論理と暴力
コウサクの言い放った『探偵』という名乗り。
その名乗りはジャン達だけでなく、コレットまでも困惑させた。
一方、コウサクはどこか満足げである。この名乗りは一度やってみたいものだったからだ。
最初に反応を示したのは魔術師風の男だった。
「あっ!タンテイって、まさか・・・」
「なんだお前知ってんのか?」
大剣使いが問いかける。
その問いに魔術師風の男が笑む。嘲りの笑みだ。
「ほら聞いたことあるだろ?季節構わずコートで出歩いて、妙な喋り方をする変人。迷宮にも潜らず、魔物討伐にも参加しない腰抜け冒険者の話・・・」
それを聞いてジャンと大剣使いも思い当たる。
直接の面識は無かったが噂には聞いたことがあったのだ。
「・・・ああ経歴もそれなりに長いくせに受ける依頼といえば、町中での人探しや探し物、魔物とほとんど戦おうとしないあの腰抜けか。」
警戒していた彼らの顔が弛緩する。
取るに足らない相手。そう判断したのだ。
「くそ!驚かせやがって。おい、腰抜け野郎。痛い目見たくなきゃとっとと失せな!」
「馬鹿。こんな奴でも余計なものを見られたんだ。このまま返すわけにゃいかねぇだろ?」
大剣使いと魔術師はもはやコウサクのことをまともに見てはいない。
彼らが考えているのは如何に後始末をするか、もはやそこであった。
そんな中、再びコウサクの芝居がかった声が響く。
「ああ、お招きについては遠慮しとくよ。俺はしがない私立探偵であって正義の味方でも勇者様でもない。大人しくそちらのお嬢さんを引き渡してくれるならそれでいいんだ。・・・そうすればこの場は大人しく帰ってやってもいいんだがね?」
余裕たっぷりの芝居がかった笑みが大剣使いと魔術師の神経を逆撫でした。
怒りに満ちた目でコウサクを睨みつけるが彼の様子は変わらない。
「迷宮で倒れた駆け出し冒険者を助け、治療院に連れて行き、その後、巨額の治療費を請求する・・・なかなかいい商売じゃあないか。これまでもだいぶ儲けてらっしゃるようで・・・いやいや羨ましい限りさ。」
軽く言い放った言葉。
しかし、その言葉に男達の空気が凍りつく。
「タンテイ・・・てめぇどこまで知ってやがる。」
問いかけたのはジャンだった。その目に油断はない。
「なぁに。そこで突っ立っているお二人さんから教えて貰った情報を元にちょいと調べてみただけさ。ここ最近行方不明になった駆け出し冒険者についてね。それでその情報を持ってほうぼう訪ねてみただけさ・・・近場の鉱山、町の娼館なんかをね。」
芝居がかった皮肉げ笑みを貼り付け語り続ける。
その様子は芝居がかっているだけにその真意を男達に悟らせない。
「そうしたら居るは居るは。元冒険者のお兄さん、お姉さん方がね。助けになるかもしれないって言ったら皆快く話してくれたよ・・・あんたらの手口をね。」
鼻を鳴らしてジャンは答える。
「そうかい・・・そいつはあれこれご苦労なこった。だがな?何がいけねぇ?そいつらを俺達が助けたのは事実だし、治療してやったのも事実だ。迷宮でのたれ死ぬのに比べりゃ、礼を言われこそすれ、責められるいわれなんざない筈だがな?」
その言葉にコレットは俯く。
それこそがコレットを悩ませる事実の一つだったからだ。
確かにジャン達は悪人かもしれない。しかしやったこと事態は自分を助け、治療し、その料金を請求した。それだけなのだ。
それ自体は悪事でもなんでもない。だからこそ彼女は追い詰められたのだから。
「おいおい?そこのお嬢さんや駆け出しの奴らならともかく俺にまでそれが通じると思ってるなら心外だな?さっきお前さん達も言ってただろ?経歴はそれなりに長いって。」
