第八幕:A
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ある時、二人は同い年の、同じ高校に通うクラスメイトで、
その世界でも当然、惹かれ合う運命を背負うていた。
クラスの級長を務めるその人は優しい心の持ち主で、
人助けも臆せずできたから、
皆からとても頼りにされる、そんな人物だった。
他方のその人は幾分素行が宜しくなくて、
一年の時には一度、飲酒行為を見咎められて、
家庭謹慎の指導を受けたこともある、そんな人物だった。
『またこの庭も、哀しみで満ちるのか――』
悩ましげな声が、そっと呟いた。
§ § §
「ミカゲ、昨日もうちに戻らなかったんだって? どこ行ってたんだよ」
「うっせえよ、アキラ。良いだろ別に。ドコ行こうとオレのかってだ」
「それはそうだけど……」
「心配してくれだなんて誰も、頼んでねぇのに」
「…………」
アキラは溜め息を吐いた。
そうして誰にも気づかれまいと、胸中で独りごちる。
(でも、やっぱり好きだもの)
アキラはうつ向いてしまった。
「あー! ッたくもう!」
「な、何すんの! 痛い痛いやめてー!」
ミカゲはずかずかと近寄ってくると、アキラの頭に手をのせてぐりぐりとかき撫ぜた。
アキラはうぅ……と唸りを上げて、上目使いに彼を睨み上げる。
無論、ミカゲにそれが効くわけもなく。
「悪い悪い、全部オレが悪いんだよ。だからもうそんな泣きそうな顔すんなって。な?」
「ちょ、もう! 子供扱いするな!」
アキラはミカゲの手を払った。
本当はもう少し、そうしていてもらいたかった。
けれどこの気持ちを悟られる訳にはいかなかった。
「いってーなー、おい」
「…………」
「あー、はいはい。すみませんでしたねえ」
「……今日、一緒に帰って」
「はあ? 分かってるって。今日はちゃんとうちへ帰るから」
「…………」
「…………」
「…………」
「……はいはい、分かりましたよ。一緒に帰れば良いんだろ、一緒に帰れば」
「うん」
「お前ってヤツはホントによぉ」
呆れ顔でミカゲが云った。
アキラは笑った。つられてミカゲも笑い出した。
クラスメイトたちが何だ何だと集まって来る。
誰かが二人を冷やかした。
他の数人も便乗して、さらに冷やかした。
ミカゲが「ふざけていても言うな、そんなこと」と場のクラスメイトたちをいさめる。
それを見て、アキラも笑いながら「冗談でもそんなこと、からかって言うものじゃない」と同じくクラスメイトを諭した。
彼らもすぐに引いて、謝ってくれる。
別にそれ以上、大事にするべきことでもない。
アキラは改めて思った。
この気持ちは、誰にも知られてはならないだろう、と――。
§ § §
もう慣れっこだった。
ミカゲがたくさんの人達から好意を寄せられるのは当然のことだし、
彼には人を惹き付ける魅力と言うものがあったのだから。
当然のことだと、もう慣れたことだと頭では分かっていても、
それでもアキラは彼の一挙止一動作が気にかかる。
それももう、慣れっこだった。
(知らない人だ。この前と違う)
放課後。中庭を掃除していると、渡り廊下を歩いていく彼を認めた。
隣にいる女子は、きっと新しい彼の恋人なのだろう。
手を繋いでいた。
「ちょうど良かった。アキラ、今日ゴメン! 明日は一緒に帰るから、な?」
場の空気の読めないほど馬鹿ではない。
笑顔を貼りつけて答えた。
「うん。良いよ。おばさんには話しとく」
「〈グリム〉に顔出したら、今夜はちゃんと家に帰るから」
「うん。分かった」
女の人は笑顔だった。手を振ってくれた。
アキラもそれに答えて、笑顔で手を挙げて振り返す。
何の敵意もない、何の疑念もないと言ったその様子に、胸中で独り溜め息を吐いた。
「俺も帰ろ……」
集めた落ち葉を袋にまとめると、箒と塵取りを片付けて、
アキラも下校することにした。
(……何だ?)
昇降口で、上履きを片付けてようとしたその時、不意に靴箱に違和感を覚えて何事かと見やった。
中に手紙が一通入れられてある。
(何だ。今どき古風だなあ)
無視することもできた。
しかし、何となくそうもできなくて、
(Ⅲ棟の屋上、か)
アキラは踵を返して歩き出した。
§ § §
「…………」
「悪いけど……」
「…………うん」
「この手紙は、受け取れない」
「…………うん」
「………………」
さっきからずっとこんな調子だ。
この人はアキラの言葉を本当に理解しているのだろうか?
