3
目が覚めて窓から外を眺めると、陸地が見えていた。
人と魔族が共存する街―――ディニック。
僕らは支度を終え朝食を済ませたときには丁度船が波止場につく。僕らはその船を降りたつ。
ディニックは独特で、統一感がなくチグハグな建物が多くあるように感じさせた。しかし、なぜかそれが一枚のキャンパスのような美しさがある。きっと共存という言葉が存在し、そろわない美しさというものがあるのだろう。
「では、これより人間国の方に参ります」
街のはずれに身を隠してアニエスさんが全員に新たな造形を渡す。
因みにこの街というのは、魔国でも人間国でもない中間の場所。明確な国境というものは無くこの街を挟み北に出れば人間国に、南に出れば魔国にという扱いとなっている。
「魔族ではなく人間として入るため、また一応顔を隠す意味もかねてこちらを付けて頂きます。健也様もいますので簡単に説明いたしますと、これは顔に完全に張り付くお面のようなものです。不自然な点は無くつけるだけで顔のみでなく、声音や眼球の色等、全て変えてくれます。そして設定を変えることにより対象の存在には元の顔や声音で聞こえるようになるので連携がおかしくなることも無いでしょう」
「へー、便利なんですね」
「ですから少し高めなんですが……、カジノでとってきてくれてありがとうございます」
「あはは」
「では、設定とかもあるんで健也様のは私が行いますのでそのまま。他の皆さんは各自つけてください」
まるでメイクを受けているかのように、そのむず痒さを感じながら、僕はアニエスさんに顔を触られ、パックのようなそれをかぶせられる。そして少しいじられた手が離れる。
「えっと、これで終わり?」
「はい、他の方にはこのように見えてますよ」
スッと鏡を差し出される。鏡越しに映るそれは、自分のものではなくアイドルのようなイケメンだった。
「なんか、もうこの顔になりたいかも」
「私は元の、健也様の可愛いお顔が好きですよ」
にっこりとほほ笑むとアニエスさんは自分顔にもつけ始める。まるでコンタクトのように簡単だ。コンタクトしたことないけど。それに普段眼鏡の癖に時折コンタクトをつける友人が久しぶりに着けると痛かったりつけ方忘れてたりするとか言っていたから、一言にコンタクトがすぐ着けれるものという訳でもないのかもしれないけど。
全員が付け終るのを見るとアニエスさんは北の方を指す。
「では、これが人間国の方へと参ります。魔物も多少は出てくるでしょうが、ここからは獣に注意です。まずは水の都―――ライスに向かいましょう。それと、名前も知られるのを防ぐために、それぞれ偽名を使います」
「偽名?」
「はい。といってもそこまでこったものにする必要性はありませんよ。私はエイスとでも名乗ります。健也様は……こちらの世界風に合わせまして、ケニーとでもしましょうか」
「ケニーね。了解。みんなは?」
「わ、私はロエにしますです」
「なら、リオ」
「ライカ、とでも名乗ろうとおもう」
それぞれ自分の名前から組み合わせてという感じかな。クロエちゃんとクリオは上のクを抜いただけだけど。
「では、行きましょうか」
アニエスさんに促されるまま、僕たちは人間国へと第一歩を進める。
基本的には元の名前で呼び合っているが人前では偽名で呼ぶ。人間としての振る舞いや僕らの設定など細かく決めていく。
人間国も道なりを見るだけなら、魔国とたいした差はなさそうだった。草木が生え虫がいたり、水があったり。のどかであることに変わりない。
ライスまでの距離を考えると、このままいけば夕暮れ時にはつくらしい。いったいどんな国なんだろう。
少しわくわくとした心を持ちながら進むと目の前から人が現れる。いや、あれは人型の魔族だ。人にはない特徴として犬歯が妙に長い。ファニーちゃんと同じ吸血鬼族なのかな。もしくはそれに近い種族なんだろう。
僕らその魔族とすれ違う。
