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窓から明かりのさしている一室。僕たち五人は拳を突出し円陣を組むように立っている。
アニエスさんがゆっくりとしっかりとした言葉で話し始める。
「勇者、篠崎健也。魔剣士、カーラ・オージェ。魔法使い、クロエ・アイド。盗賊、クリオ・ベルトワーズ。僧侶、アニエス・エロー。この五名を勇者一行として認めるようここに願い承諾を想う。認めるのであるのなら我らに光をさしたまえ」
その言葉の後、数秒後に僕たちの中心から光が瞬く。思わず目を瞑る。その瞼越しの眩しさが無くなりようやく目を開ける。
「これで、勇者パーティーとして認識されるようになりました」
「特に身体的に変わったりとかは無いんですね」
僕は自分の体を見ながら答える。
「はい。あくまで蘇生、体力、魔力の回復量UPのみっつがつくだけですので」
左の親指人差し指、中指の三本をたてながら説明する。
「あ~あ。これで本当に逃げられなくなったな」
クリオは黒いフードを揺らしながら呟く。僕に可愛いと言われて以来、僕の前では絶対といっていいほどフードをかぶっている。今日も僕と出会った瞬間にフードをかぶったから間違いないと思う。
「もし、お前が逃げるようなら私がお前の悪意ごと斬る」
「ふ~ん。そ。まっ、ボクがアンタに斬られるはずなんてないんだけどね」
「どの口がいうか」
「この口だけど?」
「あ~。ストップストップ!クリオもカーラちゃんも落ち着いて。ね?これから一緒のパーティーになるんだから」
僕は苦笑いをしながら二人をなだめる。どうもこの二人は相性が悪い。もともと城の警備をして正義感の強い身と義賊とはいえ犯罪に手を染めていた身ではこうなるのも必然なのかもしれないが。
「ふ、ふぇ。大丈夫なんでしょうか?」
「力のバランスは私の方で調整していたつもりでしたが、こうなるとは思っておりませんでした」
「アニエス様ぁ……。よろしくお願いしますよ」
「正直、得意分野ではないのですが。むしろこういうのは健也様の方が上かと」
「えっ?僕?」
急に話の中心に持ってこられる。
「ボクを丸め込んだのもキミなんだから、そこの形だけの正義感女のコントロールは頼むよ」
「ちょっ、クリオ!」
クリオの挑発を受けてむしろ僕が慌てる。後ろから睨むようなカーラちゃんの視線。
「やってはいけないと決められたことすら守れない、畜生に落ちたものに言われたくないな」
「カーラちゃんも言い過ぎだって」
「まっ、ボクはその畜生にもなれるからね」
「そういやそうだけど、それでクリオはいいの!?」
「言い間違えた。畜生未満だな。動物にもルールがある」
「そこ訂正しなくても」
「その未満のものにもてあそばれるアンタは畜生未満であるボク未満だね」
「なんかもう、言葉がややこしくなってきてるよ」
「ふんっ。自ら畜生未満と認めるか。残念ながら私はそこまで落ちる気がないのでな。勝手に畜生未満の存在であれ」
「やる気?」
「受けて立つが?」
「すとーっぷ!!仲間!!僕たちこれから一緒に旅にでる仲間なの!!」
これ以上はいけないと感じる。完全に二人の間に火花が散ってた。水と油すぎるよこの二人。
「健也殿がそういうのであるなら。我慢しよう」
「癪だけど、健也に頑張ってもらわないとならないからね。我慢してあげるよ」
なんとかお互いに顔をそむけて喧嘩はひとまず終わる。
「先が思いやられますね。健也様に任せざる得ない状況ですが」
「僕は別に交渉術があるわけでもなんでもないんですけどね」
「健也様のおかげで喧嘩がおさまったのも事実ですから」
ニコリと笑って切り替えるように咳をするアニエスさん。
「さて、盛大に送りの義を、と言いたいところですが下手に人間国を刺激したくもありませんのでひっそりと出ることになりますが、最後に魔王様に会いに向かいましょう」
「えぇ」
