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02 異世界ものは後世に残る文化芸術



 もちもち食感焼き餃子。

 ごはんパラパラ五目炒飯。

 スタミナたっぷりレバニラ炒め。

 ツヤツヤあんかけ天津飯。

 ピリリと刺激の麻婆豆腐。

 アツアツ肉汁小龍包。

 サクサクジューシー油淋鶏。


 ああ、でもやっぱりラーメン。

 ラーメンは至高の逸品よね。ラーメン考えた人天才だわ。

 煌めくスープに奥ゆかしく沈む黄金色の麺と、燦然と存在感を放つ色とりどりの具材たち。

 それが見事に調和して、一つの芸術となるのよ。

 ああ、ラーメン食べたい。ラーメン……。


「いい加減起きなよ、お嬢。涎垂れてるよ?」


 そりゃ涎も垂れるわ。だってラーメンだよ?

 醤油に味噌に塩に豚骨。つけ麺、油そば。

 とろとろチャーシュー、シャキシャキ長ねぎ、つるつる味玉。

 もやし、わかめ、メンマ、コーン、ナルト、海苔、ワンタン。

 きっとここは天国ね。ラーメン天国。

 若くして死んだ可哀想な私に、神様が連れて来てくれた天国なのね。


「お嬢、起きなってば。ほら起きて起きて起きて起きて」


「うううううん…………」


 がくがくと全身が激しく揺すられて、ぼんやりと目を開ける。

 そこには見慣れた満腹号のメインルーム。


「天国……じゃない?」


「なに寝ぼけてんの? 天国には遠いとこだよ、お嬢」


 脳みそが急に動き出す。

 この声、私に話してるよのね? 一体、誰?

 私とジロー以外の誰かが船に乗ってる?


 体はびっくりするくらいだるくて、あんまり動かしたくない。

 声のした方に目だけ向けると、そこにいたのはジローだった。

 見慣れた、あまりにも見慣れた光景。

 なのに。


「お、やっと起きたねお嬢。なんか食べる?」


 誰だよお前。

 私の知ってるジローじゃない。

 いや、見た目は間違いなくジローなんだけど。

 私の知ってるジローは絶対にそんな話し方しない。


 驚きで固まっていると、ジローに見えるジローじゃないジローがふふんと軽く笑った。


「堅物パーソナリティは嫌だったんじゃないの? 多分、時空の歪みを通ったせいだと思うんだけど。ね、見事なキャラ変でしょ?」


 時空の歪み。

 そうだ! 思い出した!

 あの変なワームホールに突っ込んで、もう絶対死んだと思ったんだった。

 そっか、死ななかったんだ。


「わあーん、良かったあ! でもジローが変んんん!」


「変じゃなくてキャラ変だってば。ま、お嬢も早く慣れてよね」


「わああん! ごはん食べるぅー!」


 生きてたことに安心してつい泣き出してしまった私に、ジローは呆れた顔をした。

 あの堅物ジローにも表情ってあったんだ。

 生きてたことよりも、そっちのがビックリだわ。


「食欲があるなら大丈夫そうだね。なに食べたい? お嬢は寝てたけど、かなりハードな航行だったから、胃に優しいものにしとく?」


「ラーメン!!」


 そこはラーメン一択でしょうが!


「まじか。さすが鉄壁の胃袋。何ラーメンにする?」


「醤油味噌塩豚骨混ぜ細麺大盛りバリカタ肉マシマシ野菜マシマシトッピング全部乗せ!!」


「小学生男子のドリンクバーか!」


 だって、全部食べたいんだもん。

 仕方ないじゃない。


「まあいいけど。とにかく食べて、今後のことを決めるよ」


 そうね。とにかく食べなきゃ始まらないもんね。

 腹が減っては草でも食える、よね!




