1話 少年の夢
神暦658年
アルム王国の辺境の村に1人の少年が居た。
少年の名はヨハン・アンハイサー。
農民の両親を持つごく普通の少年だ。
ヨハンは本を読んでいた。
父の買ってきた非戦論者の書いた本だ。
月に3度来る商人から買い取ったらしい。
「よくわかんねぇな・・・」
それもそのはずヨハンはまだ8歳。
8歳の少年に戦争が駄目だということを長ったらしく回りくどく書いてある本の内容が理解出来るはずもない。
しかし、ヨハンの興味を示す場所もあった。
それはパンドラギアと呼ばれる駆動兵器について書かれた場面だ。
パンドラギアは人が搭乗することで動かすことの出来る殲滅兵器であり、その種類は豊富でそれぞれ武装やポテンシャルが違うらしい。
その多くは適正が無ければ動かすことすら出来ず、なかには100年近く適性者がおらず、その期間戦場に現れていないパンドラギアもあるようだ。
勿論ヨハンは細かいことは理解していない。
分かっているのはパンドラギアというかっこよくて強い兵器があるということだけである。
「よし!騎士になろう!」
ヨハンは本を閉じ、大きな声で決意した。
パンドラギアに乗れるのは騎士と呼ばれる者達のみであるということをギリギリ理解出来たヨハンがその決断を下すのは容易だった。
勿論なりたいからと言ってなれるものでは無い。
そのことは理解できているヨハンは本を抱えると靴を履き家を飛び出した。
ヨハンにとってよく分からないことがあればそれを聞きに行ける頼りになる幼なじみがいるのだ。
ヨハンの住む村の近くには村を一望できる丘があり、ヨハンはそこに向かって一直線に走っていった。
丘の頂上付近に来るとヨハンの探し人がそこにいた。
「おーい!フィーネェ!ちょっと聞きたいことがあるんだー!」
丘の頂上に居た1人の少女に向かってヨハンは叫んだ。
その声に少女は少し嫌そうな顔をしながら振り向く。
「そんなでかい声で叫ばなくても近くに来ればいいでしょ・・・」
少女の名はフィーネ・グリム。
ヨハンと同じ村に住む猟師の父を持つヨハンの幼なじみだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ!騎士にはどうやったらなれる!?」
フィーネの苦言をものともせず元気に叫ぶヨハン。
ヨハンの大声を間近で聞かされたフィーネは耳を抑えながらヨハンを見つめる。
「今なんて言った?あ、小さい声で教えてね」
「騎士にどうやったらなれるのか教えて欲しいんだ」
今度はフィーネの言うことをちゃんと聞いたヨハンは普通の声量で本題を切り出す。
ヨハンにとって難しいことや、分からないことがあればこの頼りになる幼なじみのフィーネに聞きに行くことは当たり前だった。
「え?騎士になりたいの・・・?」
恐る恐るといった様子でヨハンに尋ねるフィーネ。
フィーネはそれだけ騎士がどういうものかを知っているのだ。
それ以外にも理由はあるが。
「おう!俺は騎士になって誰も動かせねぇパンドラギアを動かして英雄になる!だからどうやったら騎士になれるのか教えてくれ!」
ヨハンの言うことはそれくらいの年齢の少年なら誰もが考えるであろうことだ。
動かせたとして、騎士になったのであれば多くの命を奪うことや、自国の民には尊敬されど、他国の民には恨まれる。
そういったことは理解していない。
理解しろという方が無理な話である。
しかし、ヨハンの持つ本を読めば理解出来るはずなのだ。
パンドラギアは戦争の為に作り出され、他国の騎士を殺す為に存在する兵器なのだから。
本にはそういったことがきちんと書いてあったが、8歳のヨハンには全く理解出来なかった。
回りくどく説明されて理解出来ない言葉ばかりが溢れていたので諦めたのだ。
「ヨハン。悪いことは言わないわ。やめておきなさい。騎士になんてなるものじゃないわ」
そんなヨハンの質問をフィーネはバッサリ切り捨てた。
これはヨハンにとって初めてのことであった。
今までは分からないことを質問すれば丁寧にヨハンが理解出来るまで教えてくれていたのに今回は説明せずにやめておけと切り捨てられたのだ。
勿論フィーネとて意地悪で教えない訳では無い。
騎士になるということがどういうことなのかをフィーネは理解しているし、なにより、幼なじみを死なせたくなかったのだ。
ヨハンが騎士になれば、間違いなく死ぬ。
フィーネは知っているのだ。
しかし、まだ、8歳のヨハンからすれば意地悪されたと思ってもおかしくない。
少し泣きそうで、それを堪えて怒っているようなそんな顔をしながらヨハンはフィーネに問いかける。
「なんで?別にいいじゃんか!俺が騎士になろうとしたって!」
