ココロの弱さ
「チェックメイトだと?この私を馬鹿にするでない!これは遊戯ではないのだぞ!?」
司令官はグレイの発言に、顔を真っ赤にさせる。決して照れているのではない。相当怒っているのだ。
「リセットのきかねぇゲームなんだよ、クソジジイ。分かったらさっさと黙りやがれ!!」
ルイスの回し蹴りが、司令官の鳩尾に鋭くめり込む。鈍い呻き声と共に床に倒れ込む司令官に、ルイスが冷たい眼差しを向けたのをグレイは見逃さなかった。
「先輩、行きましょう」
「……ああ」
ターゲットの自室がある階は、想像した通り警備員は一人もいなかった。今頃、一つ下の階で伸びているのだろう。
捕獲されることを覚悟して二人が社長の自室の前に立つと、室内から漏れた大音量のクラシック音楽が嫌でも耳に入ってくる。
グレイは二丁拳銃を両手に構え、ルイスは一度鞘にしまった日本刀を再び引き抜きながら、もう片方の手に安物の革の手袋をして、白い扉をノックした。
返り血の付着した素手で触るのは証拠が余計に残ってしまう可能性が非常に高いため、流石に気が引ける行為だ。
しかし、既に二人は大変危険な状況にまで追い込まれているので、それはもはや無駄な行いだと言えよう。
「何故だ?」
二度、三度と扉を叩いてみても、一向に反応がない。
「逃げられましたか。この階のすぐ下での戦いですから……やはり、それが当たり前ですかね」
「馬鹿野郎、今更そんなマイナスなこと言うなよ。お前さっき俺に言っただろ……まだ100%失敗したわけじゃないってさ。その前向きな言葉、どうせなら最後まで貫き通そうぜ?」
呆気なく蹴破られる扉。
煩く鳴り響く警報。
更に音量を増す楽曲。
先程まで全く頼りなかった先輩に、グレイは遅くも、そのとき初めて敬意を持った。
突入開始のときとは反対に、一足先に部屋に踏み込んだルイス。しかし、数歩進んだところで、すぐに足を止める。逃げられたのなら逃げられたと言えば良いのにも関わらず、ルイスは表情は、口は、一向に何も語ろうとはしない。
そんな仲間を不思議に思い、グレイがルイスに近付いた途端……視界に入る光景に、グレイは思わず息を飲む。
それは警報とクラシックの二重奏と共に部屋に広がる、ターゲットの変わり果てた姿……。
数枚の写真に囲まれ、赤に染まった亡き骸の片手に握られていたであろう、虚しく大理石の床に転がっている短銃を見るに、ターゲットは恐らく自害したのだろう。
「こんな終わり方、存在して良いのか?今までのことは全て無駄になるのか!?」
ターゲットが死んだことは事実。一刻も早く、逃げ出さねばならない。しかし、足はその場から動かない。
始めて任された、大きな任務。
自分たちと同じ、下っ端の組員からの熱い声援。
そして、己のプライド。
その全てを踏みにじられたルイスから、悔しさと絶望感がとめどなく溢れ出していく。
「……小僧、ミッションはこれで終わりだ。狗に嗅ぎ付けられる前に帰るぞ」
いつもよりもワントーン低い呟きへの返事は、中々返って来ない。
「おい小僧……グレイ、どうしたんだ?」
ルイスがこの部屋に入ってから初めてグレイの方に顔を向けると、そこには今まで見たことのない、取り乱したグレイの姿があった。
「あ゛あああっ、やめろ、やめてくれ!」
顔面蒼白になり、床にうずくまって自らの膝を抱え、ビクビクと身体を震わせるグレイ。
彼が情緒不安定になっているのにはワケがあった。
「お前、どうしちまったんだよ!俺、お前を置いて逃げられねぇんだぞ!?」
「ぼ、ぼく、俺が、何をした!?お前は……僕が殺す、殺してやる……!!」
己に打ち勝て
差し延べられる手を待っているだけでは何も変わらないのだから。