RPGでは勇者が仕切ることが多いけど、仕切り役は完全にアニエスさんだな。そっちの方が僕も楽だからいいんだけどね。色々考えて指示をだすのは苦手だ。基本的にそういったものはアニエスさんにまかせて言われた通り仲の悪い二人の仲裁に入った方がいいのかもしれない。
未だに睨み合っている二人の間にあえて立つことで視線がぶつかり合うのを防ぎながら僕らは魔王、ファニーの元へと行く。
「魔王様。入ってもよろしいでしょうか?」
「まいれ」
ファニーの言葉にアニエスさんが小さく返事をすると重そうな扉を開く。玉座にはファニーが座っている。彼女の元にたどり着くとクリオを除くメンバーで跪く。クリオは一泊遅れた後面倒そうな顔で跪くまではいかないまでも恭しく膝をつく。
「勇者、篠崎健也。及び勇者一行よ。これより魔王国から人間国に立ち両国の間にあるわだかまりを解消してきてくれ」
アニエスさんが視線で僕に返事をするように示す。
「はい。わかりました」
「そなたらは旅の途中、ならず者が襲ったり魔物が群れを成し襲うこともあろう。そして道中の村ではその被害に困っているものもいる。どうか、そやつらの力になってくれ」
「……了解しました。必ずや、成し遂げてきます」
「それでこそ、勇者だ。だが、無理は決してするな」
「はい」
大きく頷いてみせると幼き王は微かに笑い息を吸う。まとう空気がガラリと変わる。ピリリとした、張り詰めた、魔王の貫録にふさわしいもの。
「勇者、篠崎健也。僧侶、アニエス・エロー。魔剣士、カーラ・オージェ。魔法使い、クロエ・アイド。盗賊、クリオ・ベルトワーズ。お主らの健闘と無事を祈っておる。行ってまいれ!」
「「「「「はい!」」」」」
まるで条件反射のように、クリオでさえも返事を返す。そして挨拶が終わりとばかりにアニエスさんが立ち上がるのを見て、僕らも続き立ち上がり魔王の部屋を出た。
「ふぅー」
思わず息が出る。妙な緊張感から解き放たれた気がする。さすがは魔王だ。貫禄とか、そういうものがある。クリオを捕まえたときのあのできからみてもファニーの能力は本物なんだろう。
「人間国の方へは私から案内します。途中、夜営などもしていかなければならないと思いますが頑張っていきましょう」
「はい。よろしくお願いします」
僕は大きく頷くとアニエスさんは任せてくださいとばかりにニッコリと笑った。
都となっている町を抜ける。その時に始めてこの魔国というものをよくみれた。
クリオのように獣耳の生えたもの。それ以上に見た目が動物に近いもの。大きな翼を背に着けているもの。 かなり人間に近い形の者など。さまざまな魔族が存在していた。
だが京から一歩外に出るとそこは寂しい雰囲気が漂う一本道だった。
僕らは騒ぎにならないようにかぶっていた黒いフードを外す。
「ここからは魔物対策用の魔術なども作られてないため魔物に出くわす可能性が上がってきます」
「ここからが、本格的な旅ていうことか」
「が、がんばりますです」
グッと拳を握りしめ胸に手をやるクロエちゃん。それに合わせてたわわの胸がポヨンと揺れる。それを横目で見ていた自分に気づいてあわてて視線をそらし歩みを再開する。
あの時と違いみんな動きやすい服に着替えているためスタイルがよく浮き出ていた。いや、クリオだけはもとから動きやすい服だったのでそのままだが。
「とりあえずはスリカの村までいけばいいんだな」
腰に携えている剣を触りながらカーラちゃんは問いかける。
「そうですね、まずはスリカを目指そうと思います」
「スリカってどんな村なんですか?」
サクサクと土を踏む感触を足の裏に感じる。頭のデータベースには村の情報までは入ってなかった。
それに答えたのは以外にもクリオだった。
「スリカはのどかな村だ。他国との貿易は最小限にして己の村の特異性を大事にしていると聞く」
「貿易?」
その言葉にキョトンと返す。たしか人間国とは一方的に打ち切られているんじゃ?