*****




「――で、最初はメインシステムが壊れたのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい」


 ずるずるずるずるずるずる


「時計を現地時刻に合わせようとしたけど、全然ダメで。連邦宇宙標準時刻の取得も不可だった」


 ずぞー、すぞー、すぞー、ずぞー


「位置情報も取得できないし、てっきりもんのすごく辺鄙な未開拓銀河に飛ばされたと思ったんだけど」


 じゅるるるるるるる、じゅる、じゅる、じゅるるるる


「そもそも銀河ですらない可能性が――って、聞いてる?」


「ひーへう、ひーへうっへ」


 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞー、ずずっ、ずっ


「ぷはっ、ごちそうさまでした! ちゃんと聞いてたよ。魚介系スープを忘れてたなって話でしょ?」


「全然聞いてないじゃない!」


 ジローがテーブルをだんっ、と叩く。

 しょうがないじゃない、煮干しと貝柱のダシが足りないなって思ってたんだもん。


「とにかく、フルスキャンして満腹号のメインシステムには異常がないことを確認した。どっちかというと、異常があるのは船の外かもね」


「外? ああ、時空の歪みだっけ。なるほどー。てことは、ここは過去? それとも未来?」


 時空の歪みってのは厄介だけど、惑星クルダマン送りを免れたんなら仕方ない。

 過去でも未来でも、宇宙の片隅でひっそり暮らしながら美味しいもの食べてりゃなんとかなるでしょ。

 なんて前向きに考えてた私に、ジローが言ったのはとんでもないことだった。


「というか、異世界だね。過去とか未来とか次元とか、そういうレベルの話じゃないみたいなんだよ」


 異世界?

 というと、ニポン史にでてくる、アレ?

 二十一世紀の代表文化芸術とかいわれてる、アレ?

 確か、若者が非業の死を遂げると辿り着ける場所、だっけ?


「やっぱり私、死んでんじゃん!!」


「死んでない死んでない」


 死んでたとしても、美味しいラーメンが食べられる世界なら別にいいんだけどさ。


「ここが惑星なのか、そもそも宇宙って概念のある世界なのか、それすら謎だよ。無闇に満腹号を動かすよりは、まず現地調査をした方がいいと思う」


「ジローがそう言うなら、調査した方がいいかもね」


「うん、まあ、ほんと言うと時空の歪みに挟まってて、動きたくとも動けないんだ。無理に動いたら満腹号がバラバラになる可能性が大きいんだよ。だから現地調査しないことには、どうにもならないんだけどね」


「ふうーん。あ、調査はデザートのエッグタルト作ってから行ってよね」


 口の中と胃の中がしっとりサクサクあまーいエッグタルトの受け入れ準備万端になった。

 舌が、とろりと蕩けるタルトを想ってよだれが出そう。

 だけどそんな幸せ気分も、一瞬でジローに容赦なくぶち壊される。

 ジローが私の頭に思い切り拳骨をぐりぐり押し付けてきたから。


「いだだだだだだだ!」


「お嬢が行くに決まってんでしょ! エッグタルトは帰ってきてから!」


「うええ、でもでも、外が安全かどうかわかんないじゃん!」


「人間の生命活動に適した環境なのは、ドローンで既に調査済み。ここから一キロ先に生命反応があるから、取り敢えずそこまでを調査範囲にするよ。現地の知的生命体ならラッキーだしね」