生返事のような気がする。
「知ってる。君の好きな人、ミカゲさんだろ?」
「ッ! どうしてそう思うの?」
「見てれば分かるよ。ずっとそばにいたから」
「ど、どういうこと?」
「んー……っ、眠い」
彼は大きな欠伸を一つすると、目をしょぼしょぼさせて、
それから手を差し出してきた。
握手でもしろということだろうか。
アキラも恐る恐る手を差し出すと、
「アキラ。アキ、くん……アキくん?」
「は、はい?」
「仲良くしてくれる? アキくん」
「な、なんで俺が。言っただろ、この手紙は受け取れないって!」
「うん。それはもういいの」
「は、はぁ?」
差し出されたアキラの手を、優しい手が引き寄せた。
アキラは導かれるがまま、彼の胸の中にすっぽりと収まった。
不覚にもドキりとしてしまう。
「オレのこと、モミジって呼んで」
「嫌ですよそんなの」
「…………何で」
「だってあなたは〈ソドム〉の総長さんでしょう?」
「嬉しいー、何で知ってンのー」
「にこにこしないで下さい。さらに強く抱き締めようとしないで下さい」
「んー……」
随分と華奢だな、と思った。〈ソドム〉の総長ともあろう人にしては。
もちろんアキラよりもだいぶと鍛えられた体つきをしてはいるが。
(いや。ミカゲが同年代と比べて大きすぎるんだろうか?)
「オレ、全然強くないよぅ、まわりが祭り上げるからー」
「――ッ!」
(なぜ、分かるんだ……)
「ふふふ。だから言ってるでしょ? 昨日今日好きになったわけじゃないの。君の考えてること、手に取るように分かる」
「なっ、なに?」
(失礼だろと、殴られるだろうか……?)
「痛いこと、好きじゃない……」
「――くッ!」
アキラは身構える。拳が飛んで来ても文句は言えないと思ったから。きっと機嫌を損ねたのだろう。
目をつむった。来るなら来い、と。
次の瞬間――
「…………何をしている?」
「んー?」
「おい、なぜ僕は撫でられているんだ?」
「俺が撫でてるからだよー」
「手を退けて、離れてくれ。動けないから」
「んー……」
「なあ、聞いてるのか?」
「………………」
「ちょっと?」
手が出てくるかと思われたが、何故かアキラは頭を撫でられ、身動ぐものの、けれどしっかりと抱き締められて抵抗できずにいた。
「モミジ……さん? ねえ、苦しいから」
「………………」
その時、不意に拘束力が弱められた。
すかさずアキラは背中に回された腕をほどくと、
「何なんだよ、お前」
詰め襟に指を突っ込んで塩梅を整えつつ、アキラはきっと睨み付けた。
しかし相手はどこ吹く風で、
「嬉しい……! 名前、呼んでくれた……」
心底嬉しそうにはにかむ彼――モミジを前に、
「…………はぁ」
アキラは鈍い頭痛を覚えて、額に手をやった。
刹那、完全下校を告げる鐘の音が校内に響き渡った。
呆れるアキラは暫く、にこにこ顔のモミジから目を離せずにいた。
モミジがなお喜んだのは言うまでもない。
§ § §
〈side ?〉
「ほらよ、弁当」
「うん。ありがと、いつも」
「からかったら悪い、だし巻き玉子」
「いいよ、塩気キツい方が好きだし。一昨日の塩鮭、もっと濃くても良かったのにー」
「……あのな、減塩て言葉知ってるか? 家でいつも何食ってンだよ、お前」
「コンビニ弁当とか何か適当に」
「はぁ? おい、あんな大きな台所があって、何で自炊しねぇんだよ」
「いっ、良いんだよ、僕のことは! それより、まだ思い出さないの?」
「…………すまん」
「そんなに気にすることないよ、むしろそれが普通なんだから」
「だが、取り敢えずは俺自身の使命については理解してる……つもりだ。たぶん……」
「ふふ、そんなに気負わないで?」
「だけど、なあー。俺は早く思い出したいんだ。これまでのことも。そして、この世界のことも、全部全部」
「…………大丈夫だよ」
「……え?」
「じきにすべて思い出すさ。かつて僕がそうだったように」
「か、会長?」
「そうして悟ることになる」
「そ、そうかな」
「大丈夫。僕らは二つで一つの対鳥なんだから」
「お、おう。それだけは覚えてるんだ。俺とお前は、一対の――」
「「主が造られた庭守の鳥なり」」
「………………」
「………………」
沈黙の中。
やがて、どちらともなく言葉を続けた。
「我ら、主が遣わした、無力な籠鳥……」
〈第八幕:A 終〉
続きます。