4
クロエちゃんに連れられて第三演習場に赴く。その最中に思ったんだが……。
「もしかして、男の人、苦手?」
「ふぇ……。そういうわけではないんですけど」
否定するけど、明らかに僕とお喋りしている時とアニエスさんの時と違う気がする。雰囲気もそうだし、その他もろもろも。
「えっと、じゃあ、僕が何か怖がらせているのかな?」
「ち、違いますです。ゆ、勇者様は別に―――」
なんとか言葉を探そうとしているクロエちゃん。その途中に後ろから声をかけられる。
「勇者殿が人間だからだ」
「えっ?あっ、カーラちゃん」
「アニエス殿に言われてな。勇者殿のサポートに参った。パーティーとして動くなら連携を取るためにコミュニケーションも必要かという判断もあって、私が呼ばれた」
「そうなんだ……よろしくお願いするよ」
「ああ。こちらこそ」
柔和に笑ってカーラちゃんが僕らの近くにまでやってくる。
「それで、僕が人間だからって、どういうこと?」
「簡単な話だ。今でこそ……いや、少し前までは人間国と魔国は国交をしていたが数百年前まではそうではなかった。戦争時代だな。その時魔法性武具の生成の為に魔力が高いエルフ族は奴隷にされてきた。それに、彼女のようにエルフ族は容姿の美しいものが産まれるやすい。性欲のはけ口にもされていたと聞く」
ギリッと歯を鳴らすカーラちゃん。
エルフを奴隷に……。フィクションの世界ではよくそういう話を聞くが、まさかこんなことがあるとはね。
というかそれでおびえさせているんだったら悪いことをしているな。だけど、アニエスさんがそんなことを知らないわけはないだろう。まだ一日もたっていないけどアニエスさんはそんな人には見えない。つまりはそれを差し引いたとしてもクロエちゃんをパーティーにいれようとしたことにはなんらかの意図があるはずだ……。
「あぁ、すまない。勇者殿を憎んでいるわけではない。そもそも魔国全体が人間と国交をもとうとする流れ。いまさら人間を恨むつもりなどない。不快にさせたのなら謝る」
「いや、そんなことは無いよ。僕はこの世界の人間じゃないけど、同じ人間としてわかる気がする。僕たちの世界にも、人間通しですけど争いがあったから。捕虜にしたりとかは歴史的にあったし」
アスガルでは、いまでこそ奴隷は悪とされている。でもキリスト教の聖書とかには当初、奴隷が悪だということは書かれていなかった。ほかにもハンムラビ法典で有名な『目には目を。歯には歯を』の法律でさえ、奴隷とそうでない身分のものでは扱いが違っていたり……。歴史的にそういうことがあったということを知識として知っている。それに難しい話ではない。つい最近まで黒人差別なんてものがアメリカでもあったし、日本だって、ネットの中ではすぐにこれだから○○は、なんて差別的に言ったりする。差別が日常に溶け込んでいるからこそ気づけないものもある。それは嫌だ。
「クロエちゃん」
「は、はいです」
僕はほんの少し膝を曲げてクロエちゃんと視線を合わせる。
「僕がどうしたとか、そんなことは関係なしにおびえさせていたという事実がある以上僕は謝る。ごめんね」
「そんな、あたしが勝手に……」
「勝手にとかじゃなくて、事実を事実として認めているだけ。だけど、このままでいいなんて思ってない。クロエちゃんはアニエスさんに強制的にパーティー入りを命じられたわけじゃないんだよね?」
「は、はいです。あたしの魔力を見込んでパーティーに入ってくれるように頼まれましたです。あたしのような力でご協力できるならと思って、入りましたです」
「そっか。ありがとうね。じゃあ、やっぱりパーティーとして行動するなら仲良くしたいと僕は思ってるんだ。少しづつでいいから僕に慣れてくれないかな。勇者じゃなくて、一人の友達として……よろしくお願いしていいかな」
「は、はいです……勇者様がそれでいいのでしてら」