「なんだ?もしかして知らないのか?」
「どういうこと?」
「はぁ。説明面倒だ。誰か任せる」
そういってクリオは足早に先を行く。
「説明をするなら最後まですればよいのに……。健也殿。人間国と魔国、そして天界の三つの領域があることは説明したと思う」
「はい、そう聞いてます」
「天界の方は別として、この二国というのはあくまでも領域があるという話だ。人間国の方では独自の法を持つ国がある。そして魔国側では法、までとはいかないが独特の生業方法などにより領地をもっている地域もあるわけだ。私はアスガルについては詳しくはないが、たしか健也殿の世界も同じ人間でも国が分けられているのだろう?」
「あぁ、なるほど。うん、分けられている。インフニにもそういったものがあるんだ」
納得がいく。
「あれ?でもじゃあ、これから会いに行く人間国の王って?」
「人間国と魔国のやりとりを円滑にする機関として人間が作った機関―――グローリエの長のことだ。人間国のどの国にも属していないというスタンスで、人間側として意見を発する唯一の存在だな。対して魔国は元から力の持つ者が先天的に魔王となることが決まってるからな。魔王を称え、崇拝する。それが魔国の在り方だ」
「ふーん。そうなんだ。だとしたら……気になるな」
「何がだ?」
「いや、円滑なコミュニケーションを求めるグローリエがどうして今までの方針を急に変えたのかって。いままでインフニでは人間国って一つの国だと思ってたんで不思議には思ってなかったんだけど……さまざまな考えや思想のある人間国が、ここにきて急に方針を反転するのに微妙に違和感を感じます」
「ふぇ……。言われてみれば、そうです」
「……そのことについても調査が必要ですね」
僕の言葉にアニエスさん、クロエちゃんは顎に手を当て唸る。
「私はそういったことはさっぱりだ」
分からないと示すように肩を上げてみせるカーラちゃん。すると前を歩くクリオがぼそりと呟く。
「脳筋」
「なんだと?」
ビリッと鋭い視線が送られる。僕は困ったようにアニエスさんに目を向けると微笑まれ、クロエちゃんはとがった耳をピクピク動かしてオロオロとしていた。嫌な空気が流れる。こういう時は、うん。空気をよまないことにしよう!
「あー、そうだ。スリカって美味しい食べ物とかあるのかな」
「えっ?」
「はっ?」
僕の唐突な言葉に振り返る二人。注意は向けさせた。
「お城の料理も美味しかったけど、やっぱりB級グルメっていうのが庶民として暮らしてた僕には口にあるようなきがするんだよね。クロエちゃんはなにか好きな食べ物とかある?」
「あ、あたしですか?えっと……トマトとか大好きです」
「トマトか~。僕は昔嫌いだったな。あのグニュッとした触感が。今では普通に食べれるんだけどねー」
急に話をふったことに申し訳なく思いつつも、これで完全に毒気が抜かれたのかカーラちゃんは苦笑を浮かべクリオはため息を吐く。
なんとか場が収まったことに安堵しているとクリオが小さく言葉を発する。
「あれは……ジュール」
大きな狼のような動物が5匹出てくる。それは明らかに魔族ではなかった。そして辺りにまとう嫌な空気。肌でわかる。それは邪気だ。
グルルと喉を鳴らせ僕たちに威嚇する魔物、ジュール。
「どうやら私達の食糧が目当てのようですね。このまま放っておけば近隣の町や村に被害が出る可能性もあります。ここで倒しましょう。初めての戦闘にはいい相手でしょうし」
アニエスさんが告げる。そうとなればこのメンバーでの初戦闘だ。数日前の、初顔合わせの時に簡単に全員の能力を把握している。そして全員が己の戦闘スタイルを万全に発揮できるようアニエスさんから陣形が伝えられている。
