の毎日はこんなふうに、いつも甘く幸せだ。
ジークハルトは私のことを「口説き落としてみせる」なんて言っていたけど、多分私が完全に落とされてしまう日は、そう遠くはない。
(……婚約破棄されて、家族から追放された私が、まさか魔王様に愛してもらえる日がくるなんて、思っていなかった)
人生は本当に、何が起きるかわからないものだと思う。
こんなふうに幸せになれたことも嬉しいけど、何より、ジークハルトが生きていてくれるということが嬉しい。
(あの日……ジークハルトの命を救うことができて、本当に、よかった)
辛い運命を乗り越えた私達の、これからの未来は、きっと幸福で溢れている。
彼は私を幸せにしてくれるだろうし、私も彼を幸せにしたい。
お互いに支え合い、温かな感情を分け与えながら、私達は生きてゆく――
読んでくださってありがとうございました!




