01 SFも一種の異世界と言い張ってみる
異世界ファンタジーと言っていいのかどうか微妙な内容ですが、異世界!ファンタジー!!と言い張りますので、そのつもりでどうか一つよろしくお願いします。
♪ちゃらり〜らり ちゃらりらるり〜
幹線航路とはいえ、ここは片田舎の銀河。
全方向ディスプレイにも船影は見えず、半径十光間に引っかかる船体識別信号もない。
そんな場所でも、星間屋台船・満腹号は絶賛営業中だ。
都市銀河ならば間違いなく騒音公害になるレベルのチャルメラ音を響かせて、悠々と満腹号は暗い宇宙の航路を走る。
びかびかと光る赤と黄色のド派手な照明。
屋台船をぐるりと真っ赤に取り巻くド派手な雷文。
船首には金ピカに光るドンブリを咥えたド派手な龍。
船尾には目がチカチカするような極彩色のド派手な鳳凰。
そんな、視覚公害待ったなしのド派手屋台が、田舎銀河の闇に軌跡を残す。
船外のデジタルサイネージには、満腹号の看板娘シャンリィが映っていた。
勝ち気な瞳の妖艶な美女だが、どことなくあどけない笑顔と仕草が彼女を愛らしく見せる。
ディスプレイ中のシャンリィは、扇情的に大きく胸元の開いた真っ赤なチャイナ・ドレスで屋台のメニューを案内していた。
どこの地方銀河の方言かわからないが、不思議なイントネーションの話し方で。
それもまた、彼女の魅力の一つなのだろう。
「ワタシの一番オススメ、これネ。じゃーん! なんとラーメン! おっと、ただのラーメン違うアルよ。お客さん、だまされたと思って一度食べてみるよろし。絶対絶対、もう一度食べたくなるの間違いないアルよ!」
正面から視線を外さず、シャンリィがちゅるりと麺を啜った。
徐々にカメラが寄っていく。
彼女のツヤツヤの唇と、零れそうなほど大きな胸の谷間がクローズアップ――いや、おすすめのラーメンの映像が大きく映し出された。
しかし、誰もいない宇宙のど真ん中だ。
こんな場所で美女と美食の映像を流しても、なんの広告効果もない。
屋台船・満腹号メインシステムの一部が動いた。
自律型アンドロイド端末Z60である。
Z60は、エネルギーの無駄を抑えるためにド派手な船外照明を落とそうとしたのだ。
だがその瞬間、通信ソナーに一隻の自家用宇宙船の識別信号が表示される。
「いよっしゃ! お財布はっけーん! お腹はち切れるまで食べてもらおー!」
信号を認め、船内活動用ジャージ・スーツの少女、香璃が大きな声を出した。
肩で揃えたレインボー・ブロンドの髪が元気よく跳ねて次々と色を変えていく。
この髪色は都市銀河の若者に流行しているもので、見る角度によって様々に色が変わる。
いわゆる、構造色というものだ。
「カオリ、お客様を財布呼ばわりするのは下品です」
Z60は表情ひとつ変えず香璃を窘める。
香璃が、小さな子どものようにぷうっと頬を膨らませた。
「営業中は香璃じゃなくて香璃だってば! 物覚えは悪いクセに、いちいちうっさいのよジローは」
「私はジローではありません。自律型アンドロイド端末Z60、識別番号――」
「ああ、うっさいうっさい! 今どき堅物パーソナリティとか時代遅れもいいとこだから! 接客は愛嬌、お色家、畳み掛けよ。ほら、呼び込み通信入れるから支度して! あ、四十秒でやるのよ」
「マスターの指示を受け付けました。四十秒は不可能と判断します」
「様式美だってば」
呆れ顔で呟いた香璃は、メインルームから飛び出した。
狭い通路を船の後方、屋台側へと走る。
香璃は走りながら、器用に手元のマルチコンソールを操作していた。
一瞬にして彼女の着ているものがジャージ・スーツから真っ赤なチャイナ・ドレスに変わる。
更に、断崖絶壁だった胸部がぶわっと膨らんだ。
抑え込まれた胸部が、布の内側で窮屈そうになっている。
今にもはち切れて中身が零れてしまいそうだ。
変わったのは身体だけではない。
レインボー・ブロンドの髪は、艷やかな黒髪になって頭の横で団子に纏められている。