ちっちっちっと人差し指を振りながらそんなことを言う。
「確かにあんたらのやったことは悪事じゃあない。だがな?物事にはルールと相場ってものがあるのさ。」
駆け出しに限らず冒険者が迷宮で力尽き、取り残される。そんなことは過去幾度となく起こってきたことだ。
同様にそんな冒険者を別の冒険者が助ける。そんなことも同様に幾度と無く繰り返されてきたことだ。
冒険者同士の助け合い。
そう言えば美しく聞こえるかもしれないが、現実は綺麗ごとだけじゃ終わらない。
助けた側とてノーリスクとは言えない。重荷を背負ったならばその分消耗するのが自明の理。
悪ければ助けた側の方にまで不幸な事故が起こりかねない。
そうなった時、助けた側が助けられた側にいくらかの報酬を求めたとて、それは殊更あこぎとも言えない。
しかし、そこで問題になるのが金額だ。
助けた命に見合う報酬とは幾らか。
助けた側は言う、
「助けてやったんだからこれ位払え!」と。
助けられた側は言う、
「こんな金額払えるか!勝手にやっといて無茶言うな!」と。
払え、払うなの応酬。
こじれにこじれたその先が結局斬った張ったの殺し合い。せっかく助け、助かった命をあたら無駄に散らしてしまうことさえ珍しくなかったという。
そう言った事態を冒険者ギルドは危険視していた。
会員である冒険者はギルドにとっての貴重な収入源。
そして新人の冒険者が命を散らしていくその状況。それが続けば新規の会員も減っていくかもしれない。そうして行き着く先は人員の不足。ギルドそのものの崩壊である。
ことは冒険者同士のいざこざという以上の意味を持っていた。
そこで着目されたのがギルドの保険サービスだった。
負傷者に見舞金を払うのと同様、業務中に同業者を助けた際の報酬は助けられた側からではなく、ギルドから支払うということが決められた。
無論、ギルドへの詳細の報告。厳格に決められた報酬金額といささか堅苦しい形にはなったが、これによって払え払わんの刃傷沙汰は大きく減少したのだという。
しかし・・・
「この制度、案外新人には知られてなかったりするんだ。そりゃそうさ、新人は皆成功を夢見る血気盛んな若いのなんだ。失敗した時のことについてまで考えをめぐらす奴なんてそう多くはないさ。」
加えて言うなら貧しい生まれの者も多い為、学もなく、説明されても理解が及ばない者だっている。
大体の冒険者は実際に失敗してその中で「ああこういう制度があったのか」と遅まきながら悟っていくことが多かった。
「なあ、お嬢さん?君は知っていたかい?」
コレットに呼びかける。
その問いかけにコレットは恥じ入るように首を振る。知らなかったのだ。
「なに、恥ずかしがるようなことじゃあない。今日知ることができたってことが大事なのさ。それだけで今日俺がここへ来た甲斐はあったってものさ。」
コレットに軽い調子で話しかけていたコウサクが再びジャン達に向き直る。
「さて・・・話を戻そうか。ざっと調べただけだが今のところお前さん達には三つの罪状がある。」
そう言ってコウサクは片手を突き出す。
「一つ、冒険者の救助に対するギルドを通さない報酬の請求。これは冒険者ギルドの契約違反にあたる。」
人差し指を立てながら言う。
「二つ、この治療院。どんな治療をしたかは知らないがあの金額はあまりにも法外だ。治療費も治療師ギルドで厳格に定めれている。勝手に金額を決め請求したのであれば、これも治療師ギルドの契約違反だ。」
中指を立てる。
