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案内された部屋は程よい広さでベッドにさまざまな調度品。ちょっとしたお菓子も完備されていた。お手洗いなどは少し歩いたところにある。困ったことがあったら近くにあるボタンを押せばアニエスさんに直通で連絡がいくこと説明されたのでもしもの時も安心だ。
「これが、魔国」
窓の外から眺めてみる。
まがまがしい雰囲気や荒れ果てた土地というものはなく、そこには立派な街が広がっていた。そして人々―――いや、魔族が歩く姿は人間のそれと全く違いがない。しいてあげるならば角が生えているものや羽がはえているものなど、人間にはない特徴を持っていることぐらいか。
そういえば、セイレーン族は羽を出すには魔力が必要とする為、普段は使わないとのことだった。妖魔族のように見た目上人間と変わらない魔族、ベーシックタイプが一番多いらしいということも言ってたし。となると、僕のような人間がポツンといてもあまりわからないという訳らしい。
「あっ……」
思わずこの風景を写真で撮ろうとして思い出す。
僕はなにをここに持ってきているかを確認する。
大学に通うようのTシャツにジーパンのラフな格好。荷物はこちらには転移されていなかったらしく、あるのはポケットに入っていた携帯とハンカチ。電波腕時計は意味を成しておらず不自然な動きをしている。
「まっ、圏外だよな」
当たり前のように呟く。むしろこれで圏外でないならこの携帯会社は異世界にまで広げていることになる。なにものだよという話だ。だが、写真機能は生きていたのでパシャリと写真を撮った。
「すぅ」
瞼を閉じて風を感じる。深呼吸する。何も変わらない。にぎわうこの国を意味もなく土地を奪い侵略しようとしているならば許されない。
そもそもRPGに出てくる勇者対魔王の構図。あまりこういったゲームをやってこなかったのでわからないが、どうして魔王を倒さなければいけないのだろうか?魔国にほど近い村でもきちんと生計を立てて立派に働けているはずなのに、無理に魔王を狙う理由はいったい。
「大体は魔王側が侵略を始めたのを大義名分にしてるよな」
だが、少し待ってほしいと魔国側に身を置いた今は思う。もしも、もともと自分たちが暮らしていたところに人間たちがやってきて街を築いたのなら?
インフニでなくてもアスガルにも似たような事件はある。エサを求めて熊が人間のいる里にまで下りてくるというものも、もとはそが熊のテリトリーだったところに人間が住み着いただけだ。それどころか、登山客を襲った熊が、人食い熊としておそれられるのはよく考えればおかしい。現在進行形で熊のテリトリーだった場所に人間が足を踏み入れたのなら、それは被害者は熊であって人間ではない。
この魔王対勇者だって似たようなことが言えるきがする。そもそも魔国が悪であると誰が言えるのだろうか。
「言えないよなぁ」
それは一つの結論だ。といっても浅い知識ではあるのだが。
そもそもが魔国なんていう世界について全く理解ができていないのだから、どうこう言えるギリはないかもしれない。
それでもこの数時間だけど魔国という場所でおもてなしをされて……、必要以上な力をもたらしてくれたのだ。理由なんてどうでもいい。助けたい。ただ、それだけだ。
トントントンとひかえめなノックが響く。
「はい?」
「アニエスです」
「どうぞ」
といっても別にこの部屋は僕のものではないのにどうぞというのもおかしい気もするんだけど。いいや。
「失礼します」
丁寧に一つ頭を下げて入ってくる。
「どうしたんですか?」
「先ほどいっておりましたパーティーメンバー。残り二名の内一名を連れてまいりました」
「あぁ。なるほど。それで」
「はい、では入ってきて。クロエ」
「は、はいぃです」
おそるおそるといった感じでゆっくりと入ってくるクロエと呼ばれた人物。身長は低く銀色に光る髪が美しい。そしてそれ以上に異彩を放つのは。
「その耳は……」
「彼女はエルフ族なんです。身体的特徴としてはこの耳による聴力の良さと、そして魔力の高さです。クロエ、ご挨拶して」
「わかりましたです!」
ピンと背筋を伸ばす。そして小さく口を開く。
「あ、あたしはクロエ・アイドです。17歳です。魔王軍では魔法部隊に所属していますです。よ、よろしくお願いしますです!」
「……クロエ、ちゃんだね。よろしく」
「は、はいです!」
どうもやりにくい。妙な敬語を使ってるからか、おどおどしているからか。なぜか普通に喋っているだけなのに背徳的な気分になる。どうしようかと少し迷いつつも、とりあえず気さくに喋りかけてみる。
「僕は……てもう、聞いてるよね。とりあえず魔法、妖力についての知識はあるけども拙いこともあると思うからサポートお願いね」
「わ、私にできる事でしたらです。はいです」
「あ、はは」
やはりやりにくい。こればかりは慣れるしかないのか。
「彼女には魔法使いとしてパーティーに入ってもらいます」
「あの……それなんですけど」
少し前から気になっていたことを尋ねる。
