11・私を捨てた家族達との再会
ジークハルトに連れられてやってきたのは、魔族の領域の僻地にある廃塔だ。
石造りの、朽ち果てた塔の中は、夜だということを抜かしても気が滅入ってしまいそうなほど薄暗い。ここで見張りの兵士に監視されながら、私の家族とヴォレンスが暮らしているらしい。普段は一人一人違う部屋に幽閉されているそうだが、兵士さんに呼ばれ、一堂に集まる。
一応、私と家族は、8年ぶりの再会になる。だけど私にとっては、彼らに捨てられたのはつい先程のこと同然だった。
(でも、皆の顔を見ていると……本当に8年の歳月が流れたんだなって実感する)
家族達の姿は、確かに8年の月日を感じさせるものだった。特にマリーユは、もとは咲き始めの花のように可憐だったのに、今は肌にも髪にも艶を感じられない。この8年という歳月は、彼女にとって決して優しいものではなかったのだと感じられる。
着ているものも、皆8年前とは全然違う。以前は皆、貴族らしい高価な衣服を纏っていたのに、今はボロボロの、囚人が着るような服に身を包んでいる。
私とジークハルトの存在に気付いた家族達は、はっと膝をついて頭を垂れた。
「ま、魔王陛下。このたびは、このような場所までご足労いただきまして、誠に……」
家族の皆、この世界を統べる魔王であるジークハルトには頭が上がらないようだった。
「おや、隣の美しい女性は……?」
お父様……いや、「かつてお父様であった男性」は、恐る恐るといった様子でジークハルトに尋ねる。
(私がフィオナだって、わかっていないの……?)
今の私は化粧を施され、8年前は着なかった華やかなドレスを纏っている。まして、ただの人間である娘が、8年間歳をとっていないとは思わないのだろう。
(というか……私が生きているとすら、思っていなかったのかも)
「……貴様、彼女が誰か、わからないというのか?」
ジークハルトが声を低くし、父はビクリと肩を震わせる。
「え、ええとその、陛下のお妃様でしょうか? 大変お美しく、陛下にお似合いの女性ですね」
いやいやお父様、なんて勘違いしてくれてるんだ。私がジークハルトのお妃様だなんて、恐れ多いにもほどがある。
心の広いジークハルトは気分を害した様子はなかった(というか、何故かちょっとだけ嬉しそうだったような?)けれど、私はいたたまれなくて口を開く。
「私のことが、わからないのですか?」
「も、申し訳ございません……」
「……では、こう呼べばわかるでしょうか? お父様」
もう勘当された身でこの呼び方をするのは正直、抵抗があった。だが、こうでも言わないとわかってもらえなさそうだ。
「え? お父様ということは、まさか……」
父は目を見開く。同時に、母が鬼のような気迫で父を責めた。
「あなた! こんな大きな隠し子がいたっていうの!?」
「ま、待て! そ、そんな、どの女からも、そんな連絡は……。一体、どの女との子だ……?」
いや、ていうかお父様、心当たりがあるんかい! もしや今まで、隠れて浮気しまくっていたのか?
「私はあなた方の娘……あなた方が勘当した娘、フィオナです」
「「「「な……!?」」」」
皆、目を見開き、口を大きく開けて驚いた。信じられない、というように。
「う、嘘! そんなわけない! お姉ちゃんがそんなに綺麗なわけ……」
「え?」
「な、なんでもないわよ!」
マリーユは、美しい格好をした私を妬むように睨んでくる。ヴォレンスは私に見惚れているようだったが、あんなふうに無惨な婚約破棄をしてきた相手に頬を染められても、ぞっと鳥肌が立つだけだ。
「生きていたのか、フィオナ……」
「でも、どうしてあなたが魔王陛下と一緒にいるの?」
どう答えるべきか考えていると、ジークハルトが私の肩を抱き、口を開いた。
「俺は、貴様らに裁きを下しに来た」
「そ、そんな。毒草の栽培で捕らえられ、もう3年もここに囚われているのですよ。いいかげん解放してくださってもいいじゃないですか!」
「毒草の栽培……? どういうことですか、ジークハルト」
私が尋ねると、ジークハルトは説明してくれる。
「人間と魔族の争いが、魔族の勝利で終わった後。魔族が大陸を統べることとなり、あらためて人間の国の各領地についても調査をすることになってな。ヴォレンスが領地で、人間と魔族の条約で禁止されていた毒草を栽培していたことが明らかになったんだ」
