遥か遠けき『ハードボイルド』
「さあ、お立会いだ。遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よってな。」
掲げた片腕も高らかにコウサクは朗々と吟じる。
・・・が何も起こらない。
一応の警戒を見せたジャンを嘲笑うかのように、放たれた言葉は虚空に消え、奇跡どころか火花一つ生じることはなかった。
しばしの沈黙。
「最後の最後でけちがついたな、タンテイ。随分つまらねぇハッタリをかましてくれるじゃねぇか。」
ジャンの顔には怒りといくらかの失望のようなものが浮かんでいる。
たとえ、魔術を生業とするものでなくとも、もはや疑いの余地はない。
コウサクの叫んだそれは徹頭徹尾ただの言葉。
魔法どころか魔術ですらない無意味な叫びであった。
「おや?お前さんはまだわからないかい?」
「ああ。わからないね。魔法とやらはいつ出てくるんだ?何も起きねぇじゃねぇか。」
「おいおい、そう焦るなよ。俺は言った筈だ。『遠からん者は音に聞け』ってな。まだ見えないってんならもっと耳を澄ましてみるんだな。」
失望にも似たジャンの表情。
しかし、次の瞬間彼は顔を強張らせた。
仲間の治療師にはその理由がわからない。依然としてあたりには何一つとして変化が無かったからだ。
そして、次に顔色を変えたのはその治療師の隣に立つコレットであった。
「てめぇ・・・まさか・・・」
「おや、ようやく気付いてくれたみたいだな?そうさ。これが俺の『魔法』ってやつだ。」
そしてその瞬間、遅まきながらも治療師は事態の変化に気が付いた。
それは屋内ではない。
今はまだ遠く屋外から聞こえ始めた微かな音。
それは足音。
今はまだ小さい。しかし、その数が異常だった。
足音の上に更に足音が。
重なり続けるそれは止むことも途切れることもなく、外で響き続ける。
そしてそれは次第次第に大きくなっていく。
日中であれば特に珍しくも無い。しかし、今は人通りが少ない筈の深夜。
この数はあまりに異常であった。
「コレット嬢には申し訳ないが、俺が踏み込むだけならもっと早くここにはこれたんだ。でも俺は用心深い性質でね?一応あれこれと細工をさせてもらったんだ。」
軽い口調で語り始めるコウサク。その間も異常な足音は更に大きくなっていく。
「お前さん達にいくつかの罪状があるのはさっきも伝えた通りだ。それを馴染みのマスターを通して各ギルドへと通達。もちろん被害者の証言、証拠も合わせてだ。複数のギルドを跨ぐ形での犯罪行為だ。ギルドにも面子ってものがある。ただでさえ見過ごせない事件じゃああるが、他のギルドとも係わり合いのある案件だ。誰だって反応の鈍いマヌケとは思われたくないからな。どこのギルドも出遅れまいと実に快く派兵の準備を進めてくれたよ。」
響く足音はギルドの制裁部隊の進軍の音。
止むことの無い足音の主達の数。はたしてその数は如何ばかりのものか?
「あと、これは俺の感だが、お前さん達ばかりがそう毎度毎度駆け出し冒険者の危機と出くわすっていうのも不自然な話だよな。俺はこれにも何か細工があるんじゃないかって睨んでいる。・・・例えば、魔物を引き付ける違法薬物とかな。」
この言葉に青褪めたのは治療師であった。
そしてその様子だけでコウサクの言葉がけっして的外れなものでなかったということは明白であった。
「魔物は人類の共通敵だ。それを引き寄せる代物は言うまでも無く御禁制の品だ。だからマスターにはその件については領主直轄の警護兵団に伝えるよう頼んどいたんだが・・・この様子だとどうやら興味は持って頂けたようだな?いや、さすがは俺の見込んだマスター。実にいい仕事をしてくれるよ。」
芝居がかった様子で肩をすくめるコウサク。
しかし、それはまさに死刑宣告であった。
ギルドの制裁部隊。領主直轄の警護兵団。
そのどちらも所属しているのは選りすぐりのつわものばかりであった。
その上、組織を背景とした装備等のバックアップ、日夜行われる厳しい訓練。
その脅威は凡百の冒険者達とは比較にもならない。
ましてや、各ギルド、警護兵団からなる集団は圧倒的多勢。
いかにジャンの腕が立とうとも、10人にも満たないその数では到底対抗しきれるものではなかった。
今だ倒れたままの大剣使い、魔術師は除くとして事実に気が付いた治療師はもともと青褪めていた顔からさらに血の気を引かせ、もはや腰どころか魂までも抜け出そうな様相であった。
一方のジャン。
彼は悪党ではあったが、けっして無能ではなかった。
真相を語るコウサクを一睨み。
しかし、それ以上言葉を交わすこともなく裏口へと駆け出した。
自身の不利を悟っての即決即断。
微塵も躊躇うことなく実行されたその行動はまさしく英断であると言えた。
