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酒場の喧騒

 今や、大陸の半分は魔族に制圧された。


 トラザ大陸。大陸と名付けられてはいるものの、海を越えた先に何があるのか、何もないのか、それを知る人など誰一人としていない。なので、大陸に住む人々にとっては、大陸というより世界と呼んでも差し支えはないだろう。トラザは巨大な台形を荒削りにしたような大陸で、上下を分断させるように左右から山脈が走り、その切れ目、丁度大陸の真ん中辺りには、プレオの大森林がほぼ楕円形に広がっている。


 この大陸には、7カ国――いや、5つの国家が存在している。


 まずは台形を上下に山々が分割した、下半分。


 その左端には、エルフやドワーフなどといった亜人族が生活を営む、森霊国アークス。


 その右に、巨大軍事国家、帝政ローウェスト。


 その隣、大陸一大宗教組織といっても過言ではないクルタ教の始まりとされている、エルマ王国。


 そして、右端には、獣人族が主だって暮らしている、イスタ・イスラ獣王国。


 続いて上半分。


 魔族の支配領域、イヴルト。闇の世界。クルタ教徒曰く、地獄が顔を覗かせた場所。


 ローウェストとエルマの向かい、上半分を三分割した真ん中が、本来魔族の支配地域だった。


 左端には、経済大国エクリアが存在し――魔族によって制圧された。


 右端には、フェリス精王国が存在し――魔族によって滅せられた。


 エクリア陥落によって、魔石を筆頭とした鉱物資源の大部分が魔族の手に渡り、フェリス滅亡によって、精霊の恵みは人類の手から滑り落ちた。


 大陸を横断する山脈が存在しなければ、アークスとイスタですら魔族の支配領域になっていたかもしれない。それほどまでに、魔族の勢いは増していた。


――がしかし。


 大多数の民にとっては、それは全くといっていいほど実感の分かないものだった。


 わずかな者達がワインを嗜み、そして排出された汚水を多くの民が啜る世界。


 特にエルマ王国では、魔族の危機など気にしているのは、一部の貴族や王族のみだった。国民は、その日の暮らしで手一杯で、山脈を挟んだ国々の事情など知るよしも無かった。


 無論、エルマ王国領の一都市、エ・ミセロに存在する酒場、〈平らな初鳥亭〉でもそれは殆ど変わらない。


 酒場特有の喧騒が、店内を抱き込んでいた。時折聞こえる乱暴な音は、飲んだくれが拳をテーブルに叩きつける音、酔っぱらいが誤って酒を放り投げた音、それに怒った荒くれが乱闘騒ぎを落とした音。誰もが、目前に迫る危機などどこ吹く風で、いつものように酒を飲み明かす夜。


 酒場の木製テーブルは、僅かに存在するカウンター席を含め殆どが埋まっていた。


 そんな中にあって、喧騒とは無縁とも言える、どこか慎ましやかな討伐者(・・・)の二人組がカウンターに座っている。


 討伐者。討伐者とは、文字通り討伐を生業とする職業であり、では一体何を討伐するのかというと、それは主に魔物や魔族といった生物たちだった。彼らは、国や個人、もっと言うと王族や貴族、報酬さえあれば小さい子供まで、多種多様の依頼を受け、人に害なす魔の生物たちを討ち倒すことを仕事にしている。そのため、戦いを最たる仕事とする討伐者は、武器や防具で身を固めていることが必須ともいえた。


 その二人組の内一方も、分かる者が見れば討伐者だと分かる格好をしていた。片方の女は、レイピアのような剣を腰に刺しており、今は戦闘状態ではないため、薄手のチェストガードのみを身に着けているのみだが、その傷の有り様から歴戦の討伐者であることが窺えた。


 店内を見渡すと、同じような格好をした者が殆どであり、中には仕事を終えてからそのまま来たのではないか、という風に重厚な鎧を身に着け、これまた重そうなヘルメットを床に置いたまま飲んだくれている者もいた。