ヴォレンスの領地は、私が追放された後、彼が商売を失敗して莫大な損失を出したことをきっかけに税を重くしすぎ、そのせいで領民達が反乱を起こすなどして、領地経営が苦しくなっていたらしい。焦ったヴォレンスは、毒草を栽培し密売することで、安易に金を稼ごうとしたのだという。私の両親も、利害が一致して力を貸していたそうだ。
(私を追放しただけじゃなく、そんな悪事まで働いていたんだ……)
ヴォレンスは領地を剥奪され、私の家族とともにここに幽閉されていたとのこと。
ここでは1日2食の粗食で生き、娯楽などは一切禁止された上で幽閉されている。唯一外に出られるのは、囚人としての労働作業の際のみだ。といっても、もちろん自由を味わえることはなく、逃げ出せないよう枷をつけられた上で、毒の沼のゴミ拾いや瘴気の漂う山奥での鉱物の採掘作業などをしているのだとか。他に、元自分の領地での奉仕活動もさせられているらしい。
貴族であり、生まれた時から何不自由ない暮らしをしてきたマリーユやヴォレンスには、どれもこれも全て、屈辱だろう。囚人のような格好で私の前に膝をつかされていることも、贅沢な暮らしができないことも、本来貴族であれば決して行わないような労働をさせられることも。そして、元は自分の支配下にあった領民達から、後ろ指を指されることも。
(でも、毒草を栽培し、密輸していたなら自業自得だ。同情はできない)
そんなことを考えていると、母は私を見て、いいことを思いついたように顔を明るくする。
「あの! 魔王陛下は、私達の一族ということで、フィオナもここへ幽閉するために連れてきた、ということですか? でしたら、フィオナになんでもさせますので、代わりに私達はここから解放してくださいませんか!」
母の言葉に絶句していると、父も笑顔で賛同した。
「ああ、それはいい案だ。フィオナでしたら、どんな厳しい労働でもします。こいつは、昔から雑に扱われることには慣れていますからな、ははっ。あるいは、少しは見目がよくなったようですから、陛下の愛妾にでもいかがでしょうか? 貧相な身体ですが、陛下のお好きなようにしてくださって構いませんので」
「…………」
隣に立つジークハルトから、ぶわりと冷たい殺気が放たれるのを感じた。父や母もその空気に気付いたようで、身体をすくめる。
「ちょっと、あなた! 魔王陛下になんてことを言うの。いくら着飾って綺麗になったとはいえ、魔王陛下ほどの御方が、戯れでもフィオナなんかに手を出すわけがないじゃない」
お母様は慌ててそうフォローしたけれど、ジークハルトの殺気は落ち着くどころか、いっそう激しさを増した気がする。
「……ここに来るまで、俺は、少しはフィオナへの謝罪を期待していたのだが。貴様らは本当に、救いようがないほど屑だな」
「フィオナへの謝罪? どういうことです? 陛下は、フィオナもここに閉じ込めるために連れてきたのでは?」
「違う。俺は裁きを下しに来たと言っただろう。俺はな……」
ジークハルトは、ぐいっと私の腰を抱き寄せる。
「俺は、フィオナを愛している。フィオナは、俺が妃にと望む女だ」
……………………………………へ?
何を言われたのかわからず、きょとんと目を見開いてしまった。
だけど驚いている私と同じくらい、マリーユも驚愕している様子だ。
「どうしてですか、陛下! どうしてフィオナなの! 私には見向きもしなかったくせに!」
「黙れ。冤罪でフィオナを追放した、おぞましき女よ。俺が貴様を愛することなど一生ない」
「な……っ! いくら魔王だからって、そんな……ぎゃあっ」
次の瞬間、マリーユ達はがくんとその場に倒れた。
「な……っ。何よ、これ……っ! 身体が、重い……っ」
「重力魔法だ。ふ……そのように床に這いつくばって、虫のようにじたばたともがいて。無様なことだな」
ジークハルトは、言葉通り本当に汚らしい害虫を見下ろすようにマリーユ達を眺める。
いや――害虫というよりも、もっと憎悪を湛えた、酷薄な視線だ。私と2人きりで話していた時の彼とは、別人のよう。
「さあ、フィオナ。この愚か者どもを、どうしてほしい? 魔王城には、腕のいい拷問官が揃っている。雷の魔力を込めた椅子に座らせるか、磔にして火で炙るか、魔物の餌を身体に塗りたくった上で夜の森に放置するか……。ああ、生きたまま拷問器具に入れたり、牢に閉じ込めたまま、一切水や食料を与えず何日生き延びられるか観察したりするのも愉しそうだな?」
くつくつと、ジークハルトの低い笑い声が暗い廃塔の中に響く。
マリーユ達は床に這いつくばったまま、顔を蒼白にさせていた。




