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05 飛べない龍はただの蛇



「んですから、少しずつ勇者様たちの数が増えてきたですだよ」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「んだもんで、上の階層の魔物は、勇者様たちに殆ど狩られてしまったですだよ」


 もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ


「魔物が少なくなれば、餌さなる魔物もいねくなるわけですだから、魔物全体が衰弱してきてるですもんで」


 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。


「魔物の魔力が弱まったんだもんで、ダンジョンに充填する分の魔力も枯渇してきてるですだよ」


 ごくごくっ。ばりっ、ばりっ、ばりばりばりいっ。


「ダンジョン内の魔物から、ちいっとずつダンジョンが魔力さ吸い上げてんですだから。ダンジョンキーさ動かす魔力がねえのも、そのせいですだね」

 

 もっ、もっ、もっ、もっ、もっ。


「んですもんで……あの、魔女様……おれの話聞いてんですだかね?」


「ひーへふっての! ふぁはは、はんひょんひょひゃほほふぉひぇんひひすへはひんへひょ! はんひゃんひゃふぁふぁひはら!」


「お嬢、食べるか喋るかどっちかにして」


「…………」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「お話は僕が聞いてますから、続けてください」


「はぁ。んですから、魔物の数が増えて、たっぷり食ってたっぷり魔力溜め込めるですならば、ダンジョンキーを動かす魔力も増える筈ですだよ」


「魔物は、どうやって増えるのでしょう」


「それもダンジョンの魔力で増えてるですだから、どうにもできねことですだよ。魔力が増えれば、ダンジョンが勝手に魔物さ生むですだもんで」


「では、当面は魔物の数を減らさないことと、魔物にしっかり食べさせることができればいいわけですね」


「んです。だども、そったらことできるですだかね? あんた様たちの魔法で、なんとかなるですだか?」


「うーん……そうですねぇ……」


「ごちそうさまでしたっ!」


 満漢全席、大変美味しゅうございました。


「うわ、ほんとに食べきったよ。お嬢の胃袋こそ異世界だよね」


「異世界だろうとなんだろうと、美味しいものがあれば大抵のことはなんとかなるのよ」


「んですだか。魔女様はどえれえですだなぁ…」


 いつの間にか、おじさんが私のことを魔女様と呼ぶようになってる。

 魔法は使えないんだけどね。

 ジローは、コウモリ殿なんだってさ。

 確かに、造形的にはコウモリっぽく見えなくもないこともないかもしれない。

 ただのドローンなんだけどね。


 私たちは、ダンジョンキーの部屋で夕食をとっている。

 おじさんを満腹号に入れるのはダメなんだって。

 異星間なんちゃらのなんちゃらに抵触するって、ジローが言うから。

 でも、私はお腹が減って我慢できなかった。

 ジローは異世界の話が聞きたくて我慢できなかった。

 それでこんなことになってる。


 土壁むき出しの部屋に中華円卓と満漢全席。

 席につくのは人間と魔物とドローン。

 なかなかにシュールな光景よね。

 あ、おじさんの分は胃に優しいお粥だけど。

 ドローンは食事しないけど。


「魔物の数はともかく、食事はなんとかなるでしょ」


「んですだか!?」


 ほんと、私は運が良い。

 異世界に来る前に、惑星グロトノで食材マスターシードを大量に買い込んでて良かった。

 これがあれば、いくらでもコピーして食材を作り出せる。

 満腹号の船底にはオートメーションの畑と牧場もあるし。

 オートレンジのレシピも最新版にバージョンアップしたばっかり。


 要するに、連邦宇宙の一般的な食べ物なら、大抵のものはここで作れる。

 あとは量の問題だけ。

 それも、ジローに満腹号を拡張してもらえば、なんとかなるんじゃないかな。

 無許可で宇宙船を拡張するのは違法行為だけど、そんなのもう今更だし。


「お嬢の言う通りなんだけど……ただ、魔物が何を食べれば魔力を取り込めるのかがわからないからなぁ。普通の食材でいいなら問題ないけど、魔物からしか魔力を取り込めないんじゃどうしようもないしね」