「三つ、お前さんら被害者には自分達が治療費を立て替えてやったと言っていたそうだな。それで請求する金額の一部はその利子だと言っていたそうだな?金銭の融資と金利の取立ては金融ギルドの管轄だ。お前さん達金融ギルドには加入しているのか?もし加入していたとしてもあんたらが課した金利はこれもギルドの規定から違反している。」
薬指。とうとう三本の指が立つ。
「これで三つ。どれもギルドの制裁措置を受けるには充分な案件だ。治療師ギルドはともかく、他二つのギルドが武闘派なのはあんたらも御存知だろう?」
大剣使い、魔術師、治療師の顔が蒼白に染まる。
コウサクの言葉は大まかであるとはいえ、自分達の行動を大よそ言い当てたものだった。
芝居がかった皮肉っぽい笑みも今や滑稽さより恐怖が勝る。今やコウサクの顔は彼らにとってまさに死神のようにさえ思えた。
「さあ、ここで最初の話だ。俺はしがない探偵だ。コレット嬢を置いて大人しく尻尾を巻いて逃げ出すなら・・・この場は大人しく帰ってやってもいい。そう言ってるのさ?どうだい悪くない取引だろ?」
追い詰められた三人にとってこの言葉は天恵だった。
全てばれたのだ。もはや女一人に拘っている時ではない。
カラカラに乾いた喉から大剣使いがコレットの解放を申し出ようとした時、横合いから乾いた音が響いた。
ジャンだ。
彼は表情も変えぬまま手を叩いている。
「タンテイ、恐れ入ったよ。随分と頭と口は回るじゃあないか。それに一人でここにやってきた度胸と行動力も大したもんだ。噂ってやつもあてにならねぇもんだな。」
ジャンは手放しにコウサクを賞賛していた。
大剣使いは驚いた顔でジャンを見る。
それなりに付き合いは長いがジャンは至極尊大な気性であり、彼が知る限り人を褒めるなどというところは見たこともなかったからだ。
いよいよおしまいか。
大剣使いが内心そんなことを考え始めたとき、ジャンは再び口を開いた。
「本当に大したもんだ。・・・だがな俺達は法律家じゃねぇ。冒険者だ。だったら『実力行使』って言うのも立派な手段の一つ・・・そうは思わねぇか?」
その言葉に大剣使いはハッと気付いた。
目の前のタンテイの口車にまんまと乗せられていたことに。
何も真相を見抜かれたからと言って大人しく降参するいわれなどない。
目の前の邪魔者を捻り潰して口封じし、悠々と退散すればいい。それだけのことなのだ。
蒼白だった三人の顔に血の気が蘇る。
赤く染まるそれは彼らの戦意と殺意の色だ。
そんなジャン達の様子にコウサクは大きなため息をつく。
「なるほどね・・・まぁそうなるわな。騙されてくれれば楽だったんだがなぁ・・・」
大剣使いと魔術師はそんなコウサクを取り囲むように広がる。
「よおタンテイ・・・随分と脅かしてくれやがったなぁ・・・」
「尻尾巻いて逃げるのはお前の方だったな。まぁもう逃がさねぇけどな。」
二人はそれぞれの武器を抜き放つ。
対するコウサクは丸腰。
これでは勝負になろう筈もない。
「逃げてタンテイさん!!」
コレットは叫んだ。
例え失敗したとはいえ自分を助けようとしてくれたタンテイを巻き込みたくはなかったのだ。
そんなコレットの叫びを聞き、コウサクはコレットの方へ目を向ける。
ひらひらと片手を上げて彼女に応える。
町で友人と偶然会った。そんな気楽な調子で。
「お嬢さん。探偵ってのは俺の生き様であって名前じゃあない。そう言えばまだ自己紹介もしていなかったな。俺の名前はマツムラ コウサク。私立探偵だ。得意なことは人探し、探し物、それと・・・」
口角が吊りあがる。
芝居がかった皮肉げな笑いの中で目だけは恐ろしいほどに冷徹だった。
「野良犬退治だ。」
そう言ってコウサクは声も出さずに嗤ってのけた。