21 意味がわかるとえろい話
シャンリィさんの手の中で、俺の作った蝋燭が弄ばれている。
少しずつ場所をずらして何度も繰り返し握ったり。
指先で表面をなぞってみたり。
先端をぐりぐり弄ってみたり。
何故そんな絶妙な触り方をするのだろうか。
彼女が、蝋燭の隅に書かれた文字に目を留めた。
じいっと見つめる彼女の顔からは、明確な表情の変化は見られない。
緊張で手が汗ばんでいく。
「気に入ってもらえたかな?」
緊張に耐え切れず、とうとう自分から聞いてしまった。
あの蝋燭の文字は俺にとって大きな賭けなのだ。
ここが運命の分岐点になるだろう。
彼女に受け容れられるか、それとも拒絶されるか。
俺はこれまで、同僚の助言に従って行動してきた。
『高価なプレゼントは偶にでいい。それよりもこまめに会いに行って、キレイな花とか手作りの小物とか、そういう物を沢山贈ること、かなあ』
助言通り二、三日に一度、毎回プレゼントを持って彼女を訪れた。
高価なものは贈らない。
目についた道端の美しい花や、小さな木の実で作った置物を贈る。
『身形を整えることだよ。上等でなくていいから、清潔な服。髪と靴も気を抜いちゃいけないよ』
一度ダンジョンに入るとどうしても服や靴が汚れてしまう。
ここを訪れるのは、身形がキレイな朝のうちだけにしておく。
『これが一番大事なことだけど。紳士でいることさ』
言わずもがな、紳士的にシャンリィさんのおっぱいを鑑賞するのは、俺の最も得意とするところだ。
そうやって今日まで信用を積み上げた。
そして、ここからが大事なところだ。
『だけどいつまでも紳士でいてもいけないよ。ここぞというときは、少しえっちな言葉で口説くことも必要なのさ。彼女のいいところを、とにかく誉めるのも忘れちゃダメだ』
俺は、明日にはダンジョン五十階層の魔物に挑むことを決意している。
恐らくここが俺の「ここぞというとき」だ。
だから今、ここで賭けに出ることにしたのだ。
コレゴイの言葉を信じ、俺は蝋燭に想いの丈を刻み込んだ。
情熱的に。少しえっちに。
彼女のいいところを誉める。
“あなたの豊かな二つのおっぱいに包まれて、温かいミルクと愛に溺れたい”と。
それを見た彼女は、どう思うだろうか。
緊張で震えそうな足に力を入れる。
ふっと顔を上げたシャンリィさんと目が合った。
彼女はにこりと微笑むと、丁寧に頭を下げる。
「ええ、とっても素敵ネ。ワタシ感謝アルよ」
おおおおおおおおおおお!
いつも見ている角度よりも、更に深みが増すこの角度。
たまらん。
俺は、おっぱい渓谷の真髄を見た。
この感動をしっかりと瞳と脳みそに焼き付けておかねば。
思わず鼻の下が伸びて顔がにやけるが、これはいかん。
ここでにやにやしたら、俺はまたただの変態野郎になってしまう。
俺は真剣に彼女のおっぱいを愛しているのであって、下心などないと示さねば。
「そうか。初めて自分で作ってみたんだ。不恰好で申し訳ない」
できるだけ平静を装いながら、必死ににやけ面を隠す。
幸い、シャンリィさんは俺のにやけ面を見ていなかったようだ。
危ない危ない。
「しかし、だいぶ店らしくなってきたな。いつ頃から営業するか、決まったのか?」
話題をかえようと、俺はシャンリィさんの家を見回した。
うっかり忘れそうになるが、俺がここに来る目的はもう一つある。
ウィサーチギルドの勇者としての、偵察と情報収集だ。
そのついでに、開店したら一番に店に来て高価な魔薬を買おうと思っている。
マルリーチャの金で。
しかし彼女は何者なのだろうか。
噂では、ウィサーチダンジョンに天空楽園の秘密があるらしい。
もしも彼女が本当に皇帝のお抱え勇者だとしたら、とんでもないことだ。
ここ数日で勇者の数が劇的に増えたとはいえ、所詮は有象無象。
俺の驚異にはなり得ない。
だが、黒髪の勇者である彼女は別だ。
俺の当面のライバルは、シャンリィさんということになってしまう。
それはいかん。
やはり、ダンジョン攻略は急がねばならないようだ。
「そういえば、ケイさんはどんな仕事してるアルか?」
きた。
とうとう、シャンリィさんからこれを聞かれるときが来た。
いつかは来るだろうと予想していた質問だ。
「帝国の役人だ。下っ端だがな」
これで、俺が下級役人だと彼女も知るところとなった。
俺が彼女と同じく天空楽園を目指していると。
