1話 くびってマジですかぁ!?
「ユウ、お前はくびだ。」
私は、安藤 凛。異世界では、ユウと名乗っている。
前の世界では、シェフ見習いをしていたが、大雨の日、川を見に行ったら、川に落ちちてしまった。
それで目が覚めたら、この世界。転生していた…。
まあ、私は、シェフの夢を諦めずに、またシェフ見習で、王宮で働いていたんだが…。
「ぇぇぇえぇぇぇええええ!?」
たった今、厨房で男シェフ、ナキシータさんににくびにされた。
叫んだ拍子に、持っていた泡立て器を落としす。
「どこらへんがダメだったんですか!?」
自分では、真面目にやっていたつもりだから正直とても悔しい。
目尻には、涙が浮かんだ。
「どこらへんも何も…」
はぁとため息をついて、シェフは私が落とした泡立て器を拾い上げる。
「まず…、これは何だ!?」
先っぽの方に卵の黄身が付いた泡立て器を、私の前へと掲げる。
「何って…泡立て器ですが?」
シェフが怖くて、少々縮こまりながら応えた。
すると、シェフは、カッと頬を紅潮させた。
私は、次に降りかかるであろう、怒声に備えて目を瞑った。
「そんな物は、聞いたことないッ!!!
魔法を使え!!魔法だ!!」
確かに、この世界の人々は魔法を使って調理をしている。
料理人はもちろん、一般家庭だってそうだ。
例えば、卵を混ぜる時は風魔法を使ったり、焼く時とかは火魔法を使ったり…。
魔法が主流となっているこの世界…異世界では、調理道具なんていう物はできなかったのだろう。
むろん、魔法で済むからだ。
ちなみに、この泡立て器は私お手製である。
「ともかく…お前は今日でくびだッ!!
荷物をまとめて出て行け!」
強引に泡立て器を私に押しつけて、厨房から出て行ってしまった。
1人ポツンと残された私は、急いで階段を駆け上がり、自分の部屋へと急いだ。荷物をまとめる為である。
自分の部屋でリュクに服などを入れていると後ろから、私と同じシェフ見習いの女の子のものだろうか。クスクスという笑い声が聞こえた。
私が後ろを向くと、誰もいない。おそらく、私の部屋の扉の前辺りにいるのだろう。
「ろくに魔法も使えないのに、シェフなんかになれるわけないじゃない。クスッ」
「まあ、くびにされて、当たり前って感じよね。」
ーー私だって、魔法を使えるなら使いたい。
でも、私には魔法は使えなかった。いくら術式を覚えたって、魔法陣は現れなかった。
(※この世界では、魔法陣が現れると、魔法発動の合図となる。)
そんな事を考えていたからだろうか…。
さっきからずっと溢れるのを我慢していた、一粒の涙が落ちた。一粒…もう一粒と。
一回溢れてしまうと、止まらなくなってしまう。
声もあげることも出来ずに、泣いた。
せめて、この異世界に神様や女神さまが居るのなら、チートスキルの一つでも付けて転生させてくれたらよかったのに。
などと、存在しているか分からないものを恨みながら、窓を見た。
下には、見事なほどに美しい、薔薇を始めとする草花が植えてある庭だった。
見習いシェフ達の部屋があり、その下の階にデカイ厨房がある。
それらは王宮の一部であるが、城とは隔離されている。
シェフ見習い達が敵方の闇魔術師である可能性が高いからである。
実際、私の隣の部屋で暮らしていたメアリー・ルルも闇魔術師だと判明して、追放されてしまった。
ハァとため息をついてから、部屋から出ようと脚を進める。扉の前まで来て、ふと、我ながら名案を思いついた。
さっきいた、少し大きめ窓を開ける。
「ここから飛び降りたら、また死んで…、転生できる!?」
幼なじみだった、梨花に言ったらバカじゃないのと言われて頭を叩かれるだけだが、実質、私は一度転生している。
可能性はゼロではないだろう。
窓に身を乗り出し、縁に腰をかける。
そのまま脚を外に出した。
「次の世界では、剣とか魔法とかない世界でお願いしますッ!!!」
そう叫びなが、手を離した。浮遊感を感じ、自分が落下していくのが分かった。