十八日目 その夜 新しい履物の模索
けれども、また考え始めてしまう。
やはり、丸太を割って板を採るしかない。
平らな道でしか使えない一枚板の下駄ではなく、前後に四分割。
四つに割れた板をどうやって固定する?
錐もない。
四つに割れた板を、互いに紐で繋ぐ。
体重がかかるんだから、紐じゃ切れてしまう。縄だな。
樹皮の紐を束ねる。
長さは出せなくても、数を揃えて撚って、強度を出すことは出来よう。
どう紐を使うか。
板の部品に溝を切り、焦がして削って面取りをして、川砂を付けて石や枝で滑らかに磨く。
溝を切るには、繊維方向と同方向ではまずい。
繊維間の、年輪の、接合面をダイレクトに減らしてしまうから、板材がパカッと割れやすくなる。
溝を切るなら、繊維方向とは直角に切る。
その為には、低木の若木を足の横幅+α程度に短く伐っては、割って柾目の板を採り、同じ厚みに削り揃え、それを四つ並べて一つ分の底板とする。
ぼくたちには太い樹は伐れないから、当然そうなる。
あ、同じ厚みで一旦作って、後から足の形に合わせて削り窪めるのは莫迦らしいなあ。
最初から、足先と前足庭を置く部材が一番薄く、踵がその次、足の凹んでる処……ええと、度忘れした……土踏まず、そうだよ土踏まずだよ、そこが一番厚く。
そうすれば、クッションとなる草履の全面に、より均等に過重分散できるから、草履のへたりが抑えられるだろう。
板を採って並べるのではなく、ただの枝を並べて筏とか丸木橋みたいに二本ずつ束ねるのはどうか?
枝を並べるだけなら、板よりずっと少ない労力で作れる。
でも、丸いから削れるのが早くて耐久性に劣るし、転がりやすくて安定性に欠けるから、紐にかかる力も増えて、紐が切れる頻度も上がる。
やはり地面の上に置かれた時に安定する四角の形の方が良い。
それに、足裏への当たりも違う。
板同士が直に互いにぶつかり合うように並べて、互いに紐で結わえておくか?
それとも、間にワンクッション何か挿むか。
工作精度の粗さという問題があるから、理想的なジョイントなんて実現出来ない……。
しかし、直に部材同士が拍子木みたいにカチカチぶつかり合ったら、一歩ごとにうるさくて堪らないのではあるまいか。
何をどう挿めば……挟まずに、間を空けて、草履に縛り留めるだけでは、何がいけないかを考えようか。
草履が新品で、しゃんと張っているうちは、多分良いんだ。
で、草臥れてきたら、ぐにゃついて、拍子木を打ち始めるのではないだろうか。
拍子木にさせない為に、草履の下に、何か枝でも縫い留めれば、それが拍子木──板の部材の事だ──の上端の相互接近を阻む筈。
或る程度の大きさが必要だが、あまり大きいと……やはり、単なる枝ではなく、専用の小さな板を削りだし、それを挟み込もう。
労力が余分にかかるけど、明らかに効果は見込めるんだから、仕方ない、やろう。
足に固定するのは草履の鼻緒でなく、草鞋のように、絡めて締め付けて結わえる。
勿論、その端は板から。
どうやって板にとりつけるか。
溝に干渉しないように、穴を開けるか……いや、工作が粗いから、溝は必要以上に大き目になってしまうので、同じ溝を共用する。
いや、それだと、紐同士の摩擦による損耗が気になる……やはり、穴だな。
例えば、上から見ると、
┏━━┳━━┳━━┓ ┌──┳──┳──┐
┃● ┃ ┃ ●┃ │● ┃ ┃ ●│
┗━━┻━━┻━━┛とか、切り込む溝だけ強調すると└──┻──┻──┘とか、そんな感じ。
実際には、鋸も鋼製の幅の狭い鑿もないので、溝はもっと太くなってしまうけど。
横から見ると、
┏━━┳━━┳━━┓
┃ ┃ ┃ ┃
┗━━┻━━┻━━┛
こんな感じ。
いや、それじゃ駄目だ。
穴を、地面側へ通した縄──縄? ああ、樹皮の紐を束ねてか──の端をどう留める?
