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エピローグ

 十歳の妹は、魔女狩りに合って姿を消した。


 村の皆は妹を口々に罵った。父さんと母さんは、魔女狩りの余波――魔女狩りは魔女の親族にも同じように行われる習わしがあった――から逃れるため、それが残った僕の為かはわからないけれど、必死で妹を貶す言葉を吐いていた。けれど自分だけは、本当の意味で、何故皆が妹を貶めるのかが分かっていなかった。


 魔女の何が悪い。きっと父さんと母さんは、魔女が邪悪な者だから、魔を呼び寄せる者だから、と理解していて、それでも娘であるから、魔女狩りに対して憎悪や遺憾の念を抱いていただろう。


 一方の僕は、魔女に対して一切の嫌悪感が、からっきしで無かった。もちろん周りから、魔女が如何なる存在であるかなんて、耳にタコが出来るくらい聞いていたけれど、それでも意識が変わることはなかった。魔女の何が悪いのか。


 昔から、僕にはおかしな所があったのかもしれない。友達は、蟻ん子を踏み潰して遊んでいたけれど、僕は何故犬や猫を殺さないのかと思ったし、僕は1人だけ、輪から外れて、森の中で遊んでいたことも多かった。森の中を好んだ理由? それは他人には言えないような、刺激的な遊びをしていたから。


 僕は魔族が好きだった。魔族。魔を生きる邪悪な存在。そう村では教えられてきたが、僕だけは魔族に対して、羨望に近いような、尊敬のような、憧れを抱いていた。


 魔族には多種多様な者がいる。獣人やエルフ、ドワーフなどとは違い、彼らは一人一種族である者も多く、一口に魔族の何たるかを語ることはできない。吸血鬼やダークエルフ、ハーピィなどのように、種族が確立された者もいるが、強力な魔族には、やはり種族を超越した能力を手にした者の割合が多数を占める。


 僕は魔族になりたかった。長命で、半永久的な命を持ち、圧倒的な力を持った――


 ころん。


 何かが僕の足元へぶつかる。きっと風で飛ばされてきたのだ。


 僕は丁寧に、その頭蓋骨を拾い上げると、目の前にあった井戸へと放り投げる。


「誰の骨? 男の人にしては小さいから、向かいのマーレさん? それとも外れのジュリィさん?」


 そう独りごちながら、辺りを見渡す。


 何もなかった。そう、何も。


 あるのは家屋だけだったけど、人の住んでいない家屋なんて、今の僕には無いのと等しかった。


 農具の扱いの上手かったテールさんも、裁縫の得意だったストレさんも、狩猟上手なエルボさんも、皆。


 皆、消えた。


 魔女狩りを行って、村の皆は姿を消した。


 自身を朽ちた白骨死体へと変えて。


 魔女狩りは、魔を日常から消し去る為の儀式だったけれど、魔女狩りは、非日常の更なる厄災を呼び込んだ。


 磔にされた妹を思い出す。魔女に用意されたのは、少しでも村に蔓延った魔を清めようという意味合を込めた、白い儀礼服だった。


 村の広場の真ん中で、妹は十字に作り上げた、まるでクルタ教徒――大陸の中でも一、ニを争う巨大宗教組織――が信者を生贄に捧げるような木組みに、両手を広げて、磔刑に処される。


 その周りには村のみんながいた。みんな片手には松明を持っていた。妹に火を焚べるためだ。両親は、皆の集まる最前列に置かれた。潔白を証明するために、この魔女には情などないと説明するために、いの一番に魔女に、火という名の人間性を捧げる為に。