「っ!お前何者だ!?」
「ク―――リ、リオ?」
急に体を反転させたクリオ。危うく本名で呼びそうになってしまう。呼び止められた魔族は驚いたように肩をすぼめ振り向く。よく観察してみると腰には剣を携えている。
「その匂い、魔族のじゃない。人間のものだ。人間がわざわざこんなところからなぜ、魔族になってまで忍びやる」
「なっ」
僕は驚きの声を上げる。その魔族―――魔族に化けた人間の女性は目を丸くしてから答える。
「アンタこそ、匂いって……。魔族ってこと?」
僕は違うけど、わざわざそんなことを宣言する必要性もない。僕はアニエスさんにアイコンタクトで前に出ることを示す。
「……僕らはある事情で人間国にいる。あなたは、なぜ魔国に?」
「面倒なことになったわね。それに只者でない雰囲気」
「なぜ、魔国に?」
「私はね、魔国の首都、ライスルに向かってるの。アンタ達、ライスルの場所知ってる?」
「知ってるけど?」
「ならいいや」
目の色を変える。ゾクリと悪寒が走りタガーを構え反射的に振るう。
キンッと甲高い音が鳴る。
目の前には魔族に化けた人間が剣―――レイピアを持って迫っていた。
「私はね、勇者として魔王に話があるのよ。だから、そこまで案内しなさい」
勇者という単語に激しく動揺する。どうして、勇者は僕では?
「その話って穏やかじゃないんだろ?」
「当たり前よ」
ズサっと剣をはじいてお互いに距離を取る。そのまま許すわけにはいかない。なにがあるのか、とにかくとらえてあぶりだす必要性がある。
もう一度互いの力量を払うように鍔迫り合いを行う。甲高い音。
「ケニー様!」
駆け寄ろうとするアニエスさんたち。
「来ないで!コイツ、只者じゃない」
一瞬にして理解する。僕と同等かそれ以上の力。それもまだ互いに本気を出していない。
カーラちゃんたちでさえ、僕は模擬選で圧倒できた。足手まといではないこのパーティーメンバーたちだけど、この人物に限ればすべての攻撃が無に帰ってしまうかもしれない。
「みんな、離れて援護を!隙をみつけてくれ」
「全員手慣れって事ね。リーダー各はアンタか。ならアンタをやれば―――水の世界」
ザバッとすごい水流が目の前に現る。
「クッ……、炎火の業火龍」
水と竜をかたどった炎がぶつかり合う。
炎は消化され、水は気体となる。
「纏え、電気よ」
バジっとタガーに電気をまとわせつっこむ。水蒸気でみえない視界を切り裂き、勇者をとらえる。
「な、なにその術!?」
驚いたような顔をする。妖力を知らない?
「チッ!はぁ!!」
「なっ」
だが、次に今度は僕が驚かされる。目の前に白い波紋が唐突に表れ、僕のタガーを押しとどめる。
「あれは法力です!魔国で扱う者がいない術。逆に妖力は人間国には存在しません!」
「法、力」
白い波を押しとどめながら僕は呟く。その押し流されるような力に、妖力のエネルギーを最大限に使うことで額に汗が浮かぶ。
「これでも耐えるって、なんなのよ」
法力の白い波からレイピアで一突きしてから、間合いの外に逃げる勇者。額には汗が膨らみ垂れていることから法力の力が体力を削っていることを察する。自分もまた妖力の使い過ぎで頭痛さえ覚えている。
「この……はぁぁぁ」
「だぁーーー!」
ラスボス戦かのように雄たけびをあげながら、体力をひねりだしレイピアとタガーを交差させる。
ピッと頬に傷がつき血が流れる。パラリとしたに新たな造形が落ちる。怪我を負って破れてしまったのだろう。だけど、タガーにもまた血がついている。きっとこれは、勇者の……。
僕は振り返りながら次なる手を打とうとする。勇者もまた振り返る。
「なっ」
「エッ」
呼吸が止まる。そしてほぼ同時に叫ぶ。
「蛍!?」
「健也!?」
僕らの戦いを眺めていたみんながポカンとこちらを見ていた。
