11枚目~15枚目
11枚目
次の日、教室で真田にこんな質問をされた。
「柳沢、かしこって………………何?」
「へ?か、かしこ?」
まずい……。さすがの真田も平仮名は読める。
「まぁ、敬意を払う挨拶みたいなものだよ」
「押す?」
「そう、そう、『押す』と同じようなもの」
まぁ、正解でも無いけど間違ってもいないだろう。
本当は、恐れ多い事畏し。
正確には、女の人が手紙をしめくくる結語だ。
僕は今、真剣に悩んでいる。
それは、手紙のかしこに突っ込むか、スルーするかで迷っていた。
スルーは一見楽だけど、もし、他の人から指摘されて、先輩が気がついた時に気まずい。
かしこの使い方のわからない人だった。という事になる。
それが、二人で同じ間違いをしていたと、後で笑って終わればいい。しかし、それがきっかけでうまくいかなくなった場合、かなり心苦しい。
突っ込む場合、相手に不快な思いをさせず、さりげなく指摘しなければならない。
それは…………どうやって?
すると、真田は友達にこんな、話をふっていた。
「かしこって知ってた?」
ん?
「『押す』と『かしこ』って同じなんだって」
いやいや同じって断言してないから!!
「へぇ~!押す子、難しい言葉知ってんじゃん」
いや、難しくないだろ……。
「押す!!柳沢が押すしてくれた~!」
待て待て待てーーーーーー!!
すると、クラスの女子が言った。
「じゃ、押す子の事、今から、かし子って呼ぶわ」
待て待て待てーーーーーー!!
そもそも真田、押す子ってあだ名だったんだ!そのまんまだな!
「でも、かしこって賢いみたいでなんか違うよね?」
「押す子、賢く無いよね?」
「えーーーーー!!」
そこは押すじゃないんだ……。
かしこなんて言いふらしたら、先輩との文通がバレる!!そんな事がバレたら嫉妬の対象になりかねない!
「押ーーーーーす!!」
真田は気合いを入れ直していた。
まぁ、真田なら全員返り討ちにできそうだ。そこは無駄な心配だな~
12枚目
その日は珍しく、真田の元気が無かった。
珍しい……。
そんな日に限って、文芸部の活動があった。活動と言っても、最近読んだ本の感想やら、オオスメの本の紹介やらで、大した活動をしていない。
僕は急いで図書館に向かおうとすると、文芸部の先輩に引き止められた。
「柳沢!お前のクラスに、選考に残った奴がいるよな?確か……真田だっけ?」
「…………は?選考?」
「あれ?知らない?結構有名な話だぞ?」
先輩の話を聞くと、どうやらあの空手部の先輩と文通のやりとりをしているのは、真田(実際は僕)だけではないらしい。
多くのラブレターの中で、ちゃんと書かれていた物だけを選び、少しづつふるいにかけられ、先輩の彼女が選ばれる。
「誰にも言うなよ?ここだけの話、実は手紙の返事、全部俺が書いてるんだ」
「えぇええ!?」
男が代筆した返事は、男が代筆していた!?
リアルはなんて絶望的なんだ!!
そこに女は一切存在しないなんて……。
どうりで結構テキトーな返事だと思った。
「え?じゃあ、『かしこ』も先輩が?」
「え?何でかしこ知ってんの?もしかして、俺が書いた真田の手紙見た?」
「あの……その……」
僕が返答に困っていると、先輩は何か察したようだった。
「なるほどな~!まぁ、別に想定内だからいいけどな~。一応、それも考慮済みなんだよ」
「は……?」
「誰かに頼める人望、美貌、権力、財力、それがあって、それを実際に使う覚悟のある女なら。別にいいんだとさ」
な、なんて無茶苦茶な彼女選考なんだ……?
凡人には理解に苦しむ考えだよ……。
まるでオーディションじゃないか。(実際のオーディションがどんなものかは知らないけど)
そこに、恋とか愛とかは関係無い?
それで本当に……真田は幸せになれるのか?
13枚目
先輩の話を聞いていたら、図書館へ行くのが遅くなってしまった。
「お!柳沢!おーーーーーす!」
「何がセーフだよ?」
「押すする所だった」
いや、別に先に帰ってもらっても良かったけど?