「ありがとう。じゃあ、勇者じゃなくて健也って呼んでくれないかな?」
「健也様……ですか?」
「ダメかな?仲良くなるには実名を呼び合うことが大切だと思うんだ」
「……わかりましたです。健也様、よろしくお願いするです」
「うん」
「あっ……えっと、はいです」
僕の差し出した手を少し迷ってからとってくれる。
「これで僕らは友達だ」
微笑みかける。クロエちゃんは恥ずかしそうにすぐ手を引っ込めてしまう。まだ完全に壁が除けたわけではないだろうが、少しでもすすめたなら上場だ。
「……勇者殿がどうして勇者に選ばれたのか、よくわかったきがするな」
「そ、そうかな?」
「ああ……。真の通った人間だ。素晴らしいよ。よかったら、私ともパーティー仲間でなく友となってもらってもよいかな?」
「もちろん。よろしく。カーラちゃん」
「ああ。改めてよろしく頼もう、健也殿」
差し出された手をつかみ友の契約を交わす。これでパーティー全体の向上にはならた気がする。
「ふふっ。さて、元の目的がずれてしまったな。健也殿。私からは妖力の性質や使い方を教えよう。クロエは魔法を使ってみてくれ」
「はいですぅ!」
「お願いするね。それで、どうやって……?」
「そうだな」
少し考えるしぐさをするカーラちゃん。
「よし、ならばこういった使い方もあるということを見せよう。ただ戦うだけではないというものをな」
笑いながら僕らに少し離れるように告げるカーラちゃん。部屋の中心に行き剣を抜く。
「纏え、水よ。吹き荒れろ」
剣を天にかざしたかと思うとそれは大きな渦潮を描く。
「おお」
思わず感嘆の声が漏れる。
「性質変換。個体へ」
カチカチという音をたてながら剣の中心から徐々に凍っていく。そして最終的には一番上の部分をのぞき凍り、その一番上は氷に反射した光で煌めき美しい円を描く。
カーラちゃんは空いている左手で腰からナイフを取り出す。
「纏え、電気よ。暴発、またたけ」
「わぁっ!」
そのナイフが投げられ氷の渦潮を突っ切ると同時パチパチと音を立てて渦潮の中心で光を放つ。光が乱反射してとても美しい。頂上の水の部分は透明から黄色を帯びたものに変わる。そしてとうとう耐え切れなくなったようにパリンと音を立てると氷の渦潮は粉々になる。電気を帯びたそれは非常に美しかった。
「と、まあ……妖力は上手く操れば観賞用にもなれる。パフォーマンスもできるのだ。もちろん、これを戦闘に応用することもできる」
「すごい」
「なに、健也殿ならすぐにできるさ」
「で、でも」
「ふふっ……私でさえ難しい制御の奪還を健也殿はしたではないか」
「えっ?」
きょとんと首をかしげる。
「ふえっ?そうなんですか?」
「ああ」
「ど、どういうこと?」
「私と手合せした時、健也殿は私を無力化する手段として炎の制御権を奪っただろう?それは通常ならかなりのシミュレートを重ねなければ到達できぬ領域なのだ」
「そう、なんだ」
驚くのを隠せという方が無理だ。無意識でそんなことをしていたなんて。やはり、勇者として召喚された以上、それ相応のものが来るのだろうか。
「だから、健也殿もできるだろう……それに健也殿は魔力もあるからな。魔法については……クロエ。パフォーマンスよろしく」
「はいです」
カーラちゃんに変わりクロエちゃんが中心に行く。
「ではいきますです。冷淡な火花」
少し考える素振りをしてから空中に蒼い炎を漂わせる。徐々に湯気のようなものがたつが、これは……。
「冷気」
知識の検索をした結果見えたのはその答え。この魔法は燃えるたびに冷たくなる炎。それを極限まで高めれば冷気を出すこととなる。
「突き刺さる無限弓」
見えない弓を引きそして飛ばす。弓は蒼い炎にぶつかるとその炎をまとって様々な方向に飛び散る。
「跳ね返す鏡の力」
その方々に飛び散った矢の元に鏡が表れる。鏡は矢にぶつかると音を立て割れるが矢の向きが反転しすべての矢が同じ方向に変える。そして一か所に集まった矢はぶつかりあい光となって消えていった。
