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第四章 実家の猫

 現場となった(いけ)(まち)のアパートに到着した。このあと、食事をして解散となるため、()()と私は理真の愛車スバルR1に、(まる)(しば)刑事は覆面パトに、と分乗してきた。

 丸柴刑事が管理人から預かっている鍵を使い、私たちは部屋に入る。事件が起きてから丸一日しか経過していないため、まだ居間の床には、倒れていた被害者の輪郭を象って白線が敷かれている。

 単身者向けのワンルームのため、調べる場所は多くない。居間、炊事場、手洗い、風呂とひととおり見て回ったが、時間は十分も要しなかった。とはいえ、警察及び鑑識の力を全面的に信頼するのが理真の方針だ。実際、髪の毛一本、皮膚片ひとつといった証拠品、あるいは不可解な痕跡、そういったものを鑑識が見逃すことなどないだろう。警察の調べが入ったあとで民間探偵が新たな証拠物件を発見できることなど、そうそうあるものではない。よって、理真が捜査をする際には、現場に一度も立ち入らない場合もある(実際、それで解決できた事件も数多い)。それでも、機会があって理真が現場に入るときがあれば、それは、物的証拠や痕跡を探すためではなく、探偵としての勘や視線をもって、事件の輪郭を掴むことを主な目的としている。

 居間に戻ってきた理真は、最後の確認とばかりに、ゆっくりと室内を歩き始め、そして、戸棚の前で足を止めた。観音開きのガラス扉になっているその戸棚は、棚ごとに収納品が分類されており、その中の一段には写真立てが並んでいた。理真は扉を開けると、そこから写真立てをひとつ取りだした。


「なに? どうかした?」


 丸柴刑事と私が近づくと、


「見て」理真は、その手にした写真を私たちに向けて、「猫だ」


 理真の言うとおり、その写真は、猫とひとりの女性を撮影したものだった。


「この人が池町さん?」


 理真は、写真の中の女性――二十代前半程度の年齢に見える――を指さして訊いた。


「……そうね」と写真を覗き込んだ丸柴刑事は、「池町さんで間違いないわね。私が遺体や免許証で確認したお顔よりは若く見えるけど」

「これって、池町さんがここに居住する前、まだ実家で暮らしているときに撮影されたものなんじゃないかな」

「そうかもね。実際、この部屋での風景ではないわね」


 背景の部屋は畳敷きの和室で、このワンルームのアパートとはまったく違っている。


「とすると、一緒に写っている猫は、池町さんの実家で飼われているペットである可能性が高い」

「かもね」

「茶トラだ」

「うん」


 そう。写真の中で若き池町の膝の上に抱かれている猫は、白地に茶色の虎模様が広がる、“茶トラ”と呼ばれる柄の猫だった。


「……(まる)(ねえ)()()も」

「どうかした?」

「なに?」


 理真に呼びかけられて、丸柴刑事と私は同時に返事をした。理真は、私たちの顔を交互に見て、


「岡森さんの聴取が始まる前に、あの『ビッグ!うるおうニャん』の資料を見ていたとき、二人は私に、『三毛猫柄のやつを買ったら?』って言ってきたよね」

「……そうね」

「確かに、言った」


 私たちは順に答えた。


「どうして」

「どうしてって」と丸柴刑事は「クイーンちゃんが三毛猫だから」

「そうそう」


 私も頷くと、理真も、


「そうなんだよ」と同じように頷いて、「私が『ビッグ!うるおうニャん』を購入するとしたら、確かに三毛猫柄のものを選ぶと思う。私に限らず、みんなそうする――つまり、実際に猫を飼っていた場合、その飼い猫と同じ柄のものを選ぶ人がほとんどなんじゃないかと思う」

「それが、どうかしたの?」


 私が訊くと、


「凶器として発見された『ビッグ!うるおうニャん』の柄は、何だった?」

「白猫……あっ!」

「そうなんだよ」と理真は、手にした写真に写る猫を指さして、「池町さんも、そうしたはずじゃない? 飼い猫が茶トラなんだから」


 確か、『ビッグ!うるおうニャん』の種類には“茶トラ”柄もラインナップされていた。


「たまたま、茶トラ柄が売り切れだったとか」

「いや、頻繁に買い換えるものや、ちょっとした小物程度だったら、妥協して他の柄のものを買うこともあるかもしれないけど、加湿器だよ、あんなに大きな。常に部屋に置いてあって、買い換える機会もそうそうなくて、恒常的に目にするものだよ。そんなものに対して、安易に妥協をするとは思えない。そういう商品がないならまだしも、茶トラの『ビッグ!うるおうニャん』はラインナップされてるっていうのに。たまたま品切れだったとしても、私だったら入荷を待つか、注文をするよ」