「押す!柳沢!押すしてくれ」
そう言って真田は手紙を見せて来た。
「柳沢ばかりにばかりに頼ってはいけないかと思って……押すしてみた」
そこには、何とか手紙のような物を書こうとした努力が見えた。
『私は先輩の押すが押すです。先輩が押すした時、押すだなぁと思い、押すしました』
もう泣きそうだ……。
努力の跡が見えても、押すで霞む。霞んでゆく!!
全部押すに持って行かれる。
押すしか残らない。
もう、押すだけだ!!
押すだけ?そうか!逆に全面に押し出そう!
ピンチはチャンスだ!!
14枚目
僕は返事の手紙を書いた。その内容は、こうだ。
『藤木先輩、素敵なお返事ありがとうございました。しかし、かしこという言葉はあまりに先輩に似つかわしくありません。いつも空手の稽古を拝見させていただいております。先輩はとても男らしい方だと思いました。返事をいただけるなら、男らしい返事を心待ちにしております。真田』
どうだ!!
一応、真田にも見せた。
「押す!!」
「だよね」
「押すだよ!押す!柳沢は押すだな!!」
そんなに誉められると少し照れるな……。
しかし、これは僕が書いた事がしっかり伝わっている。
代筆で彼女の座を射止める事が正しいのかどうか、正直迷う……。
「これ……いつ押すすればいいかな?」
「別にすぐ渡してくればいいんじゃない?」
「………………」
何故か真田は黙った。そして、何故か不機嫌になった。
「違う。押すだよ」
「え?それじゃわからないよ」
「いつ、先輩に柳沢が書いてるって伝えたらいいかな?」
えーと、それ、まだ言います?
「何だか……柳沢に押すで……」
「別に悪く無いって」
「だって、こんなに押すするなんて、私なんかよりよっぽど先輩の事押すだよ!」
確かに…………真田よりは先輩を射止める努力をしてるな……。いや、それダメだろ!!
僕はため息をついて言った。
「他人の力で得ようとしたなら、最後までやり遂げなよ。僕は覚悟しただけだよ。真田を助けるって。」
本当は、別に覚悟なんか無かった。
だけど…………
真田には笑って『押す』って言っていて欲しい。
ただそれだけなんだ。
それなのに……
真田は目に涙を溜めて言った。
「柳沢の……押す!!」
僕の………………押す?それ、どうゆう意味?
15枚目
「柳沢の……押す!!」
真田の、謎の押すから2日。真田はあれから図書館に来なくなった。
教室で会っても、避けられるようになった。
仕方なく、手紙は僕が先輩に渡しに行った。
放課後、空手部の部室に行くと、ポッキーのように軽々と骨を折れそうなゴリゴリの先輩達に囲まれた。
「あの……藤木先輩は……」
「何だ?藤木に何か用か?」
「これ………………」
僕が震えながら手紙を見せると、先輩の1人が道場に案内してくれた。
良かった……。何もされなかった。
藤木先輩に手紙渡すだけなのに、こんな怖い思いをするのか?
そりゃ真田も…………て、そもそも真田は空手部か……。
道場では、先輩が自主トレをしていた。相変わらず動きがキレっキレだな~
「あの、真田から手紙を頼まれて来ました」
「ああ、ありがとう」
先輩は練習を止め、すぐに渡した手紙を読んだ。
「……これ」
「はい?」
「君が書いたんだよね?」
はいぃ?
「どうして真田さんに協力したの?」
「それは……その……」
「そんなに真田さんの事が好きなの?だったら尚更どうしてこの選考に協力してるの?その真意がわからないんだけど?」
僕は何だか、腹が立って言った。
「あんたにはわからない!こんな風にふるいにかけるほど好かれて、落とされる立場の人間の気持ちなんか……わかってたまるか!」
やってしまった……。
「ふーん。何となくわかったよ。真田さんはああ見えて腹黒いんだね。君に全部丸投げして、何も知らないふりして僕の前で微笑んでいたんだね」
「違う!!」
「最低だな」
最低………………?
そんな方法で彼女を選んでいるあんたは最低じゃなくて、苦しんでる真田が最低…………?
それから僕は、生まれて初めてキレた。
今まで本当にキレた事なんか無かった。
僕は無謀にも、先輩に掴みかかった。
覚えているのはそこまでだった。