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 食事を終えアニエスさんに呼ばれ(影渡りの一人歩きドッペルゲンガーの個体らしかった)、地下の方地下の方へと降りていき、そこには演習場と書かれた場所に連れて行かれた。ファニーちゃんは魔王としての仕事がある云々と言ってどこか一人で行ってしまったが、アニエスさんいわく食後のお昼寝らしい。 それを聞いてやっぱり子どもじゃないかと思ってしまったが口には出さなかった。

「では、こちらに」

「アニエスさんは?」

「本体が中におります。私は別の業務がありますので」

 ではと頭を下げて踵を返してきた道を帰っていく。今更だが魔王の側近というよりは秘書やメイドを思わさせる。RPGに出てくるような側近といえば、魔王以上に厭らしい性格でからめ手を得意とするような似非紳士感があるものだが……。それをいうなら魔王にしたってあんな幼女ではないのだが。

「失礼しまーす」

 少し緊張しながら扉を開く。

「お待ちしておりました、健也様」

「キミが勇者か」

 中で待っていたのはアニエスさんと、目の切れ長な桃色の髪を持つ僕と、同い年ぐらい女性。僕の姿を認めると柔和に笑いかけ手を差し出してきた。

「私は魔王軍所属、第三部隊隊長、カーラ・オージェ、19だ。気軽にカーラと呼んでくれ。よろしく頼む、勇者殿」

「よ、よろしくお願いします。僕は……御存知かもですが、篠崎健也です」

 差し出された手を握る。予想より強く握りしめられて顔も近くドキリとする。

「健也様、このカーラと少し御手合わせをしてください」

「手合せって……できるのかな?」

「知識を少しずつ出していけば大丈夫です。カーラも最初は手加減してあげてくださいね」

「わかっている」

 そういってカーラちゃんは腰に携えていた長剣を取り出す。

「け、剣!?」

「大丈夫だ、斬りはしない。それに、もとより私の剣は斬るためにあるものではない」

「斬るものではない?」

「ああ。纏え、水よ」

 短く告げると剣に水がまとい始める。そしてアッという間に銀色に光る剣が水色に浸食されて渦を巻く。

「魔法?」

「違う。これは妖力だ」

「妖力?」

 と、口に疑問を出してみるがすぐに頭の記憶が解放されていく。

 妖力―――水や炎、電気などの概念を操る能力。それ単体では意味をなさないが、自らにまとわせたり武器にまとわせて力を使うというもの。

 理解をするとともに今、目の前にいる彼女に当てはまるジョブ名が思いつく。

「魔剣士みたいだ」

「ふっ、確かにそうだな。私ら妖魔ようま族は魔力を持たず妖力の操り方に強さを持つのでな」

「妖魔族?」

 聞きなれない言葉。頭の検索も全くのようでなにもヒットしない。

「なんだ、アニエス殿たちは種族の話はしていなかったのか」

そう呟くカーラちゃん。

「まあ、私や、今のアニエス殿では見た目わからないだろうからな」

「健也様。先ほどの食事の間に気づかれませんでしたか?魔王様の犬歯の長さ」

「あっ、長いなぁって思ってましたけど。それって特異なことだったんですか?」

「魔王様の種族、吸血鬼族の特性なんです。種族というのは我々魔族の進化系統の事を表しております」

「へー、なるほど」

「吸血鬼族は魔力、妖力を平均的に使える種族です。そして私は……」

「わっ」

バサッとアニエスさんの背中から翼が生える。

「私はセイレーン族。翼を出し入れすることができます。魔力の扱いにたけ、妖力は微量ながら存在しております」

「私は妖魔族だ。かなりベーシックな進化をしたために見た目上の変化はない。あと、使えるのは妖力だけだが、その分扱いはかなりうまい方だ」

「なるほど。そういうことですか」

「ただし、種族はそういう傾向にあるというだけで、必ずしもそうであるというわけではありません」

 個人差というのも存在するだろうしそりゃそうか。

「それでは、健也様、カーラ。手合せ、開始してください」

「は、はい」

「参ろう」

