第五話 分岐点
タイトル通り、次でルート分岐します。
黒い男の話、真なる勇者の居ない世界。
そんなもの、興味があるに決まっている。
其処こそが、俺の求めて止まない場所なのだから。
「ふむ、どうやら関心を持って頂けたご様子」
「いいから早く続きを話せ」
「――話しますとも、ええ。ですがもし、アナタが誤解なされたのなら申し訳ないのですが、別に貴方様をハヤト・ハザマの居ない世界――」
「――例えば元々いらっしゃった世界や、聖剣の彼が召喚されなかった並行世界のウルタールにお送り出来るであるとか――」
「――はたまた時をさかしまにして、二度目の勇者召喚が成される前に舞い戻って頂ける――などというお話ではないのです」
「……」
まあ、な。
矢張りそんな上手い話は無い、か。
正直なところ、一瞬でも期待しなかったといえば嘘になる。
勇者召喚などというものがあるのだから、黒い男が提示しつつ否定したような事も、もしかしたら有り得るのではないかと。
まあ尤も、今更元の世界に還りたいとは思わないが。
今の自分があの現代に適応出来るとは思えないし、そもそも招かれて早々、片道の召喚だと教えられていたのだから。
「はてさて、無敵の聖剣を持つハヤト・ハザマ。果たして彼に勝てる者などこの世界にいるのでしょうか?」
「我等が魔王様ですら、一刀の基に両断した規格外の存在。いや強い、強過ぎる」
「例えわたくしたち、逃げ去り散り散りになった生き残りの魔族が束になったところで――結果は変わらないでしょう」
分り切った事を、よくもまあつらつらと。
「つまり貴様は何が言いたい?奴が無敵の勇者様である事ぐらい、誰より俺が知っている」
魔族なぞに言われなくとも。
真と偽の差は、嫌と言う程実感している。
「――本当に?」
「本当にわかっていらっしゃるので?――」
「何の事だ」
「ハヤト・ハザマさんを倒せる者は、存在します」
なんだと。
こいつは何といった。
いま、居るといったのか!?
あの男を、最強などという言葉では収まりきらない、神に愛された勇者を倒せる者が居るといったのか!?
「感の良いアナタなら、もうわかっていらっしゃるのでは?」
「全くわからん。まさか貴様だとでも言うのではなかろうな」
この魔族であれば或いは、と思わなくもない。
勿論、そんな訳は無いのだが。
「いえいえ、わたくしなどではとてもとても。その方は別にいらっしゃいます」
「……もったいぶらずに早く言えよ。本当に、そんな奴が居るっていうのなら」
いる訳がない。
人間であろうと魔族であろうと。
亜人であろうと竜であろうとも。
聖剣の勇者に勝る者など、いる訳がないのだ。
「勇者殿」
「なんだ」
「ですから、勇者殿です」
「余りイライラさせるなよ、言いたい事ははっきり言え」
「ハヤト・ハザマを討てる者、それは貴方様、勇者殿をおいて他にはおりません」
……
成程、こいつは余程、俺を怒らせたいらしい。
下らない問答は最早これまで。
この黒い男に、勝てる勝てないなどは埒の外。
人と魔族、本来の関係に戻る時。
十一年連れ添い、唯一俺を裏切らなかった相棒――聖剣が現れるまでは、世界最高と謳われた愛剣――の柄に手を添える。
「おやおや、怖いお顔だ。しばしお待ちくださいませ。斬るのはきちんと話を聞いてからでも、遅くはないのでは?」
「きっと、後悔、なさいますよ?」
「……続きを話せ」
魔族の言葉の妙な迫力に、少し冷静さを取り戻す。
「話しますとも、ええ。時に勇者殿、貴方様は聖剣の特殊効果の恩恵を受けられない、間違いありませんね?」
「それがどうした」
「それに貴方様は、彼のもう一つの加護の影響もお受けでない」
「……」
もう一つの加護、カリスマの加護か。
たしかに、奴に好感を持った事はないが。
それは奴が、俺の全てを奪ったからであり。
「例え彼のせいで大きな被害を被ったとしても、仕方ない。彼ならしょうがない。そんな風に受け入れてしまう、それがカリスマの加護というものです」
カリスマの加護とはそういうものだ。
「別に皆洗脳して全て思い通り、という力ではありません。彼に左程の魅力を感じない、という人も中には居るでしょう」
俺の認識とは少し違う。
奴に好感を持たない者など見た事がない、俺以外には。
「ですが、彼を《嫌う》のは非常に難しい。いや不可能といっていい」
この魔族は加護のせいで誰もハザマを嫌えない、とでも言うのか?