「こ、こんな感じでどうです?」
僕たちの方に顔を向けるクロエちゃん。
「すごい、すごいよ!」
素直に感想をいい僕は拍手する。クロエちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くするとありがとうですと呟く。
「ふむ。私は魔力を持たないがやはり汎用性の高さは魔法の方が上だな」
隣で見ていたカーラちゃんが感心するように呟く。
「そうなんだ……どちらも不思議な力だけどやはり違うんですね」
「ああ。そうだ。妖力は概念を操るものだからな。稚拙なものであるならば妖力を持つ者ならだれでも操ることができる。ただし、魔法のようにどこにでも出せるわけではない。妖力は空気中に散布することができないから剣などに付属しない限り飛ばすことはできない」
「拳にまとわせたり、とかはできないの?」
「一部の概念、水や風ならできるかもしれないが、健也殿は炎をまとっても熱くない体質なのか?」
「あっ、なるほど」
「そういうことだ」
確かにそれはできないな。つまりはそれ単体で害のないものなら大丈夫なわけか。
「その力を操るにはその力を知ることから始めなければならないからな。クロエ、魔力について伝授してあげろ」
「はいです。えっと、健也様は魔法に黒魔法と白魔法があることは御存知ですでしょうか?」
「黒と白?あれ?そういえばどういう意味なんだろう?」
言われるがまま考えていたがそういえばこの二つの違いってなんなんだろう?ミステリやファンタジーでそういったものがあるのは知っているが実質的には知らない。どういうことだろうか?
「御存知ないようですね。黒魔法というのは簡単に申しますですと攻撃魔法ととらえになって結構です。それに対して白魔法は攻撃以外の用途のもの、傷の回復やアイテムの複製などがこれにあたるです。本当はもっと複雑な定義があるのですがまずはこう思っていただければ結構です」
「なるほど。それで、どうして分けられてるの?」
何か大きな違いがあるからこそこうやって分けているのだろう。そうでないなら黒と白なんて言い方をせずに攻撃魔法、補助魔法でもいいはずだ。
「分けられる理由は術式の違いです。もともと魔法は頭の中でその魔法を出すために定義をして計算をはじき出す必要性があるのです」
「あっ、そういえば無意識に使ってたけど妙な計算式が浮かんでた」
「そうなのです。魔法とはそれを覚えることが必要となるのです。そして黒魔法は科学、物理学を中心とした計算が必要なのにたいして、白魔法は生物学や哲学などから引用した概念を術式として計算する必要性があるのです。ですので黒魔法、白魔法の両方を操るのは至難なのです」
「そうなんだ……そして僕はその両方がすでにインプットされているわけか」
なんというチートだろう。世の魔法使いが知れば激怒しそうだ。RPGのようにレベルが上がって自動的に覚えるわけでもないのだろうし。仮にそうだとしても最初から魔法を操られたら腹立たしいが。
「クロエちゃんのは黒魔法、だよね?」
「はいです。基本は黒魔法です。白魔法も少しは使えるですが実践的なものはほぼゼロです。ちなみにアニエス様は黒魔法白魔法、エキスパートではないですがどちらも常人以上には扱えるです」
「すごいなあの人」
流石は魔王の側近という訳か……。しかし、色々面白いことが分かった。
黒魔法と白魔法の違いがあるということは、敵が魔法を出してきた時どちらを扱うのかがわかるということだ。それが黒魔法なのか白魔法なのかは直感的にわかる。それに合わせた攻撃方法でいけばいいわけか。
「では、健也殿。実際にやってみるがいい」
「そうだね。習うより慣れよか」
「ところで健也殿は武器はどうなさる?」
「武器?」
「妖力の具現だ。実際妖力を扱うならば武器が必要だからな」