 しかし、二人組の内の片方の男は、防具でもなんでもない、黒を基調とした普段着のような服装をしており、この場においては明らかに浮いていた。


 体格は並。適度に切りそろえられた黒髪。時折、相槌を打つ姿は、薬にも毒にもならないような雰囲気を醸し出している。


 飲んだくれ討伐者の1人、体格のいい男が、その二人組を目に映したのか、同じテーブルに座る男達に話しかける。


「おい、また『シゼ』がいるぞ」


「隣りのは、かなり腕の立つ女討伐者のシャーリーだろ? 何であぶれ者のシゼと一緒にいる?」


 そこで、隣のテーブルにいた小柄な男が、待ってましたと言わんばかりに、男たちの話すテーブルへと近寄り、片手を手に当てる。小声で話すときのジェスチャーだった。


「シゼの野郎、討伐者をしちゃあいるが、実際生活の大半はシャーリー任せらしいぜ」


 そう言い切った男は、自分のことなど微塵も関係ないのに、やってやったぞ、というようなしたり顔を浮かべ男たちに言った。


「嘘だろ? シゼの野郎、この間は武器屋の一人娘に(たか)ってただろうが」


「アイツのどこがいいんだ! ケッ!」


「こういうの、なんて言うか知ってるぜ。 『ヒモ』っていうんだ」


 すると、小柄な男はふむふむ、と呟くと、


「『ヒモのシゼ』か、略してヒモシゼ! 何となく、ゴロが良い気がしないかい!」


 男は最早声を抑える気など、当人たちにバレないようにする気など、少しも無くなっているようだった。酒のせいなのか、それとも。


 大柄な男は、その言葉に笑いをこらえきれないのか、ゲラゲラと笑いだした。


「ッハッハッハ! ヒモシゼか、そいつはいいな」


「今度から、そう呼んでやろうぜ、なあ?」


 どうやら男たちの酒の肴は決定したようである。こういった人のたくさん集う酒場には、他人の噂話、貶し、武勇伝などは日常茶飯事だった。その中に、勿論向こう側の魔族の話など、含まれてはいない。知っている者もいないわけでないが、所詮は対岸の火事だった。


 しかしどうやら、カウンターに座る二人組――シャーリーとシゼは違った。


 シャーリーが、その赤みがかった茶髪を揺らしながら、シゼに何やら力説している。


「だから、シゼ。エルマにいるのは危険だわ。せめて隣国の軍事国家、ローウェストに移るなりしたほうが、絶対にいい」


 シゼは、透明な液体の入った木製コップを一口呷ると、カウンターを見つけたまま返事を返す。


「シャーリーさん、僕にはやることがあるんだ。申し訳ないけど、その申し出には答えられない」


 するとシャーリーは、ビールの入ったジョッキを飲み干す。やけ酒だった。そして立ち上がると、


「あなた、いつもそう! やること、やることって、肝心の内容を教えてくれない!」


 酒の勢いもあってか、かなりの声量と怒気を孕んでいた。シャーリーの言葉は、この場に珍しい女性であること、そしてよく通る透き通った声をしているだけあって、店内全員の視線を一手に集める。


 中には、指笛でヒューっと、冷やかし立てる者までいた。


 ただでさえ酒で紅潮したシャーリーの顔がみるみる赤くなる。シャーリーは、一度辺りを見回したあと、シゼの方へ向き直り、こう言った。


「もう、終わりにしましょう」


 すると、シャーリーは荷物を乱暴に引ったくると、これまた乱暴に店の両開きドアを開け、出ていった。


 数刻の沈黙の後。


 店内は、盛大な笑いに包まれる。


「シゼが、振られたぞ!」


「ハッハッハァ! 当然の報いだな」


「女に養って貰って、食っていけるわけねえだろバカ! はっはっは!」


 この場皆に笑い者にされているのにもかかわらず、シゼは曖昧な笑みを浮かべるだけで、そこから感情を読み取ることはできない。


 すると、シャーリーの去ったカウンター席に近寄る男がいた。


 男は、シゼのコップを自然な動きで手に取ると、それを一口。


「げっ、水じゃねえかこれ! 流石はシゼだな……まあ、いい」


 男は、幾分かの溜めを作ると、こうシゼに耳打ちする。


「シゼ、うまい仕事がある。しかも、魔族絡みだ……」



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