お互いの事情を全て話すには時計の針が一周していた。もうすぐお昼御飯だからと簡単にアニエスさんが料理を作り差し出す。ちなみに彼女たちの新たなる造形は設定を変更させて蛍にも真の姿が見えるようになっている。
「美味しい……。久しぶりにまともな食事」
蛍が感激するように呟きスープをゴクゴクと飲む。そこまで食い意地を張っているようなタイプじゃないのに、この世界にきていったい何が。
「それで、話をまとめますと健也様の幼馴染であられる蛍様が人間国の勇者として召喚させられたのですね」
「そうよ。無茶苦茶な力を持たされてね」
「そこで命じられたのが、人間国を支配しようと目論む魔王様の暗殺。それを達成すれば元の世界に戻してもらえると」
「そう、なるわね。でも……」
「うん。僕は魔国に勇者として呼ばれた。蛍と同じくとんでもない力を持って。そこで命じられたのが人間国が勝手に貿易などを断ち切ったからそれを再開するように頼むこと。それに、魔王様は人間国を責めようなんて思ってない。むしろ、不利益になることをしたのは人間側だ」
「……どうすれば、いいのよ」
蛍は唇をかみしめて天を仰ぐ。自分が信じてきたものが嘘かもしれないと提示された以上心が揺さぶられるのも仕方ないかもしれない。というか、状況的にはこちらも同じなんだけど、こっちとしてはあくまでも交渉しに行くだけという話だったからなぁ。
「というかさ、なんで魔国側の方が待遇いいわけよ?」
「えっと……?」
「お金もスズメの涙ぐらいしか渡されないし、仲間もいなければ道具もこのレイピアとお泊りセット、それにもう壊されたけど不意打ち用にもらった新たなる造形だけ!それに比べて健也は潤沢な資金に道具、それにこんなに可愛い仲間をはべらせて……」
「いや、とにかくはべらすって止めて」
なんか言い方一つで厭らしく感じる。普通に仲間としてついてきてくれてるだけだし。
「人間のやることはわからないな。異世界から無理やり連れだしたのはこちらも同じだが、なぜ蛍殿が帰りたがった場合に帰るという選択を与えなかったのか?」
「えっ?帰る?それは、無理なんじゃ……」
「ん?しかし、魔王様を倒せば帰れるという約束だったのだろ?」
「それは、そうだけど……。なんか魔王が所持する宝玉?かなんかの力が必要なんだって」
「そう、なんですか?」
僕はポカンとアニエスさんをみる。
「いえ。多少高価ではありますが、お伝えしましたとおり真実を映す鏡ですべてが解決します。それに宝玉なんて必要ありません」
「なにそれ!?じゃ、じゃあ私騙されていたってこと?」
「少なくとも、それに関しては100%と信じてもらっていいと思う」
僕は冷静に返す。
僕視点でも、このパーティーメンバー、とくにアニエスさんに騙されている可能性だって存在はするし、蛍視点からすれば疑わしいのは魔国側なわけで。
だからこそ信じられるものをいくつか提示していくしかない。
「で、アンタ——―花菱だっけ?は魔王を殺したら元に戻れるというエサにつられて魔王を殺そうとしてたんだ」
「うっ、ぐ」
「く、クリオさん!そんな言い方は」
クリオの言葉にクロエちゃんがいさめる。いや、まあ確かに事実なんだけど。
魔王パーティーとしては僕の幼馴染だったから戦いは休止したけど、急に自分たちを襲ってきた人間なわけだし注意を払うのは仕方ないか。
カーラちゃんも表立っては平静を装ってるけどその右手は常に時雨を触っている。
「だって、魔王が人間を虐殺してる悪い奴だって言われてたし……、それに魔族にしたって悪い奴らというか、知能もほとんどないような連中だって教わってたし」
言い訳をするように下を向く蛍。なんだか哀れに見えてきた。蛍としても必死だったんだろうからな。
「ともかく、蛍はこれからどうするの?もし、ファニーちゃん……、魔王を殺そうとするなら、僕は蛍が相手でも全力でとめるよ」
「……わかんないわよ。でも、こんなこと聞かされて、いきなり襲った私に対してもこんな食事を用意してくれるような人たちを敵とみなすなんて。でも、そっちに寝返るのも……」