「あっ、そっか」
だけど当たり前ながら武器云々とはかけ離れた世界にいままでいたわけだから、急にそんなこと言われても困るな……。
「あ、あのでしたら……、ダガーなんてどうですか?」
「ダガーって……ナイフだよね?」
僕はたしかそうだったよなと思いつつ尋ねてみる。それに答えたのはカーラちゃん。
「似たような形状ではあるがナイフというよりは短剣だな。たしかダガーなら……」
部屋の端にある両開きの扉を開けると中にはさまざまな武器が飾ってある。大きな刀や鎌、ハンドガンやライフルなども存在する。
「あったあった。これだ」
「本当だ。ただのナイフとは違うんだ」
切っ先がナイフより鋭く、ただ肉などをきるためのものではない。そもそも大きさも違う。
「ところで、どうしてダガーを勧めたんだ?」
「い、いえ……。魔法も同時に使うこととなると思うんで、できるだけ軽く出し入れのしやすいものの方がよろしいかとおもいましてです」
「なるほどな……。健也殿、一度それで試してみてはくれないか?」
「わかった」
「そうだ。それとダガーをメインにサブは針などどうだろうか?」
「サブ?」
「ああ。私はメインは長剣、サブにナイフを用いてる。先の説明通り妖力は武器に付属させることにより空中で大きくその力を爆発させることも出きる。だから妖力使いは普通、持ち武器とサブに投げ武器を使うんだ」
「へー、そういうことか。試してみるよ」
「ああ」
カーラちゃんから何本かハリとベルトをもらう。ベルトにはダガーを入れる部分と針を入れる部分が用意されていた。そこに針を入れてダガーを目の前に持ってくる。
「もし力を暴走させたとしても、私らがアシストするから好きにやっていいぞ」
「わかった……それじゃあ……」
まずは妖力を試してみよう。カーラちゃんは水を操り渦潮を作っていた。それを個体にも変えていたし……。
目を閉じる。イメージが大切だと言っていた。なら、僕は。
「集え、光よ」
目を開ける。
ダガーは光り輝き始める。
「留まれ!」
ダガーを横に振るうと光の後がきれいにそこに残る。バックステップで距離をとって針を取り出す。
「集え、風よ。全てをさらえ!」
両手にそれぞれ3本づつ針をもち、それを鋭く投げつける。とどまっていた光は風に流されることにより、まるで剣山のように伸びる。
「零へと帰る空間!」
最後に魔法を出す。これは一つの場所へと飲みこむ魔法。光の剣山はとうとうその場所を留まれなくなり、小さな黒い空間に一直線に進んでいく。
「いまだ!」
そして飲みこまれる直前で魔法を消滅させる。光の剣山はそのスピードを突然になくなるわけではなく一直線に伸びて壁に当たると、煌めいて消えていった。壁には小さな穴が開いていた。
「えっと、どうかな。目の前に敵がいるという想定でやってみたんだけど」
クルリと振り返ると二人はポカンとして表情で僕を見ていた。
「えっと、えっ?」
戸惑う。なんかおかしなことした?
「あ、あぁ……すまない。その、驚いてな」
「はいですぅ」
パタパタとクロエちゃんは走って光の着弾点を見る。
「やっぱり、穴開いてるですぅ」
「あっ、まずかった?」
「まずいこはないんだが……」
苦笑いをするクロエちゃん。どうしたのか?
「この世界だけなのか?健也殿の世界で一番堅い物質はなんだ?」
「えっと……たしか天然のもので一番堅いのはダイヤモンドって言われてるよ。他にもそれ以上のがあるらしいけど、詳しくは知らない」
そのダイヤモンドもひっかき傷に強いだけで、ハンマーなどでも簡単に割ることができるらしいけど。
「そうか。ダイヤは私達の世界でもある。それを超える強度のもの。アダマンティンというものを知らないか?」
「アダマンティン?あぁ……神話とかで聞いたことはあるけど」
ゲームとかラノベとかにも出てくるし。たしか無茶苦茶堅いんだっけ?
