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最終章 猫の飼い主

(おか)(もり)さんが警察に呼び出されて動揺を見せていたのは、凶器のすり替えと、盗聴のことがあったからなんだね」


 (まる)(しば)刑事が電話をしている横で、私は理真(りま)に言った。


「そうだね。で、動揺しながらも、『自分は犯人じゃない』って、あれだけ頑なに否定を続けていたのは、そういう事情があったせいなんだろうね」

「それで、理真、まだ謎があるんだけど、その聴取のときに、岡森さんが『犯人は“コネコ”だ』って口にした、あれにはいったい、どういうことだったの? ただの苦し紛れ?」

「いや、由宇、実は、そのことも岡森さんのトリックを解く手がかりのひとつになったんだよね」

「えっ? じゃあ、やっぱり、あれには意味があったの?」

「うん、岡森さんが言った“コネコ”は、確かに犯人のことを指していたんだよ」

「あっ! そういえば、まだ池町さんを殺害した真犯人は謎のままだ!」


 岡森が仕掛けた凶器すり替えトリックにばかり気が行ってしまって、すっかり忘れていた。


「岡森さんは、盗聴で犯行の一部始終を聞いていたわけだよね。その中で、池町(いけまち)さんが犯人の名前を喋っていて、それで知ったんだよ。つまり、“コネコ”っていうのは、犯人の名前、というか、渾名だね。岡森さんは、それを知っているけれど、言えない。言ったら、“どうしてそんなことを知っているんだ”って、盗聴のことがバレてしまいかねないもんね。でも、聴取を受けている極度の緊張から、自分が殺したんじゃない、ということだけでもせめて訴えたくなって、思わず口走ってしまったんだろうね」

「でも、それは渾名でしょ。本名は分かるの?」

「たぶん。由宇も知ってると思うけど、ちょっと前くらいから、女性のことを、名字に“子”を付けた愛称で呼ぶことがはやってるよね。“(あさ)(くら)なんとか”っていう名前の人だったら“アサコ”とか、“(おお)(しお)なんとか”だったら“シオコ”とか」

「あるね」


 新潟のローカル局にも、そういう法則でニックネームを付けられているアナウンサーがいる。


「それに則って付けられたニックネームなんだと思う。だから、あれは、“コネ”と“コ”に分けられる」

「名字に“コネ”が付く人?」

「そう」


 と、そこに、


「分かった!」と通話を終えた丸柴刑事の声がかぶり、「(はこ)()(すず)()さん!」


 被害者の友人で、かつ、交際相手の立原(たちはら)と浮気関係にもあり、容疑者のひとりに数えられていた女性か!


「箱根……ハコネ……コネ! コネ子!」


 のちの調査で、この理真の推理は的中していたことが分かった。箱根鈴枝は、自分のファーストネームの響きが古くさくて呼ばれるのに抵抗があったそうで、知人らには極力、名字呼びをするよう要請していたのだが、それでは他人行儀で味気ないというので、名字の下二音に“子”を付けて、“コネ子”と呼ばれていたという(“ハココ”じゃあ締まらないもんね)。



 捜査令状を持つ警察の家宅捜索を拒否することは、当たり前だが岡森には出来なかった。彼が現場から持ち出した本物の凶器は、やはり、まだ廃棄されてはおらず、自宅の押し入れから発見された。実際に被害者の頭部に叩きつけられた凶器――茶トラ柄の『ビッグ!うるおうニャん』――は、偽装されたそれとは違い、破壊には至らないまでも、陶器の表面に大きな亀裂が走ることになっており、右前脚部分に付着した血痕も、偽装のものよりも大きな広がりを見せていた。そして、その内部からは、盗聴機が電源ユニットと融合する形で仕込まれていることも判明した。

 この加湿器は、高校卒業以来、岡森と池町が再会するきっかけとなった、一昨年に催された同窓会で行われたビンゴ大会の景品だったという。が、そのときに用意されていた『ビッグ!うるおうニャん』は、白猫柄だった。ビンゴで猫型加湿器を当てた池町は喜んだのだが、『実家で茶トラを飼っているので、欲を言えば茶トラ柄だったら、なおさら嬉しかった』と口にしており、それを聞いた岡森が、『購入店で茶トラのものと交換してもらうので、後日それを改めて渡す』と言い、交換されたものだった。もちろん、そのときに渡した茶トラの『ビッグ!うるおうニャん』には、すでに岡森の手により盗聴機が仕込まれていたのだ。同窓会で池町に再会した彼は、高校時代に想いを寄せていた気持ちが再燃し、この機会を悪用してしまったという。その再会がきっかけとなって、岡森は池町と交際することが出来はしたのだが、それでも盗聴機のことは秘匿したままでいて、交際している最中も、振られたあとも、盗聴は継続して行われていたのだった。

 もしも、加湿器が岡森から個人的に贈られたものだったのならば、破局と同時に破棄されていた可能性が高かっただろうが、池町自身は、それは同窓会で同級生みんなからもらったものだと信じて疑っていなかったため、大事に、継続して愛用し続けていたのだろう。


 箱根鈴枝も、警察の聴取によって罪を認めた。事件の日は、立原のことで話し合いをするために池町の部屋を訪れたのだという。最初こそ、穏便に話し合いをしていた両者だったが、次第に感情が高ぶり、激高した箱根は、衝動的に犯行に走ってしまったと供述した。

 当初は、しらを切り通すつもりでいたという箱根だったが、立原に「もしも、池町を殺したのが自分だとしたら、どうする?」と訊いたところ、「殺人犯と付き合えるわけがないから別れるに決まっている」と言われ、精神的に不安定になっていたところに、警察の(実際には理真の)推理を突きつけられ、「これ以上捜査が進む前に自供するのであれば、出頭扱いに出来る」という文句に背中を押されたのだという。箱根は会社を去る際、「立原は、二人分のデート代を捻出するために何度も出張費をごまかしていた」という暴露を置き土産にしていったらしい。



 後日、理真の実家を訪れた私は、居間に『ビッグ!うるおうニャん』が置かれているのを見た。柄はもちろん三毛猫だ。頭部に空いた穴から蒸気を立ち上らせる猫型加湿器のことを、クイーンが、(なんだ、お前は)という物珍しそうな顔で眺めていた。

 お楽しみいただけたでしょうか。


 毎年恒例になりました「猫の日に猫ミステリ」も、2018年から初めていますので、なんと七年目になりました。さすがにネタ切れ感が凄いです。本作は、ストックしていたネタに無理やり猫要素を組み込んで、何とか完成させたものです。今後の「猫ミステリ」のあり方を考える時期に来ているのかもしれません。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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