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水の都―――ライス。
その名の通り湖があり、それを中心にしたように町が開け河川が流れている。それにこの街の風習か、それともなにかあるのかまではわからないが軒並みには全て人形がつるされている。店のようなものも所々で見つけられる。
「綺麗だね、ここ」
僕はあたりをきょろきょろと見渡しながら隣を歩くクロエちゃんに話しかける。
「はいです。発電なども水車ですべて担っているらしいのです」
「へぇ……。そうなんだ」
僕は感心気味につぶやく。ゆっくりと歩きながらアニエスさんがマップを覚えているのを待つ。というか、本当にアニエスさんたよりだよな。ちなみにアニエスさんの隣には蛍がいる。
「というかアイツ本当に聖騎士にしてよかったのかな」
「アイツって、蛍様の事ですか?」
「うん。大変だったでしょ?」
「ま、まぁ、です」
困ったように笑うクロエちゃん。蛍にもみくちゃにされているからなぁ。
というわけで僕が一番のおもちゃとされているクロエちゃんの近くにいることとなり性騎士―――じゃない、聖騎士は僧侶であるアニエスさんに捕まえてもらうという状況になっている。
なお、後ろの方ではカーラちゃんとフードをかぶっているクリオが歩いている。二人のあれからは、簡単にいうと大きく前進した、ということではないものの変なぎくしゃく感は無かった。その様子を見た蛍がケンカップルと呟いていたのは別の話。
それについて何かコメントする気も起きなかったのは僕も一瞬そのワードが思い浮かんでいたからだ。
インフニには書籍という概念自体はあるものの、資料として残すというものらしく漫画や小説といった娯楽ものはないらしい。つまりは作家や漫画家という存在はいないということだ。だからか自然とケンカップルなんていう言葉も生まれないわけだ。童話は伝承として伝わっているので言伝、その地域その地域であるらしいけど。
もし、作家なんかがいたら、偶然か日本によく似ているインフニの世界だ。日本と同じか、むしろファンタジーがリアルとなるのだから日本以上に紳士が産まれる事になるかもしれない。
僕がそんなことを思い出しながら待っているとあまり良くない顔色のアニエスさんがやってくる。
「どう、したの?」
「……この街では止まることなく素通りでいきます」
「えっ?どうして?」
「私から説明するよ」
「ホーリー?」
どこに目や耳があるかわからない。新たな造形はともかく、僕らはまた偽名で呼び合っている。蛍の偽名はホーリーとなっていた。
「ライスが水の都と呼ばれる由来、それはこの河川が綺麗とか、湖があるとか、それもあるんだけど……一番の由来はこの街には水の精霊―――アクエリアスがいるらしいの」
「水の、精霊?」
僕は同じ反応を返す。正直それの何がダメなのかわからないので何とも言えない。
「精霊についてはロエが詳しいですよね?」
「は、はいですぅ。インフニではさまざまな力にあふれてますです。妖力や法力、そして魔力。その魔力は主に四つの力で構成されてるんです。それが水、炎、電気、闇。これを魔力四大元素と呼ぶのです。そしてそれぞれの元素を司る精霊がいるのです。炎のイフリート様、電気のミレイヤ様、闇のインクルード様、そして水の精霊、アクエリアス様です」
「ほら、アスガルも四大精霊って呼ばれるのあるじゃない?四代元素から違うみたいだけど……水のウンディーネ、炎のサラマンダー、風のシルフ、地のノームって。あれのインフニ版だよ」
そういわれたら納得するものがある。むしろこういうファンタジックな世界に精霊という存在がいない方が違和感すらおぼえるものがある。何で今まで精霊という存在を無視していたのかすら自分に問い詰めたくなるほどに。
「それで、そのアクエリアスがどうかしたの?」
「おそらくですが……、アクエリアス様、というより水の魔法の性質の一つが“探知”なんです。それはすみわたった精霊魔法ですから、魔族である私達に気づくはずです。精霊自体は何も思わなくても、人間がどのようなアクションを取るかはわからないのです」
「だ、だったらここにいるだけで不味いんじゃ」
