16枚目~20枚目
16枚目
気がつくと、保健室で寝ていた。
「柳沢!!」
すぐ隣で、泣きそうな顔をして真田が椅子に座っていた。
「真田?あれ?僕どうしたんだっけ?」
「柳沢の押す!!」
「夢……?」
すると、真田が正拳突きを僕に向かって繰り出して来た。
「柳沢の押す!押す!押すーーーー!」
「うわっ危なっ!」
僕は何とか全部避けた。
けど…………パンチがガチ過ぎるよ!
無駄に構えガッチリしてるし!
こうゆう時は普通、軽いポカポカ叩きじゃないの?親の仇のように襲って来るなよ!
「柳沢は…………押すじゃないの?!」
「いや、雄だけど……?」
「いや、雄じゃないよ」
僕は少し考えた。
う~ん、話の流れからして…………
「バカ!バカじゃないの?」
「押す!!」
「やった正解!!…………ってこら!!」
真田にバカって言われたって事は……やっぱり夢じゃなかった!!
自分でも、バカな事したなと今となっては反省した。あの空手部の先輩に勝てる訳が無かった。
「僕、先輩相手にキレちゃって……」
「押す……」
知ってて当然だ。あの後空手部の練習があったんだから……。
あの後はよく覚えていないけど…………真田がずっと側にいてくれた。
「あ、真田さん来てたんだ~」
わけじゃなかった。
保健室の先生が、僕の様子を見に来た。
「押す!!部活終わりに寄りました。押す!!」
「あ、柳沢君も大丈夫そうなら早く帰ってね~!」
そう言って先生は、保健室を出て行ってしまった。
「柳沢、押すか?」
「うん、全然大丈夫だよ。」
すると、真田は笑顔で言った。
「良かった!」
ずるい……。そこは押すだろ!?押すじゃないとか…………本当にずるい。
17枚目
次の日、いつものように放課後に図書館へ行くと、そこには真田がいた。
「あれ?今日部活ないの?」
空手部が部活がないなんて珍しい。いや、本来は毎日無いはず。真田が毎日行っていただけだ。
よっぽど僕に重要な話でもあるんだろうか?
真田は真面目な顔をして言った。
「柳沢、もう、押すなんだ」
「え?今の押すって何?」
押すが唐突すぎるわ!
出し抜け押すは、さすがの僕でも無理だ。
「押すだから……」
「いや、日本語喋れ」
「私、空手部を押すする事にした」
はぁ?ちょ、ちょっと待って?その文脈だと……
空手部やめた!?はぁ!
「どうして!?」
空手バカから、空手を取ったら…………ただのバカになるじゃないか!!
「押すだからだよ」
「理由が押すなわけないだろ?」
それはもしかして…………僕のせい?
「僕が先輩にキレたから真田がいられなくなった?そうなんだろ?」
「全然押すだよ。そんな事より」
そんな事か?そんな事なわけないだろ?
僕が納得いかないでいると、真田は鞄から紙とシャーペンを出して言った。
「押す!柳沢、今度こそ、ラブレターの書き方を押すしてくれ!!」
結局部活を辞めた理由は言わないわけか……。
「押す?……それとも、押す?」
「いや、押すだよ!押す!」
僕がそう言うと、真田は喜んで言った。
「柳沢~!押す~!」
いやいや、ありがとうじゃないよ!
僕の『押す』は『嫌だ』の意味だよ!今さらだけど、真田の押すって結構ご都合主義だな……
「私、押すな押すになるんだ!!」
押すな押すって…………何?もはやそれ押す!!
「いや、真田はもう押すじゃん」
「あ、押す押す!押すだよ」
「え?違う?何が違う?」
真田はシャーペンを強く握りしめて言った。
「私、押すな女子になる!!」
そりゃ…………押すな雄にはならないわな……。
「押すな女子?動詞ならまだしも、形容詞で使われると全然わからないよ」
結局、押すな女子の意味は、女子らしい女子らしい。
今さら真田が女子らしいを求める?とは思っていても言わなかった。
18枚目
僕はまた、真田の手紙を書く事を手伝った。
教えても無駄だという事がわかったから、いっその事誘導する事にした。
「まず、伝えたい事を箇条書きにして書いてみよう」
「箇条書き?」
「一言ずつ書けばいいんだよ」
真田はシャーペンを紙にトントン打ち付けながら考えていた。
「例えば…………好き。とか」
僕がそう言った瞬間、シャーペンを手から離した。
「好き…………。とか?」
真田は真っ直ぐな瞳で僕の事を見ていた。しばらく二人で見つめ合ってしまった。
「…………」
ダメだ!!まずい!バレる!!