「ダメよ。ヨハンやめておきなさい。騎士になれば死ぬかもしれないのよ。いいの?死んでも」
「別にいい!俺は死なねぇから!だから教えてくれよ!」
理性的に説得しようとするフィーネと真正面から感情でねじ伏せようとするヨハン。
2人のやめろ、やめないの言い合いは数分間続いた。
結果折れたのはフィーネだった。
「・・・ヨハン。騎士になれば自分が死ぬかもしれないし、大勢の人を殺さなきゃいけなくなるの。そして、ヨハンが死んだ時ヨハンのお父さんお母さんも悲しくなるし、勿論私も悲しい。いつ死んでもおかしくないそんな仕事なのよ騎士は。それでもなりたい?」
「なりたい!大丈夫!俺は死なねぇし、殺さなきゃいいんだろ。相手もパンドラギア乗ってるんだし動けなくすれば大丈夫だろ!フィーネのお父さんに教えてもらった!獲物は動けなくしてトドメを刺すって!じゃあトドメを刺さなきゃいいんだよ!」
かなり難しく、なおかつ甘いこと言うヨハン。
そんなヨハンにフィーネはこめかみを抑えながらため息をついた。
「分かったわ。ヨハンが騎士になるなら私も騎士になる。だから、好き勝手に動くのはダメよ。いいわね?」
フィーネがそう言うとヨハンは心底嬉しそうに笑った。
「おお!フィーネが一緒に来てくれるなら何も怖くないな!よろしく!で、どうやってなるんだ!?」
「騎士になるには王都にある学校に通わないとなれないわ。勿論勉強も出来ないと入れない。騎士になるんだったらまずは勉強からよ。明日から始めるわよ。」
「うぇぇ!?勉強かよ!やだなぁ・・・いやでも!騎士になるためだ!頑張るぞ!」
勉強と聞いて明らかに嫌な顔を浮かべたものの騎士なるためと自分に言い聞かせ、やる気を出すヨハンにフィーネは穏やかな笑みを浮かべフィーネはフィーネで決意する。
(絶対にヨハンを死なせない。ヨハンが死ねば私が死ぬ。本当は騎士になって欲しくないけど説得できる気がしない・・・。だったら、常に私の目の届く所に居てもらって、ヨハンが危険になったら私が助ければいい!そうすれば、少なくともアイツが私に近っくことは無い。)
そう、この少女フィーネ・グリムは所謂転生者である。
フィーネからすれば、この世界はゲームの世界であり、ヨハンを切っ掛けとしてフィーネである自分は死の道を歩き始めることになる。
ならば、そうならないように全力でヨハンのフォローをする。
そうすることで自分は死ななくて済む。
ゲームのシナリオ通りならヨハンが死ぬのは入学直後の戦闘イベント。
チュートリアルでヨハンは殺される。
そして、それが遠因となって、フィーネは闇堕ち、敵国に裏切り、シナリオ終盤で中ボス的立ち位置として現れる。
そして、主人公達に敗北し、囚われ処刑される。
理由は分からないが折角の2度目の人生、長く太く生きていきたい。
自分が前世でハマったゲームの世界に転生したのだからよりこの世界を楽しみたい。
割と殺伐とした世界ではあるが。
それでも楽しみたいのだ。
今は8歳。
ゲーム開始までは後8年ある。
それまでに、ヨハンとフィーネは強くならなければならない。
問題は無い。
この世界の人達がまだ知らないことを今のフィーネは知っている。
これは大きなアドバンテージだ。
「いい?ヨハン。明日から勉強よ。朝からやるからね。私の家でやるわ。ちゃんと朝起きなさいよ?」
「おう!任せとけ!色々教えてくれよ!」
2人の子供は並んで丘を下る。
ヨハンは楽しみなのか足取りは軽いが、フィーネは少し重い足取りで歩を進める。
この1件が自分と、そして、フィーネの運命を左右することになるとはまだフィーネしか知らない。
時を遡ること8年前。
王都近くの少し大きな街で1人の少年が産まれた。
名をアレン・カルフォン。この世界の主人公である。
アレンは生まれてすぐに思った。
(え?ヤバくね?俺の勘違いじゃなければ・・・これって異世界転生ってやつなんじゃ・・・。しかも、この人達めっちゃ見覚えあるし!え?ってことはだよ?あの世界だよねぇ!?死亡フラグビンビンじゃないっスかぁ!嫌だ!死にたくねぇよ!?)
少年は泣き喚いたが産まれたばかりの産声だと思われ微笑ましく思われていた。
(ニコニコしてんじゃねぇよ!?産まれた直後に死ぬかもしれんとかふざけんなだよ!笑ってンちゃうぞぉぉぉぉぉぉ!!!!)
勿論その叫びは誰の耳にも入らない。
これは3人の少年少女が自らの運命に抗い、運命を破壊する。
そんな物語である。
それではここからは、彼等に託そう。
私にだって未来は見えない。
現在を見通すことはできるが未来は見通せない。
年寄りは黙ってペンを置くのみ・・・。