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03 おやつは人生の血液だ



 大きな生き物って、それだけで怖い。

 小さい頃“野生動物ふれあいシミュレーター”で遊んだときのことを思い出す。

 ふれあう動物は、単純にサムネイル画像だけ見て適当に選んだ。

 そしたら予想外にすごく大きな動物だった、ということがあった。

 キリンという生き物だ。

 びっくりするくらい大きくて、すごく怖くなっちゃって。

 すぐにシミュレーターを切った。

 それ以来、できるだけ野生の動物とは触れ合わないようにしている。


 こっちに走ってくる虎みたいな犬は、あのときのキリンほどは大きくない。

 だけど、キリンは吼えなかった。

 舌が異様に長くて気持ち悪かったけど、牙もなかったし。


『グルオオオォォォ!!』


 虎犬が、吼えた。

 耳を劈く獰猛な音と、大迫力の牙に竦んで、身体が動かなくなる。

 目の前で大きく開かれた口は、私の投げたものを簡単に噛み砕いた。

 ケースが砕けて、中身がキラキラと光りながら飛び散っていく。

 後ろの四匹も、最初の一匹に続くように飛び散った欠片に噛みついた。


「いやあああああっ!」


「お嬢!!」


 ジローと私は同時に叫んでいた。


「いやあああっ! 私のおやつ煮干しがああっ!!」


「……お嬢?」


「私の、おやつ煮干しが……ううっ」


 ジローが呆れた声を出し、私はその場で崩れ落ちて嘆いた。


 だって、だって!

 ラーメンに足りなかったひと味を、二キロの行程の慰みにしようと思ったんだもの!

 おやつ貝柱は往路でとっくに食べきってしまった。

 ポーチには、もう何も入ってない。

 おやつ煮干しがなくなったら、私はどうやって帰ればいいかわからない。

 煮干しのない復路一キロを想像したら、もう一歩だって歩けないよ。


 虎犬は、夢中で私の煮干しを食べ漁っている。

 あ。食べ終わったら地面を背中につけて、うねうね動き出した。

 なにそのあざとかわいい動き。

 私のおやつ奪っておいて、なにその満足そうな顔。腹立つなぁ!


「ちょっと、あんたたち!」


 だんっ! と地に足を叩きつけて、私は立ち上がった。

 仁王立ちになった私は、腕を組み居丈高に虎犬を睨みつける。


「あんたたちが煮干し食べちゃうから、私が帰れなくなったじゃない! どうしてくれるのよっ!」


 大きな生き物とか、吠えるとか牙とか、怒りで恐怖が全部吹っ飛んだ。

 私は、虎犬に向かって怒鳴りつける。


 すると、先頭にいた他より一回り大きな虎犬がのそりと起き上がった。

 ゆっくりと、私の側に寄ってくる。

 思わず一歩退いてしまった。

 今更のように野生動物に対する恐怖が甦って緊張したから。


 けど、虎犬は私の足元に伏せると、そこで大人しくしているだけ。

 他の四匹も、同じようにその場で大人しく座って私を眺めている。

 なんだか、それほど怖くないような気がしてきた。


「もしかして、乗れっていうの? 連れてってくれる?」


 なんとなくそんな気がして聞いてみる。

 虎犬は肯定するように短く「わふ」と吠えた。

 あれっ? 全然怖くない。


「ねえ、あっちのおじさんも連れてってくれる?」


 試しに聞いてみたら、もう一度大きな虎犬が「わふ」と吠えた。

 後ろの虎犬たちが動いて、おじさんを咥えて背に乗せてあげている。


 すごい。

 話が通じないと思っていた野生動物が、話のわかる知的生命体だったとは。

 おじさんのものと思われる鞄を咥えた虎犬もいる。

 なにこの子たち。かしこい!