両方の板挟みになっている蛍。引っ込みがつかないということか。
「それでしたら、蛍様」
「えっと、アニエスさん……だっけ?なんですか?」
「魔国の方に連絡を取って真実を映す鏡の用意をいたしましょうか?そちらからアスガル―――元いた世界に帰ることができますが?」
「ホント!」
立ち上がる蛍。蛍にしては宙ぶらりんのまま、この世界に立ち止まるぐらいなら、アスガルに戻った方がいいのかもしれない。
「でしたら、そのように手立ていたしましょう」
「やった……。あれ?そういや、健也は?」
「僕?僕はこの旅を完成させる」
「なん……で?」
「自分の意思でここまできたからね。確かに、もしかしたら死ぬかもしれないけどさ、でもこの世界と短いながらもかかわって魔国をすくいたいと思ったんだ」
「魔国を……」
「うん。僕もしばらくしたら必ず帰る。だから蛍は先に帰っててよ」
ニコリと笑いながら告げる。心配性の気質がある蛍はこれぐらいしなくちゃ帰らないだろうし。
「健也はここに……」
「うん?」
「じゃ、じゃあ!私も残るわ!その、結局何がどうなったのかわからないままってのも気味が悪いし……。私を騙したあいつらにも一言言ってやりたいし!」
なにか焦ったようにいう蛍。急にどうしたんだ?
「それなら、僕からなにか言っておくけど?」
「いいの!わ、私が言いたいだけだから」
「ふふっ。でしたら、蛍様」
黙って僕らのやり取りを見ていたアニエスさんが口を挟む。
「私たちはこのまま人間国に向かいます。蛍様は私たちと共に人間国に向かいましょう」
「なっ、エロー!本気か?コイツを信じるとでもいうのか?」
「そうですね。そうなります」
「だが、コイツは人間国の回し者。裏切る可能性もあるだろ!」
「アニエス殿。私も不本意だが奴の言葉に賛成だ。信じ切るには健也殿のご友人であられるということ以上のものが必要だ」
「……う、うぅ」
先ほどまでの威勢は何処へやら。蛍は小さくなりみんなの様子を見守る。ここで僕が蛍を庇いたい気持ちが湧き出る。でも、もし僕が彼女らの立場なら疑わないなんてことはできない。
「えぇ。ですから、私もある条件を提示いたします。蛍様、こちらに見覚えは?」
ガサゴソと鞄から何かを漁り蛍に出す。蛍は知らないということを示すように首を横に振る。横から見るとそれはチョーカーのようだった。いや、チョーカーというよりは首輪の方が似合うような代物だ。
「あ、アニエス様、それはまさかあれ、です?」
「はい。こちらは魔法道具、従者の血契約。契約主として私たち全員の血液を中心の宝玉に滲ませ、蛍様の首につけます。もし、私たちの誰かが死ねば反応し蛍様の意識を完全に奪い、永遠に出ることのできない夢の世界に閉じ込めます。死ぬわけではないので加護による蘇生も不可能です」
「なっ……アニエスさん!いくらなんでも!」
僕は黙ってられずに立ち上がる。誰かが死ねば蛍も死ぬ……。いや、死より恐ろしいことになる。別に蛍が裏切ると思ってるわけではないが、何かの拍子で誰かに殺される可能性だってある。そうなれば……。
「……わかったわ。それをつければ仲間として認めてもらえるのね」
「蛍!」
「健也は黙ってて!健也を残してどこかにいくなんて、私は出来ない」
蛍はその首輪を受け取ると自分につける。それは絶対的な主従の証。それを迷わずに……。
「……皆さん、これで蛍様のことがよくわかったんじゃないんですか」
緊迫した表情を崩してみんなを見やるアニエスさん。
「はい、私は信じるです」
「なんの迷いもなく受け入れるとは。騎士魂溢れるな」
「わかったよ。異論はない」
なぜかみんながみんな蛍を認めるような発言をしている。そこには敵意がなくクロエちゃんは笑顔で、カーラちゃんは感心するような、クリオは呆れたような感じで笑っている。一体何が……?
