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優しくなければ生きていく資格がない

 魔術師を降した後、コウサクは己のコートを拾い上げ悠々とそれを羽織り直す。

 しかし、屋内の緊張は寸毫たりとも緩まない。コウサクも。そしてジャンも。

 のんきな行動とは裏腹にコウサクには一瞬の緩みも存在しない。うかつに攻め込めばたちまちそれに応じてみせる、そんな気配をジャンは感じていた。

 一方でジャンの方も警戒を緩めない。

 愛用の槍を構える立ち姿。下半身は根をはったように磐石。上半身は重い槍を持っているにも関わらず、僅かの力みもなく柔軟そのものな様相。

 冷気すら伴うような緊張感が屋内に満ちる。

 それに気圧されたようにコレットを含め、屋内の人間は誰も声を発することすらできずにいた。

 しばしの静寂。

 破ったのはジャンだった。


「・・・この短時間で、二人・・・本当に噂って奴はあてにならねぇ。」


 台詞そのものは先程とほぼ同じ。

 しかし、今度の言葉には確かな緊張と警戒が宿っていた。


「・・・ところで、ものは相談だが、てめぇ俺達と組む気はねぇか?」


「ほお?」


「腕が立って、頭も回るなら、そこで倒れてるボンクラ二人や入り口で縮こまってる役立たず二人よりはよっぽど役に立ちそうだ。どうだ?考えてみねぇか?」


「つまり、俺にもこの仕事を手伝え・・・と?」


「ああ。調べたならわかってんだろ。てめぇが来るまではこの手口で随分と稼がせてもらってたんだ。悪くない分け前はくれてやれるはずだ。それにいつまでもこんなチンケな仕事をやってるつもりはねぇ。今に金を貯めて、更にデカイ仕事をしてみせる。そうすりゃあ、もっと儲かる。てめぇだって自分を腰抜け呼ばわりしてる連中を皆見返してやれる。どうだ・・・悪い話じゃねぇだろ?」



「金と名誉か・・・確かに悪くない。俺もそういうのは嫌いじゃあない。」


 コートを羽織り終えたコウサクがポツリと呟く。

 その言葉にコレットは顔を強張らせ、ジャンの口元が僅かに緩んだ。


「じゃあ・・・」


「だがな、お前さんの誘い文句には大事なものが欠けてるよ。」


「大事なものだぁ?」


「悪党とはいえ、これまでバレもせず大金を懐にいれてきたんだ。そういう意味じゃあお前さんも大したものさ。だけどなお前さんのやり方には『美学』がねえ。」


 コウサクはジャンに正対する。

 口元の芝居がかった笑みとは裏腹に目だけが戦っている時と一切変わらぬ鋭さを宿し続けている。


「こいつは俺の持論だが、人間と動物を分けるもの・・・それは『美学』だ。ルールや信念って言い換えてもいい。そういう生きていく上での芯みたいなものを抱えて、ひいこら言いながらも生きていける。それが人間って奴だと俺は思ってる。」


「つまり、俺はケダモノって言いてぇのか?」


「いいや。獣に『美学』はないかもしれないが、それでも生きることに関しては、ことによると人間よりずっと真摯だ。自分が生きるのに足りていればそれ以上、他の何かを陥れたりするようなこともないからな。・・・『美学』もなく、自分の為なら他人を平然と貶めて虐げられる。そりゃあ人間でも動物でもない・・・人の生き血を吸うダニ野郎さ。どんなに金や名誉を積まれたってダニにはなりたかないね。それこそ俺の『美学ハードボイルド』が許さないんでね。」


 屋内の緊張に灼熱が灯る。

 ジャンの怒気だ。

 無理も無い。コウサクの言葉は完全な拒絶、ジャンの生き方を一刀両断に斬って捨てる刃の如き糾弾であったからだ。


「・・・そうかい・・・じゃあやるしかねぇな。だがな?どうする。俺はそこのボンクラ二人とは違う。同じように行くと思ってるなら大間違いだぜ・・・」


「ああ、そうだろうな。」


 コウサクもそれは充分に感じていた。

 そもそもコウサクの戦闘技術は対人に特化したもの。それ故、対人に対する意識が薄いこの世界の冒険者を相手にすれば、それは無類の効果を発揮する。

 しかし、それは全ての不利を帳消しにするほど万能なものではない。

 例えば、それは間合い。

 素手と槍。どちらの間合いが広いかなど論ずるまでも無い。

 加えて、相手の様子。大剣使いはコウサクを侮り、無思慮に斬りかかってきたがジャンは違う。

 先の二人の敗北を見て、充分な警戒をもってコウサクとの戦いに臨んでいる。

 迂闊に攻め込めばたちまち槍の餌食。

 後の先をとろうと受身に回れば、降り注ぐ槍の連撃に翻弄され、いずれ刺し貫かれる。

 コートで身を守ろうともジャンの槍は超重量級。例え刺されることは防げてもその衝撃は充分すぎる痛手をコウサクに与える。そうなれば次の一撃で仕留められることは必定。

 コウサクがジャンを倒すのであればその懐まで入らなくてはならない。

 そこに行き着くまでの障害は山の如くあり、その距離は今や万里に等しい。

 しかし、コウサクの笑みには微塵の陰りも現れていなかった。


「確かにこのままじゃあ勝つのは難しい。だから奥の手だ。一つ俺の『魔法』をお前さん達に御覧頂こうか?」


「『魔法』だと?」


 コウサクの言葉にジャンは呆れとも戸惑いともつかない声を漏らした。

 この世界には魔術はあれど、魔法と呼ばれるものは基本的に存在しない。

 魔法というのは神代に神々や精霊、悪魔といったものが使ったとされるもの。いわば奇跡の別称のようなものだった。


「そうだ。『魔法』だ。『ハードボイルド』な男は囚われのお嬢さんを助けるためなら竜だって倒すし、空だって飛んでみせる、『魔法』を使うくらいわけもない話さ。」


 そう言って両足は地を踏みしめ、片手は天へピンと伸ばされる。

 戦いに臨むには余りに隙の多い立ち姿。

 しかし、コウサクの顔には微塵の不安も恐れもない。


「さて。それじゃあとくと御覧あれ。」


 今こそ見せ場。

 そう見得を切る舞台役者のごとく。

 コウサクは余裕たっぷりにそう言い放った。

 

次の投稿でラストです。

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