 密かに感動している私の横で、ドローンが溜め息をついた。

 ドローンのくせに。

 中身はアンドロイドのくせに。


「はぁー。もう、お嬢といると心臓がいくつあっても足りないんだけど」


「何言ってんの。ジローには心臓なんか一個もないじゃん。さてと、それじゃ一応目的は果たしたし取り敢えず帰還するよ」


「了解。ちょっと予想とは違うけど、一応コミュニケーションはとれてるか。まぁ、問題なさそうだね」


 私が一番大きな虎犬の背に座ると、虎犬たちは立ち上がってゆっくり歩き出す。

 毛並みはツヤツヤだし、揺れも少ないし、かなり良い乗り心地だ。

 このまま飼えないかなーと、一瞬だけ考えた。

 何かを察したジローが「絶対ダメ!」と言ってくる。

 ちえっ。ケチ。まだ何も言ってないのに。




*****




 私とおじさんは、虎犬たちに満腹号のある部屋まで送ってもらった。

 ツヤツヤでもふもふな毛並みに癒やされながら楽に帰還できてラッキーだわ。


 虎犬たちには、お礼に追加のおやつ煮干しをあげた。

 群れのボスなのか、私を乗せた虎犬があっという間に半分くらい食べてしまった。

 残り半分は、四匹が競うように欠片も残さず食べ尽くした。

 よっぽど気に入ったみたい。


 虎犬たちは満足そうに「わふん」と吠えると、どこかへ行ってしまった。

 何もないところから突然現れたことといい、獰猛な見た目に反して好物が煮干しなことといい、きちんと意思疎通できることといい、異世界の生き物ワンダーランドすぎる。


「さて、問題はこっちね」


 私は、土壁に囲まれた立方体の部屋の中央で腕を組んだ。

 船の外に設置された医療ポッドには、治療液の中でおじさんがぷかりと浮かんでいる。


 ポッドに表示された治療率は八十パーセント。

 あと数十分で傷は塞がるみたい。

 それにしても、思ったより治療時間が短い。

 先に携帯治癒食を食べさせたからか、見た目ほど深くない傷だったのか。

 とはいえ、出血が結構ひどかった。

 おじさんが目覚めたとしても、暫くはここで養生させないとダメかも。


 ジローは、おじさんが目覚めたら現地情報を提供してもらうつもりらしい。

 どっちにしても、おじさんとは暫く付き合うことになりそう。

 それもこれも、全部目が覚めてからの話だけど。


「おじさんが起きるまで、おやつの時間にしよう。ジロー、エッグタルトとフルーツ山盛り豆腐花と、水まんじゅうと、チョコバナナクレープとアップルシナモンカスタードクレープと、濃厚卵プリンと特濃牛乳ソフトクリームとチョコチップバタークッキーの準備できてる?」


「なにさらっと追加注文してんのさ。追加分は今から作るから、ちょっと待っててよね」


「わーい! おやつタイムだぁ〜!」


 ここからは至福の時間の始まりだ!

 労働のあとのおやつは、たまんないよね!




*****




「$@%!!&★=$;##!?&@%!」


「何言ってるかわかりませぇ〜ん! はい、しっかり栄養つけて元気になってねー!」


 異世界で拾ったおじさんは、おやつタイムが終わる頃に目が覚めた。

 そして目が覚めるなり、何故か土下座してた。

 壁から生えるみたいに突き出した、満腹号の船首装飾に向かって。

 異世界の人の考えることはよくわからない。


 とにかく、おじさんには早く元気になってもらわなきゃ。

 この世界のこと色々教えてもらわなきゃだからね。

 私は、おじさんの口に栄養満点の特製粥を突っ込んであげた。


「&$△の∞%@どウK∀¥■&#△@=!!」


「ジロー! まだ現地の言語解析できないの? おじさんさっきからメチャクチャなんか言ってるんだけど!?」


「ちょっと待って、もうちょっと……よしっ」


 ジローの作業中ずっと停止していたドローンが動き出す。

 すいっと浮かんで、おじさんの元へ近付いた。

 おじさん、ぽかんと口を開けてすごく驚いてるみたい。

 もしかして異世界にはドローンってないのかな?


「こんにちは。僕の言葉がわかりますか?」


 ドローンを通してジローが話しかける。

 限界まで目を見開いたおじさんは、こくこくと何度も首を縦に振った。


「僕たちは、とても遠いところからやって来ました。ここが何処か教えてください」


「こ、こ、ここは、ネマァル帝国の帝都ウィサーチ市の、ダ、ダンジョン、ですだよ」


 おっかなびっくり話すおじさんの声は、瞬時にジローが翻訳して、指向性スピーカーで私の耳にも届けられる。


「ダンジョン?」


 あまり聞き覚えのない単語だったから、思わず聞き返した。


「お嬢。【異世界/ダンジョン】でアーカイブ検索したらヒットした。どうやら魔物や財宝が配置されている迷路のような構造物のことらしい」


 魔物はなんだかよくわからないけど、財宝と迷路はわかる。

 財宝はメチャクチャ気になるけど。

 すごくすごく気になるけど、ちょっと後回しかな。


「つまり私たち、迷路の中にいるの?」


「マップを見る限り複雑な構造ではないみたいだけど、広大ではありそうなんだよね。僕がサーチした範囲でも、出口は見つからなかったし」


「あ……あの……」


 私とジローがひそひそ話をしていると、おじさんから話しかけてきた。


「あの、あんた様たちは、勇者様ですかい? それとも、蛇神様の御遣いですかい? それとも、ま、まさか魔女様だったり、するですかい……? お、おれの怪我治してくれたんは、あんた様たちの魔法ですかい?」