「蛍様。そちらを外してもらって構いませんよ」
「えっ?でもそんな外れないんじゃ……って簡単に外れた!?」
「この道具に、人を永遠の夢に連れる効果などありませんよ。あるのはつけた人間が嘘をついているかどうかを見破る程度のもの。申し訳ありません、蛍様。あなたの意志を確かめる為、一芝居打たせていただきました」
「な、なんだ。そうだったんだ」
「よかった。驚いたよ、アニエスさん」
「敵を騙すには味方から、っていいますからね。申し訳ありません。というよりも、説明する暇もありませんでしたから」
「私たちはその魔法道具の事をよく知っていたからな。すぐにアニエス殿のやりたいことがわかったんだ」
「そうなんだ」
本当にあせった。これで問題がなくなったということか。
「じゃあ、私はもう……」
「えぇ。よろしくお願いします。パーティーメンバーとしては限界ですが、一応聖騎士としてお供お願いします」
「やった。にしてもみんな」
ここまできて僕はようやく思い出す。彼女の好みを。この中だと特に……。
「かっわいい!!」
今日中にライスへとたどり着くのは難しいと判断した僕らは池のほとりで休むことになった。池と言っても澄んでいてとてもきれいな物なんだけど。地面にできたくぼみに水がたまったもので普通湖より小さい物が池と称されるということを昔聞いたことがある。だから池でも綺麗であって不思議ではないんだけどなんとなく自然の池というとあまりきれいではないような気がしてしまうのは僕だけなのかな?
「うっぷ……。なんなんだアイツは」
少し……いやかなり疲れたような顔色でクリオがフラフラと僕の隣にやってくる。
「お疲れ様」
「なんなんだ、あの花菱というやつは」
「僕の、幼馴染なんだけどね。今、蛍は」
「一番のお気に入りのおもちゃで遊んでいるよ」
「あはは……、クロエちゃんには頑張ってもらわないとな」
僕は苦笑いをしながら少し後ろを見るとすごいかわいがっている蛍がいた。
花菱蛍とはつまりはそういうやつで可愛いもの好きだ。とくにうちのパーティーだと蛍のお気に入りはクリオとクロエらしい。
正統派的なエルフの可愛さにおどおどした性格のクロエちゃんに、獣耳でボクッ娘などキャラクター満載なクリオ。どちらも蛍にとっては好物としか言いようがないんだろう。
「にしてもお疲れ」
「はぁ……。今まで出会ってきた中で2番目に面倒なやつだ」
「1番じゃないんだ」
「1番はお前だ」
「僕なんだ!?」
思わず声が出る。いや、蛍より上だからいやなのかそれとも……。
「そりゃボクに与えた影響的にね」
「まあ、そう……なのかな」
納得するような納得できないような複雑的な感情で頷く。
「それにしても花菱もすごいやつだ。迷いなくあの首輪をつけることを選ぶなんてな」
「そうだね。無理せずに……。義理堅いというか」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「なにが?」
「はぁ。少し花菱に同情するよ」
呆れたようなクリオの声。何か僕やらかした?と首をかh茂が女の子というのはよくわからないというのは今までの傾向的に知っているから深く考えても仕方ないだろう。
「……でも、そういう関係も少しうらやましいかな」
「どうして?」
「ボクのいた街はボクが産まれて3年後、蒼色種のドレッドに襲われたんだ」
「だからドレッドに……ついて詳しく」
「復讐心もあったからね。ドレッドについては調べたさ。国はもちろんすぐに派遣したけど間に合わなくて結局的にボクのいた村を焼き払うこととなってしまった」
「それから、クリオは?」
「母も父もそこで死んだからね。写真もないし、顔も覚えてない。そこからはボランティア団体がやってる養護施設にいれられることとなった」
その独特の言い方に違和感を感じる。助かったという雰囲気はなく憎しみをそこに抱いたような喋り方だった。僕は言葉に詰まって辺りを見る。そこにはカーラちゃんやクロエちゃんで遊ぶ蛍の姿が見える。