「はいです。といっても精霊の存在は基本的に感知できませんです。それを感知できるのが精霊際と呼ばれるお祭りのときです。恐らく、今日がその祭りなんじゃないです?」
クロエちゃんの質問に蛍は深く頷く。
「その通り、今日の夜から祭り。私がこの街を初めて訪れたときにそう言ってたの。だから今日は危ないんじゃないかってエイスさんがいってさ……。一応純な人間は私だけだし」
最後の部分は声を細めて聞こえないようにいう。そっか、法力が人間国にしかないように妖力も魔国側にしかない。その妖力を自由に扱える時点で僕は魔国側の人間としてカウントされていてもおかしくない。
「ですから、ライスはそのまま素通りし、機械仕掛けの街―――ネバーラウトに向かおうと思います。先に街の出口の方まで行っててください。私は新たな造形を2つ購入してきます」
「えっ?私の分も?」
「ホーリー様の今の状況はいわば“裏切り者”です。念には念を込めて。大丈夫、それぐらいの資金は出せますから」
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「いえ、では」
アニエスさんは一人背を向けて道具屋へと向かう。この中では一番ライスについて詳しいであろう蛍が先導をきって案内を始めた。
そのさなか僕はあることを思いだす。
「そういえば精霊魔法って何?」
アクエリアスについて説明を受けていたときにぽろっとこぼしたクロエちゃんの言葉に、今更ながら疑問を感じた僕は街の出口で、アニエスさんを待ちながら尋ねていた。
「簡単に言いますと、魔法というのは精霊から力を借りて構成しなおしたものなのです。逆に言えば精霊は単体で強大な魔法を使うことができるのです。それを精霊魔法というのです」
「へー……。じゃあすごい力なんだ」
「ちなみに精霊と直接契約を結ぶこと精霊魔法に近い力―――極限魔法とよばれるものも使うことができるです」
「あっ、極限魔法は知ってるみたい。そっか、精霊魔法は使えないから知らなくて極限魔法は使おうとすれば使えるから、か」
そんな僕らのやりとりを見ていた蛍がぼやくように呟く。
「なんで記憶継承に関しても私とケニーでこんなに変わってくるのよ」
「ホーリーは、そんなに違うの?」
「私がここに来たときは頭痛くて二日は寝てた。情報が圧縮されて色々教えられて、本当意味が分からなかった……」
「た、大変だったんだ」
僕は苦笑いをしながら蛍をねぎらう。僕の場合は思い出そうとこちらから記憶検索をかける必要性があるのに対して、蛍は最初からすべての記憶が解放されていた状態だったんだろう。理解できないが知っている単語の羅列に対して、吐き気すらも覚える頭痛が来るのは仕方がない。むしろ二日で済んだのが奇跡に近いと思うし。
「やっぱり、人間のやることはよくわからないな」
クリオが理解できないとばかりに頭を振る。
「まあ、なにか考えがあるんだろうね。そうでなきゃ魔王討伐なんて馬鹿げたことかかげないと思うし」
「……ボクとしては魔王が討伐されようがどちらでもいいんだけど、まあ、“彼女”のおかげで色々均衡が保たれるなら死んでもらっては困るかな」
クリオの言葉に反応したのは蛍だった。少し驚いたように眉を上げている。
「“彼女”って、魔王って女性なの?」
「なんだ?ホーリー殿はそんなことも知らなかったのか?」
「うん。てっきり大男をイメージしていたんだけど、角の生えたような」
「角は……生えていないが、代わりと言ったら変だが犬歯が特徴的な吸血鬼族のおなごだ。てっきり新たな造形での姿が吸血鬼族だったから知ってるものだと思ってたんだが」
「ううん。設定してもらってつけたら、それになってただけ。どんな人なの。魔王って」
「簡単に言うと、強くて」
「やっぱりそうだよね」
「可愛くて」
「大ボスはかっこいいか可愛いか美しいか。ともかく美形が多いイメージだし」
「威厳もある」
「魔国を統べてるからそうだよね」
「幼女だね」
「幼女!?」
ずっと同調していた蛍が僕の言葉に鸚鵡返しに驚く。そりゃそうなるよね。
カーラちゃんが僕の言葉に補足するように伝える。