「カリスマの加護の影響下に無い、貴方様以外は」
「……そう、なのか?」
わからない。
だが、確かに奴を嫌っている者は見た事がない。
一方で、世界を救ってくれる勇者を嫌えというのも難しいだろう、とも思う。
俺ほど奴を憎む理由がある者がいないから、結局結論が出せない。
「逆も又然り、というやつでして。どうやら勇者殿の加護も、聖剣の彼に影響を与えていない様ですよ?」
体力超回復、魔力超回復、剣聖、炎の精。
この四つが俺に与えられた加護。
加護を二つもつ者が、ダブルと呼ばれ国家を超えて天才扱いされるここウルタールに於いては、破格の才能……であった力。
「俺にハザマのような、他人に影響を与える加護はない」
「いえいえ、ちゃんと御座いますとも。貴方様の持つ、あの忌々しき炎の精の加護、あれはお仲間にも特殊効果を与えております」
俺の加護、炎の精。
それが仲間にも効果を与えていたのか?
「火への親和性、冷気への耐性。どちらもお仲間は恩恵を受けておりますよ。とてもとても寒い魔族領で貴方様はともかく、お仲間達も特に問題なく厚着せずに活動出来ている理由、そう正にそこなのです」
言われてみれば、この魔族領に入ってからも仲間達は、別段問題なく活動出来ている。
ハヤト・ハザマ以外は。
であるならば、奴が特別寒がりだった訳ではなく、仲間達が知らず受けていた俺の加護の恩恵を、自分だけ受けていなかった、という事なのか?
「ご納得頂けようで幸いです。そして、ここからが本題、わたくしがお伝えしたい事、賢明なアナタなら既にお気付きの事。貴方様が唯一聖剣の彼を討てる所以」
「勇者殿には、聖剣の特殊効果だけでなくその一切が無効、なのです」
「きかない、利かない?効かない!そうです、貴方様には聖剣のその全てが意味を成さないのですよ!」
まさか、そんな事があり得るというのか……?
俄かには信じられない。
「聖剣、あれは実体の剣を召喚しているように見えますが、その本質は聖なる力の塊であり、それが剣の形をとっているだけ、なのです。これは御存知なのでは」
確かに、聖剣はハザマの聖なる力を剣の形にして扱うという加護だ。
故に奴以外には扱えない。
「異世界人同士では、加護が全て無効になる。ということなのでございましょう」
黒い男の話の筋は、通っているように思える。
「そこを踏まえて、互いに相手に対する加護抜きで戦うと考えた場合。召喚されて一年間、聖剣の圧倒的力に頼り切りで此処まで来た彼と」
……
「十年間地道に戦い、強くなって来た貴方様。果たしてどちらが強いのでしょう」
もういい。それ以上言うな。
言葉にされると、生まれた確信が逃げていく気がするのだ。
「これ以上わたくしが言わなくとも、もう答えは出ているのでは?」
……ああ、そうだな、既に答えはこの胸の中にある。
「……厄介な聖剣の勇者に俺をぶつけて、魔族は漁夫の利を得る、というシナリオか?」
「いえいえ、滅相も無い。今のわたくしどもに、そのような企みをする余力も団結力も御座いませんとも」
「貴様が残りの魔族を纏め上げる……というような性質でもないか」
「ええええ、仰る通り。その様な詰まらない事、まっぴら御免といったわけです」
「俺をずっと観てきた、と言ったな。俺と仲間達の十年も。そしてこの一年も。貴様にとって、全ては娯楽というわけだ?」
「とてもとても楽しませて頂きました。今回のこれは、そのお礼とでも思ってくださいませ。わたくしは勇者殿のファンなのですよ」
「ふん、貴様はまだ楽しみ足りないだけだろう」
お礼などとは笑わせる。
「そこはそれ、というところでしょうか。勿論、期待させていただきますよ?」
「役者が貴様の思い通りに踊る、とは限らないぞ」
「それをこそ、わたくしは求めておりますもので。勇者殿にはどうか、わたくしが想像も出来ない舞台を演じて頂きたいものです」
何処までも玩弄するつもりか。
いいさ、どうせ最後だ。
せいぜい激しく踊り狂ってやるよ。
「そろそろ夜も明け始める頃合、わたくしはお暇させて頂きます。それでは勇者殿、どうかよい結末を――」
黒い男は驚く程、呆気なく未だ明け切らぬ夜の闇へと溶けていった。
俺に多くの衝撃と、一筋の光明を残して。
男が残したその黒い光は、聖なる輝きを汚す為の、死の香のするものであった。
…………
唐突に、ひとつの疑問が浮かんだ。
そういえば、何故俺はあの魔族を、黒い「男」と認識出来たのだろうか。
姿形?声?それとも他の?
何か一箇所でも、それと断定出来る要素があったか?
あれは男などと表現出来るものでは断じて無く。
野営地の夜の闇に穿たれた、それよりなお昏い。
黒い孔そのものではなかったか?
そもそも、あんなけったいな魔族が存在したのかが疑問に思えてきた。
全ては俺の、ギリギリの精神状態が見せた妄想であり。
あんな魔族は存在しなかった――
まあいい。
あの邂逅が幻だろうと、そうでなかろうと。
どちらにせよ賽は投げられた。
やるべき事は決まった。
この一年間、心にずっと懸かっていた重たい靄が晴れたかのよう。
実に気分が良い。
さて、それじゃあ始めるとするか。
俺が選んだ選択は――
次は槍ルートとなります。