「パーティーとして認められるだとか、僧侶としてだとか魔法使いとしてだとか。まるでなにか決まりごとがあるような言い方はどうしてなんですか?」
「あぁ。説明不足でしたね」
失礼しましたと頭を下げる。
「インフニでは人間国と魔国がございますことはご理解なされたと思います」
「はい」
「それに加え、もう一つの世界。天界と呼ばれる世界があるのです。天界は天使や神といった上位生命体と呼ばれる存在が暮らしております。そしてその世界に住むものはこのインフニを司るもの。というよりは世界の在り方そのまま。そしてこの世界は強い意志の持つ最大五人のグループに天界の加護が与えられ、与えられたものは蘇生、体力、魔力の回復量UPが可能になります」
「そ、蘇生……」
それは生き返るという意味だが、逆に言えば死ぬこともあるということだ。
「できるだけ、いえ、目標は誰一人として一度も死すことのないことです。確かに蘇生は可能ですが死にはそれ相応の痛みが伴いますし、蘇生時は激しい痛み、苦痛が付きまとうそうです。そもそも蘇生には元となる肉体が八割以上残っていることが必須となりますので」
「な、なるほど……。ところで、どうして天界はそんな加護を与えてくれるんですか?」
「インフニが産まれたとき。世界は荒れていた。異常に濃度の高い魔力や妖力があふれ、そこから魔物や魔獣が産まれていた。それを収めるべく作られたのは魔族と人間。二人の人間と三人の魔族により魔物たちを駆除し魔力を収めた。通称ペジデントと呼ばれる方々、これがインフニの起源ともいわれ、それ以降は五人の意思をもった存在が表れると神の加護がつくということです」
「あれ?魔物と魔族って違うんですか?」
なぜか勝手に一緒くたにしてたけどこれって違うのか?
「こういうことに関してはクロエの方が詳しそうですね。説明を」
「えっと、魔物は負の感情―――悲しみ、怒りなどから産まれる邪気と呼ばれるものをエサとして生きる存在です。そして邪気が増えるほど魔物も増え、魔物が増えるほど邪気も増えて、魔族、人間問わず負の感情が増幅するのです」
「卵が先か鶏が先か……みたいな話だね。とりあえず相関関係にあたるわけか」
「はいです。ですからペジデントの皆様方は魔物を倒したのです」
「読めてきたよ」
といっても勝手に思い込んでいただけで冷静に考えればわかる話だったし。ならば話は簡単。当事者だから迷うのであれば当事者でなくなればいいだけの話。いや、実際に当事者から抜けることはできないからそう思い込めばいい。そうすれば色々見えてくるはずだ。
「健也様?」
「ああ、ゴメン。えっと」
一度整理して客観的に。まずはそもそもの謎から解き明かさなければなるまい。
「これから僕の質問にYESかNOで、理由を求めたらその理由を答えてほしいんだけど」
「はい」
「まず、勇者として僕を召喚したんだよね?」
「はい」
「じゃあ、僕、つまりは篠崎健也という人物をアニエスさんたちは求めたんですか?」
「そうです」
「その心は?」
「総合的判断です。知力、戦力、魔力、妖力の適正。それらから判断しました」
「魔力とかはともかく、知力や戦力にかぎるなら僕より上の人物なんてごまんといると思うけど。それじゃあダメだったんですか?」
「そうです」
「理由は?」
「強すぎる者は悪に落ちやすいんです。ちょうどいい強さ、それが健也様でした」
なるほどね、って水平思考推理ゲームみたいだな。
質問者が出す問題に回答者がYESかNOで答えられる質問をする。その結果1つの答えを、世界を見つけ出すというもの。さしづめアニエスさんたち召喚者が質問者で僕が回答者か。
「後一人でパーティーが完成するんですよね」
「はい、そうです」
「その一名ってもう心当たりがあるんですか?」
「心当たりといいますか……現在交渉中です。今夜中に約束を取り付けるつもりです」
「そう、ですか」
交渉中か。なんか当たり前のように話してるけどこれは冒険の旅だもんな。それに蘇生があるとはいえ死が付きまとうわけだし……。渋るのが普通だよな。そう考えるとアニエスさんはともかく、カーラちゃんやクロエちゃんはよくついてくる決心があったな……。
「ほかにご質問はございますか?」
「いや、ないです。ありがとうございました」
「いえ。それでは、後程―――」
「あっそうだ」
アニエスさんが言い切るより早く僕はあることを思い口にする。
「どうされました?」
「この力……魔法と妖力。試しに色々使ってみたいんですけど、どこかいいところありますか?」
「そうですね……。では、第三演習場をお使いください。それと、クロエはこれから空いてますよね?」
「はいです」
「わかりました。では、クロエ。貴方は健也様に付き添い演習場に行って魔法についてのサポートをお願いします。後程妖術使いのものも向かわせます」
「ありがとうございます。なにからなにまで」
「いえ……私どもからすればこちらに来ていただけるだけで嬉しいんですよ」
ニッコリと笑ってそう告げる。少し胸がドキンとなる。
「それでは、クロエは健也様をお連れしてくださいね」
「はいですぅ」
颯爽と去っていく彼女はとてもきれいで素敵に見えた。そう思えるのは少し心に余裕が見え始めたからだろうか。