そして、きちんと定職についている男だと。
俺が下級役人だと聞くと、彼女はとても驚いているようだった。
大きく開いた口元に、両手が当てられる。
当然、両腕は彼女の大きな胸元を挟みこむ。
ありがとうございます。ありがとうございます。
俺の気色悪いにやけ面が止まりません。
おかげで俺はまた、必死に言い訳をする破目になる。
ここへ来るのは仕事のついでで、別におっぱいが目当てではないのだ、と。
そうだ。どうせだから、一つカマをかけてみるか。
俺は、ダンジョンの調査に来たことを彼女に伝えてみた。
するとどうだろう。
彼女の可哀想になるくらいの狼狽ぶりは。
ここにダンジョンがあることくらい、ウィサーチの一般市民だって普通に知っているというのに。
魔力は高くても、あまり隠し事をする裏の仕事は向いてないようだ。
そんなところも可愛いといえば可愛いのだが。
しかし彼女に返された刀は、思いの外俺の急所に鋭く突き付けられた。
「もしかして、ケイさんは勇者の関係者アルか?」
関係者どころか、その勇者なんだが。
カマをかけるつもりが、藪を突いてしまったようだ。
かといって、彼女に俺が勇者だと気付かれるのは絶対に避けなければならない。
何故なら、俺は定職に就いている男なのだから。
なんとか言い訳をしたが、完全に信じてもらえたかはわからない。
後味の悪い終わり方で、俺はシャンリィさんの家を後にした。
*****
ダンジョンに入る前に、必ずやらねばならないことがある。
持ち物の確認と、周囲の確認だ。
どちらも新人時代にベテラン勇者から何度も何度も言われた大切な教えだ。
前者は髭面のおっさん、後者は貧乳のババアから。
まず周囲を確認し、誰もいないことを確認する。それから持ち物の確認だ。
今まではゴブリンの仕事だったのだが……居ないものは仕方ない。
魔薬と魔道具の点検が済むと、最後に腰の剣を抜く。
こいつは、剣としてはあまり役に立たない。
指の長さほどの幅広い刀身は、細長い長方形をしている。
製作者は何故こんな形状にしたのか、そこは本気で理解に苦しむ。
当然だが、刺突には向いていない。
切れ味は恐ろしいほど鋭いが、刃が付いているのは片方だけだ。
材質も謎だが、これまた恐ろしいほどに軽い。
持ちやすいのはいいが、この重量では叩き潰すことにも向いていない。
しかも鍔がないときたものだ。
殺傷能力は低く、使う人間の安全になど全く配慮されていない剣。
魔法剣でなければ、とっくに鋳潰されていてもおかしくない代物だ。
更に、こいつはマルリーチャの鑑定でも名前しかわからなかったそうだ。
ダンジョンで見つかる物にはよくあることらしいが。
こんな気味悪い剣はお前にやる、とマルリーチャから譲り受けた。
確かに気味が悪い。
が、それだけの理由でマルリーチャがこれを手放したのではないことは理解している。
まあ、平たく言えば親切心というやつなのだろう。
俺はエルプレームを構え、柄を握る手に力を入れた。
エルプレームに溜め込んでおいた魔力を、自分の中に流し込む。
ダンジョンで得た魔力は、俺に馴染んでじわじわと髪を黒く染め上げていく。
髪の先まで黒くなったのを確認し、最後に目元に仮面を装着した。
最近はダンジョンにも人が増えたからな。
変装しないと近付くこともできん。面倒になったものだ。
さあ準備は整った。今日で前座は終わりだ。
俺は悠々と、ダンジョンに向かって歩き出した。
ダンジョンの入口は、人で溢れていた。
もう少し早い時間に来るつもりだったが、奇跡のおっぱいを堪能しすぎたようだ。
どうせならもう少し堪能して、人がいなくなってから来ればよかった。
俺が後悔を噛み締めていると、見知った顔がやって来る。
本日二度目だ。本当に厄日だろうか。
「黒の支配者さん!」
笑顔で手を振る赤銅色の少年に、溜め息が出た。
黒髪で精神干渉の魔法を使う俺は、他の勇者たちから忌避されている。
目元の仮面も俺の正体を隠すと同時に、人を寄せ付けないための小道具だ。
だというのに、あの人懐っこい笑顔はどうだ。
「あの、おれクナーボといいます。この前は、危ないところを助けてくださってありがとうございました」
「礼を言われる覚えはない。お前を助けたのは救援部隊だろう? お互い運が良かっただけさ」
