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荷馬車の中

 月日は流れ、僕は22歳になった。


 あの日の、村が、故郷が無くなった日の事は今でも覚えてはいるものの、時間というものはあの時の衝撃を、僕の外側からは(・・・・・)大分和らげてくれていた。


 汗と獣臭の混じった、お世辞にも優れているとはいえない屋根付き荷馬車に乱暴に揺られながら、目的地へと急ぐ。僅かに空いた小窓から外を覗き込む。どこを見ても、閑散とした平野が広がっているだけで、景色を楽しめるような機会は無かった。馬車の中は、姿格好のバラバラな、しかし誰もが戦闘に向けた服装である討伐者達のみが乗車していた。皆、これからの依頼に向け英気を養っているのか、僕のようにキョロキョロとしている者はいない。


 そんな、気持ちの落ち着かない僕を見かねてか、向かいに座っているゴレオ――酒場で、僕を今回の依頼に誘ってきた男――が話しかけてくる。


「おいシゼ、わかってるとは思うが、偵察だからな。突っ走ったりするなよ」


「僕の人生において、突っ走ったことなど一度もありませんよ。安心してください」


 すると、ゴレオの隣にしゃがみこんで項垂れていた小柄な男が口を挟んできた。何事か。


「女のヒモになるような奴は、突っ走ってるって言うんだよ、シゼ! 普通はこうやって、自らの手で依頼に赴き、生計を立てるんだからな!」


 男の顔はどこかで見覚えが合った。確か、この間の酒場で、何やらしたり顔で語っていた男だ。しかもコイツはよく酒場にいる上、外見に騙されることなかれ、中々に腕の立つ討伐者なのである。


 使えそうな奴だと思って、僕が機嫌を取ろうとしたところ、ゴレオが先に男を宥める。


「ロベイ、確かにコイツはそんなことをやっていたかもしれんが。今はこうして同じ依頼に向かう仲間であるわけで、コイツも改心して一緒に付いてきてるんだ。少しは仲良くしないか?」


 ゴレオの言葉に、ロベイは僅かに口を尖らせ、


「ケッ! 足手まといだけにはなるなよ、ここにはお前を守ってくれる愛しのシャーリーはいないからな!」


 そう言って、また元の態勢に戻った。おそらく馬車酔いだろう。エ・ミセロから数時間、彼はずっとこの調子だった。


 ゴレオは、項垂れているロベオを一瞥すると、空いている僕の隣のスペースに場所を移動し、懐から葉巻を取り出した。


 葉巻は高級品だ。名のある討伐者であれば、それこそ山のように入手できるに違いないが、エルマ最北端の城郭都市で燻っているような自分たちには、空いた時間に吸えるような代物では到底ない。


「葉巻なんてもの、どこで出に入れたのですか?」


 僕は、暇つぶしと好奇心の充足を兼ねて尋ねることにした。


 ゴレオは煙を深く吸い込むと、しばらくして吐き出す。そして馬車の中を一通り見渡して、口元で腕をペラペラと振った。耳を近づけろ、聞き耳を立てられたくない話であるということだ。僕は、要望通りにする。聞かれたくない話があるなら、見せびらかすように葉巻を扱うな、なんてことは全く口に出さない。


「これは王国兵から貰ったもんだ……まあ、依頼の斡旋報酬ってやつか。ここにいる奴らを集めたのは俺だからな」


 要するに、ゴレオは、王国兵と我らが討伐者の中立ち料として、葉巻を受け取ったというわけだ。今回の依頼に、まさか王国が関与しているとは思わなかった……というと嘘になる。依頼の話を聞いた時点である程度の予測はついた。


 討伐者にされる依頼というのは、大きく分けて2つある。一つは、討伐者組合――討伐者を取りまとめている、半国営且つ国内半治外法権組織である――からの依頼。そして、個々人が、組合を通さずに直接依頼する場合である。


 今回の依頼は、ざっくり言うとゴレオが直接の依頼人である任務に当たる。当然、王国の名前など欠片も出ないまま、こうして皆出立しているわけだが、まず怪しいと思ったのはその依頼料だった。


 成功報酬――組合からの依頼の数十倍、貴族の依頼の数倍。組合から出る依頼は、組合の組織運営のための資金などで中間マージンが取られ、同じ仕事内容でも、直接依頼された者より報酬が下がる。しかし、貴族から直接依頼される任務よりも、今回の依頼の報酬は随分と高かった。ゴレオが『うまい仕事』といったのも納得の行く金額で、馬車の中が報酬目当ての討伐者でごった返しているのも合点がいく。


 そして、内容も怪しい。


 魔族の偵察任務。


 エ・ミセロは、先述したとおりエルマ王国最北端。即ち、国内で最も魔族の領域イブルトに近かった。大陸の真ん中に位置するプレオの森へ行くなら、国民はエ・ミセロから馬車を利用するのが一般的だろう。行く人などいない、飛竜を使ったほうが早いというのは置いておく。