 カーラちゃんはそういうと剣を一直線に僕の方へ振り落す。完全に間合いの外のはずだ。だけど。

「っ!」

 嫌な予感を感じてとっさに横によける。いや、予感というより知識がそこにいてはいけないと叫び、体が勝手に反応したという感じだ。

「ほお」

 僕のいた場所には粘着質な水が付着していた。もう少し遅れていたらあれの餌食に。

「一発目からみきるか。ならば、ほとばしれ」

「……舞う炎達カーニバル

 剣から放出される水を僕が出した炎で蒸発させる。水と炎。一見相性が悪いが、それは火力の問題。水がうわまれば燃えるのに必要な酸素が無くなり、炎がうわまれば液体から気体へと姿を変える。

「集え、炎」

「ヤバッ」

 蒸発して白い霧のようになっていた視界からカーラちゃんが炎をまとわせて剣でつっこんでくる。とっさに屈み交わすと、同時に反射的に下段蹴りを入れる。

「つっ」

 下段蹴りがヒットする。それによりバランスが崩れたのを見逃さず剣を取り上げようとする。

「集え、炎よ!」

「やばっ」

 剣を下に落として代わりにナイフを取り出し僕に投げる。回避用の為なのか、怪我を負わせないようにする為なのかナイフはあらぬ場所へ飛んでいくが、ナイフにまとわされた炎の熱さで大きくのけぞってしまう。

 それを見て、素早く剣を取るカーラちゃん。

「集え、電気よ」

 すぐに電気を剣にまとわせる。分が悪いと思いバックステップを踏む。

―――カラン。

 偶然僕がよけた所にカーラちゃんが投げたナイフが落ちていてそれを蹴る。

「では、これはよけれるか?放て!」

 ビリビリと音を鳴らす剣を前に突進してくるカーラちゃん。僕は慌ててナイフを拾う。

「纏え、電気よ」

 ナイフに電気がまとう姿を想像し命令する。そうすると、ナイフに電気がまとう。

 体をグルッと回転させて遠心力を用いてナイフを放つ。

「なっ」

 慌てて剣のまとう電気を使いナイフを振り落すカーラちゃん。だがそれを見たときには僕は走り出していた。

 僕は素早くカーラちゃんの後ろに回り、上からカーラちゃんの手を重ね、剣に力を入れる。

「おさまれ」

 剣から雷が無くなっていく様子をシミュレートする。

「くっ」

 言葉を吐くと剣にまとう電気は無くなり、元の銀色になる。後ろからガッツリホールドしてるしもう剣は振るえない。これが本当の戦いならこの時点で気絶させることもできている。

「……ふっ、流石勇者殿だ」

「えっと、なんか勝てた」

「なんかで勝たれるとは。それと、いつまでこうしているつもりだ?」

「えっ?」

 言われて自分の恰好を思い出す。カーラちゃんの後ろから手を握るようにしている。つまり今の恰好は抱きしめるように……。

「うわぁぁぁ!ご、ごめん!!」

「ふっ、別段気にしてない」

「そ、そうだ。足も大丈夫?」

「なめてもらっては困る。これぐらい大したことない」

「よ、よかった」

 とっさだったとはいえ女の子に暴力を振るったわけだし、急に抱きついたわけだし……。気にしてないようでよかった。

「流石ですね、妖力もうまく使われております」

「そういや、僕妖力を」

「そうです」

 確か、妖力を使おうと考えた瞬間。ブワッと知識があふれ出した。それを本能的にしたが今思えばよくできたと思う。

 妖力を使うのにその現象をどのようにしたいかを頭の中で想像してそれを形にするために一瞬で幾重にもシミュレートしなきゃいけないとは。

「それにしてもお見事です。カーラを打ち倒すとは」

「手加減されていたみたいですし」

「そんなことは無い。水が蒸発されてからはそこそこ本気でやったつもりだ。まさか剣の主導権を握られるとは思わなかったがな」

「そんな……。でも、僕。本当に武道とか一切やったことはないはずなのに」

「勇者としての才覚がこの世界、インフニで目覚めたのだろう」

 なんの役にも立たないと思っていた僕が誰かの役に……。でも、本当にそんなことができるのか?いや、できないからあきらめるという訳にはいかないのか。だけど、僕にも夢がある……。