数十秒前までは、確かにどこか幼さを残す十代の少女だった。
だが今は、彼女の面影を残す妙齢の女性へと変貌している。
まさしく船外のデジタルサイネージに映る美女の姿がそこに現れた。
愛らしい少女《香璃:カオリ》から、妖艶な美女《香璃:シャンリィ》へ。
この変身は彼女にとって、営業のための制服のようなものだった。
「準備できた?」
屋台側モニター前に着いたシャンリィが、船内マイクをオンにした。
サブモニターに映し出された映像が、自家用宇宙船の情報へと変わる。
「ラッキー、男性二人。うわー、辺境惑星から帰還する途中かぁ。お仕事かなー。お疲れかなー。こりゃ絶対お腹空いてるでしょ。ふっふっふ……」
シャンリィがニタリと笑った。
一瞬で朗らかな接客用スマイルになると、外部通信スイッチをオンにする。
BGMにチャイニーズ・リフが流れ、自家用宇宙船と通信が繋がった。
「ニイハオ。こちら屋台宇宙船・満腹号ネ。お兄さんたち長距離航行でお疲れアルね。お食事いかがアルか? 出前もできるアルよ」
突然のことに、二人の男は面食らった。
通信用ディスプレイに、愛らしい笑顔を振りまく美女が現れたのだから。
だがすぐに、男たちの視線が移動した。
美女の笑顔から、豊満な谷間へ。
胸元が開いたドレスの、小さな布に押し込められた大きな存在。
男たちの目が憐れなほど一点に釘付けになる。
シャンリィは、視線を上手く誘導できたことを確認した。
そして、愛らしい笑顔の下で下衆な笑いを漏らす。
「お兄さんたちどうするアル? メニュー見るか?」
「あー、そうだな。ちょうど腹減ったと思ってたんだよなぁ」
「そういえばそうだなー。何か頼んでみるか?」
男たちは互いに目配せしながら、視界の端にあるシャンリィの胸部に意識を傾けていた。
「ええっと、何ができるんだ?」
「お望みなら満漢全席オーケーよ。オススメはチャーシューメン、あんかけエビチャーハン、カニ餃子のセットね。お腹空いてるなら、油淋鶏、回鍋肉もつけるよろし。スープは鱶鰭、貝柱、冬瓜、蟹肉できるね。甘いもの嫌じゃなければ、杏仁豆腐、胡麻団子、豆花、西米露、三不粘いろいろあるアルよ。どうするネ?」
ここぞとばかりに単価の高いメニューで畳みかける。
だが、残念ながら二人の男は田舎銀河を出たことがない。
あまりチュウカ・フードに馴染みがなかったようだ。
「えっと、とりあえずオススメを頼もうかな。お前はどうする?」
「あ、じゃあ俺もオススメで。……あの、因みに会計ってどのくらい?」
にこにこと笑顔を振りまきながら、心内でシャンリィは舌打ちする。
彼女の嫌いな言葉が「予算の範囲内で」だからだ。
しかしシャンリィも負けていない。
提示された金額を見た二人の男が、一瞬ぎょっとした。
思ったよりも高い。……が、払えないわけでもない。
ギリギリの金額。
そんな男たちの心中を、シャンリィは正確に読み取っていた。
わざとディスプレイに近付き、蠱惑的に笑う。
「満腹号は、調理中の様子もモニタリングのサービスしてるアルよ。ワタシお客さんたちのために調理するし、よければ話し相手にもなるネ」
昨今、オートレンジにレシピと食材を入れるだけの調理が主流になっている。
かつてのように包丁や鍋を振るう調理の方法は、一世紀も前に廃れてしまった。
今はもう、バーチャル食材でのパフォーマンスとしてしか調理という技術は残っていない。
そして満腹号のように、客を待たせる間にそのパフォーマンスをする店も少ないながらある。
シャンリィが、力いっぱい大鍋を振るような仕草をした。
チャイナドレスの中で、彼女の胸部が暴力的に飛び跳ねる。
「いいね」
「いいね」
モニターから、勝利をもぎ取ったシャンリィの愛くるしい笑顔が溢れた。
「まいど!」
*****
「食い過ぎた」
「俺もだ」
いくら田舎とはいえ、幹線航路のど真ん中で違法停船するのはマズイ。
モニター越しの美女に直接会うのを泣く泣く諦め、男たちは出前を頼んだ。
