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夕焼けと鮮血

 プレオの森外れ。夕方らしいオレンジ色の陽光と、木々の黒い影が、森を進む討伐者一団の8名を彩る。


「内容は至ってシンプルだ。この先の、森のある地点を魔族の一団が通る。俺たちはそれをできるだけ細かく観察、そして、気づかれない内に荷馬車までUターン」


 ゴレオの歩きながらの説明に、頷いたり頷かなかったりする一同。ゴレオも、一応の確認で説明をした、という風だった。エ・ミセロから出発する前に、同じような内容を聞いた。


「よし、これでしばらくは働かなくて済むな」


「帰ったら、たらふく肉と酒を楽しんでやる!」


 皆が口々に報酬の話や、他愛のない話で会話を弾ませている。緊張感を紛らわすためなのか、これから魔族に合うというのに、皆の纏う雰囲気は重くなかった。これからの、否が応でも感じる張り詰めた空気に、しばらくの安息を感じているのか。


 僕は飛び入りで参戦したあぶれ者なので、一団の最後尾を歩いている。けれど僕も皆に習って、丁度前を進むロベイさんに話しかけることにした。


「ロベイさん、後どれくらいで着くと思いますか?」


「なんで俺に聞くんだ! そういうのはゴレオに聞いた方が早いだろうが! ケッ!」


 そう言うと、ロベイは心なしか歩みを早める。嫌われているのは分かっているが、所詮嫌われているだけなのである。だから、もう一度話しかけることにした。


「ロベイさん、最近髪の毛が薄くなったと思いますが、どうですか?」


「うるせえ! 黙れねえなら置いていくぞ!」


 僕と話していると恥ずかしくなるのか、遂にロベイさんはズカズカと前の方へ行ってしまった。


 流石に話し相手がおらずに会話を続けるような精神力は無いので、僕はペースを落とさないように注意しながら、周辺の観察でもすることにした。


 夕暮れが、木々の隙間から鮮やかに差し込んでくる。この景色を取っておけたのなら、シャーリーにでもプレゼントしたら仲直りができそうだ。


 シャーリーには色々と世話になっていた。けれど既に僕の頭の中は、これからの出来事で大部分が占領されている。もちろん、衣食住から生活費までの面倒を、討伐者としての仕事をこなしながら親身になってしてくれたのを忘れたわけではない。ただ、それだけであった。


 あの酒場での一件から、シャーリーとは会っていない。まあ、僕はこの依頼の日まで、顔なじみだった宿屋の娘の部屋に引き篭もっていたから、当然といえば当然だが。


 それに、復縁のプレゼントなんて用意したとしても、意味がない。


 何故か。


 多分、これから僕は帰ってこれないから。


 考え事をしながら歩いている内に、随分と森を進んだようだった。


 前を歩く討伐者が歩みを止める。何事かと前を見ると、先頭を歩くゴレオが、片手で一同に静止の合図を送る。


 振り返ると、人差し指を唇に当てて、神妙な顔をしている。


 ゴレオの話を聞くため、一同は音を立てないようにして、彼の周りに輪を作って集まった。もちろん、僕は輪の外れの方。


 中心で、極力声を落としてゴレオが話を始める。


「この先、あともう少ししたら、開けた場所に出るが、俺達はそこにいる魔族の偵察を行う」


 そう言い切ると、背負っていた荷物入れから、金属製の輪っかのような装飾品を、丁度8個取り出した。何やら魔石――特殊な効能、または魔力それ自体を含んだ鉱石類――がはめ込んである。


「これは、魔力を遮断する装備品だ。魔族は魔力に敏感らしい。気づかれないようにしないとな。全員しっかりと身に付けろ」


 魔力。魔力とは、主に討伐者であれば、身体能力の強化に使われる。当然ながら、ヒトと魔族には埋めきることのできない身体能力の差が存在し、生身のままでは精々弱小魔族を討ち倒すのがやっとだろう。魔族というのは、卓越した身体能力を持ったヒトならざるものである。それに対抗せんとして、ヒトは魔力の身体的扱いを向上させた。


 魔力というエネルギーは、身体能力向上というメリットの反面、使用すると、魔力の濃度が強まり、敵味方に発見されやすくなるという点がある。


 ここまで聞いて、討伐者の腕を左右するのは、魔力の扱い如何だと理解できたと思う。魔力に長ければ長けるほど、より強化された肉体を操ることができるのだ。


 ちなみに、勘の良い諸君のお察しの通り、僕は魔力の扱いがからっきしだった。それはもう、自分でもひいてしまうくらいに。だから万年中の下討伐者をしていた。


 討伐者の中でも、かなりの腕前にいる人達は、身体能力以外にも、魔法の使用に魔力を使うこともある。おそらくだが、この中でも腕利きのゴレオとロベイは、簡単な治癒の魔法程度なら行使できるだろう。エルマ王国の王都に拠点を構える有名討伐者達は、その身に雷撃を纏ったり、暴風を巻き起こす魔法など、戦闘においてかなり強力な魔法が扱える。そして、その上を数段飛ばした技術を持ったのが、魔女という存在なのだ。


 閑話休題。


 これからの偵察に、魔力行使は必要ないものの、魔族の中には――世にも珍しいが、人間であっても魔力を可視化する才能を持った者もいる――魔力に敏感であり、即ち魔力を持った者が近付くと、それを察知できる者も少なくないと聞く。


