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「なっ……、健也と同室なのか!?」
絶句したのち、叫んだのはクリオだ。
「はい、そうです。残念ながらドレッドの襲来もあって宿の方が食糧を貯めるための倉庫にもなっているらしく、私達に貸し出しできるのは一室だけらしいです」
スラスラと事の成り行きを伝えるのはアニエスさん。正直、僕も状況にはついてこれていない。というより、一番嫌がりそうなのはクロエちゃんがすんなりと受け入れたほうが僕としては驚きだった。
「クロエちゃんは、僕と同室で嫌じゃないの?」
「ふぇ……?一緒のお部屋で寝るだけです。別に気にすることはなにもないです」
「な、なるほど……」
つまり、クロエちゃんにとって同じ部屋で寝泊まりするというのは本当にそれだけでそれ以上のものは完全にきったものらしい。
「それとも、健也様はあたしと一緒じゃ嫌ですか?」
「い、いや、そんなことは無いよ。別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだ」
僕は慌てて傷つけないように弁解する。
僕が気にしていたのはカーラちゃんの言葉だ。
『―――エルフ族は奴隷にされてきた。それに、彼女のようにエルフ族は容姿の美しいものが産まれるやすい。性欲のはけ口にもされていたと聞く』
それは紛れもない事実であるのならば、僕と仲良くなってきているとはいえ、同室というのは本能的に嫌がるのではと思っていたのだ。だが、僕の心配は杞憂に終わっていたらしい。そもそも第一の村が当たっただけで、これから旅をするにあたって宿が一室しかとれないなんてザラかもしれない。
「あのな……。常識的に考えてだよ―――」
対して、一番気にしないだろうと感じていたクリオが文句を言っている。まあ、僕が彼女の立場ならわからなくもないが。そう思っているとどこか冷やかすような口調でカーラちゃんが声をかける。
「盗賊が常識的と言ってもなんの強さにもならないな」
「アンタは黙って。ボクはそういう意味では、アンタみたいな誰とでも寝るビッチとは違って穢れていない存在なんだよ」
「私がそのようなはしたない存在に見えるのであるならばお前は一度検査をした方がよさそうだな」
「事実は事実だよ」
「ふっ。永遠の乙女でもなったつもりか?それなら勘違いも甚だしいな」
「うるさい。いい加減にして」
ギリッと濃い殺気を込めて彼女はカーラちゃんを睨みつけた。フードの下からでも獣耳は鋭く立っていることは見てとれる。
「我が儘を言うなと私は言っているんだ。パーティーとして同行するということはこうなることも予見はできただろう」
「できたさ。でも、でも……!」
それは今までのやりとりは質の違うものだった。二人の喧嘩はそれでもなお、一線を守っていたと思う。でも、今クリオが向けているのはそれを超える、濃い殺意と……後悔。
「カーラちゃん。言い過ぎ」
僕はたまらず止めに入る。
「しかし……」
「いいから」
僕はカーラちゃんの肩を抑える。それからクリオの方へと向き直る。
「クリオ。僕と一緒の部屋はどうしても、嫌かな?」
「……訂正をするなら健也と一緒だから嫌なわけではない」
そっぽを向くクリオ。なにかを悟らせないようにそうしているのか、それとも……。
そこにあるのはただの羞恥からのものじゃないような気がしてしまう。
「アニエスさん。僕、野宿します」
「健也様」
「そもそも、こうするべきなんですよ。まあ、幸いにもここは暖かいですし、死にはしませんって。ぐっすり眠れる覚悟もありますよ。なんたって、勇者ですから」
僕は微笑んで荷物からテントなどの野宿セットを取り出す。
「じゃあ、そういうことで。僕は眠れそうな場所探してきます」
手をひらひらと振る。それが間違いだったとは思わない。一番の正解を引いた自信だってある。
「健也……」
背中から何か言いたげな声が聞こえた気がした。それはきっと聞き間違いじゃないと思う。でも、僕はそれを無視して宿を出た。
寒いという感情が湧きだすことは無かった。それはこの村の気候ゆえなのか、それとも緑優の宿り木による効果なのかわからなかった。
「にしても、星綺麗だよなぁ」
ファニーと一緒にみた星空にも勝るとも劣らない。今更ながらこの世界にも星というものがあるんだな……。
なんとなく思っていたけど、たぶんこの世界は僕の知る地球と同じマップではないだろうし。だとしたら、僕の住んでいる世界はこの星々の中のどれかに本当はあるのかもしれないな……。
―――いや、でもそれはおかしいか。
自分でその意見を却下できる。
その仮定が正しいのだとしたら、僕たち人間が知らないだけでこの世界の人々が宇宙のどこかにいるということになる。その点については否定しきれないが無から有を生み出す魔法や妖があることについてはさすがにおかしいな。となると、この世界が実は僕の暮らしていた地球からかけ離れた所にあるという仮説は無くなるわけか。
でも、今まで気にしていなかったが、この僕が喋っている言葉も日本語だと思い込んでいるだけで実は日本語じゃないのかもしれない。勝手に変換されているのかも。
まるでウミガメのスープ問題だな。正しくは水平思考パズルやシチュエーションパズルともいうんだっけ?