僕は慌てて真田から視線を反らした。
「例えばだよ!例えば!それが言えなくても、かっこいいとか優しいとか……」
すると、真田は紙をぐしゃぐしゃにして立ち上がった。
「やっぱり、もういいや。きっと、もう私の事何とも思ってないと思うから…………」
そして、紙をゴミ箱に放り投げると、図書館を出て行ってしまった。
え…………?
どうしたんだろう?突然……。
19枚目
それから真田はやっぱり元気が無くて、押すも無かった。
それは、今日の授業中…………先生が真田を指名した。
「次の問題は…………真田!」
「はい…………」
押すが無い!?
あの、押す子に押すが無い!?クラスは騒然となった。
「真田、押すはどうした?」
「押すは辞めた!!」
押すを辞めた!?まぁ、空手部を辞めたんだ。至極当然の事だ。
でもでもでもでも、完全にキャラが崩壊する!!
押すを言わない真田なんて!!ただの真田だ!!
その真田に、廊下ですれ違い様に言われた。
「柳沢なんて押すだ……」
それは出し抜け押すでもわかる。
嫌いだ。
去ろうとする真田を引き止めて謝った。
「待ってよ真田!この前は本当にごめん!僕から先輩に謝るから……」
「いいよ。そんな事しなくて」
きっと、真田は言えないだけで…………空手部にいられないのは僕のせいだ。きっとそうだ。
「真田にはいつもの真田に戻って欲しいんだ。押すな真田に戻って欲しいんだよ。」
「どうして?」
「僕は真田の押すが好きなんだ!!」
あ………………思わず告白してしまった。
いや、そこ押す入ってたらダメだ!!
「そっか。そうなんだ……」
真田は悲しそうに、それでいて納得した顔をしていた。
「そうだよね。柳沢は元々先輩の事……」
「違う!違う!違う!」
どうしてそうなる!?
待て?
『僕は、真田の雄(先輩)が好きなんだ!!』×
『僕は、真田の押すが好きなんだ!!』△
いやいや、それも違う!!
正確にはこれが正解。
『僕は、真田の事が好きなんだ!!』◯
思わず口にするなら、そう言えたら良かったのに……。
僕は押すだ。押すな雄だ!!
20枚目
空手部に謝りに行こうと思っていたら、何故か先輩が謝りに来た。
「申し訳ない。素人相手に手を出した事、深く反省してる」
先輩は丁寧に頭を下げた。その異様な光景に、廊下はひとだかりになった。
「え……?あの……その……頭上げてください。僕、あの時の事覚えて無くて……すみません」
「あまりの衝撃にすぐ気を失ったから無理もないよ」
あまりの衝撃?
「君のおかげで選考を終わりにしたよ」
「僕のおかげ?」
「僕の彼女は真田さんに決まったよ」
は…………?今、なんて?
真田に…………決まった?真田?
「えぇ!?まさかの押す子!?」
絶叫混じりの驚きの声が上がった。
「え?は?どうしてですか?手紙は僕が書いていたのに……」
「手紙はもういいんだ。正直、僕には文面だけじゃ判断できなかったし」
じゃあ……何故真田が選ばれた?
「彼女、君の前に入って僕の蹴りを受けたんだよ」
蹴りを…………受けた?
「あ、もちろん僕も本気じゃないよ?彼女はちゃんとガードもしていたし。だけど…………真っ直ぐ、僕の方を見て言ったんだ」
真田の様子が目に浮かんだ。あの真っ直ぐな目で言われると、何故か聞き入ってしまう。
「素人相手に手を出すのは最低だって。彼女のその君を守る覚悟と、武道への真摯な姿に感動したんだ」
結果的に、全てうまく行っていた。
これが…………僕の望んだ結果。
これは…………真田の望んだ事だ。
諦めろ……。
僕は
押すを失った。