「まぁ、ジュールぐらいならボク一人でもいけるけど……。これから先の事も考えると一度やっておきたいね」
「あまり邪気は濃くないな。簡単に倒せそうだ」
前衛は体を低くさせている盗賊クリオと剣を抜いた魔剣士カーラちゃん。
「とりあえずサポートは私に任せてください」
後衛は司令塔も務める僧侶アニエスさん。
「ふぇ……足引っ張らないように、がんばりますです」
「さーて。どうなるかな」
中衛はおどおどしながらもしっかりと前を見据える魔法使いクロエちゃんと勇者の僕。なんだか勇者って前衛でどうこうするような気がするけど、このパーティーでは接近戦を得意とする二人が前衛となった。といってもクリオの戦い方は見たことないけど。
「とりえあえずボクから……行くよ」
グッと一瞬、さらに体を沈めた後一気に駆け出す。その瞬間、彼女の体が薄く輝くとモフッとした毛が生えて突撃していく。先ほどまで彼女がいた場所に、パサリと彼女の服が落ちる。
「キャンッ」
その突撃と噛みつきで一匹のジュールが悲鳴に似た鳴き声を上げる。それによってジュールたちの視線がクリオに向く。
「纏え、炎よ。燃え盛れ」
剣に炎を付随させるとそれを真っ直ぐに降ろす。すると炎が一直線にクリオとジュールの間に敷かれて突撃を許さない。そのうち一匹が炎に焼かれる。
「突き刺さる無限弓」
隣のクロエちゃんがつぶやくと同時に弓矢がジュールに突き刺さる。
痛みでのた打ち回る一匹のジュール。残りは二匹。その二匹もいい加減に力量の差というものがわかったのか後退し逃げようとする。
「行かせません。白刃の結界」
「キャンッ」
一直線に逃げ出したジュールだがなにか見えない壁にぶち当たる。この魔法は強い斥力を発する壁を建たせぶつかったエネルギー分だけ跳ね返すというもの。これで逃げ道はなくなった。
「集え、雷」
僕はジュールとの距離を考え魔法やダガーではなく針を用いることを決める。バジッと電気がはじける音が聞こえる。
「炸裂せよ」
ピッと針を投げる。それがいまだ不可視の弓矢に当たり苦しんでいるのも含め三匹にそれぞれ当たる。その瞬間にまた強い電気の音が鳴る。
それが心臓にも当たったのか感電してバタリとジュールは倒れ伏した。するとその体がスッと消えていく。
「魔物は絶命すると邪気を吸収しながら消えていくんです」
「そうなんですか」
そういえばクリオに突き飛ばされたものや焼かれたジュールの死体もなかった。
「なんだかボク、ただ突撃しただけだったね」
「あっ、その状態でも喋れるんだ」
「そりゃね」
クリオはトコトコと四本の足で歩きながら僕らの前まで戻ってくる。そのたびに尻尾が揺れている。
「一応は連携を取れるような形で戦ったが……。逆に違和感を感じたな」
「今回は敵も弱いってこところもあるかもです」
「そうですね……各メンバーの事を考えるとそれぞれ一人で撃破もできたと思いますので」
「なんていうか、頼もしいなぁ」
なんて思って僕は呟く。
「それじゃあ、どんどん進めそうだね。野宿もできる限り避けたいし。行こうか。クリオも人間に戻らないの?」
「…………」
「うん?どうしたの」
なんだか恨めかしい感じでクリオに見つめられる。狼の瞳は非常に大きくて吸い込まれそうなほど黒かった。
「健也がそれを天然で行っているのか確信犯で行っているのかで、ボクは健也に噛みつくかどうかか変わるな」
「どういう意味?」
よくわからず首をかしげる。
「健也様。クリオの近くに落ちているのはなんですか?」
「えっ?クリオの服?……あっ!?」
色々理解する前にそこに落ちている純白の布に胸をドキドキさせる。