結び目を作って、その穴との当たりをどうにかする為に、何かを別に巻きつけるとか?
それもいいかもしれないけど……ただ、加工点数が増える。つまりコスト増。
あんまり加工点数を増やしたら、消耗に対応できなくなりそうで困る。
トヨやマサがその気になれば自作できるような作りにしておかないと、僕に何かあった時にまた彼らは大変な状況に逆戻りだ。
それじゃ駄目だ。
もっと単純に、
┏┳━━━━━━┳┓
┃┃ ┃┃
┗┻━━━━━━┻┛
こうだ。あくまでも、充分に端っこに、二本の溝をぐるりと切るだけ、地面側だけ少し深いけど。
シンプル。
あ、いや、足裏側には溝は要らないのか。
じゃあ、上側、足裏側から見ると、のっぺらぼう……でもない、少し横の溝を切ったのも見えてる、
┏┳━━━━━━┳┓
┃ ┃
┗┻━━━━━━┻┛ こうだ。
さっき、「それだと、紐同士の摩擦による損耗が気になる」と考えたけれど、よく考えたら、溝はもっと太巾なわけで、紐同士の摩擦はそれほど酷くならない。
……ならないよな?
……さあ、どうだろう……よく、分らないな……実際、やってみないと。
紐の掛け方を工夫すれば、どうにかならないかな……一本の紐で、X字状に掛けて、板部品同士と同時に草履との連結も済ませてさ……。
そんで、草履との接合の為に草を貫き通して上に出てきた時に、そこに足に結わえる別の紐を留めるんだ、何か挿んで保護してさ。
紐にはあちこちから力が懸かるけれど、使う紐の本数も減るから、摩擦を考える必要が減る。
ただ、一度紐が切れてしまったら、修繕はちょっと面倒だけどな……。
多機能の紐だから、影響を局所化できないんだ。
とはいえ……どうせ何処か一か所に影響が出ると言う事は、他の場所にもそろそろ影響が出始める頃合という可能性もある。
その場合、最初から部品点数も加工点数も高いと、当然修理点数も高くなる。
最初から低い点数なら、修理だって勿論そうなる。
「その一か所さえ直せば、総て治る」
わけだから。
五人分作るには、沢山の長めの樹皮紐が必要だな。
修理の為には、麻紐を買って備えておきたい所だけど……。
物売りから麻紐を買えればね。
でも、金が無い。
魚──はぼくたち自身が食べたいのだから無理か──いや、炭でも持って行って、必要分と取り替えて貰えれば……無理だろうなあ。
トモコがトオルから聞いた話のうちに、そういう商行為にかかる税金の話もあったからなあ。
個々の取引で無く、商行為に参加する者にかかる税金という事だったけど、要は市場への入場税みたいなものだ。
大した額じゃなかった筈だけど。
市場といっても、安全性が保障されているわけじゃないから、スリやひったくりの被害はあり得る。
なけなしの金を払って入城して、品物を盗まれたりしたら、目も当てられない。
市場の外でのモグリの取引は見つかれば罰せられる。
見つからなければ、とも思うけど、多分バレる。
駄目だ。
あとは、そう、村人同士の贈答は大目に見られているから、そこに賭けることはできる。
ただ、とにかく相場はまだ分からない。
トモコたちも知らない。
今度、そういうのも女の子に訊き出しておいて貰おう。
城壁内はさすがに道は整備・清掃されていて、裸足でも怪我せずに居られたから、城壁内で活動している分には、裸足でもそれほどは困らないんだ。
非常事態が起きないうちは。
水にも履物にも困らないという点だけでも、要塞内は恵まれている。