その3
一般的に貴族の結婚といえば政略結婚であり、恋愛とは別物であることが多い。
ところが私の父様は、社交界デビューしたばかりの母様に一目惚れをした。母様にはすでに婚約者がいたがそれを蹴散らして猛アタックしたらしい。そして見事に結ばれ私が生まれた。そのときの逸話は社交界の中で今も語り継がれている。
「あの人は私の王子さまだったわ」
当時のことを語りながら頬をそめて父様を見つめる母様は、まるで恋する少女のようだった。だから私も、夢を見ていたのだ。社交界できっと私だけの王子さまが見つかるんだって──。
「父様!母様!!」
私は屋敷へ帰ると父様と母様のところへ行った。理由は言わずもがなだ。
「私の社交界デビューはあと半月後よ!なのにパートナーが見つかっていないわ。父様や母様にお知り合いの方はいないの!?」
「あらぁ。あなたのパートナーにはクロがいるじゃない」
「クロは人間じゃないわ!」
「かわいいかわいい僕たちのアマーリエ。そんなに怒らないで、ほら。美味しいお菓子をあげよう、今王都で流行っているものだよ」
「まぁ素敵!……じゃなくて!!」
父様も母様も私の必死の訴えにのほほんとしている。父様!そんなもので私はつられませんからね!!…………後でいただきますけれども。
「クロは護衛になるし、何よりアマーリエに変な虫がつかないよう追い払……ごほん、別にいいじゃないか」
「あなた、本音が隠せていませんよ」
「でもこのままじゃ、私」
「何も心配しなくていいんだよ、かわいいアマーリエ。お前には……」
「あなた、」
「おっとすまないね。とにかくパートナーにはクロを連れていくこと、いいね?」
父様は私の頭を優しく撫でた。私は何も言うことができずに黙ってしまった。父様は私にとても甘いが、こういうときは何を言っても頷いてくれなかった。
「あなた。そろそろお時間ですわ」
「もうそんな時間か。……アマーリエ、隣国から取り寄せたレースが今日届いたよ。お前の部屋へ運ぶように言ったから見に行ったらどうだい」
「本当!?ありがとう父様!!」
仕方がない。今日はこれまでにしておこう。決してレースを早く見に行きたいからとかそんな理由ではない。
「すごく綺麗!!」
早速自室に戻り、箱からレースを出してみた。隣国には自国よりも腕の良いレース職人が多く、繊細で凝ったデザインで有名だった。評判のいいレース職人からのレースはなかなか手に入りにくく、しかも自国優先で注文を取っていたので、伯爵令嬢の私でも1年待っていた。
「この前のドレスにつけてもらおうかしら。それともこのレースに似合うドレスを新しく作ったほうがいいかしら」
やっと手に入ったレースをどうするか考えるだけでわくわくした。
「ねぇ『クロ』、どう思う?」
私は期待をこめて後ろにいたクロに問いかけた。彼の黒い瞳と目が合う。
「────」
「……クロには難しかったかしら。そうだわ、今度のパーティーのドレスにつけてもいいわね!」
彼は何も答えない。──契約をした時から一度も。心待ちにしていたレースが届いたのに、どうして心はこんなに晴れないのだろうか。私はそっと息を吐いた。