「そうなのか。ともかく、そのアダマンティンが私たちの世界で一番堅い物質なのだ。それを加工する技術はあるが、それでもかなり時間をかけるらしい。で、なにがいいたいかというとこの部屋の壁はそのアダマンティンが使われている」
「えっ、っていうことは」
「その他にも防壁用の魔術も組み込まれているですぅ」
「ま、マジで?」
「健也殿」
「はい」
「もう健也殿一人でいいんじゃないだろうか?」
「いやいやいやいや、待って待って待って待って!!」
感心したような、どこか呆れたような声音にあせる僕。何とか説得して(もとより本気で言ったわけではないようだが)カーラちゃんはアニエスさんに報告してくるといったので一度解散することとなった。
魔国の夜はとても綺麗だ。街明かりはもちろんある。だけど、それ以上に浮かぶ星はとても綺麗だった。今更ながらここの空気はとても美味しいことを実感する。
僕の住んでいる場所は都会よりの街だ。道路には車が留まることなく走るし、明かりが消えることはない。たまにだが暴走族まがいの連中も来たりする。とても、空気が美味しいとか星が綺麗とか、そんなことを思う余裕などなかった。
「外に出たいな」
旅に出ればいやでも星は見ることになり、空気を肌で感じることになるだろう。だけど、今芽生えたこの気持ちは消化できるものではない。
駄目もとだ。
部屋を出て少し城内を探索する。どこかにベランダのようなものがあればそこでも構わない。しばらくうろついてみるがやはり城。迷子になるのも怖く遠くには行けなかった。
「なにをやっとるのじゃ?」
「あっ、ファニ……じゃなくて、魔王様」
こんな幼女のような姿でも、この国を治める王であるならばさすがにファニーちゃんと呼ぶのはまずいと思い言い直す。
「別に公の場でないのならファニーでよい。下手な敬語もいらぬ」
「あっ、そう?ファニーちゃん」
「ちゃん付けは止めろ。ファニーでよいと言ったのだ」
「じゃ、じゃあファニーで」
ちゃん付けになにかコンプレックスでもあるのかな?というか、一国の王を呼び捨てって殺されかねないような。いや、ちゃん付けも大概か。それに公の場でなければいいということらしいし。
「それで、なにをしておったのだ?」
「ちょっと外に出たくて。だけど、ベランダとかも見つからないからうろうろしていたんだ」
「そんなことか……。我についてまいれ」
ファニーはマントを翻してずんずん進んでいく。
「えっと、いいの?」
「よい。我も外に出たかったところだ」
「そっか。ありがとう」
「別に感謝されることではない。そもそも、外に出たいのならアニエスを呼べば良かっただろう」
「それもそうなんだけどさ……、わがままに付き合わせるのはどうかなって思っちゃって。忙しそうだし」
「変なところで気を使う男だ」
ファニーは小さく笑うとあまり大きくない扉に手をかける。
「ここが玄関?」
「いや、いくつかある裏口のひとつだ。こちらからの方がその……け、景色のいいところにいけるからな。一番近かったし」
「ふーん」
どこか慌てた様子だけど、どうしたのだろうか?もしかして外に出るのをワクワクしているタイプなのかもしれない。
「ては、参るぞ」
「あっ、うん」
扉を開けると、そこには葉っぱの絨毯が敷き詰められていた。ここまでの緑は久しぶりに見た。暗くて分かり辛い部分も確かにあるけど、小さな明かりだけでここまでわかるのだ。風が吹くととても気持ちい。
「こっちだ」
小さな丘のようになっている道を進むと池が見えてくる。
「我のお気に入りのスポットだ」
「すごい……綺麗だ」
池は月の光を写し星の輝きを反射させる。手の届かない場所にあるはずのこの二つは、手の届きそうな場所に浮かんでいた。
「ほお、気に入ったか」
「もちろん!すごいよ」
「ふふっ、我も悪い気持にはならないな」
しばらく黙って二人でその風景を眺める。風の流れを肌で感じる。
「勇者よ」
「ん?」
「勝手なことをして悪いとは思っている。勇者にしてみれば魔国の事など関係のない話なのに巻き込んでしまったな」
「別に、気にしてないよ。もちろん、突然召喚?されたときは驚いたよ。驚いたけど、理由があって、それに元に戻してくれる手段もあって。問題なんてないさ」
「そうか……」
「ファニーこそ、大変じゃないの?」