「あの」

「はい?」

「僕は、僕はずっと、この世界で暮らさなくてはならないのでしょうか?」

 これだけが気になるところ。帰りたい気持ちがないわけではない。平凡でどこにでもいるような学生だったはずの僕がインフニと呼ばれる世界に来て、魔王軍の勇者として誰かの役に立てる。それってきっと素晴らしいことだと思う。だけども、僕が目指していた夢は?小学校の教師になるという夢は?それはとてもじゃないけど、簡単に棄てられるものじゃなかったし、いままで養ってくれたお父さんや、いつも支えてくれていたお母さんたちにも失礼じゃ。

 この世界でいれば僕は勇者として暮らせれるけど、そんなのは、ダメだ。

「……健也様が、おかえりになりたいのであればいつでも申し出てください。魔法道具マジックアイテム―――魔力と術式を組み込み魔力を持たぬものでも使えたり、膨大な術式を記憶させることで強力な魔法を扱える道具の事です―――を使えば、真実を映す鏡フェイクアウトミラーを使えばもといた世界に戻ることはできます。ですが、ここにいたときの記憶は封じられるために、二度とこちらの世界には戻ってこれないでしょう」

「…………」

 ギリなんてない。この世界はもともと僕にはなんのかかわりもない世界。それに戻れば記憶も封じられるから気に病むこともないだろう。だけども。

 僕を見るアニエスさんの真剣な瞳。カーラちゃんの強い気持ち。ファニーちゃんの想い。

「もし」

それを捨てるわけにはいかない!

「僕には太刀打ちができなくなって、100の手、1000の手を考えてもどうしようもなくなったら、それを僕に使ってください」

「ということは」

「どれだけやれるかはわからないけど、頑張らせてください」

「……ありがとうございます」

「勇者殿。私からも礼を言わせてもらおう」

「まだ、何もしてないですよ」

 謙遜でもなんでもなくそう答える。

 中途半端な思いや気持ちというのはきっと迷惑なだけだと思う。だけども、僕を頼ってせっかく呼んでくれたのに無視するなんてことはできなかった。

「健也様、それでは出発に向けて様々な準備を行います。まずはパーティーを決めていきます」

「パーティー……?」

「まさか、一人で向かわさせるわけにはいきませんから。まず私、アニエスは皆様方の回復の手助けをいたします、僧侶として同行いたしましょう」

「アニエスさんが……」

 はい、今からこの人とパーティーねと言われるよりは多少なりともかかわりがある人の方が僕としても嬉しいというのが正直な感想だった。それがアニエスさんなら嬉しいに決まっている。

「アニエス殿。私も新たな力を求めたい。同行させていただけぬか」

「……そうですね、ではカーラ。貴方は魔剣士として勇者一行に力を貸してください」

「心得た。勇者殿、よろしく頼もう」

「よ、よろしく」

 さらに心強い味方ができた。カーラちゃんの身のこなしはすごいし、僕が勝てたのも偶然にすぎないだろうから嬉しい。妖力の使い方も学べるかもしれない。

「パーティーとして認められるのは後二名。こちらでパーティーバランスなどを考えたうえでピックアップさせていただきます。その間、健也様はゆっくりお休みくださいませ」

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 頭を下げて再び現れたアニエスさんの影渡りの一人歩きドッペルゲンガーに再び連れられ、部屋に案内された。

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