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第五幕


※読後、ご気分を害されたとしても、当方は一切の責任を負いかねます。


※登場人物の「死」がテーマです。ご覧になる際は十分にご注意ください。



※誤字脱字等、御座いましたらご報告願います。

※ご意見・ご感想等、お待ちしております。


 ある時、世界には大小百余りの国があって、それらは互いに睨みを効かせながら群雄割拠していた。



 その国は、最も東の地にあって、大海に取り囲まれた恵み豊かな大国であった。



 高度に発達した科学技術は国民の生活を向上させ、いわゆる「先進国」と称されたその国の国力は世界一、二を争うほどだったが、高齢化・少子化の問題もまた世界一、二を争うほどに深刻なもので、長年一部の国民からは憂慮する声も上がっていた。



 しかし、人間とは浅はかな生き物である。

 事態が一見、好転しているように見えるときは、水面下で起こっている問題に気づこうとせず、利点の方がそれを上回れば、多少の不利益は度外視しようとさえする傾向がある。

 特に利益中心主義に毒された「大人たち」ほどその特徴が甚だしい。問題は当面、保留して、結局は後回しにする。


 その国もまた、そうであった。




 超高齢化・超少子化社会の行き着く先は、国の滅亡だ――。




 一人の良識ある人物が、行動を起こした。

 彼はその国の、かつて国王と称された人の孫であった。



 その国で王の処刑があったのは半世紀ほど前。大戦に敗れた直後で、国民も政治家たちも、戦争の全責任を王家に着せることで、少しでも敗戦国としての責め苦から逃れようと試みた。



 国民の感情は熱しやすく、冷めやすい。



 王家への批判はたちまち憎悪へと変わり、焚きつけられた敗戦政府は瞬く間に王族の人々を処刑した。とりわけ国王は惨たらしく公開処刑され、成人前の王子や王女でさえ火の中へと投げ込まれて火刑に処された。



 しかし、ただ一人、当時一歳だった乳飲み子の王子だけは極秘裏に出生を改竄され、唯一のつてであった乳母の元で生き延び、その人の孫として彼が生誕した。




 彼がこの事実を知らされたのは、彼が両親に「好きな人ができた――」と告げた日の夜であった。



§     §     §



「ねぇ? ちゃんと話、聞いてくれてる?」

 顎下の声に、青年は意識を呼び戻して応答した。

「あ、ああ……もちろん」



 我ながら上手く対応できたものと思っていたのだが、

「もう! 嘘ばっかり!」

 幼馴染には、すべてお見通しだったらしい。

 青年は恋人をいっそう強く抱き締めて、彼を自身の腕の中に閉じ込めてやる(こうやるとだいたい、恋人は満足してご機嫌になるのだ)。



「僕の話、つまんない?」

 拗ねた声の彼に、「いいや、可愛くて面白いよ」云いながら頭の天辺に顎を置いて、ぐりぐりとしてやる(曰く、痛こそばゆくて好きらしい、可愛い奴め)。



「可愛くてって、何だよー」

「いつも必死に話してくれるだろ。そういうとこ、可愛くて好きだ」

「…………」



 おそらくは赤面しているのだろう。彼はうつむき黙ったまま、すっかりと黙り込んでしまった。



 青年は少年をその腕に(いだ)き、少年は青年にされるがまま彼の胸に囚われていた。



 少年から見て彼は三つ上で、頼り甲斐があるのだが、時折こんな風にひどく甘えたなところもあって、むしろこの人の方が可愛いのではないかと思うのだが、殿下の名誉のためにそれは黙っておこうと少年は思った。




 暫し、暗いリビングの長ソファーに二人、一緒になって腰を下ろし、握りしめた短剣を弄んで過ごした。


 何やら外が騒がしい。

 遠くで微かな叫声が上がったように思ったが、たぶん気のせいではないはずだ。

 時間もちょうど良い。



「行くのかい」

 背後で聞き慣れた、やや低い男の声がした。

「はい。成したい理想がありますから」

 少年の頭上で、青年が静かにそれに答えた。良く似た二人の男の声を聞きつつ、少年は手にした短剣を見下ろしていた。



「私は、自ら果てることも許されないのか?」

「許されません。王家唯一の末裔が二人いては、世論が混乱します」

「……ならば、せめてお前の手で」

「そのつもりでいます、お父さん」



 青年は恋人を脇にどけると、おもむろに立ち上がり、特に焦った風もなく自身の父親の元へ向かった。



「ごめんなさい、お父さん。今からあなたを殺します」そう云って青年は、握った短剣を父親の喉元へとあてがった。代々、王家に伝わる神器の一つである。そして唯一、この若き王子に託された遺物でもある。