「我がが?」
「先代の魔王さんが亡くなって、15歳の若さで魔王って」
見た目幼女だし、という言葉は飲みこむ。
「……先代が亡くなるのが早かったからな。仕方がない。魔王として選ばれた以上、我がこの国を総べるものとして君臨するのは必然じゃ」
「でも、そんなの」
「可哀そうか?そうでもないぞ」
僕の言葉を先読みされる。
「魔国にも貧富の差というものは存在する。裕福な者と貧しい者の差は確実に存在する。その貧しいものには医療が回ってない者も存在する。若くして命を失う者も存在する。それに整地ができていないところに住むものは魔物に襲われる可能性だってある。それらのようなものどもに比べれば我など、可哀そうに値するものか」
確かに、それはそうだ。でも、それは他の人物と比較して可哀そうかどかだ。下だけでなく上もいる。だけど、そんなことはどうでもいい。
ファニーは僕の言葉を先読みしたが、その先読みした言葉は間違っている。僕が言おうとした言葉は違う。
「……そんなの、普通なら辛いだけなのに、ファニーはすごいね」
「なに?」
「すごいといったんだよ。僕だったら重圧に耐えられない。なのにそれに耐えて、この国をきりもりして……憧れるよ。本当にすごい」
「む、むぅ」
褒められ慣れていないのか顔をうつむける。
国の政治を司ったり、上層部の人間というのはできて当たり前と勝手に思われている。それをほめる人はいない。にもかかわらずほんの少しのミスで糾弾する。僕のいた世界でもそうだったから、この世界でもそうなのかもしれない。
「それなのに、人間国が侵略して……正直さ、困ってる様子を見て、小さい子をいじめるようなことをするのが許せなくって、同情の意味で勇者として戦う意志を持った。だからこそ、今こうして話せてよかった。僕はファニーが頑張って守ろうとしている魔国の為に、勇者として戦うよ」
「……小さいはよけいじゃ」
「ははっ、ゴメン」
「笑いごとではない。じゃが、ありがとうな、健也よ」
僕に笑いかける。僕もそれに笑いかけて夜空を見る。
星が瞬く。別次元のここにも太陽や星、月というものがあるようだ。そう考えると、実は地球がいくつもあって、その地球どうしで微妙に次元が違うのかもしれない。もしかしたら形や造形そのものはほとんど同じで、少し違う部分が存在しているのかもしれない。人間とチンパンジーの遺伝子はほとんど同じなのにこうも形が違うのと一緒で。
そんなことをぼんやりと考えていると小さな音が城の方から聞こえる。
「ん?」
壁になにかがあたるような、そんな音。闇に隠れてみにくいが目を凝らしてると何か黒い影がするすると降りてくるのが見える。
「……あれは」
「心当たりでもあるの?」
「少しな。大切な悪党かな」
「どういう……というか、なんでそんなに断言できるの?」
「忘れたのか?我は吸血鬼族。夜目はよい」
「あっ、そっか。じゃあ、日光や十字架は?」
「ん?お主の世界ではそれらが弱いのか」
「うん。ここでは大丈夫なんだ」
「そうじゃの。さて、いくか」
ファニーが言うとその陰の元にゆっくりと近寄っていく。影は僕たちに気づく素振りをみせずゆっくりと地に降り立つ。
「よし」
「なにもよいことなかろう」
「わっ。っ、アンタは」
「国王の前でアンタ発言かの」
ギリッと歯を鳴らすのは黒い衣装を身にまとうスレンダーな女の子。髪も黒いそれでおおわれている。年代は同じくらいか。
「えっと……?」
状況がつかめない僕は困ったようにファニーを見る。
「ああ、こやつは。おっと、逃げても無駄じゃぞ」
「くっ」
いつの間に魔法を使ったのか、黒い女の子を拘束するファニー。すごい、鮮やかだ。
「こやつの名はクリオ・ベルトワーズ。数日前に我が城に忍び込み宝物庫に入り込んでおったところを我とアニエスで捕まえた」
「盗賊ってこと?」
「いや、どちらかといえば義賊じゃの」
「義賊……」
権力者からしたら犯罪者だが民衆からは正義とされる存在の事だった気がする。彼女の行ったことからするに物を盗みそれを民衆に渡していたのか……。
「詳しくは我も知らぬ。取り調べなどを行ったのはアニエスじゃからの。ほれっ、喋れるようにはしてやる。なにか言ったらどうじゃ」
「…………話すことはないよ」
「どうしたものかの」