「でも、理真」と丸柴刑事が、「実際、凶器として使用された『ビッグ!うるおうニャん』は白猫柄だったわよ」

「そこだよ……」


 理真は人差し指を唇にあてた。これは彼女が推理をめぐらせるときの癖だ。部屋に沈黙が流れる中、しばしの黙考から帰ってくると理真は、


「丸姉」

「なに?」

「この近くに『ビッグ!うるおうニャん』を取り扱っているお店があったよね」

「そうね。販売元のホームページに掲載されていたわね」

「今すぐ、そこに行こう」

「ええっ? なんで?」

「移動しながら説明する。ああいう店って、営業時間は八時までのところが多いから、急いだほうがいいよ」

「と、とにかく、分かった」

「店名は憶えてるから、住所は私のほうで検索しておく」


 理真がスマートフォンを操作しながら玄関に走ったため、丸柴刑事と私も顔を見合わせてから、あとを追った。

 検索した住所を入力したカーナビの案内に従って、丸柴刑事は覆面パトを運転する。理真は助手席、私は後部座席に乗り込み、一路『ビッグ!うるおうニャん』を取り扱っている販売店へ向かった。検索で辿り着いたホームページの情報によれば、その販売店の営業終了時刻は――理真がにらんだとおり――午後八時。カーナビが伝える所要時間は十五分。現時刻は午後七時四十分。ぎりぎり滑り込めるだろう。とはいえ、営業終了と同時に店から人がいなくなるわけはないので、到着が午後八時を回ってしまったとしても、警察の捜査だと伝えれば、協力を取り付けることは可能なはずだ。


「それで、理真、どういうことなのか、説明して」


 状況がひとまず落ち着いたところで、ハンドルを握る丸柴刑事は理真に訊いた。理真は、うん、と頷いてから、


「まず、店員さんに尋ねるのは、事件のあった昨日の夜、正確には、閉店直前に『ビッグ!うるおうニャん』を購入した人物がいたかどうか。きっと、いたはず」

「えっ?」

「そして、購入されたのは……白猫柄」

「白猫柄の『ビッグ!うるおうニャん』って……その購入者は犯人で、それが凶器に使われたっていうの? 犯行に際して凶器をわざわざ購入したってこと?」

「そうじゃないんだよ。それは凶器として使われてはいないし、購入者も犯人じゃない」

「どういうことなの?」

「そして、『ビッグ!うるおうニャん』を購入した人は、買う前に店員に、こう尋ねたはず。『茶トラ柄はないか?』って。でも、たまたま店では茶トラ柄の在庫を切らしていて、だから、その人は、仕方なく白猫柄を購入せざるをえなくなった」

「さっぱり、わけがわからないけど……」

「すべては、確認が取れてからだね。まず、間違いないとは思うけど」


 カーナビ音声が、目的地近くに辿り着いたことを教えた。



「はい、確かに、昨日、こちらの商品――『ビッグ!うるおうニャん』をひとつ販売しております。……そうですね、購入時刻は、午後七時五十七分。閉店間際に飛び込んでこられたお客様でした。……それもおっしゃるとおりです。そのお客様は“茶トラ柄”をご所望でしたが、あいにく在庫を切らしておりまして、注文で対応できると申し上げたのですが、急いでいらしたらしく、やむなくといった感じで、“白猫柄”をお買い上げいただきました」


 閉店直前にもかかわらず、快く対応してくれた店員から聞かれた証言は、理真の推理どおりだった。


「その購入者は、どんな人でしたか?」

「男性で、年齢は……三十歳くらいに見えました」

「その人は、この二人のどちらかではないでしょうか?」


 丸柴刑事が提示した、二枚の男性の顔写真を見比べて、店員は、


「……ええ、この方でした」


 被害者の交際相手であった(たち)(はら)(ひろ)()と、以前の交際相手であった(おか)(もり)(やす)(あき)のうち、岡森のほうの写真を指さした。

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