【1日目 開戦】
【一日目 開戦】
ー日本では古来より『自然のあらゆる物に神が宿る』という八百万の考えがあった。しかし神が宿るのは目に見えるものだけではない。その一つが1ヶ月間を守る"月守人"である。
月守人は総員12名。それぞれが人間界のに季節をもたらせ、365日が乱れないように調和する神に近い存在とされる人々である。
そして世紀に一度、月守人達を統べる時の神による…
ここまで読むと、ロロカは本を閉じた。休憩時間が終わる頃だったからだ。
人間界とリンクした月守人達の住む平行世界。その都市のひとつ『水無月』は今日も曇りだ。
役所に勤めているロロカは休憩時間に図書室を訪れるのが日課だった。
「おっと!危ない」
図書室を出ると、事務の同僚と鉢合わせになった。相手は慌てていたのか、顔は赤く、息が弾んでいる。
「ロロカ、お前月守様のお世話係だったよな?」
「お世話係じゃなくて、秘書ですけど」
「まぁいいや。これ、月守様に至急中身を確認するよう伝えてくれ」
彼は厚い封筒をロロカに託し、走り去っていった。
「ま、部屋にはいないだろうな」
彼女はポンチョのフードを被り、役所の出口へと向かった。
ロロカがやってきたのは、役所の隣にある小さな教会。彼女は深呼吸をして、そこの大きな扉を開いた。
教会からは神聖な空気が漂っている気がした。
「うっ、ぐすっ」
教壇では神父ではなく、一人の少女が泣いていた。ロロカは大きなため息をつき、彼女のもとへ近づいた。
「潤さま!」
「うわぁっ!ロロカちゃん!?」
大声で名前を呼ばれた少女は驚いた様子で振り返る。顔は涙で濡れていたが、顔立ちのよい美人だった。さすが『涙も滴るいい女』と巷で噂になっている人だ。そんな彼女こそがこの都市を統べる6月の月守人である。
「全く世話の焼ける上司ですね。今度は何事ですか」
「人間界のちびっこ達が『祝日のない6月なんて嫌いだ』って喚いてて…」
「はぁ…その案件何回目ですか!!いい加減慣れましょう?」
「でも実際言われるとグサッっと来るもんでして…はは」
自信のない笑顔を浮かべる潤をスルーして、ロロカは先程同僚に託された封筒を彼女に渡す。
「ん?これなぁに?」
「私も中身は存じ上げません。至急中身を確認するようとの連絡はありますが」
「ふーん」
潤は戸惑いもなく、あっさりと封を開けた。
バシュッ
その途端、切り裂かれるように彼女の姿は消えてしまった。
「潤さま?」
取り残されたロロカは呆然と先程まで上司のいた場所を見ていた。
ーーーー
気がつくと潤は巨大な円卓を囲う席の一つに座っていた。随分と広いが、会議室のようであった。潤は何が起きたのかと視線を四方八方に動かしてみる。
「今日は会議の予定なんてあったかなぁ…」
「やっと来たね」
「ひゃっ!!」
声を掛けられるまで気づかなかったが、右隣には少年が座っていた。どこか退屈そうな桃色の瞳で潤を見つめている。
「あの、ここって…」
「さぁ?僕も少し前に召喚されたばかりだからわからないよ」
「召喚…ですか」
封筒を開いて、別の場所にワープしたのだから『召喚』という比喩表現は間違ってはないのかもしれない。
「ところでアンタ、月守人だろ?」
「あ、はい。6月の月守人を勤めさせていただいてます。潤と言います」
「6月…お隣さんか。確か祝日のない月だったっけ?」
「うぐっ」
痛いところを突かれた潤は左胸に手を当て、屈んだ。条件反射で目に涙が溜まっていく。
「あれ?ここどこ?」
今度は左隣から声が聞こえた。なんとか体を起こすと、別の少女が座っていて、潤と同じように辺りを見渡していた。潤も彼女とは面識があった。
「華美ちゃん」
「ほ?潤ちゃんじゃん!」
華美という名の彼女は8月の月守人である。定例会でいつも行動している潤が唯一友人と呼べる人だった。
「なんか出前の丼の蓋を開けたらバシュッってなって、ここに来たんだけどー何事なの?」
「ど、丼?」
「あれ、潤ちゃんは丼食べたんじゃないの?」
「ボクは届いた封筒を開けたらで…」
「僕も愛用の懐中時計を開けたらこうなった」
少年も首から下げていた懐中時計を見せながら、会話に参戦した。
「ちなみにねーアタシは美味しい親子丼食べようとしてたんだよ!」
「華美ちゃんお気に入りの定食屋のご飯美味しいもんね…」
「そう!豚肉と卵が絡み合ったあの神的丼を没収してまで呼び出すとかさーあり得なくない!?」
「え、豚肉と卵…親子丼」
華美が食べようとしてたのは親子丼ではなく、他人丼である。
『ただいまより、月守会議を始めます』
無機質なアナウンスが響き渡った。円卓の中央モニターに映像が流れる。数秒間の砂嵐去り、映し出されたのは玉座に座る男だった。
「トキ様?」
彼は12人の月守人を統べる時の神様だった。本名は不明で、皆からは「トキ様」と呼ばれている。
『皆さんごきげんよう。みんなのアイドルトキ様だよ☆』
彼がアイドルのようにウインクを決める。人工的な歓声を流しているのが実に痛々しい…。
『今日は重要な話があり、あの手この手で強制収集させました!神様頑張った!
で、早速ドラムロールなしで発表しちゃうけど、僕神様やめます!』
爆発音が鳴り、画面中央に『トキ様、神やめるってよ』という主張の激しいテロップが登場した。
「…は?」
当然その場にいた全員がこの反応だった。
『そんな顔しないでよ、ね?別に僕のわがままで決まったというわけじゃないし、世紀に一度の決まり事だから!ただの定年退職だから!』
神に定年退職があるのだろうか?
『ということで、僕が神をやめるに当たって、次世代の神を決めなくちゃいけないんだよね。でも僕が指名するのも申し訳ないからさ…最後に残った月守人を次の神様にするっていうことにしようかなと』
「それって、選挙で決めるとかですかね?それならボクはリタイア…」
『もちろん全員参加だお☆』
「ガーン!」
潤の心を読んだように画面の向こうの神様は語尾に☆マークをつける勢いで却下した。
『でも選挙じゃ面白くないでしょー?今回は僕がゲームを作ったからそれで決めてよ♪実際に見てみたかったんだよねーバトル・ロワイアル』
ー神様のわがままから戦争が始まった。