ファニーがお手上げと言わんばかりに天を仰ぐ。その時後方から音が聞こえる。
「ま、魔王様。どうしてこちらに。それに、健也様も」
アニエスさんの登場だ。走ってきたからかほんの少しだけ息を上げている。
「アニエス。こやつが逃げ出しておったぞ」
「申し訳ありません。油断しておりました」
「ちっ」
というかますますつかめなくなってきた。どういう状況だ、これ。
「クリオ。条件を飲んだんじゃないのですか?」
「嘘に決まってるだろ?アンタらが守るかわからない約束をボクが守ると思うかい?」
「嘘ではなかったのですが……」
はぁとため息をつくアニエスさん。
「どういう、ことですか」
「勇者様。少し厄介な事でしてね……」
その言葉にピクリとクリオという人が反応する。
「アンタが勇者?」
「う、うん。一応」
「一応?」
「あっ、いや。勇者だよ」
「こんな男が」
勇者が表れたということがもう知れ渡っているのか?それに杭をさすように尋ねてきたし。
「あれ?ところで、魔王様……。たしかお仕事の最中では。どうしてこちらに?」
「んぐっ」
アニエスさんの質問にファニーは喉が詰まったような音を出す。……なるほど、裏門から出たわけだ。
「もしや……」
「ち、違うぞ。丁度休憩がてら廊下を歩いていたら健也に会って迷っていたようだから外まで案内しただけだ。の?」
「まぁ……。そう、かな」
「ほ、ほれ!」
「……わかりました。そういうことにしておきましょう」
「わ、我はこれより仕事に戻るとしよう。魔法は解いておく。アニエス、後は任せたぞ」
「はい、かしこまりました」
ファニーは慌てるようにその場を去っていく。それを小さなため息で見送ってからアニエスさんは僕の方に向き直る。
「勇者様。彼女、クリオはいわゆる義賊として裕福層を中心に盗みを働き、親を失った子どもや、怪我などで障碍を持っている者への資金援助を行っている人物です」
「…………」
なんて言葉にしていいかわからず黙る。クリオのしたことはただの盗みだし、どんなに理由をつけてもそれは犯罪。だからそれがいいことだとは言えないけど、それで誰かをすくっているならば話は変わる気もしないでもない。
「先日、ある一件でクリオを捕まえ話を聞いていたんです。それと同時に勇者様を召喚いたしました。そこで司法取引を行うことを決めたんです。彼女の罪を流し、さらには彼女の行ってきた義賊行為による寄付を我々が肩代わりするかわりに、勇者パーティーにはいるという、司法取引を」
「あっ、交渉中っていってたもう一人のことですか」
「はい。それがクリオでした」
クリオは僕たちを睨むように見続けているが逃げようとはしない。逃げた所で無駄だとわかっているのか。
「それで……」
「はい、それを飲んだと思ったんですが、油断して逃げ出していたようです」
そうなのか……。しかし、言っちゃ悪いが犯罪者をパーティーに入れようとするあたり、クリオの実力は想像以上のものなのかもしれない。それに油断したとはいっていたが、アニエスさんの目をかいくぐる実力もあるというわけだ。
「えっと……クリオ、さん?」
とりあえず話しかけてみるが、とても睨まれている。正直怖い。
「寄付をするなり、なんなりならわざわざ盗みを働くんじゃなくて国に要請してみたらいいんじゃないのか?それなのに、どうしてこんなハイリスクなことを?」
「要請?したところで、意味があると思う?」
「しないよりは、あるんじゃないかな」
「ふーん。確かにしてくれた。だけど人間に責められて財政がきつくなって真っ先に削られたのが、この援助金。そんなことをする奴らに頼って、意味があると思う。ボクは思わないね」
吐き捨てるようにクリオさんは言う。そんな背景をボクは知らない。だからアニエスさんに視線を送る。
「……一部を除き事実です」
「一部、ですか?」
「はい。援助金を削ったのは事実ですが、真っ先に行ったことではありません。当初は役人関係の給与の削減や税率の微上昇から始めていました」
「だ、そうですよ」
「……でも、削ったことには変わりない」
「そうですね。ですが、クリオ一つだけお話ししておきましょう」
そういってアニエスさんは迷ったようなそぶりをしてから口を開く。恐らくどこから話せばいいのか、そんなことを考えていたのだろう。
「援助金を削りはしましたが、それと財政に関することは無関係です」