 また知らない単語が出てきた。

 勇者とか蛇神とか魔女とか魔法とか。一体何のこと。


「予想はしてたけど、あまりに文化常識が違う世界みたいだね。異星間生物コンタクトマニュアルに則って僕が会話するから、お嬢は少し様子を窺っていて」


「りょーかい」


 おじさんは異星間生物じゃなくて異世界生物だけど、似たようなもんか。

 だったら、交渉はジローの方が向いている。

 私は、こういうのは全然向いてない。

 話の通じる相手から、ちょっと多めのお金を落としてもらう交渉なら得意なんだけど。


「まず、僕たちは勇者でも蛇神様の御使いでも魔女でもありません。大怪我をされていたので治療はさせてもらいましたが、魔法ではありません。先ほども言いましたが、僕たちはとても遠いところから来たんです。こちらの風習や常識が何もわかりません。ですから、色々と教えていただきたいのです」


「と、遠いとこですだか。ナハアーク王国とか、ナーニスネット王国とか、アークマイ聖国ですかい?」


「もっと遠い、名前も聞いたことがないような、こことは全く別の世界です。突然ここに来てしまい、僕たちも困惑しているのです」


 おじさんが、首を傾げる。

 暫く考えるようにしてから、大きく頷いた。


「全く別の世界ですだか。コウモリの魔物さ連れた勇者様か、魔女様かと思ったですだけど、もしかしてあんた様たちは異世界人様ですだかね?」


「そう、それよ! 未確認ワームホールに突っ込んだら、いつの間にか異世界に来ちゃってたのよ!」


 まさかおじさんの口から異世界なんて単語が飛び出すと思わなかった。

 驚いて、思わず興奮して大きな声をあげてしまう。

 私の剣幕に驚いたおじさんが、怯えて体を縮こませた。ごめーん。

 そしてドローンからは、ジローのお叱りの声が。


「異星間生物コンタクトマニュアル第八項と第二十三項に抵触! もうお嬢は黙ってて!」


「はぁーい」


 お叱りを受けたので、私はポーチを漁る。

 取り出したおやつジャーキーをむぐむぐ噛んだ。

 何か食べてれば、喋ることはないもんね。


 なんだかおじさんがあんぐり口を開けて、唖然として私を見ている。

 異世界ではジャーキーも珍しいんだろうか。

 そんなことより、このジャーキー美味しいな。

 味付けが違うのかな? 燻製方法かな?

 風味が抜群なうえに、固すぎず柔らかすぎず、肉の線維がぷちぷち切れる食感がもう最高。


 ドローンからは、溜息が聞こえたような気がした。

 ジローがおじさんとの会話を再開する。


「まずいくつかお聞きしたい。勇者とは、どういった方なのですか?」


「あ、ああ……ええと、勇者様は勇者様ですだよ。なんだかどえれえ魔法とかスキルとかで、ダンジョンの魔物を倒すのが仕事ですだよ」


「魔法やスキルとは何ですか?」


「おれはゴブリンだから使えんですけど、人間は誰でも使える力ですだよ。魔法は光ったりとか火や水を出したりとか、スキルは人によって色々あるですだけど、どれも便利そうな力ですだよ」


「あなたはゴブリンという種族なのですか?」


「んです。おれは人間じゃなくて魔物ですだよ。だから魔法は使えんです」


 おじさんとジローが話してるけど、私にはあんまりよくわからない内容だ。

 ジローはアーカイブで調べながらおじさんの話と突合して、この世界の情報をまとめようとしてるんだと思う。多分。

 それよりもジャーキーおいしいです。むぐむぐ。


「人間と魔物は、どう違うのでしょうか」


「はぁ。ええと、んですだね、魔法が使える他は……人間は人間から生まれるですだけど、魔物はダンジョンから生まれるですだよ」


「ダンジョン……この場所から、ということですか?」


「んです。おれも難しいことは知らんですだが、ダンジョンの何もないところから魔物が生まれるですだよ。おれもアムネムのダンジョンで生まれたですだよ」


 むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐ――むっ。

 ありゃりゃ、なくなっちゃった……。

 ポーチの中を探ってみたけど、何もない。口さみしいなぁ。

 ん? おじさんがものすごいこっち見てる?

 なんだろう?


「あとは……食いもん食うか食わねか、ですだかね。人間は魔薬つうもんを煙みたいにして吸い込むですだよ。口から食いもん食うのは禁忌だて嫌うですだから、食いもんさ食う魔物は人間に狩られて殺されるですだよ」


 な、な、な、な、な、な、な、な、な……


「そんで気になってたですだけども、そっちの異世界人様はやっぱり食いもん食うですだかね? んでしても、異世界人様でも食いもん食えば人間に狩られるかもしれんですだよ」


「な、な、な、なんですってえええええええ!!?」


 私は、膝から崩れ落ちてぱたりと倒れた。

 だってまさかそんな。

 あまりにあんまりな衝撃な事実。

 私はもう、起き上がる気力すらなくなってしまっていた。



あ、ジャーキー食べたい。

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