 今回の任務の場所は、プレオの森の右端、森の密度がわずかばかり薄くなっている箇所であった。


 そこを、魔族の一団が訪れるという。それを偵察しろ、という依頼。


 疑問。何故、魔族の偵察など必要なのか。何故、その情報を知っているのか。何故、莫大な報酬金を用意できるのか。


 以上を鑑みるに、国か、それに匹敵する規模の組織がゴレオの背後に存在しているのは、サルでも分かることだろう。もっとも、ここにいる冒険者に分かる者がいたかどうかは知らないが。きっと、皆分かってついてきている筈、ゴレオの人脈の成した依頼だ、と信じてみる。人を馬鹿にするのはいけないと、小さい頃に教えられたのだ。


 僕は、やはり国だったか、という独り言を心の中に留め、ゴレオを小声で褒め称えておく。


「ゴレオさん、国との繋がりがあるんですね……羨ましい。僕にもそういう才能が欲しいものです」


 ゴレオは僕のおべっかに顔を顰めたが、その口元の緩みを僕は見逃さなかった。コイツ、チョロいな。


 酒場にいるような、荒くれ者の討伐者は最も扱いが楽だ。そこそこのタイミングで褒めて、そこそこに自虐を入れておけば、勝手に良い奴候補に昇格する。


「お前さんは、女を引っ掛けるのは上手いが、出世は無理だな。まあ、そんなに知りたいなら今度教えてやらんこともないぜ。シャーリーには振られたみたいだし、お前もそろそろ安定した生活が欲しいだろう」


 そう言うと、ゴレオはタバコを楽しみ始め、会話を切り上げた。僕は瞬時に、お節介な近所のお爺さんを思い出した。こういう奴に釣られてホイホイついていっても、大抵は身にならない。


 安定した生活。そんなもの、コイツが国から得られるわけがない。なにせ、本当に偵察が目的なら、国が国で雇ったちゃんとした人間を送り込むはずだからだ。今回の任務は、いわば僕達を捨て駒にした、威力偵察――敵方の勢力や装備などを把握するために敵と相まみえる――任務に似たり寄ったりなものだろう。


 何が言いたいかというと、コイツらも僕も、国に利用されるだけの、哀れな人間たちということである。


 では、何故そんな依頼に僕が付いてきたのか、


 そんなものは決まっている。


 魔族をこの目に収めるため。


 あわよくば、魔女の手がかりを探すため。


 先に言っておくと、僕はエルマ王国で噂になっている、人智を越えた人間『勇者』でも無ければ、魔族を統一している闇の王『魔王』でもない普通の人間なので、魔族と戦った場合、即死あわよくば瀕死という結果になるのは確定的である。だから僕は、妹がいなくなったあの日以降も、魔族を拝んだことがなければ、それ関連の依頼を貰ったこともない。


 魔族を討伐する討伐者なんていう存在は、普通の人間には雲の上の存在である。無論、依頼というのはそれに適した実力の者達に行くものであり、僕のような外れの城郭都市で、万年中の下あたりを彷徨っている討伐者には、魔族と関わりなど出来るわけがない。


 あの日から、僕の内側には妹の事、魔女の事しか頭になかった。


 マトモに討伐者をしていれば、少なくとも朝から夕方までの仕事、そして遠征に出かけ、泊りがけで魔物からの護衛を請け負うこともよくある事だ。それでは、妹の事など一向に進展するわけがない。僕には、生まれつきの戦闘の才などないから。努力して、努力したとしても中の上止まりだろう。


 それでは妹の事など分からない。


 魔女とは謎に包まれた存在だ。魔物とも魔族とも違う、しかし人間や亜人とも違う存在。だから妹を探すなら、自ら出向き、調査する必要があったのだけれど、これは一身上の、主に身体能力の都合で不可。


 そうして選んだ選択肢が、誰かの元で世話になり、ひたすらに勉学に励むという事だったのだ。


 僕には女たらしの才能があるらしい、というのは前の前の、そのまた前に世話になっていた商人の娘だったか。


 平然と、思ってもいない事を口に出来るようになったし、どこでどうすれば人心掌握の完成かも理解できた。それが、あの日の事のせいか、生まれもった才能なのかは、神のみぞ知るだが。


 ちなみに、討伐者以外の職は、毛頭無理だった。生まれの定かでない、仕事経験もない人間を雇う奴がいたら、こちらから言ってやりたい。頭は大丈夫か。


 討伐者であれば、五体満足であれば誰でもなれたから、なった。仕事柄、人死の発生しやすい事もあり、人手不足であることが多いのだ。


 まあ、すぐに活動を辞めてしまったものの。一応の肩書は重要なのである。主に女性との会話面で、無職か討伐者かの違いというのは、語る必要もないだろう。


 ああ、そういえば――


――揺れが止まった。


「おい、着いたぞ」


 思考が中断される。御者の声だ。どうやら、あれこれ考えている内に、馬車は目的地へと着いたようだった。


 思考に没頭してしまうのは、僕の悪い癖だ。程々に、気が向いたら頑張る程度に直していく必要がある。


 馬車の後ろが開き、止まった揺れで目を覚ました他の討伐者たちが、ぞろぞろと地面に降り立っていく。ここからは徒歩での移動だと聞いていた。


 僕が立ち上がるのと同時に、ゴレオも立ち上がる。


「まあ、気楽にな」


 ゴレオは、僕の方をポン、と叩くと降り立っていく。


 気楽に? 


 そんなこと、出来るわけがないだろう。


 僕は魔族を愛していて――いや、魔しか愛せない人間で。


 これから君たち全員を犠牲にして、魔族に取り入らなけらばならないからだ。

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