「えっ、おじさんお粥食べられてるじゃん。それどう?」


「こったらうめぇもん初めて食ったですども……魔力はちいっとしか貯まらねですだよ」


「そっかぁ……あ! 煮干しは? さっき虎犬がメチャクチャ喜んで食べてたの。どうかな?」


「ニボシ……ですだか。よくわからんですだけど、さっき魔女様が食ってた食いもんは、魔力たっぷり詰まった匂いのするんが、いくつかあるでしただよ」


 いくつか、かぁ。

 満漢全席だからなあ。

 何が魔力の元になった料理かはちょっとわからないかも。

 そういうのも調べなきゃなのか。


 どうやら、ジローも同じことを考えてたみたい。


「なるほど。取り敢えずこの船の食材で魔物の食事はなんとかなりそうだね。――で、検証だけど」


 ジローの操作するドローンが、すいっと浮かんだ。

 卓上に移動すると、水まんじゅうが光って空中に映像が現れた。

 そこには、さっきの虎犬たちの走る姿。

 さっきと違うのは、微妙に数が増えてることかな。

 スクリーンの隅にあるマップでは、七つの赤い光点が白い光点に向かってきていた。


「どうも、匂いに釣られてこっちに向かってるみたいだよ」


「た、た、た、タイガーウルフどもでねえですだか!!」


 派手に椅子ごとひっくり返ったおじさんが、泡を食って円卓の下に隠れた。

 てゆうか、あれタイガーウルフっていうんだ。

 犬じゃなくて狼だったのね。

 道理で迫力があったわけだわ。


「大丈夫です。これは映像――ええと、遠くの景色を魔法で見ているだけですから」


 なるほど。

 ジローは、この世界にない技術を全部“魔法”の一言で片付けてたんだ。

 確かに便利な言葉よねー、魔法。

 こうなると、本物の魔法もちょっと見てみたい気がする。


「あの子たち、結構聞き分けのいい子なのよ。煮干しあげたら私とおじさんをここまで乗せてきてくれたもの」


「なっ……!!?」


 円卓の下のおじさんが、ひっくり返った。

 そんなに驚くようなことだったの?


「た、た、タイガーウルフは、そ、そっただ甘え魔物じゃねえですだよ! 凶暴で、見境なく魔物を食い荒らすですだから、あいつらのいる階層には魔物がいなくなるくらいですだよ! そっ、それに、タイガーウルフのボスは、食える魔物さいなくなると同じ群れのタイガーウルフまで食うですだよ!」


「そうなの?」


「んですだ! しかも、勇者様たちでも一対一なら倒せるかどうかくらいの強さですだし、どえれえ脚さ速えですだから、見つかる前に逃げるしか助かる方法はねえですだよ」


 迫力はあったけど、そんな凶暴な感じはしなかったけどなぁ。

 餌付けに成功したからかな。

 ってことは、あのとき煮干しがなかったら、私も結構危なかったってこと?

 うわぁ……。

 今更ながら、冷や汗が出てきたわ。


「丁度良かったですね」


 映像を消したドローンが、こっちに戻ってきた。


「では早速、タイガーウルフで魔物の好物を検証してみましょうか」


 虎犬たちが、部屋の前に辿り着く。

 一列に並んで大人しくおすわりをしたまま、こっちをじっと見てきていた。

 これ、狼じゃなくてよく躾られた犬よね。絶対。




*****




 虎犬たちで魔物の好物を検証した結果。

 同じ種類でも個体によって好物が違うことが判明した。

 ボスは魚類が好きだった。

 他の子は肉が好きな子もいれば果物が好きな子もいる。


「アミノ酸、不飽和脂肪酸、ビタミン、果糖……好みもバラバラだし、何が魔力の素になってるかわからないな」


 因みにおじさんは、牛肉が好物だったみたい。

 おやつジャーキー齧ったら、魔力が一杯になったんだって。

 食べる量も個体によって違うみたいね。


「あの、魔女様にコウモリ殿。良ければ、これさ差し上げますだよ」


 おじさんが、自分の鞄から小さな瓶を取り出した。

 人差し指くらいの細長い瓶の中身は、薄い青の物体だった。

 固形ではないけど、粘性がありそうな液体。


「ご主人様の魔薬ですだ。もうご主人様には返すこともできねですから、差し上げますだよ。何かの役に立つですだかね? おれもご主人様さいた頃は食いもん食うんは禁止されてたですもんで、魔薬さ使ってたですだよ」


「魔物にも効果があるのですか?」


「んです。魔薬さ煙にすんのは人間しかできねですだから、普通の魔物は使わんですだけども。おれは魔物奴隷だったで、ご主人様から魔薬さ頂いてたですだよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 ドローンが、魔薬を受け取る。