「往復二キロ以上……。フルーツ山盛り豆腐花もつけてくれないと……」


「わかった、わかった。それじゃあ四十秒で支度しな!」


「あああ、それ私の様式美なのにぃ……」


 四十秒後、私は有無を言わさぬジローにせっつかれて、異世界の惑星に足を踏み降ろした。




*****




 メインルームのハッチから無理やり追い出されたのは、土壁の変な部屋だった。

 というより、土を立方体に切り取ったら残った空間、という感じ。

 満腹号は、その土壁の中に埋まっていた。

 船首の装飾と、メインルームのハッチ部分だけが壁からぬっと飛び出してる。


 私は、ベーラ社製のポンチョ型船外活動スーツのフードを脱いだ。

 ジローの言う通り、フードを脱いでも特に問題はなさそう。

 全部脱いでもいいのかもしれないけど、そこまではちょっと勇気がない。

 こんなんでも、耐熱耐水耐気圧耐衝撃の機能は一応あるのだから。


 そこそこ重いし、使い勝手もイマイチなこの船外活動スーツ。

 それでも人気が高くて、私も二ヶ月入荷待ちで手に入れた。

 ベーラ社のポンチョは、かわいいのが一番の売りなのだ。

 デザイン性では他社製の船外活動スーツなんか足元にも及ばない。

 私のスーツは、ホワイトパール地で襟元に付いたルビーピンクのリボンがアクセント。

 裾はマキシ丈のフレアスカートみたいになってる。

 さすが二ヶ月待ちの人気商品。

 他社のは機能性重視のごつくて暗い色ばっかりで、着る気にもならない。


 フードを脱いで軽くなった頭で、周囲を見回す。

 立方体の部屋の真ん中には、薄く光る青い球体が台座に乗っていた。

 大きさは私の腰くらいだから、 一メートル無いくらいかな。

 それ以外、部屋の中には何もない。


「なんだろこれ」


「何かのデバイスっぽいけど、ちょっと解析してみるね」


 すいーっと、ジローの声で喋る汎用ドローンが飛び立った。

 ジローは満腹号のシステム端末だから、船外活動には向いていない。

 なので、同期した汎用ドローンを使って、船内から外の状況を観察している。


 因みに、汎用ドローンはぽよんぽよんの水まんじゅうに三角のクレープが二つくっついたような形をしてる。

 色は真っ黒だけど。

 てゆーか、水まんじゅうとクレープ食べたい。

 それもこれも全部ジローのせいだ。


「水まんじゅうとチョコバナナクレープとアップルシナモンカスタードクレープを所望する」


「なんなの唐突に……。ほら、解析終わったよ」


 ジローから送られてきたデータを、ドローンが投影する。

 フローティングディスプレイに映し出されたのは、謎の球体の使用方法だ。


「どうやらここは、人工的に作られた洞窟の中みたいだね。惑星ムミオの“王の墓”にちょっと似てるかも」


「遺跡みたいなもの?」


「よく分からないけど、そこの球体はこの部屋に出入りするための鍵みたいだ。お嬢、それに触れて扉が開くようなイメージをしてみて」


 促されて、恐る恐る球体に触れてみる。

 青い光がふおんふおんと明滅して、ほんのりと暖かくなった。

 それに反応したのか、すうっと音もなく土壁の一部が消え去った。

 どうやら、この部屋から出られるようになったみたい。

 出られないままでも良かったのに。


「さ、行こうか」


「はぁ。往復二キロね、二キロ……」


 消えた部分から外に出ると、道が左右に続いていた。

 土壁の部屋と違って、石か煉瓦みたいなものできちんと舗装されている。 

 切り取ったような四角い直線の道が、どこまでも真っ直ぐ。

 部屋の中よりは少しだけ暗めだ。

 でも、道には一定間隔で部屋の中の球体を小さくしたような光源がある。

 ぼんやり光っていて、真っ暗ってわけじゃない。

 あの球体はフローライトやカルサイトみたいな発光鉱石なのかな。

 いや、あれは紫外線で光るんだっけ?