「養護施設なんて名前だけだね。実際は国から支給される支援金目的だ。劣悪な環境。虐待もされたさ。そこには性的虐待も含まれてる」
「っ!だからあの時同室を……」
「とんだロリコンどもだったんだな。健也はそうじゃないと思ってもどうしても精神的に受け付けないものがあったんだ」
「それは、仕方ないよ」
過去のトラウマはそんな簡単に払拭できるものではない。今まで決められたものがあったんだから必然ともいえる。
「それからその施設は?」
「ボクが16の時に隙をついて逃げ出した。その後は小金を稼ぐために盗賊業に身を落として……17の時に国にも情報リークして、ボクとしても物理的のも色々壊した。ちなみに場所は霧が運ぶ街―――ヒリッキというところだな」
「ヒリッキ、だと!?」
ガサリと草陰から僕らの事をうかがっていたカーラちゃんが出てくる。
「お前……いつからきいて」
「その施設の名前は?」
「まずはボクの質問に―――」
「インダクト……、じゃないのか?」
「どうしてその名を?」
「やはり、な」
眉をしかめるカーラちゃん。僕自身も状況は理解できていないからただ黙って様子を見守る。
「私が魔王軍に従軍するようになってから初めての仕事が詐欺団体が経営するインダクトという養護施設をつぶすことだ。その時は怒りを覚えたよ。子どもを食い物にするようなこんな団体があるもんなんだなって。今思い出したよ、確か情報リーク者の名前がリオ、だったことを」
クリオは驚いたようにカーラちゃんの事を見ている。
カーラちゃんは少し考えたように視線をさまよわせてから腰の剣、時雨を引き抜き地面に突き立てる。
それは剣士にとってすれば自らの剣を振るえなくする行為だ。
「お前の事も知らず、同室の剣では暴言を吐いたことを詫びる」
「きゅ、急になんだよ」
「でもだ、私にも譲れないものがある。悪があるならそれを叩き斬るのが私の使命。しかしお前の協力がなければインダクトをつぶせなかったのも事実。悪いことは悪いと認める。すまなかった」
「…………」
「もちろん、クリオがこれから盗賊に戻ろうというのであれば私は全力でとめる。だが今は、ともにこの旅を完遂させたい。理解しようとせず、悪かった」
カーラちゃんは時雨を鞘に戻すと立ち上がる。クリオは何も答えずにただ黙っていた。
「あっ、まって」
「なんだ?」
僕は慌ててカーラちゃんを呼び止める。
「お互いのことをよく知った方がいいと思う。カーラちゃんの作った正義は、いわばクリオが関係しているともいえる。せっかく誤解も解けたんだ、ね?勇者からの命令ってことでダメかな」
僕はカーラちゃんの肩を押さえる。
「命令なのに頼むってよくわからないな。わかったよ」
カーラちゃんは笑って腰を下ろす。
代わりに僕がこの場を立ち去る。そして様子をうかがっていたアニエスさんの元へと行く。
「もしかして、最初からこのこと知ってたんでか?」
「……、クリオをパーティーメンバーに淹れようとしたのは本当の偶然です。クリオについて色々調べたときにインダクトなどことは知りました。それにカーラがかかわっていたことも。ただカーラがパーティー入りしたのも偶然なんですけどね」
「結果的にはこのパーティーでよかったと思いますけどね」
「カーラもこの旅で正義の在り方も変わるかもしれませんからね」
カーラちゃんの感じた危うさ。それは自らの信じる者が嘘だと知ったときのことだ。もしかしたら騙されてしまうかもしれない。魔王軍とか関係なくに。現に蛍も騙されていた可能性が高いわけだし。そう考えるといかに柔軟に動けるかが重要となってくるわけだ。
僕はボソボソと会話を繰り広げる二人を見てから視線を変える。そこには蛍がクロエちゃんへあらぬところに手を忍び込ませようとしている様子が……。
「ってちょい!?」
僕は思わず声を上げて変態行為を行っている蛍を止めに走った。