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06 一生引き籠るのはかなりの覚悟が必要



「で、これが出来上がったサンプルだね」


 朝食の席で、ジローがそう言った。

 ドローンが小さな瓶をテーブルに乗せる。

 昨日おじさんがくれた青い粘性の液体と全く同じ。

 わらび餅をもうちょっとでろんとさせたような、不思議な感じ。


 当然だけど、ジローはアンドロイドだから睡眠なんて必要ない。

 私が寝てる間に、魔薬の成分を調べて同じものを作ったらしい。


 それどころか、土壁の部屋も劇的にリフォームされてた。

 ふかふかの赤いマットと、白を基調とした壁紙。

 天井から下がるほおずきに似た丸い提灯照明。

 アンティークっぽい猫脚の大きめな円卓には真っ白いクロス。

 クッションふかふかの椅子は十脚。

 満腹号に合わせたような、チュウカ・テイストの部屋。

 そして部屋の真ん中にはダンジョンキー。


 これは私でも「魔法かよ!」って思わず叫んだよね。

 おじさんは当然、魔法だと思ったみたいだけど。


 あと、部屋の端にはおじさん用のスペースと簡易ベッドも作られてた。

 泥だらけだった私のポンチョ・スーツもキレイになってたし。

 ジロー有能。

 満腹号のシステムの一部とは思えない有能さ。

 これも時空の歪みの影響だとしたら、時空の歪みヤバすぎない?


「はっふぁひほふぁんふぇひょ、ひょふひゃいへんひぇひはひぇへ」


 素直に、賞賛の言葉をジローに贈る。

 なのにドローンからは溜息っぽい音がした。


「お嬢は無理に参加しなくていいから」


 あ、そう?

 クロテッドクリームたっぷり乗せて蜂蜜びたびたにしたフレンチトーストおいしいです。

 さっぱりしてるのに、こっくりしたクロテッドクリームおいしい。

 微かに花の香りが残るあまーい蜂蜜おいしい。

 カリカリの表面と、とろとろの中身のパンおいしい。

 噛むとバターの風味がふんわり鼻を抜けておいしい。

 とにかくおいしい。もぐもぐ。


「成分的にはごく普通の完全食なんだ。未知の成分は検出されなかったし、正直なにが魔力の素なのかもどうやって煙にするのかも全然わからない」


「おれもご主人様に魔薬さ煙にしてもらって使ってたですけども、どやって魔力さ取り込むかまでは、説明できんですだよ。煙にすんのは、人間の魔力さ必要なんは確かですだが」