「先代の魔王が早くに病に倒れられ亡くなったんだ。だから現代魔王様に変わられたのが幼かったというだけ。それに魔王というのはその特殊性から寿命も長く成長も遅い。それのせいもあるんだ。本来の年齢は15……、私らで換算すると10となるがな」
「10歳にしてはストレスからか成長の阻害がすごいと思うけどね」
「ヤバイ……。むっちゃその魔王さんに逢ってみたい」
一人で謎の方向性に盛り上がる蛍。
そして浮かべる気味の悪い笑みを見て、こちらにやってきたアニエスさんが少し引いたような顔を浮かべたのが遠くからでも観測できる。やはり蛍は性騎士だと強く思ってしまった。
ライスからネバーラウトまでの道のりはおよそ2日。その事実は僕たちに重くのしかかる。
正直今日も野宿かという思いが出てくる。いや、まあいままでが上手くいきすぎてたくらいなんだけどね。
それに邪気の発生地が少ないからか魔物と戦うことも少ない。たまに戦うもほとんど誰か一人で対処できるものでワンサイドゲームとなる。それもそうか。
「あっ、そうだ。このあたり」
蛍があたりをきょろきょろと見渡しながら思い出したように呟く。
「どうしたの?」
「このあたりをさまよっていたとき、親切のおばあさんに逢ったんだ。魔法使いの隠居暮らしとか言ってたけど……、すっごく親切に色々教えてくれてさ。少しぶっきらぼうだけどね。ほらっ、新たなる造形を付けらったって。それを付けてくれたのがそのおばあさんなの」
「あっ、そういや言ってたね」
スルーしてて気が付かなかったけど確かに付けてもらってたと言ってた。付けてもらったのは僕もだけども。ちなみに2回目の今回は自分で設定をして自分で着けることに成功している。流石に一度見ているし勇者としてのかは分からないけど使い方は分かっていた。
「蛍殿も色々苦労してたんだな。全くもって知らぬ土地で、命がけで色々やるのは大変だっただろう?」
「うん……。そりゃ法力のおかげで睡眠時間とかも削れたけど……」
「そういや法力って?」
「んー、私としても何となくで使ってるから何とも言えないけど」
「対となるものだから私も色々知ってるから簡潔に説明しよう」
「そうなの?」
カーラちゃんが小さく頷くと説明を続ける。
「まず、妖力だが自然干渉に弱いという特徴を持つ。ゆえに自身の力を溜め込める武器となるものが必要だ。私はこの時雨、健也殿はタガーといった風に。そして妖力は人工自然とも言われており自然発生する物質なら理論上は形を変えることができる」
「えっ?ということは鉄やダイヤモンドとかでも?」
「もちろんん。理論上だがな」
「どういうこと?」
「妖力を用いるには頭の中で大きな図形を描く必要性がある。その自然物質がどのようなものか、などを。簡単な物質、電気や水、炎といったものなら楽なんだが、貴金属などになると構造が複雑になるから頭では描ききれなくなる。それに水などと違って個体、液体、気体といった変化のしにくさや柔軟性にかけたりして戦術も狭まることから使おうと思うやつはなかなかいないな。私や、たぶん健也殿も貴金属は出そうと思えば出せるはずだ」
「へー、なるほどねー」
まずは妖力の説明にうんうんと頷く蛍。僕自身も改めてその性質を理解した。確かにタガーに貴金属をまとわせても大して強くなさそうだ。それなら水を強く圧縮させた方がいい。ダイヤをきるのに水流が用いられているというのも有名な話だし。
「続いて法力。まず健也殿たちが使える魔法というのは、魔力を精霊に受け渡すことにより使っている。私は精霊とのアクセスを持っておらんから使えないけどな。基本的にこの世界の生物は体力、精神力、魔力の三つの力を用いて生きている」
だが、と続けるカーラちゃん。
「稀に、人間側の国において第四のエネルギーを生成することができるものがいる。それが法力だ」
「第四の、エネルギー?」
「そうだ。細胞レベルで発生される熱などともいえるな。ただし生命エネルギーを代償としているから使いすぎると死の危険性が魔力、妖力よりかなり高くなる」
「なっ」
僕は思わず蛍の顔を見る。蛍自身も小さく頷いているのでその危険性は知っていたのだろう。