オカモチドローンで屋台から運ばれてきた料理は、どれも素晴らしく美味だった。
素朴な田舎料理に慣れている二人には、少しだけ味の濃さと油っぽさが気になったが、文句を言うほどでもない。
そういう料理なのだと思えば、美味しく食べられる程度のものだ。
毎日では辛いが、たまにならまた食べたい。
金額も含めて。
「それにしても……」
「すごかったな」
男たちは、にんまりと下卑た笑いを漏らす。
二人は共に、妖艶な美女の姿を思い出していた。
「あの屋台って、いつもこの辺にいるのかな?」
「調べてみるか。確か、満腹号だっけ?」
片方の男が、コンソールに手を伸ばした。
連邦宇宙管理局の食品労務省へアクセス。
食品労務省の屋台船営業データベースをオープン。
取得したばかりの、船体識別信号を照合する。
――該当なし
「えっ?」
もう一度照合してみるが、結果は同じ。
レストラン、カフェ、バーなどで試しても、該当なしと表示される。
試しに手動で識別番号を入力するが、これも該当なし。
「もしかして……」
青くなった男たちは、慌てて連邦宇宙管理局の地方出張所にアクセスした。
*****
「労働のあとの一杯は最高だわー!」
一仕事終えた後の至高の一杯。
ステラフォールサイダーをぐいっと呷る。
レインボー・ブロンドの少女から、ぷはーっとおっさん臭い息が吐き出された。
豊かな胸部は、既に夢幻のように消えてしまっていた。
屋台の客が金を落とすのに貢献した、あの双丘は実在しない。
男たちが鼻の下を伸ばしていた美女など、最初からどこにもいなかったのだ。
「いやー、それにしても良かった。惑星グロトノで散財しちゃったから、ちょっとピンチだったのよね」
「惑星グロトノは現在開発されている惑星では最大の食を誇る星ですが、カオリの食事のしかたは常軌を逸しています」
「全部美味しいんだから仕方ないでしょ。それに、屋台用の食材も買い込んだからお金がかかったの」
「カオリが今飲んでいるのは高級品のステラフォールではありませんか? いつもは廉価のプラネットスパークを飲んでいたと記憶しています。船内のステラフォールの在庫が通常比百二十パーセントに対し、プラネットスパークの在庫は――」
「ああもう、細かいことはいいじゃない。買ってきた食材は船底の畑と牧場でバンバン育てて、屋台回してガッポガッポ儲けて、宇宙中の美味しいものを食べに行く旅をするよ!」
香璃はガッツポーズを決めた。
コップに口を付けて、またぷはーっと息を吐く。
いい気分になっているところに、突然船内のアラートランプが瞬いた。
けたたましい警告音が鳴り止まない。
「うげっ、何? どうしたのジロー」
ジローが応えるより早く、通信チャンネルが強制的にオンになる。
『こちらは連邦宇宙管理局・防衛警護省・第五八〇銀河地区・警邏委員会です。そこの屋台船、左に寄りなさい』
「うわ、嘘でしょ!?」
警邏委員会の「左に寄りなさい」は、言葉通りではない。
語源は不明だが、犯罪船を発見した場合に拿捕することを警告する常套句だ。
「左に寄る」よう警告された船は、航行を停止し警邏委員会にシステムを明け渡して投降しなければならない。
非常に拙いことに、満腹号は営業許可を取っていなかった。
それどころか、普通宇宙船航行免許証すら所持していない。
何故なら、どちらの許可証も取得資格年齢が十八歳以上であるからだ。
十六歳の香璃には、そもそも取得することができない。
「満腹号の営業許可は、カオリのお父上である満厨様が廃業した際に取り消されています。だからこんな方法は上手くいかないと散々忠告しました。具体的には三十六回です」
「わ、わ、わ、ど、ど、ど、どうしよう。逃げるか、逃げるしかないか。捕まったら惑星クルダマン送りになっちゃう。よし、逃げよう。ジロー! メインシステムが焼き切れるまで全速航行して逃げるよ! 四十秒で支度して!」
「マスターの指示を受け付けました。十五秒で航行可能です。四十秒まで待ちますか?」