 その王家の短剣を用いて、愛する(おの)が父を(しい)し奉ろうというのだ。



「それをお前に与えた日から、いつかこうなることは分かっていたよ。いつの時代も、子は父を殺すことによって、ようやく一人の人間と成る――」



「……来年の今日まで、待っていてください。すぐに我らも後を追いますから」




 少年も起立し、居住まいを正して、その「聖なる儀式」を正対して拝見した。

 暗がりのために彼の挙止動作をつぶさに拝むことはできなかったが、小さな呻き声が上がり、ややあって青年の父親が倒れるのを見た。



 青年は暫く、事切れたであろう父親の亡骸を見下ろしたまま不動していた。何か呟く声がして、きっと彼が何事か誓いの言葉を述べたのだろうと少年は思った。



「次は、僕の番だ――」

 少年も、決意を固めた。




§     §     §




 全党員に告ぐ――。

 「革命」は当初の予定通り、本日2000(ふたまるまるまる)時に決行される。全党員は以下の作戦概略を適切に把握し、また、所属部隊等が策定する個別の作戦計画に従って、迅速に「実力」を行使すること。




○作戦概略(作戦展開の大まかな流れ)


(1)父母(保護者を含む。)の殺害〈全党員〉

(2)

 A:指定集合地にて各区大隊本部との合流〈各突撃隊〉

 B:第一次攻略目標(97ヶ所)への工作活動〈各工作隊〉

(3)第一次攻略目標の制圧(全党員)

(4)主要攻略地に各大隊本部・各連隊本部・各師団本部・参謀総司令部等、拠点の設置

(5)

 A:各行政施設の制圧および指定人質の捕獲(各突撃隊)

 B:第二次攻略目標(183ヶ所)の無力化工作〈各工作隊〉

 C:制圧拠点の防衛および管内での破壊活動への従事〈各特別行動隊〉

(6)

 A:最終攻略目標(国会議事堂)への工作活動〈特務工作隊〉

 B:指定攻略目標(ダム等)の一斉爆破壊(各工作隊)

 C:上項(5)Cの継続〈各特別行動隊〉

(7)

 A:最終攻略目標の制圧(全突撃隊・特務工作隊・親衛隊)

 B:上項(6)Cの継続(各特別行動隊)

(8)上議院本会議場での「結党宣言」および「総統就任演説」〈総統殿下・副総統閣下・親衛隊〉



以上





§     §     §




〈Side S〉


「総統、そろそろお時間です」

 総統執務室で最後の「絶滅報告書」に目を通している上司に、シロノは畏まって進言した。

「迎えのヘリが、待機しております」



「分かってるさ。何度も同じことを言うな」

「いいえ。何度でも申し上げます。すでに親衛隊は搭乗していると言うのに……」

「それがどうした。彼奴(きゃつ)らは私が居なくては、何もできん。待たせておけ」

「もう! 親衛隊の長官に小言を言われるのは、いつも私なんですよ?」

「それがお前の仕事だろう」

「…………」



 今日、百幾度目かの怒りを覚えて、シロノは閉口した。微笑を張りつけて青年に歩み寄ると、



「おっ、おい。そんなに怒るなよ。幾分語弊を生んだかもしれないが、しかし!」顔をあげるなり、ぎょっとした表情で弁明を試みてきた。「しかしな、それもお前の……総統副官長としての職務内容の一部分だろう?」



「……別に怒ってなどおりません。……いいから早くその仕事を片付けてください」

「――ッ! ごもっとも……」



 それきり総統は執務を再開し、シロノも彼の邪魔にならぬよう壁際に退いて控えた。

 総統が律儀なお人だということは、総統官邸に勤める者なら皆が知っていることだ。ああは言ったが、シロノはそれ以上彼を急かすことなく、彼の――おそらく最期となるであろう報告書の決裁を見守っていた。



「最後の〈大人〉たちは、絞首刑で処刑されたか」

 署名捺印を施しつつ、総統が噛み締めるように云った。それはもしかしたら、単に独り言だったのかもしれない。

「その方が経済的ですから。火刑に処しても良かったのですが」

 シロノの言葉に、総統は意地悪く笑った。

「恐ろしい奴め。人を人とも思っておらん」

「すべて貴方様からの影響の賜物かと存じます」




『……親衛隊長官より、シロノ副官長へ――。府督ンとこへ行くんだろ? 早くしてくれ日が暮れちまうと、総統殿下さまに伝えろ――!』



「……すまない」

「あとで長官に謝ってください、御身(おんみ)のお口で」

「……分かった、謝る」



 結局、出立できたのは、それから二時間後のことであった。




§     §     §



〈Side K〉


 府督の家に侵入した時、いっそ一思いに殺してしまおうかとさえ思っていた。しかし結局は、素直に殺されてやることにした(ここだけの話、多少の油断があったのもあるが)。


 反乱を企てる〈大人〉たちを(そそのか)して、逆に抹殺させることにも成功した。まさか府督自らが手にかけるとは予想外だったが、まあ結局オーライだろう。



(あとは、最期の時を見守るだけだ)