出題者が問題を出し、質問者は出題者が考えているストーリー、あるいは物を推測して語る。謎を全て解き明かせばクリア。
そんな水平思考パズルを個人的に楽しむために漁ってたのも、もしかしたらこの状況の理解に一役買っているのかもしれない。
「ん?」
足音に気づき視線を星から前方へと移す。
「健也様」
「アニエスさん。どうしたんですか?」
そこにいたのはアニエスさんだった。彼女らとは宿で食事を共にしてからぶりなので1時間もたってないはず。
「いえ、なにかお困りな事でもないかとおもいまして」
「困りごと……。何もないかな」
僕は少し笑いながら告げる。召喚されたときはどうしようかとも考えたが、今は思いのほか平穏で驚いているぐらいだ。
「それならいいんですが……」
そう一つ息をつくアニエスさん。本題は別にあるということだろう。
「この度は、致し方ないこととはいえ健也様一人を野宿させる事となってしまい申し訳ありませんでした」
「あぁ……、気にしないでくださいよ。というか、アニエスさんは悪くないし。もちろん、クリオもね」
どこからか虫の声が聞こえる。そちらの方へと視線を向ける。
「健也様がそういっていただけるなら幸いです」
「にしても、意外だったよ。クリオがあんなにも嫌がるなんて。嫌がるならクロエちゃんの方かと思っていたし」
「クロエはやや天然なところがございますから。本能的に人に対しておびえることはあっても、それがなぜかまではわからないのでしょう」
確かに、そういう節はあるかもしれない。性的云々に関しても無頓着っぽいし。
「それに対して、クリエは……」
「なにか、知ってるんですか?」
「彼女なりの信念ともいえますでしょうか」
「そうですか。それを聞く、のはルール違反な気もしますね」
ウミガメのスープで出題者にではなく、その答えを元から知っている別の回答者に答えを問いかけたら面白くもない。それと同じだ。やはり答えは自分の納得いく形で知りたいものだ。
「そうですか……。では、私の方から言うことはなさそうですね」
「明日はドレッドの討伐、よろしくお願いします」
「健也様も」
ニコッと笑いアニエスさんは去っていく。その姿が消えてから視線を後方へと移す。
「別に出てきてもよかったのに。クリオ」
少し茶化す意味もかねてあえて明るい声で放つ。
「……盗賊業やっていたから気配を消すことに関しては一流だと思っていたんだけどな」
「勇者のチートパワーじゃないかな?」
自分で言うもんでもないけどと心の中でつけ足す。アニエスさんが現れて少ししたとき誰かの気配を感じた。そちらを見て目を凝らした先にクリオの姿がかすかに見えていた。
盗み聞きしていたために居心地が悪いのか顔は少し赤い。
「ボクがいるのを知っておきながらあえてエローには知らせなかったんだ」
「アニメや漫画―――僕のいた世界の娯楽の事なんだけど―――に出てくるような感じだったら気づいてなお尋ねたり、逆に気づいていなかったが為に聞いてしまっていたりとかあるんだけどね」
「それに倣わなかったのは褒めるよ」
気恥しげに僕の隣に腰を落として空へと逃げる視線。僕はそれを追いかける。
「月が綺麗ですね」
「なに?急に」
「僕のいた世界のある有名な作品でね。この世界では言語って一つだけなの?」
「いや、昔は複数あったと言われているが国が大きく分けて人間国、魔国、天界に別れてからは自然と言葉が一つになっていたらしい」
「なるほどね。僕のところでは複数の言葉があるから翻訳もされているわけ。そしてこの『月が綺麗ですね』が元になった言葉は『I LOVE YOU』なんだ」
「その、『あいらぶゆー』が『月が綺麗ですね』という意味ってこと?」
「その人はそう訳したらしい。でも、それは小説らしく訳しただけ。正しく、というか堅苦しく訳すとするなら『私はあなたを愛しています』かな」
「なっ……!?お前!」
顔を赤くさせ、フードの下から獣耳をピクピク動かし怒るクリオ。
「なんで月が綺麗で、あ、愛してるなんかに!」
「さあ?一説によるとその作品が訳された当時は愛しているなんて直接言わなかったからとか、こう書いたらこの言語を使う人ならわかるとか、いろいろあったらしいよ」
「そうなのか……って、ちがう!なんで急にあ、愛してるなんて!」
「いや、綺麗な月をみていたらなんかこの話思い出して。この世界との共通であるのかなってさ」
「…………」
髪が黒ではなく茶だからかか顔の赤さがよけいに強調されている。まるで電燈にもなったようだ。