 まあいいか。どうでも。


「地形データをスキャンして、マップ化したよ。目的地までは道なりに真っ直ぐ行けば着きそうだね」


 ドローンから声がして、二つのクレープがはたはた動いた。

 クレープ部分は、レーダーの役目も果たしている。

 他にもスピーカーとか、色々な機能が満載。

 水まんじゅう部分はカメラ。なんとなく、大きな目玉に見えなくもない。


 表示されたマップは、なんだか迷路みたいだった。

 迷路には赤と白の光点が光っている。

 赤い光点の上にフラグが立っているのが生命反応のある地点。

 白い光点がわたしのいる現在地。

 ジローの言う通り、確かに真っ直ぐ進めば目的地には着きそう。

 一キロもあるけど。


 せめて変な生き物じゃなくて、話の通じる知的生命体だといいなぁ。

 はぁ……。

 エッグタルトと豆腐花と水まんじゅうとクレープが待ってるから、頑張るけどさぁ。






 十五分も歩けば、目的地には到達した。

 いましたよ、現地の生き物。しかも人型。よかったぁ。

 今まで開発された惑星で、先住者が人型じゃなかったという話は聞いたことがない。

 だけど大昔は、軟体類や甲殻類が外宇宙における知的生命体だと信じられていた時代もあるみたいだからね。

 自分がそんな生き物の第一発見者にならなくてほんとによかったよかった。


 ただまあ、話が通じるかどうかは今のところ不明かな。

 だって、倒れてるんだもん。

 ものすごく血液っぽい液体を当たり一面に撒き散らして。


「ねえ、これだよね。ジローが感知した生命反応」


「そうだね。瀕死みたいだけど。ここら一帯は他に生命反応がないから、この()で間違いないと思うよ」


 まじか。

 ええーもー、やめてよね。

 見つけちゃったからには、このまま死なれたらすごく嫌じゃない。


 困った私は、仕方なくポーチの中からゼリー状の簡易治癒食を取り出した。

 目の前の現地生命体の口にずぼっと突っ込む。

 取り敢えず、これですぐに死ぬってことはないはず。


「どうしよう。船に連れ帰って治療する?」


「ダメダメ。僕の聖域に変なもの連れ込まないでよ。とはいえ現地住民からの情報は欲しい。さっきの球体の部屋に医療ポッドを設置して、そこで治療しよう」


 変なものって。

 まあ、異世界だろうが未開拓惑星だろうが、現地住民をほいほい自分たちのテリトリーに入れたりしない方がいいのは当然よね。


 倒れていたのは、私より一回りは小さいおじさんだ。

 髪どころか眉も睫毛もないから、毛のない種族なのかも。

 肌の色は緑。黒や赤の人は見たことあるけど、緑は珍しい。

 下はズボンを穿いてるけど、上はベスト一枚。

 随分とまあ軽装だ。この惑星の流行なのかな?


 それにしてもやだなぁ。

 こんな人気のないところで血だらけなんて。

 とんでもなく事件の臭いしかしないじゃない。

 厄介事に巻き込まれる前に、早く帰りたい。


「えっ、ちょっと待って! 何これ!? いきなり生命反応が現れた!? お嬢、近くに五体の生命反応! すごい速さで近付いてる!」


 ぼんやり帰りたいなんて考えてたら、ドローンが急に大きな声で叫びだした。


 え、と思う間もなかった。

 振り向くと、ものすごい勢いで何かがこっちに走ってくる。

 ずんぐりとした、大きな犬みたいな生き物が五匹。

 うーん、さすがにこちらの方々は、話が通じたりしなさそう。

 というか犬かなぁ?

 どちらかというと、虎みたいに見えなくもないんだけど。脚とか逞しいし。


 想定してなかった事態に、思考が鈍ってる。

 取り敢えず、私ピンチ! なのはわかるけど、打開策が思いつかない。

 えっと、えっと、何か使える物が無かったかな。


 焦りながらポーチを漁って、取り敢えず手に触れたものを何も考えずに引っ張り出す。

 虎のような犬の群れに向かって、思い切りそれを投げつけた。

 先頭にいた一匹が、咆哮をあげて突っ込んでくる。

 大きく開かれた口の中で、尖って凶悪な牙がぎらりと光るのが見えた。



お腹空いてきました。

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