「いえ、あのときあなたが来なかったら、おれは死んでました。本当に、ありがとうございました!」
礼を言われ、俺は複雑な気持ちになった。
クナーボ少年のせいでないことはわかっている。
わかっているが、ゴブリンが死んだ原因の一端は彼にもある。
だが、それを言ったところでどうにもならない。
たかが魔物。
例え十年以上共にいたとしても、あれはただの荷物持ちの奴隷なのだから。
「やっぱり、黒の支配者さんも五十階層の魔物を狩りに来たんですね」
興奮気味に放たれたクナーボの言葉に、周囲の勇者たちがぴくりと反応する。
面倒臭いことこの上ない。本当に、今日は厄日か。
「いや」
俺は少し大きめの声で否定の言葉を投げつけた。
「お前も見たから知っているだろう、俺程度ではあの魔物に太刀打ちできん。暫くは地道にレベル上げでもするつもりだ。あれは、マルリーチャですら怪我を負わされた化け物だからな」
嘘はついていない。
今日はまだ暫くレベル上げでもするつもりだ。
明日以降は知らんが。
聞き耳を立てていた勇者たちが、ほっとしたり落胆したりしているようだ。
俺とマルリーチャ、俺たち黒髪の勇者でも敵わない化け物。
そうしっかり伝わったようで安心した。
懸賞金狙いの勇者も、先を越される心配がなくなってほっとしたようだし。
これで、クナーボのような蛮勇は減るだろう。
そうでないと俺が困る。
「じゃ、じゃあ、おれも一緒に付いて行っていいですか!? パーティーが全滅して、おれ一人なんです」
全力でお断りだ。
そういうことは、せめておっぱいをつけてから言え。
「勝手にしろ」
どうせ付いては来られまい。
付いて来られるようならば、どこかで適当に撒けばいい。
俺たちは、人混みと一緒にゆっくりダンジョンに入って行った。
入口に溜まっていた勇者たちの髪色からなんとなくわかっていたが。
混み合っていたのは、十階層くらいまでだった。
二十階層を越えると人は疎らになり、三十階層ではごく稀にしか勇者たちを見かけない。
四十階層を越えると、もう誰もいなくなる。
因みに、クナーボ少年は十階層を越えた辺りから見えなくなっていた。
もう少し粘るかと思ったから、少しばかり意外だった。
彼が五十階層まで行けたのは余程運が良かったか、パーティーメンバーが優秀だったのか。
とにかく、俺の修行はここからやっと始まる。
俺はスキルの一つ、魔物の支配者を発動した。
するとどこからともなく、わらわらと魔物が集まってくる。
この辺はまだ調査が不十分だから、魔物の名前は不明だ。
芋虫が二体、蜘蛛が一体、熊が一体、犬が二体。
その六体が俺がいま支配している魔物たちだ。
いずれも身体のどこかに、奴隷印と似たような印がある。
最初にマルリーチャが奴隷印と言ったから、完全に勘違いしていた。
俺のスキル、魔物の支配者は魔物奴隷をつくるスキルではなかったのだ。
これはスキルレベルを上げたことで判明したのだが。
スキルで支配した魔物は、いつでもどこでも召喚できるようになる。
支配を解除すれば、ただの魔物に戻るだけだ。
なにも魔物が死ぬ必要はない。
支配はするが、奴隷ではないのだから。
もっと早く判明していれば、ゴブリンを解放してやることもできただろう。
死ぬまで奴隷になると思っていたから、俺はこれ以上奴隷を増やさないようにスキルを上げることもしなかった。
それが完全に裏目に出た。
俺の前にいる六体は、俺が支配できる最大限の数だ。
そして最大限の戦力でもある。
五十階層の鳥の魔物を除けば、ここまでで最強の魔物たち。
「悪いが、お前たちには今日も俺の修行に付き合ってもらうぞ。まずは、この階層の魔物を一匹残らず狩り取ることが目標だ」
ここ数日繰り返してきたことだ。
魔物たちも、どうすればいいかよくわかっているらしい。
犬が斥候と切り込み、熊が盾役で足止め。
芋虫は地中から、蜘蛛は天井からサポート。
その連携で、俺たちは魔物を狩ってレベルを上げていく。
無理やりに同族を狩らされる魔物たちが、何を思うかは知らん。
ゴブリンのように会話のできる魔物がいないのだから。
だが少なくとも、スキルで支配しているうちは彼らは俺のパーティーメンバーに違いない。
できればこのメンバーで五十階層の踏破をしたいものだ。
そんな益体もないことを考えながら、俺はエルプレームを振り続けた。
誓って下ネタではないです。