「なんで、あっ、そ、そっか!ゴメン!」
僕は吸い寄せられそうになるその布から意識をそらして後ろを向く。ここにクリオの服があるということはこのまま人間に戻ると裸になってしまうということだ。
「やれやれ……流石に道の真ん中で着替える度胸はないから、よかったら誰かボクの服を持ってきてくれないか?」
「あっ。あたしがお手伝いいたしますです」
後ろにガサガサという音が聞こえる。どうやら茂みに入ったらしい。
「健也殿。もう大丈夫だ」
「う、うん。」
そう呼びかけられほおっと息を吐く。今更だけど魔族にもオスメスというものや服や下着というものがあるんだ。
「あれはクロエも意地が悪いな」
「いや、でもあれは仕方ないんだよね。僕の配慮不足だったよ」
「それも多少はあるかもしれないが……。本来魔獣族の戦い方は部分的に獣化させたり獣の能力を体に取り入れるところにある。あぁいった完全変形の戦い方はしない」
「あっ、そうなんだ」
「あれでは、ただ往来で合法的に服を脱いだだけの痴女と変わらないな」
「ち、痴女って」
僕が流石にいさめようとしたとき茂みから声と共にクリオが帰ってくる。
「あいにくボクにそんな露出癖はないんだけどね」
そういって睨みをきかすクリオ。
「それに言葉が足りない。魔獣族のオーソドックスな戦い方が部分獣化などであって、本気を出すなら完全獣化が基本となる。ボクはこれからの事を考えて完全獣化を一度披露したに過ぎない。あぁ、足りないのは言葉じゃなくて知識か」
挑発的に返す。ピキッとなにかがなるような音がカーラちゃんから聞こえた気がする。
「よ、よーし!ジュールも倒したしさっさとスリカ村へ行こう!」
僕はこれからの展開を予測してしまったためにあえて大きい声で場を切り抜けた。
空が橙色に染まり影が長くなるころ。ようやくスリカ村へとたどり着いた。
「ここが、スリカか」
僕はほおっと息を吐く。王都に比べれば近代的というよりは古き良き田舎という言葉が似合う村だ。
そしてこの村に入った瞬間、どこか暖かな空気を感じる。
「思ったより近かったな」
「魔物とほとんど出くわさなかったのがなんだか気味が悪い」
余裕の色を見せるカーラちゃんとクリオ。であった魔物はあのジュールの群れとスライムのみ。他は姿を見せなかった。運がいいのか後に不幸が待ち受けているがために先に幸を与えているのか。
「ふぇ……少し疲れましたです」
「そうですね。今日はここで宿でも借りてゆっくりしましょう」
対してこの二人は少し疲労の色を見せている。よく考えれば女の子で(インフニでも男女に体力差があるのかは知らないが)一日中歩きっぱなしというのも疲れるものだ。普通なら少し疲れた程度のものではないだろう。というか、僕もこの世界で身体強化されていなければ歩き疲れてクタクタだったように感じる。いや、その前に魔物に襲われて死んでそうだ。
「とにかく宿探しに行く?」
「いえ、その前にここの村長の方に挨拶しに行きましょう。運が良ければ宿を無料で貸してくださるかもしれませんし、情報の収集もできる事でしょう」
「そういうこと。なら村長さんの家は……」
そう思って辺りを見渡す。
「あれ?お姉さんたち、どうしたの?」
「えっ、あっ」
男の子が話しかけてきた。第一村人発見。肌の色は緑がかっている。
「どうしたの?」
「えっと……」
チラリとアニエスさんを見る。勇者一行としてここは話すのか、それと避けるのかとか。そこらへんはアニエスさんに丸投げしてるし。
「私たちは旅の一行なんですが、この村の村長さんの家を探しているんです。教えてくださいますか?」