「ごめんごめん。それで、どうかしたの?」
変にぎくしゃくした空気はもう流れただろうと判断し問いかける。
「これでも、ボクなりに悪いことしたと思っていたんだよ」
まだ治りきっていない顔色を気にするように、ぶっきらぼうに答える。やっぱりというか、口はお世辞にもいいとは言えないし、彼女の義賊という行為を正当化することはどうしてもできない。しかし、根は優しい部分があるのだろう。
「でも、これ以外に解決方法がなかったのは事実だしさ。もちろん、同室という方法もある。だけど、体を休めるために眠るのに、それのせいで休めないんだったら本末転倒もいいところだよ。本音を隠されてそうなって、もしものことがあったら……。そう考えたら僕としてははっきりと言ってもらってよかったと思うよ」
できるだけ、心の底から笑いかけてみる。
「……はぁ。本当、むかつく」
柔らかそうな唇をかみしめながら吐き捨て、髪をかきむしる。その時フードが外れて小さな獣耳顔をだして掻き毟る手に合わせて揺れる。
「お前ってやつはなぁ……もう」
クリオはため息を吐くと懐からなにやらカップのようなものを取り出す。
「それは?」
「酒。やっぱり素面でお前と話すのはめんどい……っつうか苦手だから」
「酒って……あれ?クリオって歳いくつなの?」
「ん?ボクは19だけど」
「えっ、ダメじゃ……。ああ、いやここ日本じゃないからいいのか?」
「なにいってんの?」
「いや、僕のいた世界―――それで、僕がいた国では20からじゃないとお酒飲めないからさ」
「ふーん。だとしても心配は無用だ」
「あぁ。年齢制限緩いんだ」
「いや、20だけど?」
「ダメじゃん!?」
「今さら義賊に何言ってんの」
苦笑をしながらクリオがお酒を喉に通していく。
「健也も呑むか?」
そういってカップを差し出すクリオ。
「いや、僕も19だし……お酒も得意な方じゃないし」
間違えて呑んでしまったこととかあるけど、あまり好きな味ではなかった。
「というか、もしかして?」
「ん?」
「ここに来るまでに、すでに呑んでた?」
「まあな」
だから最初から顔が少し赤かったわけか……。
「まあ、なんていうの。義賊というのもただ忍び込んでってわけじゃなくて、詐欺まがいのことや騙して侵入することもあるからさ。その流れで酒を呑むこともあるわけで」
「その流れって?」
「例えばパーティーとかに溶け込んだりね」
「あぁ。その、パーティーのの騒ぎの中盗み出したり」
「それもあるけど、一番は家のマップの把握。お酒を片手にうろうろしている分には怪しまれないし」
「あぁ……なるほど」
逃走経路や侵入経路等、まずは部屋の構造を知っていたほうがいいに決まっている。まあ、だとしても義賊を止めた今、お酒を呑む理由については正当化されてないけど……。酒を呑ませるように追い込んだのは自分でもあるのだから、文句は言えないか。
「なんていうかさ、ボクの中ではどうしても許せないものがあったわけ」
「それが、僕との同室という訳?」
「いや、健也との……というか」
言葉を濁らせる。僕との、というよりは人間との。もしくは男、オスとの同室ということだろうか。
「なんていうか……ともかくボクはアンタが気になってさ」
「それで、僕の元に訪れたと」
「そう。でも、その調子だとなんともなさそうでよかった。ゴメン」
クリオは立ち上がる。
「にしても、最後まで同室をボクが嫌がった理由を聞かなかったな」
「クリオがあそこまで嫌がるということは口にするのも嫌な事なのかなって……。もちろん、僕に言うことでその苦痛がまぎれるならそれでもいい。だけども、クリオから話してくれないんじゃ、意味がないかなって」
僕の正直な言の葉にパチクリと目を瞬かせる。
カウンセリングでも相手から話してもらうのを待つのが一般的だと聞く。特に本音を話そうとしない人物、例えば腕を組んでいたりする人とは本音で語り合えないときくし。
「っふ……ははっ、ハハハッ」
そして堰を切ったように噴き出す。
「アンタ、やっぱり最高だよ。まあ、信用に値すると、本気で心の底から思えたとき、話すよ」
「まだ、僕はそう思ってもらえてなかったか」
「そういうわけじゃないけど……。まあ、心の持ちようということだ。じゃあな、ありがと、健也」
ここに来てから初めて謝罪ではなく感謝の念を告げてクリオは夜の街へと溶ける。
どことなく、その獣耳とのマッチングした姿に感動のようなものを覚えさせた。