 それは仕方ないんじゃないかな。

 私だって、栄養素くらい知ってるけど、それがどうやって体に取り込まれて、どういう働きをしてるかなんてわからない。

 難しいことなんて知らなくても、美味しいものはちゃんと知ってる。

 それだけでいいのにね。


 そんなことより、おじさんの食べてるベーコンエッグハンバーグサンドが美味しそうなんだってば。

 あっあっ、噛んだら肉汁と黄身が一気にとろんと出てきてた……。

 今度ジローに、ハンバーグトリプルで作ってもらお。

 因みに、当然のように虎犬たち十匹も同じ部屋で一緒に餌? 食事? してる。

 今度、待てとおかわりを教えてみようかな。


「人間の魔薬屋は、魔力を練って魔薬さ作る聞いたですけども。実際に作ってるんは見たことないですだもんで」


「うーん……。まあ、魔力云々は一旦おいといて、取り敢えずこのサンプルはお嬢が持ってなよ。いざというときの非常食にはなりそうだから。そのまま飲めば大丈夫だよ」


 うええ。いらない。

 絶対美味しくないよ、それ。

 だって見た目が完全に不味いもん。


「非常食なんだから、味なんかどうだっていいでしょ」


 なんで考えてることわかったし。


「課題はまだまだあるけど、取り敢えずダンジョンキーの魔力問題は満腹号の食糧でなんとかしていけそうだね」


「ん、そうなの?」


 二十枚目のフレンチトーストに手を伸ばしながら、聞き返す。

 円卓の白いクロスの上に、映像が浮かび上がった。


「はぁ、相変わらずコウモリ殿の動く絵さ、どえれえもんですだね。こったらすげえ魔法使うですだから、魔女様の偉大さがよおっくわかるですだよ」


 そんなに褒められると照れるわぁ。

 私は何もしてないけどね。うん。


「いい? まず、僕たちの世界の食糧でも、問題なく魔物は魔力を吸収できてたよね」


 ジローの言葉に合わせて、映像が動く。

 SD化された、お肉を食べるおじさんと、魚を食べる虎犬のアニメーション。

 二人の横にある棒グラフのようなものが、ぐんぐん伸びて「MAX」と表示される。


「そしてダンジョンは、魔物から吸い取った魔力をダンジョンキーに溜める」


 おじさんと虎犬の棒グラフが少しへこんで、薄青い球体の棒グラフが増えた。


「吸い取った魔力で、ダンジョンは新たな魔物を生み出す」


 今度は球体の棒グラフが減って、画面におじさんと虎犬がぽぽぽぽぽっと次々に現れだした。


「現に、タイガーウルフたちは倍の数まで増えてるからね。ここで餌をあげてるのと無関係ってことはないでしょ」


 最初に見たときボスを含めて五匹だった虎犬は、今や十匹になってる。

 そういえば、おじさんは増えないよね。

 いや、増えられても困るんだけど。


「ちゃんと食べさせてあげれば、魔物が魔物を食べることもなくなるし、もっと数を増やせるでしょ。そうやって続けていけば、ダンジョンキーを動かす魔力も貯まって、お嬢の住みやすいようにダンジョンを改造することもできるってわけ」


 そうね、住環境は大事だもんね。

 なにせ食食衣食食食住食って言うくらいだから。

 うん? ちょっと違う? 細かいことは気にしない!


「そうなると目下の問題は、食料自給率の向上なんだよ。魔物が増えてきたら、今の満腹号じゃ賄いきれなくなるからね」


 やっぱそうなるよね。

 でもそこは、ジローがうまいこと満腹号の機能拡張でなんとかしてくれる、はず。


「ごちそうさまでしたっ! で、ダンジョンキーの魔力って、少しは溜まったの?」


 最後のフレンチトーストの余韻を楽しみながら、口元を拭いた。

 昨夜と今朝、おじさんと虎犬が食べた二食分で、どの程度の魔力が溜まったかはちょっと興味がある。

 ドローンは投影映像を消すと、ついーっとダンジョンキーの上まで移動した。


「お嬢、実際に動かしてみなよ」


 ジローに促されて、私は席を立った。

 ダンジョンキーに触れてから、少し考える。

 球体が、青い光をふおんふおん放った。

 それに呼応するように、土壁の部屋の扉が閉まる。


「おおー!」


 もう一度、球体に触れる。

 同じようにして、今度は扉が開いた。


「すごいねこれ。ほんとに私の思った通りに動かせるんだ。これなら万が一侵入者がいても、ここまで辿り着けなくしたりできるね」


「理論としてはそうなんだけどね。あ、今のでまた魔力空っぽになったから」


 えええ。早すぎるでしょ。

 つーか先に言ってよ。

 知ってたら無駄遣いしなかったのに。


「お嬢、住環境については一応そういう方針でいい?」


「うんまあ、その辺はジローに任せるよ」


 私はいつでも美味しいものさえ食べられれば、それでいい。

 異世界ではそれがダメだっていうなら、一生ここに引き籠る覚悟も……まあ、それなりにできた。かな。

 生活基盤が整ったら、魔物相手に異世界で屋台やるってのも面白いかもね。

 お代は魔力で頂戴します。なんちゃって。


「それより、ちょっと気になることがあるんだ」


 ドローンから聞こえてくるジローの声が、なんとなく固い。

 なんだろう。そこはかとなく嫌な予感がするなぁ。


「満腹号の全方位ディスプレイは、この場所の位置情報は取得できてるんだよ。モニタリングも問題ない。ただ、屋台方向のモニタリングができないんだ。恐らく、そこにも時空の歪みが存在してる」


 満腹号は、船首側のメインルームと船尾側の屋台エリアにわかれてる。

 メインルーム側のハッチは、このダンジョンキーの部屋に繋がっていた。

 ここは満腹号のディスプレイにも問題なく映ってるのね。

 けど、反対側の屋台エリアは、ディスプレイに映ってない。

 そこに時空の歪みがあるなら、屋台側ハッチの外はダンジョンのどこに繋がってるかわからないってことか。


「それ、ものすっごくまずいじゃない」


 今更ながら、私は事の重大さを理解した。


「うん、ものすごくまずいよね」


 もしも屋台側ハッチから侵入されたら。

 ダンジョンキーの魔力云々言ってる猶予はない。


「もーーーーー! どうしてそんな大事なこと言わなかったの!? すぐに屋台側ハッチの外がどうなってるか調べなきゃでしょうが!!」


「よく分かってるじゃない、お嬢。じゃあ、早速行ってきてね」


 はい?