 アイツはまだ地上にいるみたいだが、どうせ最後は皆で息絶えることになっている。そういう「計画」なのだから致し方あるまい。

 すべて二人が決めたことなのだ。




 どれくらいの時が経ったろう。ふと見下ろせば、真っ白な広野におびただしい数の少年少女がいて、互いに銃口を向け合っている。次の瞬間――、



 彼・彼女らは、躊躇うことなく引き金を絞ってお互いを射殺せしめた。生命の輝きが順繰りに弱まって行き、やがては地に伏せたすべての身体から、命の灯火が消え失せた。




(よぉ……、待ってたぞ)

(君が先に退場したんじゃないか)


 登ってきたヤツと一緒に、天空から残された二人の様子を見守る。多少の談笑なら、あのお方もお見咎めにはなりますまい。



(しっかしなんだ? お前のそのちっこい背丈は。どういうキャラだよ)

(うるさいっ、良いでしょう別に。それより何ですか? お前のその髪の色)

(ふふーん! 良い感じだろ? 気に入ってンだー、この赤銅色)

(なに? 何色ですって? 腐った血の色でしょうに……)

(てめ、ナンだと!)

(あっ! しーっ! ほら、ちゃんと見届けないと)

(――ッ!)



 なるほどもっともなコイツの言い分に黙るしかなく、再び視線を眼下の雪原へと向ける。



 すでに「世界」は、最終局面を迎えていたらしい。

 二人は、行動計画にあるように、毒薬のカプセルを飲んで自ら果てるつもりのようだ。

 すべて党大会で議決された計画通りの行動である。




(本当に、それで良いのか?)

(こ、こらっ。ボクたちに、彼らを指図する権利はないよ)


 シロノを睨みつつ、クロノは眼下の二人に問いかけた。決して彼らの耳には届かぬと分かっていた。分かっていてなお、クロノは問いかけずにはいられなかった。


(や、やめてクロノ! さもないと、次からは系の内部に(はい)れないようにしてもらうよ!)


(……くッ! 卑怯だろ、そんなの)




 カプセルを口に含んだ二人が、鮮血に彩られた雪原の真ん中で抱き合って立っている。

 器用に奥歯か何かに挟みながら、二人は「最期の儀式」の文言を唱えはじめた。




「ハジマリとオワリはともに、同じ墓場に回帰せん」

「刹那の死が、二人を別つとも、」



(――ッ!)

 観ていられなくて、クロノは思わず顔を背けた。


(いけないよ、しっかりと直視するんだ)

 シロノが静かに諭した。

(そうして悟るべきなんだ。いかにボクたちが、無力であるのかを。これが、この世界の二人が選んだ答えなんだと)



 当然のことを、改めて突きつけられると辛い。

 まったくもってその通りだったから。


 クロノは零れ落ちそうになる涙を堪えて、二人の最期を見届ける決意を固めた。




 微笑み合う二人が見える。

『我ら、死して再び、箱庭の外にて相見えん――』



 静かに雪原の上に崩れ落ちた。

 二つの兵帽が音もなく転がる。

 彼らはほとんど同時に、その拍動を止めることに成功した。






(…………)

(…………)


(行こうか)

(……ああ)



 シロノに手を引かれて、クロノらはゆっくりと天へと登って行く。


 もはやこの「世界」がどうなろうと、知ったことか。どうでも良い。すべてが徒労に終わったのだ。

 無慈悲なこの箱庭に、内なる怒りを覚えた。久方振りの感覚だ。この庭のすべてを破壊し尽くしたくて堪らない。



(いいよ、壊しても)

シロノが微笑んでいる。(それで君の気が紛れるのなら)

(いや、いい……。やめとく)



 微笑みながらもシロノもかなりの怒りを催しているのに、それを隠して振る舞っていることが、握られた掌から十二分に伝わってきて、クロノは幾分冷静さを取り戻した。



 すべてを破壊するのは止しておこう。

 けれど、事態を察知した列強各国がすでに、この国に大軍を送り込もうと画策していることを予知している以上、みすみす見過ごすのも癪に障る。



(なぁ? 良い?)

(ふふ。好きにすれば?)

(手伝ってくれよー)

(そう来なくちゃー)





§     §     §





 クロノとシロノは立ち去る間際に、呪をかけた。「世界」のシステムを再調整した、と表現した方が適切かもしれない。

 それは、二人が構想した党の理念を踏まえたものであった。




 以来、その箱庭に赤子が産まれた記録はない――。




〈第伍幕・終〉


実は、過去の短編作品とリンクしてたり・・・。

ですがこれはこれとして、一個の独立した「世界」だったり。

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