その2
透かし模様が美しいレース、キラキラした瞳の愛らしいぬいぐるみ、フリルたっぷりのピンク色ドレス──。
私は、小さい頃から可愛いものや綺麗なものが大好きだった。あの素敵な存在が私のものになる日を心待ちにしていたのだ。ところが。
目が覚めたときに私の側にいたのは、全身を黒で身を包んだ大きな男。
私は思わず絶叫した。
黙った私にラドルフはなお言葉を続ける。そこにヴィオラが追い打ちをかけた。
「姿形は人だろ。何もおかしいところはない」
「下手な貴族の家のパートナーをするくらいならパートナーなんていないほうがいいわ。後から面倒なことになるのは見えているのだから」
「特にお前は余計なことしそうだしな」
「いい加減夢みるのはやめなさい。白馬の王子様が迎えになんて来やしないわよ」
「お、おお王子様なんて夢見てないわ!だって『クロ』は人間ではないじゃない!!」
そう、一度も言葉を発することなく静かに座っている『クロ』は──私と契約した精霊なのだ。
この国の貴族は十歳になると精霊と契約をする。
契約した精霊の力の恩恵を受け、その付き合いは一生続くと言われている。時には主人として、時には友として守り守られる関係を築く。精霊には様々な特性があるものの大きさは人間の頭一つくらいの大きさであることが多く、姿も可憐な少年・少女である。
お父様やお母様の精霊との愛くるしく仲睦まじい姿を見ていてずっとうらやましかった。そして迎えた私の十歳の誕生日。意気揚々と魔法陣の中へ入った後の記憶はない。そして目を覚ましたら、傍には見知らぬ黒づくめの男。混乱してやっと落ち着いたときに聞かされたのは、今が儀式の3日後でこの黒い男が私の契約した精霊だということだった。
それを聞いた私が二度目の絶叫をしたことは言うまでもない。
精霊とは自分より小さく、少女のような姿をしている──そう思っていた私は目の前の男が精霊であるとは信じられなかった。
見上げなければ顔が見えないほど大きな背、黒炭よりも真っ黒な長い髪、そして吸い込まれそうな黒曜石の瞳。黒をまとった精霊なんて聞いたことないし、しかも男。
かわいいものが大好きで精霊に夢見ていた私は断固拒否した。……拒否したところでどうにもならないことはわかっていたけれど。
「だからなんだ?俺だってシフォリアをパートナーとして連れていく。アマーリエもそうすればいいじゃないか」
ラドルフの隣にいたシフォリアは、彼に呼ばれて嬉しいのかにっこりと笑った。その笑みは花も恥じらうほど愛らしい。彼女もまた、ラドルフの精霊だった。
(シフォリアが私の精霊だったらな)
彼女も一般の精霊とは違い、大きさも見た目も人同然である。ラドルフは優しくシフォリアを撫でる。こうしてみれば甘い恋人同士に見えなくもない。
「ラドルフはいいなぁ」
「いつも思っていたけどクロのどこが不満なの?」
「黒いし男だし」
この国で黒目黒髪というのはかなりめずらしい。少なくとも貴族で黒目なり黒髪であるとめずらしすぎて噂になる。というか、クロ以外では精霊でも薄いピンクや水色など春色な髪色や瞳しか見たことがないのだけれど。
「見た目が黒いだけなんてどうってことないじゃない。社交界には見た目は白くても中身はクロより真っ黒な人間がたくさんいるんだから」
「ヴィオラ怖い」
「なによ。私が怖いみたいに聞こえるじゃない。私なんて比べものにならないんだから」
彼女は公爵令嬢だ。ヴィオラのお父様──現公爵様は厳しいことで有名だ。彼女は公爵様の下で勉強をしていると言っていたから、私より社交界のことを色々知っているのだろう。時々社交界での令嬢の水面下の争いや戦いなどをヴィオラから聞かされていたが、私は社交界デビューをかなり楽しみにしていた。
「……アマーリエ。何しているの?」
「え?」
気が付くとヴィオラとラドルフが私を凝視していた。
「クロにケーキを食べさせているだけじゃない」
「どうして?」
「こうしないとクロって何も食べないんだもの」
「いつもそうしているのか?アマーリエ手づから?」
「えぇ」
「……まぁいいけど」
2人は何とも言えない顔をしていたが、シフォリアはいつも通りニコニコしていた。しばらくして今日のお茶会はお開きになった。