やっぱり旅の一行っていうふうに誤魔化したか。まぁ、人間たちに気づかれないようにということをいってたし。
「あぁ!村長さんのお家ならね、こっちだよ。案内してあげる!」
「うん、お願いします」
アニエスさんが笑顔で対応する。「まかせてっ」と元気よく返すとトコトコと僕たちを先導し始める子ども。
「クロエちゃん。この子って」
「ふぇっ?あっ、この子は草人族です。植物として光合成をしたりすることもできたりと特殊な種族です」
「なるほど。すごいな」
光合成ということは葉緑体を持っているということなのかな?いや、でもこの世界の常識とはまた切り離して考えるべきなのかも。
「因みに独特な黒魔法を得意としていますです」
「独特な?」
そう問い返したがそれに応えるよりも早く草人族の男の子が声を上げる。
「ここだよ!」
「あっ、ありがとう」
僕は案内してくれた男の子に目を合わせてお礼を言う。男の子は照れくさそうに笑いながら「じゃあ、ママのところに帰るね」と去っていく。
他の家とはちがい一回り大きな家。そこが村長の家らしい。
「では、いきましょうか」
アニエスさんが家の中に声をかける。
「すみません。村長さんでしょうか?よろしいでしょうか?」
「おお……なんだ?入ってまいれ」
中から響くしゃがれた女性の声。許可をもらい僕たちは家へと入る。
「失礼します」
一応代表的に僕が挨拶をする。
「旅の者たちか?」
そう返したのはベッドに腰を掛けた長い髪の老婆という言葉がふさわしい人物だった。この人が、村の長。
「私たちは王国から来た者たちです」
「王国?もしや、通達が来ていたが……お主たちが勇者一行か?」
「はい、そうです」
大きく頷くアニエスさん。
通達―――。確か各村や町の長には伝えていると知らされていたがそういうことだったのか。
「おお、お待ちしておりましたぞ。とすると、その男児が勇者の」
「あっ、篠崎健也です」
頭を下げる。僕の情報も出されていたのか。
「ほお、なかなかいい目をしておる。我はアーサ・バートじゃ」
と、微笑んだ矢先、ゴホッゴホッと咳き込む。
「大丈夫ですか!?」
「ゴホッ……心配感謝する。少し体力がなくてな。それゆえ、このようなところからで申し訳ぬ」
「いえ、お気になさらずに」
「そういっていただけるととても嬉しい。この村へは、泊りに来たのかの?」
「はい。そうです。宿をお貸し頂ければと思い、よらせていただきました」
アニエスさんが頷く。そこら辺の交渉も彼女に任せた方がいいだろう。
「そうかの。では、この家をでて真っ直ぐ行ったところに宿がある。そこに泊まっていけ。もちろん、宿代など取らぬ」
「ありがとうございます。ところで、何か困った事とか、ありますか?」
勇者一行としての使命。確かに人間国にたどり着くのも一つだがそれまでに各村で不都合が起きていたときの対処も任されている。
「そうじゃの……任されてくれるのか?」
「もちろんです」
「では、悪いが……ふぅーふぅー」
苦しそうに息を弾ませる村長、アーサさん。
「申し訳ありませぬ……」
「ゆっくり、お話しください」
落ち着かせるように背をさする。
「我も年じゃな。ベネット!出てきてくれ」
村長さんが声を出すと家に奥から青年が表れる。
「ばあちゃん。無理するなっていってるだろ?アンタらが勇者一行なんだな?」
「これ、ベネット。なんじゃ、その言い方は」
「いえ、お気になさらずに」
ばあちゃんと呼んだところから察するに二人は孫と祖母の関係なのか。
「勇者一行なら頼みがある。この村から少し外れた山にドレッドが巣を作ってやがるんだ」
「ドレッド、ですか」
深刻そうな声を上げるアニエスさん。