「なに?」
「前述の通り、給与の削減などで国の財政は大きく変わりました。それによって援助金に回すお金のまわり方も大きく異なったのです。このままでは無駄ができてしまう可能性が生じたため一時的に削ったにすぎません。数月で元に戻す予定でした」
「詭弁でしょ」
「嘘なんかじゃないです」
お互いに目を見合う。その眼は真剣そのものだ。嘘をついているようには僕は見えない。
「あの、アニエスさん」
「はい?」
「聞き忘れていたんですが、僕は勇者として旅立って、そして人間国との対立を解消できたときって、僕はどうなるんでしょう?」
「……すべてをクリアなされなかったとしてもそれなりに報酬をお渡しいたしまして元いた世界へお返しするつもりです。仮に―――いえ、対立解消時には我が国での栄誉や報酬などをできる限りお渡しするつもりですが……」
「わかりました。では人間との対立を治めた場合は、栄誉はともかく、報酬というものがお金に絡むことならすべて彼女に、クリオさんに譲渡します」
「はっ?」
「もとはと言えば、この世界の人間が起こしたことで、僕も人という種族ですし。それに報酬をもらっても元の国に戻るころには全てを忘れているのであれば……無駄とは言いませんが、それならばクリオさんに譲渡したほうが僕は嬉しいです」
「ねえ?」
僕の言葉を聞いていたクリオさんが僕に話しかける。
「なんで報酬を寄付に回すじゃなくて、ボクに譲渡する、なの」
「理由は二つかな。まず一つが直接色々な施設を知っている様子の貴方に任せた方が色々うまくいきそうだから。そして次は、貴方を信じているから。勇者としての報酬ならそれなりのものになると思います。その大金を持ったら強い意志を持っていても下心が産まれることも無くはないはず。だけど、クリオさんならそれが産まれたとしても殺してくれると信じているからです」
「……アンタ、ボクとは初対面でしょ?なのになんでそんなこと言いきれるの?」
「勇者の勘、かな?」
その言葉を聞いて噴き出すように笑うクリオさん。
「面白いこと言うね。アニエス、だっけ?アンタはこの条件飲むの?」
「勇者様が本当にいいのであれば」
「もちろんです。だけど先ほど言いましたように報酬の譲渡は人間との対立を治めたら。だからその確立を上げるために、クリオさん。僕たちのパーティーに入ってください。それに後もないと思いますし。今この条件を飲まなければ貴方は拘束されるだけ。拘束された世界で報酬が譲渡されても宝の持ち腐れです」
「……癪だな。アンタに丸め込まれたみたいだ」
「ダメですか?」
「アンタ、名前なんだっけ?」
「篠崎健也、です」
「そう、じゃあ健也。必ず最後までやり遂げると誓ってくれるか?」
「もちろんです」
「むず痒い。呼び捨てでいいし、敬語もいらない。よろしく頼むよ」
「もちろんです。あっ、もちろん、よろしく。クリオ」
「ああ」
差し出された手をつかむ僕。
「流石は勇者様、ですかね。ではクリオを盗賊として正式なパーティーと任命します」
アニエスさんの言葉で正式にパーティー加入が決定する。
「盗賊ね……そのまんま」
「確かに。あっ、クリオは何族なの?」
「ん?ああ。フードもかぶってたしね」
そういって黒いフードを外す。髪色は茶髪で、それ自体は元の世界でもよく見るが……気になるのは。
「獣耳?」
ピョコンとかわいらしく生えている犬耳。
「クリオは魔獣族の狼種と呼ばれる種族で、今の人間形態と獣形態……クリオの場合は狼へと変身することができるんです」
「まっ、そういうこと」
「へ~。じゃあそれは本当の犬耳ってことか」
「犬じゃなくて狼だけどね」
「なんか可愛いね」
「かわっ……。お前、何言って」
「あっ、ごめん。だけど、かわいらしいなって」
「また、可愛いって……」
睨むように僕を見る。だけど、その犬……狼耳がぴょこぴょこと動くから可愛い。それに、なんだかおもしろい。
「ほらっ、またピクピク動いて」
「ぐぐっ……おい!こんなやつが勇者で本当にいのか!?」
「健也様はアダマンティンに防護魔法のかけられてる壁に穴をあけました」
「なっ」
「あっ、その節はすみません」
「いえいえ」
「……こんなんだから、この世界は順調にくるってやがる」
クリオは何も言えないように天を仰いだ。