「カーラちゃんの言うとおり使いすぎると死ぬってことは知ってる。でも節度をもてば問題ない。だから健也と戦った時はけっこうギリギリのラインを迎えてた」
「そうだったんだ。だからつらそうな顔を」
「そっちこそ。妖力も簡単には出せないんじゃないの?」
「あー、それは」
簡単に妖力発動に当たってどれだけシミュレートしないといけないかなどを説明する。僕の説明に対して蛍が『なんだかこの世界に来てから私達急に知能も上がった気がする』と返されたので僕も同意しておいた。
「法力は自身の生命エネルギーを放出させるようなもの。基本的に自身にまとわせる戦い方をする、で間違いなかったと思うが……?」
「うん、その通り。健也と戦った時は自分の身を守るために法力を体外に大量に放出させていた。他にも一部に力をためることで体力回復や筋力増加とかもできるみたい。私はそれ使って体とかも綺麗にしてたし」
「へー、意外と便利なんだ」
「先ほども言ったように使い過ぎは自身の寿命を縮める原因にもなるがな」
「因みにボクの獣への変化は魔力を用いてる。種族による遺伝子操作を魔力によって構成させてるんだ」
ヒョコリと話に入ってきたクリオ。僕は少し驚きながら彼女を中に入れる。こんなふうに彼女から話しかけられる時が来たことに喜びが起きたのは内緒だ。
「闇の精霊、インクルードから力を借りて性質を変化させる能力。ボクたちの一族は本能的にそのアクセス仕方を持っている。たしか、同じような力は……」
「私達、セイレーン族の羽もそうですね。ただし私はインクルード様とアクエリアス様のお二人から力を借りていますけど」
後ろを少し振り返りながらアニエスさんが言葉をつなげる。ということは魔法系を使うのはカーラちゃん以外ということになるんだ。カーラちゃんはそれを補ってあまる妖力があるから必要はなさそうだけど。
僕と蛍はまだまだ知らないことって多いねと互いを見やる。
―――その瞬間。
ゾクリと背中に走る悪寒と嫌な気配。合わさっていた目線はコンマ何秒という短いものだったけど、それをお互いのものとして、反射的に僕は近くにいるクロエちゃんとアニエスさん、蛍はカーラちゃんとクリオに抱きつくようにしてその場を緊急回避する。
「ふぇっ!?」
「きゃっ」
「な……?」
「なにを!?」
4人がそれぞれ驚いた声を上げる。だがその声はすぐにかき消される。僕らがさっきまでいた場所で産まれた魔物の咆哮によって。
なんと形容したらいいかもわからぬ巨体に蛇のような鋭い眼光、そしてまがまがしさ。今まで出会ってきた魔物の比ではない。
「バクラ、イヌ」
アニエスさんが、恐らくその魔物の名前を呟く。それはなにか、と問い返そうとしたその時体の制御が聞かなくなる。
邪気による空気の汚染が体を蝕み胃の中の物が逆流しようとしていた。
カーラちゃん、クリオ、クロエちゃんは耐え切れなくなったのか草陰にその吐しゃ物を出している。アニエスさんも限界なのか座り込み口元に手を当てたまま動こうとしない。
「なんだ、この邪気……」
「バクライヌ。ペジデントが戦った中でも、かなり苦戦したと言われる伝説級に近い魔物、です。どうして、こんなところに」
こんなところでペジテントの名を聞くとわ。でも、伝説とも言われる人たちが苦戦したとなると、この邪気の量も納得してしまう。
僕も何とか立ち上がりバクライヌを見定める。だが視界が歪みうまく制御できない。気を抜くと僕も吐きそうだ。
そんな中ふっと隣に白い光を出している蛍が見える。
「ふー……。体の中のいらないものはすべて浄化した。健也たちは辛そうだから……、私がやる!」
「まて―――」
静止をかけるがそれよりも早く蛍が動き出す。レイピアが踊り法力によって強化された足が光速に近い移動速度をかけている。
だけどそんな攻撃すら無効にするようなバクライヌの咆哮。
「っ……」
黒い邪気が辺りを覆い尽くす。バクライヌは思いのほかその巨体ににつかぬスピードを保持していて動きを予測しにくい。
「なんて出鱈目な強さよ」
蛍が吐き捨てるように言いながら、魔法を展開させ辺りを氷の世界に変えていく。すごい魔力だ。
「まっ、こんな世界に、科学なんて常識通じないか」
フッと息を小さくついてから蛍は動き出す。