*****




 ドローンってさ、無人で動く機械だよね。

 なんで無人かっていったらさ、人間には不向きな仕事を機械が肩代わりするためだよね。

 危険な場所とか、人間が行けない場所とか。

 そういう場所に行くことこそ、ドローンの仕事だよね。

 具体的にいうと、屋台側ハッチの外とか、さ。

 なんで私は、ドローンの代わりに未知の場所に行かなきゃならないんだろう。


 ジローに無理やり四十秒で支度させられた私は、屋台エリアに呆然と立っていた。

 もむもむもむもむもむもむもむもむもむもむ。

 四十秒で何ができるっていうのよ。

 もむもむもむもむもむもむもむもむもむもむ。

 ポーチにおやつをつめ込んだら終わりじゃない。

 もむもむもむもむもむもむもむもむもむもむ。

 誰よ、四十秒で支度しろとか無茶なこと言い出した奴!

 もむもむもむもむもむもむもむもむもむもむ。


 はっ。

 怒りのあまり、一斗缶クッキーがなくなっちゃった。


「お嬢。もう一度言うけど、くれぐれも無茶はしないでよ」


 いちばん無茶ばっかり言う奴が、何言ってくれちゃってんのかしら。


「その船外活動スーツは、あくまでも宇宙空間を想定して作ってあるから。異世界には対応してないんだからね」


 ジローに着せられたポンチョ・スーツは、スパーツ社のものだった。

 私、これ嫌いなんだよねぇ。

 ベーラ社のと違ってかわいくないし。

 真っ黒だし。

 軽いし動きやすいし丈夫なのは認めるけど。

 嫌いなのよね。ださくてかわいくないから。


「どうせなら、ジローが異世界パッチ当ててからにしてほしかったよ」


「それこそ無茶言わないでよね。まあ、ダンジョン内の様子を見る限り、そのスーツなら十分異世界にも対応できるでしょ。多分」


 多分とか言っちゃうのかい。

 アンドロイドのくせに。


「とにかく、外では僕と一切通信できないから。お嬢一人で無理だと思ったら、すぐに帰還すること。いいね?」


 船外の環境調査のために、ジローは小型ドローンを外に出した。

 でも、それが帰ってこなかった。

 どうやら屋台側ハッチの外とは、通信ができないらしい。

 時空の歪みが邪魔してるみたい。


「はぁーい。おやつの時間には帰ってくるよ」


「そんだけポーチにおやつ詰め込んでおいて?」


 ジローが、限界までぱんぱんになった私のポーチを半目で見る。

 私だって学習するのよ。

 往路と復路のおやつだけじゃ、いざというとき役に立たないんだから。

 非常用のおやつだって持たなきゃ意味がないのよ。


「ま、とにかく行ってくるわ」


 女は度胸。

 あとは愛嬌とお色気があれば、なんとかなるなる。

 ――あ、そっか。

 思いついて、私は手元のマルチコンソールを操作した。


「なるほど。“シャンリィ”に変装ね。現地人に遭遇する可能性もあるもんね。お嬢にしてはいいこと思い付くじゃない」


「バカにしてる?」


「誉めてる誉めてる。いいから行ってらっしゃい。気を付けてね」


 私は、ポンチョ・スーツのフードを深く被った。

 首元のスイッチで、フードにフェイスシールドを追加する。

 これでもう全身真っ黒ね。やだなぁ。


 ジローに見守られながら、屋台側のハッチを開けた。

 メインルーム側は土壁の部屋だったけど、こっち側は木造の部屋みたい。

 思い切って、船外に一歩踏み出す。

 船外活動スーツが何の警告音も出してないから、少なくとも宇宙空間よりはマシなところみたい。


「ジロー、聞こえる?」


『……ぅ……ける…………ど、あ……』


 どうやらダメみたいね。

 スーツに内臓されたスピーカーからは、途切れ途切れの音声しか聞こえてこない。

 やっぱり、ジローのナビは期待できないかぁ。


「お嬢! フード外して! 寧ろ邪魔だわ、それ!」


 背後からジローの声が聞こえてきて、振り向いた。

 ジローがハッチの内側から大声を出している。


「脱いで大丈夫なの?」


「大丈夫! 人間の生体活動には問題なさそう! ただ電波の通りが悪いだけみたい!」