慌ててそれを追う治療師。しかし彼の足元ははなはだ覚束ない。おそらくは逃げ切ることは叶わないだろう。
治療院の外の喧騒が更に増す。
ジャン達の逃亡の大立ち回りが繰り広げられているのだろう。
目まぐるしく変化する状況にコレットはついていけずにいた。
半ば呆然とする彼女にコウサクは近寄る。
「さて、お嬢さん。遅くなって申し訳ない。色々話すこと、聞くことはあるが、今日のところは後回しだ。家まで送らせてもらうよ。美人の一人歩きは危険だからね?」
周囲の喧騒などどこ吹く風。
そんな様子で彼はいつもと変わらぬ芝居がかった台詞を彼女に向け投げかけるのだった。
数日後
事態は概ね終息することとなった。
犯人についてはジャンのみ取り逃がした者の他は全員捕縛。
ジャンについても冒険者としては除名され、今や指名手配される身となった。
ちなみに『豚』と『馬』の二人についてはコウサクの口ぞえにより一応事件解決の情報提供を行ったということで若干の減刑の上、彼らもまた捕縛されている。
鉱山、娼館に売り払われた冒険者達に対しても順次救済の措置が取られるとのことだった。
そんな顛末をコウサクは『マスター』ことエドワード係長から聞いていた。
足を組み殊更興味も無さげな様子を気取っているが、その様子はどこか満足気であった。
「それで、コレットさんについてですが、無事アンナさんの元へ戻ったのは勿論、元メンバーとも和解して、近々正式にパーティーを組むとのことでした。コウサクさんには是非一度会ってお礼をしたいと言付かっています。」
「なに。それには及ばない。俺は自分の仕事をしただけさ。今の彼女が幸せならそれで充分。つまらない過去なんざ早く忘れるように伝えておいてくれ。」
「そうですか・・・それでは報酬についてですが、これが今回の報酬です。どうぞ確認を。」
そう言って、机の上に報酬が置かれる。
机に置かれた大きな袋。それを見てコウサクは怪訝な顔をする。
「俺の記憶が確かなら依頼料の半金は既に受け取っていた筈だ。それに全額だとしても随分と多すぎやしないか?」
「ええ。今回の事件は予想以上に規模が大きくなってしまいましたので・・・ウチ以外にも金融、治療師の各ギルド、警護兵団からも成功報酬ということでコウサクさんに報酬が出ています。」
「・・・・・・報酬兼口止め料ってわけかい?」
ニヤリと笑うコウサク。
エドワードは言葉を発しない。しかし、やや疲れたような曖昧な笑みがその答えを物語っている。
今回の事件は複数のギルドの規約、法律を犯す形のものだった。
それは各組織の監督の不行き届きを示すものでもある。
おおっぴらに語れば、組織の面子は潰れ、ことによったら模倣犯の発生を助長することになるかもしれない。
故に口止め料。
金は払うからこの件についてはあまり語ってくれるな。そういう意図の報酬である。
事実、報酬の入った袋はこういった事件の相場から見れば、破格の大きさであった。
本来の報酬と比べれば軽く数倍はありそうな様子である。
コウサクは笑みを消し、置かれた袋をどこかつまらなさげに見ている。
そしておもむろに袋に手を入れる。
しばし袋を漁り、手に掴んだ硬貨の枚数を確認し、コートのポケットに収める。
「マスター。お偉いさん方に伝えといてくれ。俺には過去の事件を吹聴する趣味は無いし、それで他人から褒めて貰って喜ぶ趣味も無いってな。誇りは誰かからもらうもんじゃあない。自分の中に自分で築くもんだ。俺は報酬を受け取った。依頼人は満足した。それで充分だ。それ以上のことは大きなお世話ってやつさ。」
「・・・じゃあ残った報酬は・・・」
「さてね?この件で迷惑を被ったのはコレット嬢ばかりじゃあないだろう。それならそっちの支援の足しにでもしてくれ。俺なんかに渡すより余程有意義ってもんさ。どのみちそんな大金、俺のポケットには重すぎるからな。」
そう言ってコウサクは立ち上がる。
もはや用は済んだとばかりに背を向け、ギルドの出入り口へと向かい始めている。
そんな姿に『マスター』ことエドワードは思わず顔に笑みを浮かべた。
彼にはコウサクの語る『ハードボイルド』というものについて今だ理解は出来ていない。今後も理解できることは無いだろう。
しかし、エドワードにとってのコウサクは要するに極度の『カッコつけ』であり『お人好しの善人』であった。
今回の件も依頼を果たすだけであればもっと面倒なくことを進めることが出来ただろう。
しかし、コウサクはそれを良しとしなかったのだ。
エドワードはこのギルドでは中間管理職にあたる。本来であれば彼が個人の冒険者を担当することなどまずない。それでも彼がコウサクを担当しているのは、過去の担当者達がコウサクの珍奇な行動、言動を嫌がり、たらい回しになった結果、とうとうエドワードが担当することとなった。それが理由である。