「機敏に、なった?」
アニエスさんが急によくなった動きを見て驚きの声を漏らす。
「そうか、反射……?」
僕はその動きを見て理解をする。それと同時に僕もある程度バクライヌの素早い動きについていけるようになる。
通常どちらに動くかというのは体の重心がどちらに動くかとか、視線がどちらに向いてるかとか、そういう細かいところから推測している。といっても、勇者としての力が反射的にそうしているのか。
だけど、この氷の世界に置いてはバクライヌの姿が反射していろいろな場所から動きが確認できる。つまり、推測できる場所が増えることにより動きの予想が楽なのだ。
ならば。
「纏え、水よ」
針に水をまとわせる。鋭く圧縮させてその針を鋭く長くする。
「健也、様」
僕の針を持つ手に重ねるように置くアニエスさん。
「電流体躯の増量」
バジッと手のひらにビリっと電気がまとう。その瞬間に力が増すのが実感できる。
「筋力増加の白魔法、です」
僕はそれに頷く。そして後方でも動く気配を感じる。
「転換する空攻撃」
「申し訳、ない。だらしないところを見せてしまった」
「カーラちゃん、クロエちゃんも」
後ろには邪気を振り払うために空気を振動させているクリオちゃん。カーラちゃんは僕の手をつかむ。
「纏え、水よ」
針にカーラちゃんの力も合わさってより密度の濃い水となる。少し気を抜くとその水が暴走しそうなほどだ。
「ぐるうぁぁ!」
そんな僕の横を一匹の狼が駆け抜ける。そしてレイピアで戦う蛍と共にバクライヌを引っ掻き回す。一瞬その狼、クリオと目が氷越しに合う。
「空気洗浄だけじゃないです。もっと、綺麗にするです。純真な水を覆う」
さぁーと水が下を通って満ちていく。その瞬間、冷気において氷、少しざらついていた氷が真っ平らになる。そのため氷が映す反射も綺麗になる。戦いの最中に滑らないようにするためだろうか、戦ってる場所には水は流れていない。
ヒトコマヒトコマ見逃さないように瞳を大きくして観察する。
「クッ」
レイピアが咆哮によってはじかれる。幸いドレッドのように炎を吐いたりとかそういうタイプでない。クリオがすぐにそれを補助してその隙に体制を整える蛍。
スンっと法力を放出させながら突っ込む。
「っ」
まだだ。落ち着け自分。
レイピアは空を切っている。それは華麗なターンをバクライヌが決めていたから。バクライヌは蛍とクリオにヘイトが向いているが、僕が攻撃をすることでヘイトが僕に向く可能性だってあるんだ。
体制を整えている最中の蛍が僕を見る。その瞬間に何をしようとしているのか察しがついたのだろう。
「ならっ―――」
スッと法力を抑える。少し精神を統一するように深呼吸してから一気に駆け出す。
バクライヌが腕を振るって蛍に迫る。
「―――白金震動」
バクライヌが襲おうとしたその瞬間、その場所に貫くような法力を出す。
それをみて何をしたのかを理解する。法力が盾のような役割を持つのも僕が身をもって知っている。それを部分的に出して法力を温存しているわけだ。法力を無駄に使う必要性もないということか。僕との戦いでは妖力が何かわからなかったから、安全の為に全力を出していたんだろう。
キンキンとバクライヌの攻撃をはじきながら一歩一歩進みレイピアを振るう。逃げた先にはクリオが牙をもって襲い掛かろうとする。それを無理な体制で逃げようとしたのかバランスが崩れる。
「いまだ!」
針を投げる。勢いは削られることなく真っ直ぐにバクライヌの脳天を貫く。
―――ぐぅおぉぉぉ。
何とも形容しがたい恐ろしい声が鳴り響く。
「やった……?」
しゅるるぅと収縮するバクライヌ。徐々に息苦しかった呼吸がクリアになっていく。
「ふぅふぅ……。ナイス、健也」
「蛍こそ」
肩で息をする蛍に駆け寄ろうとする。まだ気持ち悪さが体内に残っている。クリオも走り回ったせいだろうかぐったりとしている。
だから―――、油断していた。
「ぐふっ」
「ほた、る……?」
蛍の背中に突き刺さる弓矢。吐血しながら倒れる彼女を抱き留める。
「……なん、で?」
その言葉を最後に蛍は目を閉じる。その瞼からは一線の涙があふれていた。
体が急激に冷たくなる。花菱蛍が、目の前で死んだ。