「はぁ……。ドラゴン型の魔物。凶暴な性格で自分の行く場所にある邪魔なものはなぎ倒しながら進むんだ」
僕が困った顔をしているのに気付いたのかため息を吐きながらクリオが説明してくれる。
「しかもかなり凶暴なんだ。今はばあちゃんの魔法で魔物が入ってこれないように結界を張っているが……その代償がこれだ」
ベネットさんは視線村長さんを示しながら呟く。
「……緑優の宿り木。お主らは気づかなかったかもしれぬが、この村は強固な守りの中におるんじゃ」
「あっ、なんかあったかい空気を感じたのは、もしかして」
「ほお。流石は勇者殿か。よく我の魔法を感じ取った」
「えっ?」
疑問符を浮かべて辺りを見るが全員首を横に振られる。どうやらこれを感じ取っていたのは僕だけだったらしい。
緑優の宿り木。それは、魔法発動者が敵と定めたものには絶対的な結界を植物ネットワークを通じて出すもの。それゆえ、害的からはこの村は木で覆われたような形に見える。それはあくまでも見えるだけであり、実際は濃い電磁波で覆われいるため近づこうとすれば逆にダメージを負うことになる。強いからこそ、この魔法に必要な魔力もおおくなるのだが。それを一人で支えているなんて。
「では、頼みというのは」
「あぁ。勇者さんたち。悪いがドレッドを倒してきてくれないか?」
「かしこまりました。本当は今すぐにでも出たいところですが……私達も疲労しております。まずは一泊させてくださいませんか?」
「本当ならすぐにでも行ってもらいたいところだが……」
「ベネット!無茶をいうな……。それより、勇者さんたちを宿まで案内しな」
「わかってる。ついてきてくれ」
ベネットさんは村長さんに片手をあげながら告げる。僕らを案内するように家を出る。その時扉が閉まらないようにきちんと押さえてくれていた。
そのまま雑貨屋の紹介等の説明の後宿屋まで連れられる。
「なあ、勇者さんたち」
「はい?」
別れ際、彼は僕らに呼びかける。
「ばあちゃんはあんなふうに言っていたが、正直限界なんだ。見る見るうちに弱って言ってる。いつまで持つか……俺にもわからねえ。そもそも一人であんな魔法を展開していること自体間違ってるんだ」
「あの、それならなぜ今までだれも討伐に行かなかったのですか?」
今まで気になっていたことを尋ねる。そんな大魔法を展開する村長がいるような村だ。いくらドレッドというモンスターが強かったとしてもいささか疑問に感じる。
RPGでは強いモンスターが、などという理由で勇者が動くまで手出しできない状況が多いけど。あれは、あくまでゲームだし。
「……すでに少数の部隊は出しているんだ。だけど、全員帰ってこなかった」
「帰ってこない?まさか」
嫌な予感が頭をよぎる。
「あぁ。ばあちゃんは殺されたか、大きなけがを負ったかって……。どちらにしろ大きなことになったとみたらしい。にもかかわらずこちらか観測したドレッドには傷一つなかった。そんなところに村のものをいかせられるかと、ばあちゃん意地張って。だから、頼む。ばあちゃんが衰弱しきらないうちにドレッドを倒してほしい」
頭を下げるその姿は誠心誠意こもったものだった。胸が大きくなる。
「……喋りすぎたな。では、よろしく頼む」
僕はベネットさんのことを少し勘違いしていたのかもしれない。正直、印象としては口が悪いなと思っている人だった。だが、彼はきっと村長さんの為に精一杯頑張っているんだ。
「おかしいな」
「なにが?」
ふと呟いたクリオに尋ねる。
「いや、思い過ごしならいいんだよ。それより、早く宿に入ろう」
彼女に促されるように宿へと入る。何が気になるのか後で尋ねようと思ったけど、別の事件に巻き込まれたんじゃ、仕方がなかった。