 松明を持った村人に包囲された妹は、その熱量から、今から自らが燃えて、十字架の元に置かれた枯れ木と共に焼け死ぬのだと理解できていた筈だった。


 それなのに。


 妹は、磔にされながらも、ずっと僕の方を見ていた。微笑みを顔に浮かべて。


 始まりも終わりも一瞬だった。


 両親が、震える手を抑えながら、ブツブツと懺悔か何かを呟いて、十字架に松明の火を焚べる。


 それに続けと、村の皆は妹に火を投げ込み始めた。


 そんな中にあって、僕は不思議と妹の死を信じてはいなかった。根拠はなかったけれど、ただ単にそんな気がした。


 事実、妹は死ななかった。


 十字架の火が爛々と燃え盛って、白装束の妹を黒く染め上げても、妹は微動だにしない。村の何人かは、声を上げる前に事切れたのかと思っていただろう。


 火の勢いが、最高潮に達し、天を焼き尽くさんとしたその時。


 空から、突風が吹き荒れた。その日は風なんて吹いていなかったのに、そこだけを狙い撃つかのように、天から降り注ぐ暴風。今思うと、アレはただの風なんかじゃなくて、魔法の類かもしれなかった。


 村の皆は、思わず荒れ狂う大気いに目を瞑り、腕で顔を覆う者もいた。


 風が止むと、火が掻き消えていた。


 妹の亡骸は、十字架にはなかった。


 代わりに、妹は十字架の足元に立っていた。


 誰も、一言も発しなかった。やっぱり魔女じゃないか、だとか、そういった事すら無かった。真の奇跡を目の当たりにすると、人間というものは我を忘れ放心してしまうものらしい。


 僕はと言うと、光景に見惚れていた。あまりにも神秘的な光景ではなく、生きていた妹のみに。


 そんな僕を見据えると、妹は一言だけ声を発した。


――さようなら、お兄ちゃん。


 妹が、突如姿を消す。そして、最後に突風が吹き荒れた。


 ただの突風じゃなかった。死を呼び込む風。


 風に当たった村人は、両親含め、みるみるうちに、熔解するかのように、肉が爛れていき、風が勢いを増すと、ついに白骨だけになった。


 ガシャン、と。まるでちゃちな模型を倒したみたいに、村人みんなが、いや、白骨が崩れ落ちた。ただ独り、僕だけを除いて。


 僕はなぜだか、妹が言っていた言葉を思い出した。あれは確か、三軒隣りに住むレッグお爺ちゃんが亡くなった時だった。


「お兄ちゃん、知ってる? 人間の死は突如として訪れるものじゃないの。例えば首を吊ったらね、まず脳みそにつながっている大動脈が圧迫感で悲鳴を上げるの。それで、ほんのちょっとで脳みそは機能を失う。そしたら、緩慢に心臓の鼓動は動きを止めていくの。そのあと、人体構成を司る細胞群が、それは緩やかに朽ちて、壊死するのよ。一口に”死”と言っても、死は一瞬じゃないのよ」


 妹は、僕と二人きりの時は、よく変な事ばかりを口にしていた。内容の理解はできなかったけれど、僕は妹の話が好きだったし、妹も、話しているだけで満足しているようだった。


 死は一瞬じゃない。妹はこう言った。


 けれど、村の皆は一瞬で死んだ。


 おそらくアレは魔法だ。それも特大の。魔法は不可能を可能にする奇跡。一瞬で人を殺す魔法。妹は、やっぱり魔女だったけれど、僕はなぜだか、そこに感慨を抱いていた。


 ころんと、また頭蓋が転がってくる。見落としていたモノだけど、最早誰のものなのかに興味などなかった。


「なあ、皆死んじゃったよ。僕はどうすればいいんだ?」


「この際、妹が魔女だと決めつけた村長でもいいよ、僕はこれからどうすればいいんだ?」


 答える者などいない。そこには、緩慢に朽ちゆく村と、1人の少年のみがあった。


 頬を何かが伝った。それは涙だった。


「はは……僕も、なんだかんだ悲しかったんだな」


 でも、涙を流すのはこれが最後。


 何もない村を、改めて眺める。きっとこれが最後になるから。二度と、戻っては来ないから。


 魔女狩りなんてものがある世界に乾杯。魔法のある世界に、乾杯。朽ちゆくこの世界に、祝福を。


 足元の頭蓋を、乱暴に放り投げる。


 最愛の妹。その別れの最後まで、妹が何を考えていたかは、分からなかった。


 何故、僕だけを生かした? 何故、村の皆は殺した?


――なあ、妹よ。お前はどこにいるんだ?


 少年は、行く宛も無く歩みを進める。魔女を追い求めて。


 そして、ある村は滅びを迎えた。

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