エドワード自身もコウサクの珍奇な行動、言動に悩まされることは多い。
しかし、それでも彼を嫌いきれないのは皮肉げな言葉、悪ぶった言葉の中に見え隠れするいっそ幼稚なまでの正義感、お人好しさを好ましく思っているからだ。
『カッコつけ』っぷりもその幼稚さから派生するものであれば微笑ましいと言えなくもない。
それがエドワードのコウサクに対する最終的な評価であった。
・・・だからエドワードがその言葉を呟いたことに、けっして他意はなかったのだ。
「でも、安心しましたよ。コウサクさんが大人しく通報してくれて。」
その言葉にコウサクが振り向く、エドワードの言葉の意図を掴みかねているようであった。
「だってコウサクさん、いつも『ハードボイルドな男は権力に屈せず、頼らない』とか『俺はハードボイルドな一匹狼だ』なんて言ってるからギルドに声をかけずに自分だけでどうにかしようとするんじゃないかって思ってましたけど、ちゃんとこっちにも報告してくれたんで、本当に助かりましたよ。」
重ねて言うがエドワードに他意はない。
あくまで彼は事件解決に協力してくれたコウサクに感謝を述べたつもりだったのだ。
なので、彼が異常に気が付いたのは顔をあげ再びコウサクの姿を見た瞬間であった。
先程まで、いつものようにクールぶった皮肉げな様子で『カッコつけ』ていたコウサクであったが、今や彼の表情は目に見えて強張っていた。
足は完全に立ち止まり身じろぎもしない。
心なしか顔には汗さえ掻いているようである。
エドワードにはコウサクの変化の理由が理解できない。
どうしたのかと訪ねようとした瞬間、いち早くコウサクが声を発した。
「マ、マスター!急用を思い出した!し、失礼させてもらう。それじゃあ!!」
そう言って足早に出入り口に向かい歩き出す。いや、いっそ小走りと言ってもいい。
エドワードは最後までコウサクの態度の変化を理解できず、やや呆然とその姿を見送ったのだった。
コウサクはギルドを出て、雑踏を早足で歩き続ける。
町の喧騒も今の彼には届かない。
彼は必死で考えを巡らしていたからだ。
エドワードの言葉。
『ハードボイルドな男は権力に屈せず、頼らない』
『俺はハードボイルドな一匹狼だ』
確かに言ったことがある。
コウサクが考える限り、『ハードボイルド』とはそういうものである。
しかし、それならば今回の件はどうであったか?
途中まではともかく最終的には各組織の力に頼って事件を解決した形である。
これは『ハードボイルド』として如何なものか?
誠の『ハードボイルド』であれば最後まで独力の解決を試みるべきではなかったか?
しかし、それで事件は解決できたか?
いや、そもそも解決できるとして敵を全員殴り飛ばしていくような解決法は『ハードボイルド』としてどうなのか?
常にクールに、知的に相手を華麗に出し抜き、可能な限りスマートに事件を解決してみせる。それもまた『ハードボイルド』なのではないか?
ならばどうすべきだったのか?
自分は正しかったのか?
『ハードボイルド』的模範解答はどういうものであったのか?
彼は一人自問自答する。
おそらく彼以外にとってはこの上もなくどうでもいいことについて。
『マスター』ことエドワードを含め、この世界の人間には理解できないことであり、また当人であるコウサクはけっして認めることがないであろう事実が一つある。
マツムラ コウサク
彼は私立探偵(自称)であり、常に『ハードボイルド』であることを自身に課している。
しかし実のところ、彼の言う『ハードボイルド』は漫画や映画に由来し、そこから影響を受けたものであり、コウサクのそれに対する知識、認識は実は非常に浅い。
だから彼はひそかに悩む。
己の思い描く『ハードボイルド』像とそれに基づいて行った行動、その結果の矛盾について。
彼は『ハードボイルド』であることを己に課しながら、実は一人考え、悩み続けている。
果たして、どうすれば『ハードボイルド』たりうるのか・・・と。
もっとも彼以外にとっては至ってどうでもよいことであり、仮に知られたとしても『ハードボイルド』の概念がないこの世界に彼の悩みに答え得る人間はいない。
故に彼が『ハードボイルド』であろうとすればあろうとするほど、矛盾と悩みは積み重なり、ますます珍奇な行動と言動を繰り広げていくこととなる。
しかし、コウサクは自身が『ハードボイルド』であることを疑わない。
コウサクにとって自分であることと、探偵であること、そして『ハードボイルド』であることは全くの同義なのである。
とどのつまりマツムラ コウサクとはそういう男である。
今日もまた彼は自身に『ハードボイルド』と言う名のルールを課し、珍奇な言動、行動を振り撒きながらこの世界で生き続けている。
第一話 「失踪の女冒険者 私立探偵は異世界を駆ける」 了