「おっけー」


 少し迷ったけど、私は思い切ってスーツを脱ぎ捨てた。

 だって真っ黒なんだもん。

 かわいくないんだからしょうがないんだもん。

 スパーツ社のスーツを着るくらいなら、営業用チャイナ・ドレスが汚れた方がまだマシ。


 私は、改めて部屋の中を見回した。

 ちょっと埃っぽいけど、空気もキレイだし問題なさそう。

 木造の部屋は、結構狭かった。

 真ん中あたりが広めのカウンターで仕切られている。

 カウンターの中も外も、片手を広げたくらいの幅しかない。

 屋台側ハッチのある場所は、このカウンター内側の端にあたる。

 ハッチの外側は見覚えのない木製の扉になっていた。

 ちょうど、元々そこにあった扉にハッチが重なって表裏一体になってるみたい。

 扉の横の壁は、作り付け棚のようになっている。  


 ちょっと前に流行したトーキョー系バーみたいな造りね。

 狭くて、お客が三人も入ったら満席っていう変なバー。

 客単価が高め設定なのに人気だったのが、イマイチ理解できなかったけど。

 ここも何かの店だったのかな。


 カウンターの内側には、調理器具だか実験器具だかよくわからないものが転がってる。

 大小の瓶もいくつか。

 あと、内容は理解不能だけど、文字らしきものが書かれた紙の束。

 積もった埃の感じからして、何年も無人だったみたいだけど。


「ねえ、これ解析できる?」


 埃が立たないようにそっと持ち上げた紙束を、ジローに見せる。

 ジローから、感嘆の声が上がった。


「わお! それ本じゃない?」


「本? これが?」


「多分ね。それがあれば、この世界の文字は解読できるかもしれないよ」


 埃だらけの紙束が本と言われても、ピンとこない。

 だって私の知ってる本と全然違う。

 データベースにアクセスして、ダウンロードした映像が本でしょ。


「異世界の本は紙なのね。変なの」


「違うよ、お嬢。僕らの世界でも、元々は紙だったんだよ」


「えええええそうなの!?」


「今度“本”についての本を読んでみなよ。なかなか面白いから。そもそも本が紙から現行のフォーマットに移行した経緯として――」


「…………」


 ジローが何か喋り続けてるけど、私はそれを無視して探索を続けた。

 カウンターの端は潜戸みたいになってて、向こう側に繋がってる。

 向こう側にあるのは、扉と分厚いカーテンに覆われた窓くらい。

 カーテンは埃が舞いそうだから、ちょっと開ける気になれない。

 開けるとしたら、扉の方かな。


「他には何かありそう?」


「部屋の外に出てみるわ」


「待ってお嬢。さっきできたばっかの超小型ドローン持って行って。一応、オフラインでも異世界データベースと翻訳機能は使えるようにしてあるから。でもここから先は、本当にお嬢一人だからね」


「わかってるって」


「本当に気を付けなよ」


「はぁーい」


 木製の扉についた、金属製のノブをそっと回す。

 きぃ、と高い音がして、扉が開いた。

 風が吹き抜ける。

 本物の、草木の匂い。

 頭上から聞こえる、小鳥の囀り。

 暖かく降り注ぐ陽の光。

 どうやらここは、ダンジョンじゃなくて外の世界みたい。


 この世界にも太陽ってあるのね。

 てことはやっぱりここは惑星なんだ。

 私は、異世界の太陽を眺めるために上を見上げた。

 眩しい。けど、なんだか安心する。

 異世界でも、開発済みの惑星でも、空の景色はそんなに変わらないんだなあ、って。


 どこまでも広がる青い空。

 綿菓子のような白い雲。

 実り豊かな畑と牧場。


 畑と、牧場……?

 …………。

 ……………………。


 いや、待って待って。

 なんで空に畑と牧場があるの?

 というよりも、あれどう見てもうちの庭だから。

 空に浮かんでるあれ、満腹号の船底だから。


 異世界に、私の顎が落ちる音が虚しくこだました。



朝食は軽めに、フレンチトースト二十枚。

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