 よって、これらの装備品は、偵察任務を完遂するならば必需品といえた。


 魔石や、魔法的効果の付与された道具であるマジックアイテムは、しょぼくれた効果であっても、そこそこのお値段がする。よってこれは、ゴレオが王国から借り受けた道具だろう。


「よし、慎重に行くぞ……」


 ゴレオがそう言うと、皆の面もちが一気に変わり、強張った表情となった。皆、緊張しているのだ。そして僕は、高揚している。魔族。初めてこの目で拝むことになる魔族。魔女へ近付くための一歩だと、僕が信じてやまない存在。


 予め決めていたとおり、8名が二人一組、4手に分かれて木々の中から魔族を偵察する。僕のペアはロベイさんだった。明らかな嫌悪感を出した顔は見なかったことにする。


 散開。ゴレオが言うと、4組の討伐者達は、知らされたポイントを囲むように進行する。僕はロベイさんと並んで歩みを進める。


 森の中を、進む、進む、進んで行く。極めてゆっくりと、けれどしっかりと。


 そうしていると、差し込む夕焼けの光が大きくなっている場所が見えてきた。開けた場所、ゴレオの言っていた魔族のいるポイントだ。ここから目視する限り、そこはこちらの歩いている場よりも数段窪んだ地形をしており、こちらからすれば、偵察にもってこいだった。


 草木や、踏み鳴らす危険のある枝に、極限まで神経を張り巡らせて、慎重に広場の見える場所まで進む。


 向こうの魔族の情報などないが、見つからないに越したことは今のところない。


 いつの間にか、額からは汗が滴り落ちていた。なんだかんだ言って、僕も緊張している。せめて、見つかって即死だけは避けたい。


 やがて、広場の淵に辿り着いた。


 極力、身体を露出させないようにして、そこを覗き込む。


「おい……」


 ロベイさんが小声を出した。おそらく思っていることは同じだ。



 そこに、魔族の一団は存在しなかった。


 そこには、美しさがあった。


 広場の真ん中には、ただ1人、僕よりも年下くらいの女が、ただ立っていた。


 ひと目でわかった。あれは魔族であると。


 背中に生えた、蝙蝠を凶悪にしたような翼。側頭部に、まるでカタツムリの殻のようにして生えている山羊に似た角。白磁の肌。叡智と力を湛えている金色の瞳。全てを見透かすかのような白銀の頭髪、ゆったりとしたウェーブを、肩先までに描いている。


 夕日に照らされた、美という名の彫刻。


――美しい。


 僕は知らず知らずのうちに、小さな、けれども大きな賛美を口に出していた。この胸の高鳴りは、何にも代えがたいに違いない


 僕は偵察のことなど忘れて、ただ彼女に魅入っていた。


 しばらくすると、広場の真ん中にじっと立っていた彼女は、何を思ったのか、直立したまま目を瞑る。


 数刻。


 彼女は目を見開く。


 そして。


 影が動く。


 ロベイさんの上半身に、黒き矢が突き刺さった。


「え」


 その呟きはどちらのものか。


 彼は自身に何が置きたのか理解していないだろう。


 僕も理解できていなかった。僅かに彼女の手が動いたと思ったら、次の瞬間には隣人に突き刺さっていた。


「おい、シゼ――」


――矢が、爆発した。


 頬に、生ぬるい液体がかかる。視界が開けた。なぜなら、ロベイさんの上半身が、消えてなくなったから。


 鮮血。血飛沫。


 先程までロベイさんだったモノの千切れた胴体は、勢いよく血を吹き出したかと思うと、すぐに弱々しい液体を垂れ流す二本の足になり、そのまま後ろ向きに倒れた。


 僕は瞬時にこの現象を脳内記憶と照らし合わせる。


 魔力。黒い矢。爆発。


 魔力の塊の時限爆発。あの矢はあの魔族の魔力だ。僅かに動いた手の正体は、手のひらから魔力を放出した動作。魔力が黒かったのは、彼女が魔族だから。突き刺さった魔力の塊は、外側を包む魔力が内側を抑えきれなくなり、遅れて爆発する。


 左の広場遠方のゴレオに視線を送る。


 両手を交差させている。危険、撤退信号。


 何故バレたかは、この際どうでもいい。


 重要なのは、彼女がいきなり人間を殺す、話し合いの余地もない魔族だったこと。魔族は魔物と違い、知性を持った存在であるから、多少の話し合いは通用するかと思ったのが甘かったか。


 脳を全力で稼働させる。生き残る道を探す。


 結論。


 他を犠牲にして逃げる。始めの犠牲者の隣りだった、僕は、他の者達よりも反応が早い筈。


 そう結論が出るや否や、僕は駆け出した。


 夕日が沈み始め、薄暗くなった森を疾走する。


 突き出た枝が、身体の節々を傷つけていくが、そんなものは知らない。


 遠くで爆発音が聞こえる。誰かが殺られた。残り6名。


 同時に叫び声と炸裂音。残り4名。


 駆ける、ひたすらに駆ける。最早帰り道など覚えていなかったが、今のところは彼女から逃げ切れれば救いはある。


 そんなに遠くも無い場所で、滝の音が聞こえる、と爆発音。残り3名。


 いける、この調子なら。


 悲鳴と爆発。残り2名。


 グサリ。


 そんな音などしなかった。


 遂に僕の身体に、魔力が穿たれた。

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