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探偵はギルドに居る

「・・・依頼は人探しか。」


 コウサクは『マスター』ことエドワード係長に提示された書類に目を通しつつ呟いた。

 依頼人は『黒猫亭』の女将、アンナ。

 黒猫亭はこの町に何件もある酒場兼食堂だ。

 ちなみにコウサクは行ったことがない。なぜなら彼は酒に極めて弱いからだ。

 食事中、酒を勧められて恥をかきたくないのだ。

 勧められた酒は涼しい顔で飲んでみせる。それが彼の考える『ハードボイルド』な男の姿だからだ。

 故に彼が食事を取るのは普通の食堂、もしくは自炊だ。

 料理は趣味でもある。しかし公言はしない。なぜならあまり『ハードボイルド』っぽくないからだ。


「ええ。黒猫亭の2階に部屋を借りていた店子の一人が行方不明になったので探して欲しいという依頼です。」


「なるほど・・・家賃も払わず逃げ出した不届き者をひっつかまえて、依頼人の前に引きずり出せばいいってわけか。」


「いえいえ、そういう話じゃないんです。店子と言っても行方不明になったのはアンナさんの遠縁の親戚に当たるらしいんです。」


「ほお?」


「コレットさんと言って、アンナさんにとっては従兄弟の娘で両親を亡くした後、アンナさんが引き取って実の娘のように可愛がっていたんだそうです。」


 両親を亡くした・・・と言う言葉にコウサクはやや遠い目をする。

 彼は時折このような目をすることがあった。

 エドワードは時折見せるこの表情を気にかけつつも、あえて何も言わず話を続けた。


「コレットさんの両親は冒険者をされていて、その際の事故で二人とも亡くなったようで、彼女もまたこのギルドに登録した冒険者の一人でした。」


「・・・冒険者か・・・言いにくいがそれは彼女も仕事のトラブルで亡くなったってことじゃないのか?」


 冒険者の仕事は基本的に何でも屋だ。

 しかし、主になるのはやはり迷宮探索か魔物討伐だった。

 世界各地・・・この町の近くにも存在する迷宮。

 町の外に跋扈する魔物。

 それらを相手にする冒険者の仕事はいつも危険と隣り合わせだ。

 ある日依頼を受けて、そのまま帰らぬ人になった・・・などということは珍しくもなんともない。

 

「それはありません。依頼が入った時、コレットさんの依頼履歴を確認しましたが、彼女が現在受注している依頼はありませんでした。」


「ギルドを通さずに依頼を受けた可能性は?」


「それも考え辛いですね。彼女のこれまでの素行には特に問題はないですし。ギルドを通さずに依頼を受けるリスクはコウサクさんもご存知でしょう?」


 この世界ではあらゆる仕事のギルドが存在する。

 冒険者以外にも大工、料理人、法律家・・・その業種は様々だ。

 それらのギルドへの加入は仕事をする上での義務であり、入会には入会料、仕事の受注には仲介料を支払うこともまた義務である。

 組織の制度に細かい差はあれど、それは全てのギルドに共通している。

 無論、デメリットばかりではない。

 代わりにギルドは会員に仕事の斡旋、仲介、場合によっては事故の際の保険の役割も担っている。

 すなわちギルドと会員は持ちつ持たれつの関係なのだ。

 故にギルドからの恩恵を受けながら、仲介料などの義務から逃れようとする会員には当然ペナルティーが生じる。

 軽いものでは一定期間のサービス停止、重いものになるとギルドからの除名処分。組織によってはある種の制裁措置すらあり得る。

 冒険者ギルドも例外ではない。

 無頼、奇人の多い冒険者ギルドであるが、この決まりを破るものは余程の阿呆だけだ。

 リスクを鑑みれば到底つりあわないのだ。

 そして見る限り、コレットの素行はその阿呆と重ならない。

 書類を見る限り、むしろ彼女の素行は生真面目とさえ言えた。

 依頼の受注、達成からギルドへ申請するまでの期間が極めて短い。

 これは決まりを厳守し、こまめにギルドに報告を行っていたということだ。

 決まりを破らないまでも報告が杜撰な者は多い。面倒がって後回しにする者は多いのだ。

 事実、軽度の処罰を喰らうのはこの手合いである。

 無論、今回はその例外・・・ということも考えられないではないが可能性としては薄いだろう。


「じゃあ、コレットの失踪は仕事以外でのトラブルの可能性が高いと言うわけか・・・」


「ええ。従って捜索は町での聞き込みが中心になるかと思います。それで過去の功績を鑑み、コウサクさんが適任とギルドは判断しました。」


 コウサクは冒険者としては変わり者の部類に入る。

 普通、冒険者といえば、迷宮探索、魔物討伐を主とするし、そもそもそれらの仕事が花形の仕事なのだ。

 それ以外の依頼を受けるのは実力の足りない駆け出しか、もしくは余程の事情がある場合がほとんどだった。

 しかし、コウサクは違う。

 彼はむしろそういった依頼こそを好んで受ける。

 冒険者としての経歴もそれなりに長く、実力がないというわけでもない。それでも彼が受けるのは人探し、護衛などと言った人を相手とする仕事がほとんどだった。


「なるほど、依頼については理解した。探偵である俺にはお誂えの依頼という訳だ。」


 肩をすくめつつもコウサクはニヤリとした顔で笑う。


「ええ。アンナさんも一刻も早い発見を望んでまして、この件には人探しに慣れた人物を希望しています。・・・受けて頂けますか?」


「OK。その依頼受けさせてもらおう。・・・もっと詳しい話を聞きたい。早速、黒猫亭に向かわせてもらうよ。」


 言うが早いかコウサクは立ち上がり、エドワードに背を向け既にギルドの出口へと向かっている。

 依頼を受ければ、後は余計な口を聞かない。依頼達成に向け猟犬の如くひた走る。それが彼の考える『ハードボイルド』だった。


「よろしくお願いします。書類の申請についてはこちらでやっておきます。進展があればまた報告してください。・・・・・・ところで・・・」


 言いにくそうに『マスター』ことエドワード係長は言う。


「何度も聞いてることですけど・・・『探偵』ってなんなんですか?」


 この世界に『探偵』と言う職業はない。

 ギルドの登録上、コウサクは盗賊である。それが彼の考える『探偵』に一番近かったのだ。


 コウサクは振り返らない。

 振り返らぬまま来た時同様、片手を上げて『マスター』に答える。


「探偵は職業じゃあない・・・生き様さ。」


 そんな答えにもなっていないことをのたまった。

 このやり取りも既に幾度となく行われているものである。

 

一週間程度で全話投稿予定です。

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