 おじさんは照れたように頭を掻きながら笑った。


「んでもねです。おれみてえのでも何かのお役に立てんなら、どってこともねですだよ」


「じゃあ僕は、魔薬の成分分析をしてみるね」


 ジローはそう言って、すいっとドローンを満腹号に帰還させた。

 しっかし、さっきから普通に魔薬魔薬言ってるけど、響きだけだと完全に犯罪者の会話よね。

 今更って気もするけど。


「じゃ、私も帰ろうかな。お腹いっぱいになったし、なんか今日は色々あって疲れちゃった」


 私も席を立つ。

 虎犬たちも満足したのか「わふん」と吠えると、どこかへ行ってしまった。


「えっと、んでしたら、おれはここで不寝番さしたらええですだか?」


「ええー、いらないいらない。ジローが監視してるから。おじさんも疲れたでしょ、寝てていいよ」


「んだども……」


「あ、そっか。ベッドがないか。どうしようかなぁ」


「ベッドなんて、とんでもねです! おれは雨風さえ凌げれば十分ですだよ! ベッドはご主人様さ使うもんですだから」


 なにそれ。

 おじさんの今までの労働環境を考えたら、涙が出そうだよ。

 元の世界の囚人より酷い生活じゃない。


「わかった。ベッドはすぐに用意できないけど、毛布くらいないか探してみるね」


「いやいやいやいや! ええです、ええですんで! そったらことより、蛇神様の前さ寝っこけんのは失礼ですだから、ここじゃね場所さ探すですだよ」


「蛇神様……?」


 首をかしげながらおじさんの視線を追ってみる。

 そこには、満腹号の装飾があった。

 金ピカに光るド派手な龍。

 そういえば、目が覚めてすぐのおじさんが土下座してたっけ。


 えーっと……。


「ああ、これね。蛇じゃなくて龍だから。わかる? ドラゴン」


「ドラゴン……! はぁー、噂には聞いとったですだけども、こったら金ピカのでっけえ生き物だったですだかよ! もしかしてこれも魔女様の使い魔だったですかね!?」


「あー、うん、そうそう」


 説明メンドクサイ。


「んでしたか。それは失礼しましたですだ。おれはてっきり蛇神様さおいでなすったんかと。しっかしこったらドラゴン殿は翼さ見えねですだが、飛べんですだかね」


 そっか。この世界のドラゴンって翼で飛ぶやつなのか。

 ってゆーか、こっちの龍の方はどうやって飛んでるんだろ?

 考えてみたら謎だわ。


「翼はないけど飛べるの。えーと、なんかそういう“魔法”で。そんで、私たちは空よりもずっと高いところから来たんだから」


「んでしたか! はえー、魔女様はどえれえ偉大な魔女様だったですだねえ。ってことは、天空楽園にも行けるんでねえですかね?」


 まーた聞いたことない単語が出てきたよ。

 ジローいないから、話聞いても全然わかんないのに。


「さあ。今は飛べなくなってるから、行けないんじゃない?」


「んですか……。さっきから見てたですども、ちいとも動いてねですだもんね」


「そうそう、寝てるから。もうずっと寝てるから。この先もずっとずーっと寝てるはずだから」


「んでしたか。ドラゴン殿は、もう……」


 疲れてるし、説明めんどくさいし、だんだん会話が雑になってくる。

 雑な説明から何かを勝手に連想したおじさんが、ものすごく悲しそうな顔をした。

 ううん、ちょっぴり罪悪感……。


「空さ飛ぶんは、皇帝様の悲願だそうですだ。天空楽園さ行ければ、皇帝様がどんな願いも聞いてくれるだで、ご主人様も必死に空さ飛ぶ方法探してたですだよ」


 ふうん。

 どんな願いも、ねえ。

 だったら、この世界を美味しい食べ物が溢れる楽園にしてもらえるのかしら。

 それなら天空楽園とやらに行ってみるのもいいけど。


「その話は明日また聞くから。今日はもう休むわ。じゃあね」


 欠伸交じりに言いながら、私も満腹号へ帰還した。

 あ、そうだ。おじさんの毛布。

 ジローに探してもらおう。

 今日はもうダメ。ホントにダメ。

 疲れが限界突破してるから。

 おやすみなさい。


 よたよた歩いて自室に辿り着くと、そのままベッドにダイブする。

 汚れたポンチョ・スーツのままだったのも、毛布のことをジローに伝えるのも、すっかり私の頭からは消えていた。



満漢全席を一人で食べきる鋼鉄の胃袋。

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