「アンタはなんで融通きかないのっ! 十五秒で行って!!」
「了解しました」
宣言通りきっかり十五秒で、満腹号のシステムが完全稼働する。
警邏委員会もまさか一度停止した船に逃亡されるとは思っていなかった。
だから既に、満腹号のハッチにドッキングポートを接続してしまっていた。
満腹号が、急激に全速航行を開始する。
接続していたドッキングポートが、満腹号から引き千切られた。
そしてそのまま、敢え無くデブリとなる。
更に、運の悪い警邏委員会の一人が船外に放り出されたようだ。
「満腹号乗員カオリ・フーに対し、器物損壊と公務執行妨害の罪状が公示されました」
「うひいいいい! もうこうなったら、絶対逃げ切ってよね!!」
「警邏船の自動修復、及び船外に飛び出した委員の回収完了までの予測時間は一八〇〇秒。満腹号との船体性能を比較、逃亡成功確率は〇・三パーセントです」
「いやああああああああああああなんとかしてえええええええええ」
「この先、〇・一光間の地点に未確認のワームホールが存在します。到達予測時間まで一五〇〇秒。出口は不明ですが、ワームホールを使用すれば逃亡成功確率は三八〇パーセントになります。どうしますか」
未確認のワームホールは、一つの銀河に少なくとも百はあると言われている。
それらは例外なく、連邦宇宙管理局の確認が終わるまでは使用禁止となっていた。
出口がどこに繋がっているかわからないからだ。
それだけならまだ良いが、もっと最悪の場合もある。
ワームホールの中にブラックホールが存在している場合だ。
その可能性については、香璃も十分知っていた。
それでも、ジローに未確認ワームホールの使用を命じる。
「だって、惑星クルダマンはご飯が出ないのよおおお! これから一生、栄養ドリンク以外のものが口にできないなら、死んだ方がマシなのよおおおおお!!」
という理由で。
「前方、目視可能範囲に未確認ワームホールを確認しました」
ジローが軽快にコンソールを叩いている。
全方位ディスプレイの前方に、小さなワームホールが見えた。
ワームホールよりかなり前の地点には、看板が設置されている。
『これより先、立入禁止 連邦宇宙管理局・星間開発省』
水色のキャラクターが、手でバッテンを作っているイラスト付きで。
香璃は全方位ディスプレイを矯めつ眇めつ眺めていた。
何度も、位置を変えて確認するように。
腕を組んで首を傾げながら、うーんと一つ唸る。
顔を上げた香璃は、ジローに胡乱気な視線を送った。
「なんかこのワームホール、すっごい小さくない?」
縮尺が狂っているのか、遠近法なのか。
香璃には、ワームホールがかなり小さく見えていた。
「満腹号の最大径の、六十パーセントほどのサイズです」
「ほらやっぱり! ダメじゃん! 通れないじゃん! 頭だけ突っ込んで身動きできなくなったところを拿捕される運命じゃん!!」
「問題ありません」
冷静に放たれるジローの発言に、香璃は尚も声を上げようとした。
目の端で、全方位ディスプレイに水色のものが流れていく。
看板に描かれたキャラクターが、屋台船の横を通り過ぎていったのだ。
次の瞬間。
凄まじい勢いで、屋台船が未確認ワームホールに引き寄せられていく。
「なに、どうしたの!?」
「ワームホール内部に引力が発生しています」
「うそおおおおそれってブラックホールじゃない!!」
「違います。未確認の引力です。危険ですので、座席についてシートベルトを締めてください」
「わああん! こんなところで死ぬなら、栄養ドリンクしかないところに行った方がマシだったあああ!!」
「口を閉じてください、カオリ。舌を噛みます」
香璃は尚も何か言おうとしていた。
だが、彼女の言葉は屋台船・満腹号と共にワームホールの中に消えていく。
後に残されたのは、やけくそのように虚しく響くチャルメラの音だけ。
♪ちゃらり〜らり ちゃらりらるり〜 ……
無免許、無許可、逃走、ダメ絶対。




